宇宙エレベーターが駄目な理由  

(2016年10月30日)


 

宇宙エレベーターとはどういうものかは既に何冊かの本も出ているのでここでは詳しく述べない。また駄目なものを詳しく述べる気にもならない。しかし、簡単に説明しておく必要はあるだろう。

人工衛星が打ち上げられるようになり、国際宇宙ステーションもでき、宇宙開発活動も進展したとはいえ、月面への人類到達時に予想されたようには広がっていない。この低迷の一番の理由は宇宙への輸送システムがロケットに限られ、そのロケットによる輸送コストが極めて高価であることである。

高層階のビルでは階段でなくエレベーターを使う。低高度の衛星は地表に対して動いているが、高度36,000kmの静止衛星は地上から見て静止している。それなら静止衛星まで行くエレベーターなら作れるのではないか。エレベーターであれば輸送コストは安くなるに違いないとの発想である。

現在の建造物で一番高いドバイのブルジュ・ハリファでさえ828mである。今後1kmを越える建造物が作られることはあっても、高度36,000kmまで届くタワーは絶対に作り得ない。宗教絵画「バベルの塔」で教えられるまでもなく、どんな材料を使っても自分の重量による圧縮力に耐えられないからである。

そうならば、逆に静止軌道から地上方向と天頂方向の両方に遠心力と重量を釣り合わせながら柱を伸ばしていけば良いのではないだろうか。このアイデアが、現在の宇宙エレベーターの基本になっている。それでも、両方向に柱を伸ばすにつれて遠心力と重力による引き張り力がだんだん大きくなる。これは重力による潮汐力と呼ばれる力である。数万kmの長さになるとこの潮汐力に耐えられる材料はない。やはりまだ全くの夢物語であった。

ところが、1991年に飯島澄男教授によってCNTが発明されたことによって、宇宙エレベーターの夢物語に希望を持つ人が出てきた。このCNTは密度あたりの強度が極めて高く、この強度の材料が手に入れば宇宙エレベーターが実現できる可能性があると見たのである。

それでは、駄目な理由は一つでもあれば駄目なのであるが、宇宙エレベーターが駄目な理由として思いつく事項をいくつか列挙してみる。


1.   強度のある材料がない

飯島教授が発明したCNTナノチューブは人の髪の毛の5万分の1の太さでしかない。当面、繊維の太さにすることの見込みさえ全く立っていない。まして、航空機やロケットの構造部材のように使える大きさのものができる見込みは全く立っていない。

昔、材料力学の講義で金属材料は格子欠陥を失くすことが出来さえすれば10倍以上強度は高くなると習ったように思う。格子欠陥を取り除く研究も続けられているが、いまだに実現していないことも想起すべきであろう。

仮にCNTの強度を持つ構造材料が出来たとしても数万kmもの長さを継ぎ目なしで作ることは不可能に近い。CNTの強度を保持したままの接手を作ることは出来ない。接着剤を使えば強度は接着剤の強度に落ちてしまう。

2.   初期費用を回収できない

宇宙エレベーターを建造するためには静止軌道にまで、その材料または部品(半製品)を運ぶ宇宙輸送システムが必要である。組み立てをロボットに行わせるのならロボットの輸送と組み立て作業が必要になる。これらのための宇宙輸送が現時点では高価なのである。
 宇宙エレベーターも当初から廃棄するときの方法を考えておかなければならない。原子炉の例でみるように、廃棄用費用は建造する費用よりは安いにしてもばかにならない。

宇宙エレベーターの材料輸送のためには、例えば航空機のように再使用可能な安い費用のロケットによる宇宙輸送システムが必要になる。このようなシステムができるのであれば、もはや宇宙エレベーターを建造する必要性がなくなる。初期費用を回収できるなら宇宙エレベーターは目的が自己矛盾したシステムである。


3.   非効率で使いものにならない

宇宙エレベーターが出来たと仮定しよう。このエレベーターを動かすのは電動モーターが採用されるのであろう。

現在の高層建築で使われている最高速のエレベーターは秒速20mである。この速度では宇宙ステーションの軌道高度400kmに到達するだけでも5.5時間かかる。リニア新幹線の時速500kmが実現できるとすれば1時間足らずであるが、静止軌道までは時速500kmでも72時間かかる。

つまり、重力に逆らって動く時間が長すぎるのである。この時間が長いということは重力損が極めて大きいエネルギー的に非効率な乗り物であることになる。
 建築物のエレベーターが遅い速度でも成立している理由はバランスウエイトを使えるからである。宇宙エレベーターにもバランスウエイトを使うならこれを吊るす長いロープも必要になる。あるいは何度も乗り換えが必要なエレベーターにするかであるが、少し想像するだけでも時間とエネルギーに関して非効率である。

重力損を避ける方法は出来るだけ高加速で上昇することである。このためには強力なロケットでも使って高加速度をものともせずに上昇することである。人間が高加速度に耐える方法はある(耐高加速度鎧)が、この場合宇宙エレベーターの構造物に触れると摩擦を生じ、余計なエネルギーがいる。つまり、宇宙エレベーターは無い方が良いことなって建造理由がなくなる。

宇宙ステーションは秒速8kmに近い軌道速度で周回しているので、宇宙ステーションに乗り込むためには、この速度を与えるロケットも別に必要になる。現在の衛星打ち上げなどの上段ロケットに相当するこのロケットも分解するなどしてエレベーターで運ぶ必要がある。

耐高加速度鎧の実現可能性


4.   安全性が保てない

隕石が衝突するなど何らかの原因で中央から切れたら下半分は落下し、上半分は宇宙の彼方に飛び去るであろう。飛び去る方は良いとしても下に落下する方は大事故になることは間違いない。

参考 

「宇宙エレベーター 人類最大の建造物」、青木義男

「宇宙エレベーター」、佐藤実、祥伝社、2016年

「宇宙エレベーター」、アニリール・セルカン、大和書房、2006年

 (注)セルカンは東大助教時代に経歴詐称が発覚し、学位取り消しと懲戒解雇相当の処分をされた。



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