(2018年1月16日) 6年前に、ハンマー投げの室伏選手が80mを超える距離までハンマーを投げたとき、手を放す直前では300kg重もの力でワイヤーを引っ張っていることを、概略計算であるが、確認した。 力は、ニュートンの運動の第三法則の作用・反作用の法則でも示されているように、必ず反対向きの力と釣り合っている。室伏選手が300kg重もの力を出しているとき、釣り合っている力は慣性力である。この慣性力は質量7.26kgの砲丸の慣性に基づく力である。 慣性とは質量の特性である。すべての物体には質量がある。物体に何も力が働かないとき、静止している物体は静止を続け、運動している物体は等速直線運動を続ける。この性質を慣性と呼び、ニュートンの運動の第一法則でもある。 室伏選手が投げるハンマーはケーブルが取り付けられた砲丸で、最初は地上の上に静止している。これを振り回すことによって砲丸に初速を与えている。この時に加える大きさの力に釣り合う力が慣性力である。 室伏選手が手を放す直前まで、ケーブルには引き張り力が加わり、砲丸内部にも応力が生じている。外力としては室伏選手のケーブルを引く力であり、これに釣り合う慣性力は物体内部に応力を発生させる実際の力である。従って、慣性力は見かけの力ではないのである。 ところが慣性力を見かけの力と書いている物理の解説書も多い。例えば、次のように相対運動をする物体の説明である。 「あなたが電車に乗っていて加速度αで動き出したとき、外であなたを見送っている人を見ると、外の人が加速度αで反対方向に動き出したように見える。電車が力を出して動き出したのであるから、動き出したのはあなたの方であるが、電車に固定した座標系から見れば外の人が加速度αで動きだしたように見える。このαに外の人の質量を乗じた値の力が加わったように見える。これは見かけの力である。外にいる人は慣性により動かないのであるが見かけの力である慣性力が加わっているように見える。従って、慣性力は見かけの力である。観測する人の立場によって発生する力は慣性力であり、見かけの力である。」 電車に乗っている人は電車が動き出したときに反対方向によろめかされる。このときも慣性力によってよろめかされるのであるが、これを見かけの力と書くので混乱する。電車に乗っている人は床から足を通じて力を受けるので実際の力としての慣性力が働くのである。 ハンマーに働く慣性力と電車の外の人に働く慣性力の違いは実際の力と見かけの力の違いである。実際の力では物体内部に慣性力に応じた応力が発生するが見かけの力では物体に変化はない。 慣性力に2種類あることになる。このことを指摘している本はどうも見当たらない。 この混乱が生じている原因は力の定義にある。現行の力の定義はニュートンの運動の第2法則が下敷きになっている。この法則は、「力は質量に加速度を乗じたものである。(F=mα)」とするものでニュートン力学の中心的な役割を果たしている。 SI単位では「力の単位1N(ニュートン)は質量1kgの物体に作用したときに1m/s^2の加速度を生じる」というものである。 この力の定義が不適切であることは、「物体に両側から1Nの力が働いたとき、加速度はゼロであるが力はゼロではない」ことを考えて見れば分かる。(F=mα)が成立していないではないか。力学が運動だけを記述するならこの定義でも問題ないが、力の本質を捉えていない。構造力学や、材料力学では全く使えない力の定義と言わざるを得ない。 ニュートンの運動方程式は質量の定義に当てた方が良いだろう。すると、「質量1kgの物体の慣性は1Nの力が作用したとき1m/s^2の加速度を生じる」、となり運動に対しても問題はない。 力の定義はフックの法則で決めるか、圧力に面積を乗じたものと定義するのが良い。後者の方が物理に沿っていると思われるが、実務上はフックの法則のほうが分かり易い。現行のロードセルを力原器とするだけであるから。このように定義された力は観測者によらない。力が掛かっているときはどこから見ても力が掛かっている。 さて、重力である。自由落下中の物体は加速度gで運動している。この加速度にその物体の質量mを乗じた値mgは力の次元を持つが見かけの力である。地上に置かれたときはじめて重さが生じる。この重さは慣性力であり、地上から受ける反力と釣り合っている。自由落下中の物体は重力場による加速度運動をしているだけである。重力場は物体に加速度運動を生じさせるが力を作用させているのではない。 (了) 戻る
|