参りを終えた虎城(こじょう)は悠々とした足取りで駐車場へと向かった。

今年で31歳になる虎城だったが、未だに守役に怒られてばかりいる。



今日も葬儀に行くと言ったまでは良かったが、

「護衛はいらねぇ」

と言いだし周囲を慌てさせた。

「そんな大勢で行く方がよっぽど危ねぇって」

護衛に付いている男達が何度も説得を試みるが、

「参った後は密(みつ)と一緒にデートするつもりなんだから、絶対付いてくんじゃねぇ」

そう凄まれてしまうと引き下がるしかなく、護衛達が泣きついたのは虎城の守役兼虎城組統括部長である八嶋(やしま)だった。

八嶋とは虎城が中学生の頃からの付き合いで、御年40歳。
虎城に仕え始めたのは22歳だと考えれば、その当時は大抜擢だったといえる。

そんな八嶋に

「何をぐだぐだ言ってるんですか。
いつまで経っても小さな組の組長気分で・・・

あなたの後ろには何千、何万っていう組員達と・・・」

くどくどと説教をされるのを一番嫌がる虎城は

「わーかった、分かった。
じゃあ、3人までだ」

譲歩案を提示した。

八嶋は嫌な顔をしたが、ここで折れないと護衛達を振り切って雲隠れする可能性もある。

「それでいいですよ」

ここで頷いておき、目立たない人間をあと数人付けておくことを考えていた。

「で、密さんとはどこへ行かれるんですか」

「池袋サンシャイン」

「え・・・」

「水族館に行きたいんだってよ」

ふと八嶋は昨日、密が読んでいた図鑑を思い出した。
たしか「海の生き物」という表題が大きく書かれていたように思う。

関東では1、2を争う程の規模まで成長している暴力団のトップが水族館。

それでなくても虎城の体格や醸し出す雰囲気から考えて水族館はギャップがありすぎるというもの。

しかし、そこは惚れた人間のワガママに付き合いたいんだろう。

「ガキはなんだってあんな所が好きなんだろな」

口では文句らしきことを言いながらも、その表情は柔らかい。

ただ、水族館に行くのにゾロゾロと護衛を引き連れて歩くわけにもいかないだろう。

虎城の言いたいことがようやく八嶋にも理解できた瞬間だった。
だからといって「分かりました」と護衛を付けない理由にはならない。

「その話、善処しますので暫くお待ちください」

「しょうがねぇな」

虎城はそう言うだけで、八嶋の言葉に否とは言わなかった。



そして実現したデートプランは、

「閉館後、貸し切りということで話が纏まりましたので」

一般客が全員帰った後でのゆっくりとした鑑賞ということになった。

虎城は八嶋の譲歩案を受け入れ、その時間までは食事やショッピングなどで時間を潰すということに決まった。

黒塗りのいかにもといった車、虎城に気づいた組員は素早く後部座席の扉を開ける。

虎城が車の中に入ると、

「虎城!」

と狭い車内の中、抱きついてくる人間がいる。

「密、苦しいだろ」

「虎城、なんか変な匂いがする」

「ああ、これは線香の匂いだ」

「せんこ・・・う」

虎城は放っておくといつまでもしがみついたままの人間を「密」と呼びながら、自分から引きはがした。

そして、膝の上に座らせると後ろから抱えるようにして、自分と比べれば小さく薄い掌に線香という漢字を指で書いてやる。

「意味はまた自分で調べろよ」

「分かった」

密は嬉しそうに笑うと、虎城の方を振り返り、何の躊躇いもなく自分の唇と虎城のそれとを重ね合わせた。

虎城も、そして付き添っている組員も驚きもしなければ咎めることもない。

むしろ、密が顔を離そうとしたところで虎城が密の後頭部に手をやり、その口づけを深くしていった。

「ん・・・ふぅ・・・っん」

密は虎城に教えられたように両腕を虎城の首に絡ませていく。

すると虎城は密の頭を優しく撫で、そのままその手を下半身へと移らせていく。

「あっ、こ、虎城」

甘えた声を出す密に虎城はニヤリと人の悪い笑顔でもって

「どうした?密」

とわざと聞き返す。

密は、恥ずかしそうに虎城の膝の上でモジモジしていたが

「おチンチン・・・触って」

と小さな声で言った。

「よし、よし、密のチンチンを触って欲しいんだな」

「こ、虎城っ・・・・あっ、んん」

以前の密は恥ずかしげもなく「チンチン、チンチン」と連呼していた。
しかし、少し前から密が異様に恥ずかしがることに気づいた。

八嶋に恥ずかしい言葉なんだと教えられたようだが、そんな恥ずかしいとされる言葉を言う時の密の表情を見ることが虎城の最近のお気に入りだった。

言葉だけを聞いていれば虎城は子供を好む変態なのかと思われそうだが、実際はもうすぐ二十歳になろうかという年齢だった。

ただ、密の言葉遣いや行動だけを見ていれば子供そのもの。

虎城はそんな密を愛していた。
密の気持ちは気にしない。

虎城はそんな密を「天使」によく例えていた。



天使を汚す虎城自身は何なのか。



虎城は天使を食らう「鬼」だ。

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