トップへ
トップへ
戻る
戻る
直前のページへ
直前のページへ


OB・OGなんでも投稿(その3)

       マンドリン関連でなくても何でも結構です。生活の事、社会に言いたい事、お仕事の事、
       世の中に言いたい事・・何でもご自分で感じた事を気楽に投稿して下さい。
2007年09月03日
【マリア・カラスに捧げるコンサート】

                                   ホームページ管理者

 マリア・カラスをご存知でしょうか。
 戦後、もっとも傑出したオペラ歌手で、20世紀におけるイタリア・オペラのあり方
に大きな変化をもたらしました。1938年アテナイ王立歌劇場で『カヴァレリア・ルス
ティカーナ』(マスカーニ)のサントゥッツァを歌ってデビュー。1947年にはヴェロー
ナ音楽祭で『ラ・ジョコンダ』の主役を歌い、1950年には、ミラノ・スカラ座で『アイー
ダ』以降は彼女の全盛期となり、ロッシーニ/ドニゼッティ/ベッリーニなどの19世
紀初頭の埋もれたオペラ作品を現代によみがえらせることに貢献しました。
 本来メゾ・ソプラノに近い彼女の声は、「作られたソプラノ」と言われ、彼女の膨大
な数にのぼる録音の数々は、死後20年以上経つ現在でも高く評価され続けていま
す。
 このマリア・カラスに捧げるコンサートが、2007年8月18日(土) 箱根ガラスの森で
開催されました。このコンサートは、イタリア・ミラノにある世界で最も有名な歌劇場
の一つと言われるスカラ座。このスカラ座のスカラ座管弦楽団のメンバーによるスペ
シャルコンサートとして行われました。(日本ではこの一日だけの講演です。)

 出演者は、ミラノ・スカラ座管弦楽団のトップ・フルーティストであるロマーノ・プッチ
氏により結成されたクラシックの室内合奏団『ミラノ・アンサンブル・クラシカ』の3名。
 今回のステージではこの3名に加え、スカラ座アカデミー若手演奏家とチェロ、ソプ
ラノ、テノールのソリストを迎え、演奏だけでなく、ソプラノソリストによる、マリア・カラ
スが得意としたアリアやテノールの歌声も楽しめるステージでした。

                         ミラノ・アンサンブル・クラシカ
【ミラノ・アンサンブル・クラシカ】
  ・ロマーノ・プッチ(フルート)
  ・ファビオ・スプルッツォア(クラシックギター)
  ・イヴァーノ・ブランビッラ(マンドリン、クラリネット)
  ・ブルーノ・プッチ(ヴィオラ)

  ・鈴木聡子(チェロ)
  ・新南田ゆり(ソプラノ)
  ・高野二郎(テノール)

  ・上月光(司会、音楽評論家)

演奏曲目
    ベッリーニ作曲 『ノルマ』から"清らかな女神"(ソプラノ)
    ヴェルディ作曲 『シチリア島の夕べの祈り』から"ありがとう、愛するともよ"(ソプラノ)
    ベッリーニ作曲 『夢遊病の女』から"愛の嬉しさに気持ちも踊る"(ソプラノ)
    プッチーニ作曲 『トスカ』から"星は光りぬ"(テノール)
    ヴェルディ作曲 『椿姫』から"乾杯の歌"(ソプラノ& テノール)    他

                              (情報提供は、41期堀切さんです)
 
2007年08月31日

【日大マンクラOB,OGの皆様へ】
                                          向井

 日大マンクラOB,OGの皆様、本HP読者の皆様、はじめまして。
おおぜいの日大マンクラOB,OGに囲まれて、長年、東京マンドリン宮田楽団
に席を置いておりました、向井と申します。

 このHPの管理者さんに背中を押されて、ひと言ご挨拶させていただきます。

 私事で恐縮ですが、楽団の創立90周年定演を目前に控えた練習直後に、脳
梗塞を発症、ダウンしてしまいました。
左半身不自由な身となり、目下リハビリ通院中ですが、3ヶ月を経過した現在、
元気に回復に向かっております。
ご心配お掛けしましたが、皆様の励ましに、写真のように、初心者程度にギター
の押弦が出来るようになりました。

 さて、当方、東京マンドリン宮田楽団創設者の宮田信義先生と、二代目の宮田
俊一郎先生に師事。
古いOB,OGの皆さん同様、俊一郎先生にはとりわけ可愛がって頂きました。

このHPでも、俊一郎先生にゆかりのある方の消息が飛び交っており、時折拝見
して、皆様の交流の広さ、深さに感じ入っております。

 ドクターストップがかかり、楽団から身をを引かせていただいた身で申し上げる
のも僭越ですが、吉子先生と蝶子さんが頑張っておられます東京マンドリン宮田
楽団を、これまで以上に、どうかよろしくお願い申し上げます。

 末筆になりましたが、マンドリンの音色がしないのに、当方とかみさんとの拙著
「だるまさんが笑った」を、このHPをはじめ色々な場で、HP管理者さんが大々的
にPRして下さっております。
この場を借りて、あつくお礼申し上げます。
 
2007年08月15日
【イタリア料理『モナリザン』】

                            ホームページ管理者

7月22日(日)イタリア料理『モナリザン』で

川崎方面に行った帰り道に、『モナリザン』に行って来ました。数十年ぶりでした。
ちょうどお店にいた大嶌さんご兄弟(6期、11期)にお会いしました。


このHPで、2007年6月30日にテレビ放映された『道場六三郎と行く東海道グルメ
旅』をご紹介しましたが、その時の料理の鉄人 道場六三郎自筆の色紙が店内に
飾ってありました。

"僕は魚 料理は海"   (道場六三郎)

料理と言う海は深く広い。その中を料理人として、自由に泳ぎ回っている自分の信
念や喜びを表しているでしょう・・か、難解です。

テレビで見た「43年位前から変わらない味」を当時と同じレシピで作り続けている
というナポリタンを食べてきました。
私には、懐かしい味と言うよりも、新鮮なおいしさを感じました。
とても上品なナポリタンでおいしかったです。43年位前にこのパスタを出していた
らすごい事ですね。

昔、『モナリザン』でアルバイトとして、成澤さん(11)、三浦さん(11)、村上さん(11)、
鈴木さん(11)、吉岡さん(12)等が働いていたそうです。
 
2007年07月05日
【東京マンドリン宮田楽団の定演

                              東京都 8期 三坂

6月30日(土)東京マンドリン宮田楽団(創立90周年記念)第126回定期演奏会
がメルパルクホール「東京郵便貯金ホール」で開催されました。

 常任指揮者の向井さんが病に倒れ、急きょゲスト指揮の坂本先生が前半を指揮
することになりました。楽団員一同戸惑いましたが、なんとか間に合わせることが
出来ました。

 プログラムには「東京マンドリン宮田楽団90年の歩み」という小冊子が添付され、
宮田信義先生や俊一郎先生が活躍された時代から蝶子先生の現在まで詳しく紹
介されています。
 司会はNHKアナウサーの柿沼さん。東京マンドリン宮田楽団の紹介やら、歌詞の
朗読など、素晴らしい語り口でその曲の雰囲気を盛り上げます。
演奏前の司会の解説の重要さを感じました。
 3部ではテノール歌手の 持木 弘さんがゲスト出演。「グラナダ」など3曲を唄い、
創立90周年記念にふさわしい賑やかなものになりました。

 私は昨年の定演ではドラで出演しましたが、今年はセロでの参加です。
セロには細かい繊細なフレーズはありませんが、アクセントやフォルテなど迫力あ
る音を求められる為、マンドリンやドラの時より体力を使います。6月の1ヶ月間は
練習日も多く真面目に出席していたため、疲れがたまり定演終了後体調を壊しまし
た。
 
2007年06月03日
【ホームページ3万アクセス突破

                                   ホームページ管理者

5月31日、日本大学マンドリンクラブOB会ホームページのアクセスカウンターが
3万を超えました。
見事3万件目を当てた方は、11期 荻久保さんです
そういえば、2万件目も11期の中村さんでした。11期の皆さん、いつもアクセス
ありがとうございます。

 昨年5月5日にホームページをスタートしてから1年間が過ぎました。
スタート当時50件を達成して喜んでいた時、8期 長谷川さんから『5千件、いや5
万件を目指しなさい』と助言されました。
嬉しかったのですが・・5万件なんて夢ですよね・・絶対無理無理・・と思っていまし
た。でも今や時間の問題かもしれません。

この1年間多くのOB・OGの援助を受けながらやっとここまで来ることが出来ました。
日大マンクラ50年間の歴史は1年間位では語り切れません。このホームページの
先は、まだまだ長いようですね。

OB・OGや読者の皆さん、気が向いたら何でも結構です。"今日のはつまらなかっ
たよ"、"こんな特集して"、"懐かしい写真があるよ"・・・何か一言『メールフォーム』
からメールを下さい。
出来るだけ読者の皆さんのご意見も今後取り入れて行きたいと思います。

このホームページを通じて、もっともっとOB・OGの輪が広がってくれたらとても嬉し
いことです。
 
2007年05月24日
日本大学マンドリンクラブのクラブ旗】

                                 ホームページ管理者


皆さんおなじみのクラブ旗ですが、いつ頃作られたものなのでしょうか?

1期や2期の演奏旅行のステージ写真では、別の旗が出てきます。
1期指揮者 松橋さんの言葉を借りると『全体がピンクで薄いペラペラの旗』だった
そうです。ピンクは日本大学カラーですね。写真の右下にNUMCの文字が見えま
す。横の2重線はマンドリンの複弦を表しています。


PC上で復元した旧クラブ旗


実際の写真ですが日大マンドリンクラブと後に手書きされています。

また地方演奏会では、日本大学の大学旗を使用した事もあったようです。


第3回定演のステージ写真には現在のクラブ旗が出ています。
そして、それ以降現在までこの旗がクラブ旗として続いているわけです。
これぞ目に見える”伝統”ですね。
これを見ている現役の皆さん、デザインを勝手に変えちゃダメだよ〜

さて、この旗のデザインをどなたがされたものかを調べたところ、4期ギターで芸術
学部美術学科の宇野さんがデザインされた事がわかりました。
このクラブ旗の中心にいる鳳凰は十円玉にデザインされている京都平等院鳳凰堂
の屋根の鳳凰を参考にされたそうです。

多分同時期だと思われますが、宇野さんはクラブマークもデザインされています。



下の写真の左から二人目がマンクラ旗のデザインをされた4期 宇野さんです。
宇野さんは、卒業後、山梨県の中学で美術の先生になり、校長を勤められ、
現在教育研究所の所長とのことです。


        【2006年の1〜5期OB会より】左から:佐々木(山下)(4)、宇野(4)、寺本(4)、岩井(5)

シンボルマークの詳細はこちらの【シンボルマークについて】をご覧下さい。
 
2007年05月16日
中四国のOB・OGの皆さんへ
                             岡山県 24期 賀来

こんにちは、24期 賀来です。
現在岡山に在住して、社会人マンクラに参加しています。
参加している団体は、『岡山ブレクラトラム室内合奏団』(略称 POCO)で、1998年
に結成された比較的新しい団体です。50人位で練習しています。ちなみにこの土日
は定演のための合宿があり、参加して来ました。

定期演奏会を毎年行っていますが、第7回定期演奏会が7月1日に倉敷市芸文館で
行われます。
中四国の方でお聴きになりたい方がいらっしゃいましたら是非お越し下さい。
招待券を若干枚確保しましたので、ご連絡下さい。
もちろん、中四国以外の方も大歓迎です

ご希望の方はホームページのメールフォームからお申し込み下さい。

地方にいると、なかなかマンドリンクラブには巡り合えないものです。
久しぶりにマンドリン合奏を楽しんでみませんか?
OB・OGの方の中で、中四国・関西方面在住の方に聴いていただければ幸いです。

    2007年7月1日(日)  場所:倉敷市芸文館  最寄駅:JR倉敷駅
                 演奏曲:帰郷 (ヴェルキ)
                      星空のコンチェルト (藤掛廣幸)
                      中世の城へ (G.Bolzoni)
                      北の地平線 (小林由直)   その他

 岡山ブレクラトラム室内合奏団のHPは【リンクとOBのお店】から入れます。
 
2007年05月04日
【亀戸天神・藤まつり】
                            ホームページ管理者

 総武線・両国駅から二つ目の亀戸駅。駅から約15分にある亀戸天神社。
 江戸時代から学問の神様として信仰を集め、梅や藤の名所として庶民から親しま
れてきました。寛永2年(1662)九州大宰府天満宮の神職が、飛梅の木で菅原道真
の像を作り、祀ったのがその創建と言われています。


うそ替え神事(毎年のウソを納め、新しいウソを求めると凶も吉にトリ替わると言わ
れ、檜の一刀彫のウソに人気があります。
また学問の神様なので、時期には受験合格祈願の参拝者で知られています。

写真は4月30日に行われていた藤まつりです。
亀戸神社の庭の藤は三百四十年前の神社創建当時から植えられたと伝えられて
います。まだ咲いていますのでお近くに方はおいで下さい。







 地名の亀戸は、昔この地に井戸があり亀が住んでいたそうです。
 亀の井戸(かめのいど)から亀戸(かめいど)に変わったそうです。

亀戸天神社の池にいる亀
 
2007年04月02日
【宇都宮マンドリンクラブ】
                              栃木県 6期 成瀬

 私が参加している宇都宮マンドリンクラブをご紹介します。
メンバーは20代から70代までの約40名。毎週土曜日の夜、宇都宮市の西生涯
学習センターで練習を楽しんでいます。
 先の2006年12月3日に栃木県総合文化センターサブホールで第27回定期演
奏会が行われました。

  第1部
    牧場の王者(モーツァルト)、アヴェ・マリア(シューベルト)
    ひとりぼっちの晩餐会(メンケン)、バグダッドの太守(ボワエルデュー)
  第2部
    真珠とりのタンゴ、碧空、太陽がいっぱい、
    山田耕作歌曲三題:この道、からたちの花、赤とんぼ、
    ラッパ吹きの休日(アンダーソン)
  第3部
    水車小屋の娘たち(マチョッキ)、ロマン的間奏曲(カッペルレッティ)、
    交響的前奏曲(ボッタキアリ)


1stマンドリンの前から2番目で弾いているのが私です。

昔オハコだったバグダッドの太守をやりましたが、家で全然練習しないものだから、
やっとこさでした。

 
2007年03月23日
【季節料理の店 味さと】
                             東京都 12期 竹内

九段下にある11期 成澤さんのお店 季節料理『味さと』。ご存知の方も多いと思
いますが、今日はこのお店のご紹介です。

『味さと』

 成澤さんは、卒業後 川崎の『モナリザン』で洋食の修行をして、和の道へ。
1978年(昭和53)に『味さと』を開店しました。
弟の康平さんも一緒に働いています。ご兄弟とも、東京マンドリン宮田楽団の団員
でもあります。また、最近は日大マンドリンOBクラブにも参加して頂いています。

成澤さんご兄弟

 一つの階はそれほど広くはありませんが、一階から三階まであり、落ち着いた雰
囲気で食事をする事が出来ます。私は月に一度位『味さと』に行きますがいつもお
客様でいっぱいです。
 この店の一番のお勧めは、毎日築地から仕入れた新鮮な魚でしょう。おいしい魚
は、さしみ、焼き、揚げ等、どの料理でもおいしい魚好きの私には最高です。
カウンターから調理をしているところが見えるのもうれしいものです。
 さすが成澤さん、リズム感のある包丁さばきはすばらしいものがあります。その早
さと正確・丁寧さは見ていても驚きます 。
料理人がいい仕事をしているのを見ているだけで、料理のおいしさが同時に伝わり
ますね。

みごとな包丁さばき

 カウンターの正面にはアジが泳ぐ大きな水槽があり、その場で活きのよいアジを
さばいてくれます。もちろん魚だけでなく肉料理や季節の料理も色々楽しむ事が出
来ます。
 また、毎月変る『今月のお酒』は、全国の安くておいしいお酒を飲むことが出来ま
す。写真を撮ったこの月は、岡山県の純米酒"碧天"でした。味わいのあるお酒でし
た。コップになみなみ注いでくれ、下の受け皿に溜まります。なかなかいい感じ。
いつも新鮮な地酒を提供できるよう、10種類に厳選しているそうです。

 皆さんも九段下方面に来られた時は、是非お立ち寄り下さい。
余談ですが、日大マンドリンクラブの方達も現役時代にアルバイトをしていたそうで
す。村井さん、吉田さん、服部さん、渡里さん、弓納持さん、三浦さん、猪爪さん、
他には宮田蝶子先生の息子さん・・など

 
2007年03月20日
【比留間賢八先生の墓碑】
                             東京都 12期 竹内

 東京マンドリ宮田楽団の常任指揮者の向井先生と2月に多磨霊園へ行って来ま
した。それは、マンドリン界の創生期にご活躍された比留間賢八先生のお墓を訪
ね、マンドリンの歴史に少しだけでも触れてみたかったためです。

霊園のある西武多摩川線多磨駅


向井先生

 多磨霊園は1923年に開園し、武蔵野の面影を残す大霊園です。面積は128ヘク
タールと都立霊園の中で最大の規模を誇ります。
 その霊園には、北原白秋、江戸川乱歩、与謝野晶子、岡本太郎、中村歌右衛門、
三島由紀夫、東郷平八郎、山本五十六・・・たくさんの文化人、英霊、著名人が眠っ
ています。
この中に、比留間賢八先生のお墓もあります。

                            北原白秋のお墓です。

 2月のまだ寒い中、広大な霊園を行ったり来たりと長い時間探してしまいましたが、
ようやくお墓にたどり着きました。


(以下ウィキペディアより)
 比留間賢八:(慶応3年3月15日(1867年4月19日)〜昭和11年(1936年)4月15日)
は、日本のマンドリン・ギター奏者、音楽教育家。
東京生まれ。1883年、音楽取調掛伝習生となりチェロを専攻する。1887年、音楽取
調掛を卒業後、アメリカのニューヨークに留学。1889年にはヨーロッ
パに渡り、1891年に帰国。
 このときにはじめて日本にハーモニカとツィターを持ち帰っている。1898年に再び
渡欧し、ドイツとイタリアでマンドリン・クラシックギターと出会う。1901年にマンドリン
とギターを持ち帰って帰国し、マンドリン・ギター教室を開いている。以後その普及に
尽力し、日本のマンドリン音楽・クラシックギター音楽の源流となった。
 その門下には音楽家の齋藤秀雄、華族の徳川義親・武井守成・土方与志、作家の
里見ク、詩人の萩原朔太郎、画家の藤田嗣治、陶芸家の富本憲吉がいる。
また娘の比留間絹子もマンドリン奏者として活躍した。(以上ウィキペディアより)

 尚、1902年(明治35)鈴木政吉は比留間賢八が欧州より持ち帰ったマンドリンを見
本として1903年(明治36)日本で最初のマンドリンを製作しました。これが、現在のス
ズキマンドリンとなるのです。
 宮田俊一郎先生の履歴には、宮田信義先生と比留間絹子先生にマンドリンを師事
したと記載があります。


比留間家のお墓

 比留間家の墓の横には、娘の比留間絹子先生が建てた墓誌がありました。
この墓誌には、比留間賢八先生の略歴が彫られています。その全文を書き写しま
したのでご紹介します。

お墓と墓碑

向井先生が指差している部分には、マンドリンとギターが彫刻されていました。
比留間賢八先生のお墓にふさわしいもので、感動しました。




比留間先生没後 約70年。日本マンドリン界の歴史に接し、今 こうした先駆者の
方々の努力があったからこそ、我々はマンドリンを楽しく弾いていられるのでしょう。
遠くから来た甲斐がありました。

   
2007年03月08日
【20,000アクセスに大当たり
                             東京都 11期 中村

 Web.鳳友を毎日楽しみに閲覧している日大マンクラOB・OGの皆さん、こんに
ちは!!

 ちょっとご報告を。
きっと偶然の事と思いますが、3月6日16:35に2回目のアクセスをしましたら見
事20,000人目の来訪者でした。実は15,000人目も私でした。
10,000人目は誰かわかりませんが、偶然が2度も重なるとは・・・。ちょっと嬉し
く思います。

 日本大学マンドリンクラブOB会は5月26日(土)墨田区緑コミュニティーセンター
に於いてOB総会があります。又、マンクラ50周年記念に向けてOBクラブも練習
を積重ねております。
 我もと思われるOB・OG諸氏は是非OB総会に出席していただき、OBクラブにも
参加していただき演奏を楽しんで下さい。

追伸 
 HP管理人様。毎日ご苦労様です。又、良い資料が見つかれば送ります。

《HP管理人より》
中村さんおめでとうございます。
皆様のおかげで20,000アクセスが達成出来ました。ありがとうございました。
中村さんには、記念の粗品を用意しておきます。
10,000人目の方は申し出でがなかったので、とうとう何方なのかわかりませんでし
たが多くの方に見ていていただいているという事だけで毎日の更新の励みになります。
これからも応援をよろしくお願い致します。
2007年03月01日
【能面について】 
                              東京都 12期 竹内

能面の展示会へ行って来ました。
能は日本の伝統芸能ではありますが、なかなか能楽を見ることは少ないものです。
さらにその能楽に用いる能面を実際に見ることも少ないです。
この2月に能面製作を趣味とする方々「面誠倶楽部」の展示会が成城学園のギャ
ラリーで開催されました。
能面は、特に"おもて"と言うことになっていまして、檜(ひのき)で作られています。
下は素材時点の写真です。(縦:21.4cm、横:13.6cm、厚さ:7.1cm…これは、女面
に使用するもの)ここからノミ等の工具を使用して、少しづつ彫って行きます。この
事を"面打ち"と言うそうです。途中で何度も型紙などで修正・チェックを繰り返し、
塗りをほどこして完成させますが、全くの初心者を除くと、3ヶ月位掛かるそうです。


能面は、女の面、男の面、老人の面、鬼神の面、怨霊系の5種類に大別されます。
それぞれの面は作者の心がこもっているかの様に表情が溢れています。
特に、女面は、角度によって表情が変わり、「能面のように無表情!」という事が全
くあたっていないことを発見しました。
日本人の心と美、そして、引き継がれていく伝統的なものの重みに感激しました。

女性の顔は美しくまた年齢や感情で変化します。これを能面では段階的に巧みに
表現しています。あなたの奥様はどの段階ですか?
以下はその代表的な面です。
(もう少し段階的にはあるのですが多少省略させていただきました。)
   【能面】

小面(こおもて)
 16〜7歳くらいの、若い、穢れを
 知らない女性の顔。














宝増女(ぞうおんな)
 小面よりやや年上の、若い美人
 の顔。
























曲見(しゃくみ)
  子供を持つ母親の顔。おでこ
  とあごが、少ししゃくれている。

老女(ろうじょ)
   実は、絶世の美女だった、
   小野小町の老残の顔。














泥眼でいがん)
  品のよい女性が嫉妬に狂う顔。
  眼に金泥をほどこし、生霊となっ
  た様。
























般若(はんにゃ)
   女性が嫉妬の極限に なって、
   既に人ではなくなった状態を
   象徴している。

若男(わかおとこ)
 ごく一般的な、若い男性の顔。
怪士(あやかし)
 水中の疫鬼。主に、この世に恨み
 を残して死んだ怨霊の顔。
   【狂言の面】
武悪(ぶあく)
       鬼の面。
(きつね)
 
2007年02月14日
【同期の海老沢君】 
                             東京都 10期 大西

            1966年(昭和41)5月29日新入生歓迎バスハイク
                     千葉県・鋸山にて

                    後列左から:?、佐藤(10)、渡辺(10)
                    前列左から:海老沢(10)、大西(10)、新津(10)

 同期でギターを弾いていたこの写真の海老沢信吉君は、現在東京都大田区議会
議員3期目として活躍中ですが、今年4月22日の統一地方選でいよいよ正念場の
第4期目を目指します。
12年前、当時代議士だった石原慎太郎現都知事はじめ地元有力者の支援を受け、
区政に立候補し、見事上位当選を果たしました。
 私もマンクラ同期の因縁で微力ながら支援活動をさせてもらいましたが、選挙の
際には日大マンクラOB・OGの方々を始め、マンドリン関係の皆様には大変なご協
力をいただきました。この場をお借りして改めまして御礼申し上げます。

 先ほど4期目の正念場と申しましたのは、彼が初当選以来、防災対策特別委員
長、文教児童委員長、決算特別委員長、総務財政委員長を歴任、自民党大田区
議団幹事長、の要職を経て、いよいよ4期目当選となれば、議長の座も目前という
ことになるからです。
彼は現在、自民系の西野大田区長(日大法学部卒)の信頼ある右腕として大田区
政になくてはならぬ存在になっています。

 今回の選挙にあたり改めてみなさまにお願いがございます。大田区内に在住の親
戚、友人、知人の方がいらっしゃれば、その方の了解の上、エビサワ信吉後援会事
務所まで、住所、氏名、電話番号をFAXして頂きたいのです。政治活動リーフレット
等を送らせていただきたいと思います。何卒宜しくお願い申し上げます。

 最後に全日大マンドリンクラブOB会関係者のご健勝と益々のご発展をお祈り申し
上げます。

OB・OGなんでも投稿目次へ
表紙へ戻る 
全頁閲覧はここ 


トップへ
トップへ
戻る
戻る
直前のページへ
直前のページへ