生物学者も誤解  

(2015年10月3日)


 以下のURLは若田宇宙飛行士が国際宇宙ステーションの「きぼう」で実験を担当した生物学実験の成果についての紹介である。
http://m.phys.org/news/2015-09-muscle-cells-gravity.html

 このURLの最初の部分には次のように書かれている。
People can easily feel the presence - or absence - of gravity. Our individual cells actually may be able to sense gravity, too, and that ability could play a role in the loss of muscle that occurs when humans spend time in space. An investigation on the International Space Station to learn more about exactly how cells sense gravity could help scientists figure out ways to prevent that muscle loss, in space and on Earth.

 直訳すると次のようになろう。
「人は容易に重力の存在、または不在、を感じることができる。我々の個々の細胞もまた実際に重力を感知できる可能性があり、その能力は人類が宇宙空間に長期に滞在するときに筋肉を失うことに一つの役割を果たしていることがあり得る。国際宇宙ステーションでの如何に細胞が重力を感知するかについてのより正確に知るための一つの研究が宇宙空間においても地上においても筋肉が失われることを避けるための方法を科学者が明らかにすることを助けることになろう。」

 この研究自体は無重力状態を利用してベッドに寝たきり状態になると筋肉が衰えてしまう対策を見出そうとするもので意義深いものである。ただし、この研究者だけでなく生物学者が重力に対する認識を誤っていると研究内容に支障がでることを危惧するものである。では、上の文章からどこに重力に対する認識の誤りがあるのであろうか。

 人間は重力の存在を感じることができないのである。何を馬鹿なことをと思われた方は現在の常識人である。現在は洋の東西を問わず、世間の人が殆ど重力を感じることが出来ると考えているからである。おそらく人は床に立てば足に裏に自分の体重を感じるし、椅子に座ればお尻に圧迫感を感じるからである。

 実は、足の裏に床から感じる力は人に働いた重力(Gravityの訳語)という力に対する反力ではなく、重力と称される加速度運動を止めるために必要な力であって、この力は重力加速度と体の質量を乗じた量(慣性力)と釣り合っているのである。この慣性力が重量または重さと称される力である。

 この説明でも、人間に働いた重力と称する力が床からの反力と釣り合っているという説明で良いではないかと思われるであろう。確かに、この説明でも日常の生活には何も困らない。しかし、人間の細胞が重力を感知できるかというところまで突き詰める研究では、この認識の違いは試験の意味や方法に大きな影響を与える可能性がある。

 物体に作用する力は面を通して作用する。つまり圧力の形でしか作用できない。点や線では作用できない。質点系力学では近似的に点で作用するものとしている。物体の運動解析には間に合う近似だからである。面を通じて作用した力は慣性力と釣り合う。慣性力は物体の質量に加速度を乗じたものであるから物体の体積として分布している。慣性力は常に体積力なのである。

 細胞に作用する重力を考える時、床からの重力による運動に抗する力に釣り合う慣性力は床面に触れる足の裏部で最大となる。体の細胞に働く慣性力は部位によって大きさが違うということである。物体内部の力は端から伝達されている。物体内部を伝わる力の速さは物体を構成する物質に生ずる応力・歪の伝達であるから音速に等しい。

 重力が力であるという認識になったのはニュートンが万有引力の式を提示して後のことえある。この考えは200年以上変わらなかったが、重力が力でないということに気がついた最初の人はアインシュタインである。それは1907年のことであったとアインシュタインは述べている。アインシュタインは「自由落下をしている物体には重力が消えていることに気がついた」という表現である。

 この説明に使われる図は多くの書物に引用されているが、どうも正しく理解されていないようである。判り易く宇宙ステーションの例を取ると、軌道を回る宇宙ステーションは常に自由落下の状態にある。ニュートン力学では、図‐1 のように宇宙ステーションが無重力状態にあるのは重力と遠心力(慣性力)が釣り合っているから 、つまり力の釣り合いであると説明する。アインシュタインの発見はこれが間違った説明であることを意味している。自由落下している宇宙ステーションには重力が働いていないのである。

図‐1 無重力状態の間違った説明


 それでは図−2を見て頂きたい。図の左側の人は地上に置かれた部屋の中にいるので足で自分の体重を支えている普通の状態である。右側の絵はもしこの部屋がロケットで支えられていてその推力が丁度1gの加速度で決まる慣性力と同じ力を出していると、中にいる人は自分がロケットで支えられていることに気がつかない。つまり、中にいる人は自分自身の慣性力を感じとり、全く同じ状態であることを示している。



 図−2 ロケット支持と地面支持

 では図−3はどうであろうか。


 図−3 左側の絵はロケットでどの星からも遠く離れた宇宙空間に運ばれてロケットが推力を出していない時の状況である。中にいる人は重力のない場所にいるのであるから文字どうり無重力状態になっている。体には重力による応力・歪の発生も生じていない。そして右側の絵はロケットが推力を出さずに地球周辺にいると全体が自由落下している状態を示している。このとき中にいる人は無重力状態であり体には応力・歪を生じていない。この状態が左側の絵の状態と全く同じであることにアインシュタインは気がついたのである。

 地上において我々の体の細胞が重力に起因する力を受けているのはあくまでも床からの力に抗する慣性力を周囲の細胞から圧力として受けている。宇宙ステーション内で無重力状態にあるとき、細胞は何も力を受けていない。決して重力という力と慣性力が釣り合っている訳ではない。

(了)


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