室伏選手のハンマー投げ  

(2012年1月15日)


  室伏広治選手はハンマー投げで世界歴代5位の記録を持っている。

  

 ハンマー投げとはどういう競技なのか、ウイキペディアでは次のように書かれている。

 「ハンマーは、長さが男子1.175−1.215メートル、女子1.160−1.195メートルのワイヤーの先に砲丸がついている。ハンマー全体(砲丸・ワイヤー・グリップ)の重さの合計は男子が7.260キロ(16ポンド)、女子が4.000キロ(8.82ポンド)。直径2.135メートル(7フィート)の円形の場所から投げる。角度34.92度のラインの内側に入ったものだけが有効試技となる。

回転数は選手によって異なるが、通常は3回転か4回転で投げる。世界記録保持者のユーリ・セディフ選手は3回転投げ、日本記録保持者の室伏広治は4回転投げである。以前は3回転投げが主流であったが、現在ほとんどのトップアスリートは4回転で投げている。

重たいハンマーを高回転で安定的に投げる技術力と、投げる瞬間、背筋に掛かる400Kg以上の負荷を支える強靭な肉体が必要で、この種目におけるトップアスリートは20代後半から30代の選手が比較的多い」

 上記の中で、「重さ」は「質量」と記載すべきだが、これは慣習的な間違いであるから仕方がないとして、「400Kg以上の負荷」とあるのは本当であろうか。これも「400Kg重」の意味であるが、重量挙げでも世界記録保持者ホセイン・レザザデがクリーン&ジャークで挙げたバーベルの質量は263Kgである。

 室伏選手が歴代5位の記録を出した時に、ワイヤーにはどれだけの力が加わったか計算してみる。

ハンマーの投げ上げ角度:θ(=45度)
ハンマーの初速:V
ハンマーの質量:M(=7.26Kg)
ワイヤーの長さ:l(=1.2m)
手を離れてから最高点に達するまでの時間:t
ハンマーの飛んだ距離:R(=85m)
重力加速度:g(=9.8m/s^2)

これらの記号で、
Vsinθ=gt
2tVcosθ=R

Vsinθ=gR/(2Vcosθ)
2V^2sinθ・cosθ=gR
V=(gR/2sinθ・cosθ)^(1/2)
 =(gR/sin2θ)^(1/2)

理想的45度で投げ上げたとして数値を入れると、
V=29m/s

遠心力:F=MV^2/r

ここでr=腕の長さ+ワイヤーの長さ=0.8+1.2=2.0m
腕の長さは体の中心から80cmと見積もった。

数字を入れて計算すると
F=7.26×29^2/2.0=3053(N)=300Kg重

つまり、ハンマーが85mも飛んだということはワイヤーに300Kg重の力が加わったということである。誤差を含めるともう少し大きかった可能性はあるが、「400Kg以上の負荷」というのは少し大きすぎるように思われる。一度実測してみたいものである。

 さて、ハンマーを放出する直前に遠心力が最大になり向心力と釣り合っている。この力は3000N(約300Kg重)程度で、力の釣り合い状態にある。紐は引き張り応力が発生し、ハンマー自体にも引き張り応力が発生している。

ハンマーを投げだすため、選手が手を開いてワイヤーを離した瞬間から、この遠心力は消え、ハンマーは慣性により周速度の方向に飛びだす。遠心力で飛び出すのではない。ハンマーに速度がついているからその速度を保もとうとする性質により、飛び出すのである。飛び出したハンマーにはもはや力がかかっていない。ハンマーが飛行中においてはハンマーの内部応力はゼロである。

 ニュートンの運動の第一法則は、「物体に力が働かない限り、その物体が静止しているものはいつまでも静止を続けようとし、直線運動をしているものは直線運動を続ける」と述べている。この時の直線運動をニュートンの慣性運動という。

 室伏選手が投げたハンマーでもどこまでも飛んでいくのではなく、85mで地上にぶつかってしまう。重力が働いているからである。

 地球を周回する人工衛星が宇宙の彼方に飛んで行ってしまわないのは地球の重力が引きつけているからである。地上に落ちてこないのは、衛星の速度が秒速8Kmあるからである。これを第一宇宙速度という。これより早ければ楕円軌道になり、11.2Kmより早ければ地球を離れてしまう。この速度を第二宇宙速度という。第一宇宙速度の秒速8Kmより遅ければ地球に戻ってくる。第一宇宙速度で運動している衛星は常時地球に向かって落ちているのだが、地球が丸いため、いつまでも地上に到達しないのである。

第一宇宙速度で地球を回っている人工衛星も無重力状態にある。これは自由落下という運動状態に他ならないからである。無重力であるのは重力と遠心力が釣り合っているからという説明は間違いである。ハンマー投げとの比較でみると、人工衛星が地球を回っている状況は室伏選手が紐を離さず回転しているときではなく、手を離して後、ハンマーが飛んでいるときに近い。もし、室伏選手がハンマーの回転により離したときのハンマーの速度が秒速29m/sでなく、8Km/sまで加速できるのなら、ハンマーは何時までも地球を回っていられるだろう。(空気抵抗が無いものとして)

ハンマーは手を離したときから自由落下の状態にある。初速を持った自由落下である。これを一般相対性理論の慣性運動という。重力の作用以外に何も力が働いていない物体の運動を自由落下運動という。自由落下をしている物体には力が働いていないのである。従って、その物体内部に応力は発生していない。

(了)


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