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両国ぶらり散歩 1〜6

2010.04.22 東京都 12期 竹内
撮影:2010年04月20日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 60】 名所旧跡
相撲取り
両国は相撲の町。お相撲さんが町を歩いていると、頭に付けたビン付け油で50m先からでもわか
ります。夜食事に行くと、必ずと言ってもいいほど力士が数人食事をしています。しかし、有名な力
士はなかなか見かけません。
一昨日、時々行く店に行ったら、錣山親方(しころやま)と言ってもおわかりにならないので、元寺尾関
だったらおわかりになりますか。
その元寺尾関とご一緒になりました。この店は、寺尾関の後輩が経営している店です。現役時代と
変わらず、がっしりした体です。普通の力士は、"てっぽう"や"しこ"で体を作りますが、寺尾関は機
械を使ったトレーニングを多様していたらしいです。現役時代は、古い体質の相撲界では、特異な
存在で、賛否両論だった事でしょう。

寺尾さんファンとしては、飲んでいる所を失礼でしたが、一筆書いていただきました。
『今日一日の努力』 今日一日努力して、明日もその一日を努力して・・努力を積み重ねることの大
切さです。


  
寺尾さんは、井筒部屋所属の元大相撲力士。得意技は "突っ張り" と "いなし" でした。現役当時
は、長身の186cm、今でもがっしりした体格です。
現在は年寄・錣山(しころやま)として錣山部屋の指導にあったっている親方です。
父はもろ差し名人として鳴らした元関脇 鶴ヶ嶺、母は25代横綱2代 西ノ海の孫娘、長兄は元十両
鶴嶺山、次兄は元関脇 逆鉾というサラブレッド力士でもあります。
両国駅前には、兄(元十両・鶴嶺山)がオーナーのちゃんこ『寺尾』があり、そのおいしさは地元でも
評判になっています。
 
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2010.04.15 東京都 12期 竹内
撮影:2010年04月10日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 59】 名所旧跡
中田屋茶舗
JR両国駅から徒歩7分にある中田屋茶舗は、ペリー来航、日米和親条約が締結された安政元年
(1854)に創業、百五十年以上の老舗です。
店頭に並べられたブレンド済のお茶だけでなく、好みの味を言えば、その場でブレンドしてくれます。
玉露を使った高級番茶「両国相撲番茶」や「銘茶両国」がお勧めです。



 
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2010.03.05 東京都 12期 竹内
撮影:2010年02月20日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 58】 名所旧跡
東京スカイツリー
東京スカイツリーをご存じでしょうか。東京スカイツリーは、東京都墨田区押上に建設中の電波塔で
す。自立式鉄塔で高さ634mの自立式電波塔としては世界一の高さとなります。
東京スカイツリーは、日々建設が進み、すでに塔の高さは300mを超えています。
建設場所は両国ではありませんが、両国のマンションなどからはその様子が間近に見えるようにな
りました。両国の新しい風情と言ってもいいかもしれません。
東京スカイツリーは、2008年7月14日に着工され、2011年12月から遅くても2012年早春に完
成する予定です。
自立式鉄塔としてはウクライナのキエフテレビタワーの385mを上回る世界第1位。自立式建築物
としては広州テレビ・観光塔の610mを上回り、アラブ首長国連邦・ドバイにあるブルジュ・ハリファ
の828mに次ぐ世界第2位となる予定です。
         
東京スカイツリーの建設場所は、複合型施設として商業施設、都市型水族館、プラネタリウムを主
体とするドームシアターなども合わせて建設中です。東京タワーのように東京スカイツリーの置物と
か、ペナントとか・・お土産物が出来てしまうのでしょうか。
 
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2010.02.15 東京都 12期 竹内
撮影:2009年10月22日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 57】 名所旧跡
手焼きすもうせんべい
昭和元年創業の手焼きせんべいのお店『すもうせんべい本舗 前田商店』です。力士をかたどったこ
だわり職人の手焼き「すもうせんべい」。素朴で味わい豊かなせんべいで、ビールのおつまみにも合
います。
           
                           力士の形をしたおせんべい
 
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2010.01.15 東京都 12期 竹内
撮影:2009年10月22日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 56】 名所旧跡
大高源吾の句碑
大高源吾は、赤穂浪士四十七士の一人です。主君浅野内匠頭が江戸城松之大廊下で吉良上野
介に刃傷に及んだ後、源吾は江戸に下り、町人脇屋新兵衛を名乗っ吉て、良の動向を調査してい
ました。
大石内蔵助の腹心として最も信頼されていた中堅で、その命を受け、同志の結束を固めるため、
赤穂−大坂−京都−江戸と東奔西走しました。
また、源吾は俳諧を学び、俳人としてもその名を残しています。俳人としての縁から吉良家出入り
の茶人山田宗偏に入門して、12月14日に吉良屋敷で茶会があることを突き止めた話は有名で
す。切腹した時の年齢は32歳でした。
両国橋のたもとには、その大高源吾が読んだ句を刻んだ石碑があります。

               ≪ 日の恩や 忽ち(たちまち)くだく 厚氷 ≫
                 
 
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2009.12.18 東京都 12期 竹内
撮影:2009年10月22日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 55】 名所旧跡
力相撲の石像
両国駅西口の改札口を出て直ぐ脇にある『力相撲』という石像です。徒歩3分位の国技館での相撲
観戦には、この像の前を通って行きます。
この像は1985年(昭和60)1月に墨東ライオンズクラブが建てたもので、力士が全力でぶつかり合
う表情がとても良く表現されています。


可愛いお尻をみなさんが撫でて行くので、お尻だけピカピカになっています。

 
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2009.11.24 東京都 12期 竹内
撮影:2009年10月22日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 54】 名所旧跡
ふぐひょうたん
創業80年の伝統の味、ふぐ料理『ひょうたん』です。この店は、多くの日本料理の本に紹介されて
いる絶品のふぐ料理屋さんです。
寒さもますこの季節はこれが一番です。大皿に花びらのように盛り付けられるふぐ刺し、鍋料理の
ふぐちり、ふぐ雑炊、そして、ひれ酒を味わいながらのふぐ料理は最高です。シンプルな味の中に
本物の深みがあります。値段も手頃。ふぐはコラーゲンの宝庫ですので美容にもよろしいようです。
両国らしく店内には、相撲取りの写真や手形が飾ってあります。
          
 
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2009.10.22 東京都 12期 竹内
撮影:2009年8月18日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 53】 名所旧跡
芥川龍之介文学碑
大正時代の小説家、芥川龍之介の文学碑が龍之介の出身校である両国小学校の脇に建っていま
す。ここは生育の地から約3分の場所です。

       「・・・お前はもう仙人になりたいという望みは持っていまい。
          大金持ちになることは、元より愛想がつきた筈だ。
          ではお前はこれから後、何になったらいいと思うな。」
       「何になっても、人間らしい、正直な暮らしをするつもりです。」
       杜子春の声には今までにない晴れ晴れした調子がこもっていました。
                                      『杜子春』より


芥川龍之介文学碑
 
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2009.09.22 東京都 12期 竹内
撮影:2009年8月18日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 52】 名所旧跡
芥川龍之介生育の地
芥川龍之介は大正時代の小説家。
その作品の多くは短編で、『芋粥』、『藪の中』、『地獄変』、『歯車』など、『今昔物語集』や『宇治
拾遺物語』などの古典から題材をとったものが多い。『蜘蛛の糸』や『杜子春』などの童話も書い
ていました。
龍之介は、東京市京橋区入船町8丁目(現中央区明石町)に新原家の長男として生まれた。生
後7ヵ月後頃に母が病気になり、東京市本所区小泉町にある母の実家 芥川家に預けられ伯母
に養育されました。
東京市は、昭和7年(1932年)に周辺町村を合併して「大東京市」を構成する以前の名です。本
所区小泉町は今の墨田区両国に当たります。

芥川龍之介生育の地

11歳の時に母が亡くなったため、翌年叔父の芥川道章の養子となり芥川姓を名乗ることになり
ました。旧家の士族芥川家は江戸時代、代々徳川家に仕え雑用、茶の湯を担当したお数寄屋坊
主の家であったそうです。
家中が芸術・演芸を愛好し江戸の文人的趣味の濃い家庭だった記録が残っています。
  
 
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2009.08.21 東京都 12期 竹内
撮影:2009年8月18日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 51】 名所旧跡
写楽の肉筆画
両国駅から数分の江戸東京博物館では、日本・ギリシャ修好110周年記念特別展を開催してい
ます。
【世界初公開 誰も見たことのない写楽がギリシャにあった】

グレゴリオ・マノス

19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパに赴任したギリシャ大使 グレゴリオ・マノスは、日
本の美術収集にすべてをささげて来ました。
ジャポニズムに沸くパリやウィーンで1万点以上のアジア美術を購入しました。ギリシャに帰国後、
同国政府にコレクションを全て寄贈しました。作品はコルフ島にあった元イギリス総督府の建物で
公開されることとなり、これが現在のコルフ・アジア美術館となりました。
マノスの死後、コレクションは1世紀以上誰の目にも触れることなく眠っていましたが、2008年7
月、大々的な調査が行われ、東洲斎写楽 (とうしゅうさい しゃらく) の肉筆扇面画が発見されました。
この肉筆扇面画は、写楽が版画での活動を終えた後に描かれたもので、謎の絵師写楽の実像に
迫る大きな一歩となっています。

肉筆扇面画

東洲斎写楽は江戸時代の浮世絵師です。
写楽の版画は有名ですが、その経歴は未だに明確でなく、謎の浮世絵師とされています。写楽の
作品と断定された肉筆画が一般に公開されるのは世界で初めてのことです。他に、喜多川歌麿、
葛飾北斎などの初公開作品も展示されています。
この公開は2009年9月6日迄です。こんな機会は二度とないと思われます。興味のある方は、是
非ご覧下さい。
 
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2009.08.18 東京都 12期 竹内
撮影:2009年5月30日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 50】 名所旧跡
塩原橋
隅田川の支流の竪川にかかる『塩原橋』です。この橋名は薪炭商 塩原太助が周辺に住んでい
たことから命名されました。
塩原太助(寛保3年〜文化13年)は、三遊亭円朝の人情話「塩原多助一代記」で有名な江戸時
代の豪商。太助は上州から裸一貫で身を起こし、薪炭商人へとして成功しました。「本所に過ぎ
たるものが二つあり、津軽屋敷、炭屋塩原」と歌にまで詠われるほどの成功をおさめたそうです。
浪花節、演劇、歌舞伎にもなっています。因みに津軽屋敷は津軽藩十万石藩屋敷のことです。


愛馬『青』との別れの場面
宝暦11年(1761年)、塩原太助が19歳の時、江戸の薪炭商に奉公に出るため故郷新治村を
出奔し金比羅峠まで来て、松の木に愛馬『青』をつないで別れを惜しんだと言われた名場面の
碑が橋の脇に建ててあります。



 
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2009.07.21 東京都 12期 竹内
撮影:2009年5月30日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 49】 名所旧跡
シアターX (カイ)
古いものだけでなく、新しいものもご紹介しましょう。
回向院のすぐ脇にある両国シティコアの1階にあるシアターX (カイ)は、国内外の近代的な芝居を
上演しています。《X 》 バツやエックスではなく、カイと読みます。1992年(平成4)にオープンし、客
席数は140から300に可変する日本では小さな規模の劇場です。

若いクリエイターたちを育てることを目的として誕生した劇場で、実験演劇や国内外の優秀作品の
紹介などさまざまな舞台芸術の上演に積極的に取り組み、演劇・舞踊などの関係者から高い評価
を得ています。

 
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2009.06.11 東京都 12期 竹内
撮影:2009年5月30日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 48】 名所旧跡
与兵衛を再現した政五ずし
現在の形のにぎり寿司は、1923年文政の始め、両国の小泉与兵衛が作ったと言われています。
この江戸前握り鮨の元祖とされる「与兵衛ずし」は、両国・回向院の隣にありました。
この話は、『ぶらり散歩33』でご紹介しましたので、ご記憶にあるかもしれません。
両国駅から5分程歩いた場所にある『政五ずし』は、この「与兵衛ずし」を再現した寿司を出していま
す。

                            江戸の粋 薫ただよう 山吹の

酢飯は酒粕だけを原料にした江戸時代に使われていた酢を使い、ネタに使用する酢は、山吹の赤
酢です。特徴ある自然な酢の味、これが昔の味なのかと感動です。

写真はメニューに書いていない「与兵衛ずし」。
向かって左の穴子とまぐろの漬の二貫だけは現在の握り鮨の1.5倍はありますが、当時のサイズ
であった1貫60グラムを再現したものです。一口では食べられません。粋な食べ物とされた寿司が
現在の大きさに変わってしまったのもうなずけます。
前列左から:穴子、煮蛤、巻物です。巻物はかんぴょうと食通の武士の注文に応じて与兵衛が創案
し、大好評だったという芝海老を煮てすり身にし、砂糖で味付けした『そぼろ』が入っています。
後列左から:まぐろの漬、こはだ、春子(鯛稚魚)の酢漬、車海老、玉子焼です。玉子焼にもやはり
与兵衛が創案した芝海老の『そぼろ』が入っています。

昔、寿司は保存食だったことから全てネタは手を加えたものです。ネタに使う酢は山吹の赤酢で締
めるそうですが、口当たりの良い酢です。
因みに昔は、まぐろの扱いが低く、生まぐろは下のネタだったそうです。生の大トロを高級品などと
言うのは最近の話です。

              店の脇を自転車に乗ったお相撲さんが通っていました。
 
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2009.05.11 東京都 12期 竹内
撮影:2009年5月4日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 47】 名所旧跡
大相撲懸賞金
相撲の取り組みで、いい取組みがあると、仕切中に呼出が懸賞幕を持って土俵の廻りを回り、勝っ
た力士が行司から勝ち名乗りの後で、軍配の上に懸賞袋を乗せ、勝ち力士に差し出します。勝ち
力士はこれを右手で、みっつ手刀を切ってから受け取ります。こんな懸賞金をもらう姿をテレビなど
でご覧になったことはあるでしょう。

この懸賞金って気になりませんか。 いくら入っているの? 誰が出しているの?・・本当は秘密で
すが、特別にお教えしましょう。
懸賞金は、日本相撲協会が受付の手続きを行っています。相撲の懸賞金は、誰でも出すことが出
来ます。応援している力士に、個人で懸賞金を出しても構いません。懸賞金を出すには、まず、出
資者(スポンサー)が1回の取組につき6万円を日本相撲協会へ支払います。1回というのは、1取
組ではなくて、懸賞金1本という意味で、たとえば、1取組に2本出す場合もあります。この場合は、
6万円×2本=12万円かかることになります。ただし、単発での受け付けはしていません。一場所
あたり、5回以上で申込まなければなりませんから、最低30万円はかかるということになります。

1回6万円の内、3万円が相撲協会へ納められます。その内、2万5千円が力士の年金として積立
てられ引退時に力士に支払われます。他に5千円が協会の事務経費や税金となります。
これらを差し引いた残りの金額が懸賞金となります。つまり懸賞金袋の中身は1本3万円ということ
です。意外と少ない? いやいや懸賞が10本付けば×10となり、30万円となってしまいます。横綱
・大関の人気力士になると数十本はざらにありますので、結構すごいですね。
 
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2009.04.14 東京都 12期 竹内
撮影:2009年4月11日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 46】 名所旧跡
軍鶏鍋(しゃもなべ) かど家
音楽好きの皆さんなので、『鬼平犯科帳』はご存知ないですよね。
下町を舞台に放火や強盗殺人を繰り返す凶悪犯を次々に逮捕する火付盗賊改方長官の鬼平こと
長谷川平蔵。作家 池波正太郎が書いた小説『鬼平犯科帳』です。

長谷川平蔵は実在の人物でした。その屋敷跡が近くに残っています。鬼平が育ったとされている屋
敷ですが、その敷地は後年、『遠山の金さん』こと遠山金四郎の屋敷となりました。

さて、この鬼平が好んで食べた軍鶏屋「小鉄」のモデルがこの『鳥割烹 かど家』です。1862年(文
久2)に創業。江戸時代からの伝統的な味の鳥料理 軍鶏鍋(しゃもなべ)の店です。


軍鶏は、最も美味とされる雛から4ヶ月目の肉に、愛知県秘伝の特性ブレンド八丁味噌を加え、創
業からの鉄鍋で煮込みます。肉は甘みがあり、煮ても固くなりません。これに卵をからめて食べま
す。鳥と味噌のハーモニーが最高です。


お手軽に食べるには、昼飯のキジ弁当が好評です。

 
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2009.04.08 東京都 12期 竹内
撮影:2009年4月5日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 45】 名所旧跡
区立両国公園
両国駅の南側、徒歩10分程の所にある墨田区立両国公園です。
1929年(昭和4)1月31日に開園した両国公園。広い公園ではありませんが、戦前から約80年間、
両国に住む人々を見続けてきた公園です。
春には桜の花見、夏には盆踊り会場など、様々な行事に利用されています。もちろん子供達の遊
び場として、毎日賑わっています。
公園の片隅には、『ぶらり散歩25』でご紹介した「勝海舟生誕之地」の石碑が立っています。また
近くには吉良上野介屋敷跡の「本所松坂町公園」もあります。
ほぼ満開の桜の木の下では、花見の人達が宴会を楽しんでいました。
     
 
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2009.03.06 東京都 12期 竹内
撮影:2009年2月21日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 44】 名所旧跡
たい焼き・浪速屋本店
1976年に子門真人の歌で大ヒットした『およげたいやきくん』を覚えていますか?
"毎日・毎日僕等は鉄板の〜"と歌われたたい焼きです。
                      

江戸東京博物館の近くにある創業1910年(明治42)のたい焼き屋さん『浪速屋本店』です。創業
者の兄弟子が麻布十番の『およげたいやきくん』で有名になった浪花家総本店、弟弟子がこち
らの浪花家本店を作りました。どちらも浪花屋の名を冠したのれん分け店が都内に数店あります。
      
昔ながらの味を現在も守り抜いています。この味がたい焼きの原点なのです。
                  

パリパリの薄い皮にしっぽの先まであんこがたっぷり。家まで持ち帰らず、道を歩きながら熱いうち
に食べるのが通です。どこにでもある、たい焼きとはかなり違います。うまい
 
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2009.02.07 東京都 12期 竹内
撮影:2009年1月10日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 43】 名所旧跡
野見宿祢神社
相撲の神様、野見宿祢を祭って建立した神社です。この野見宿祢神社は、初代高砂親方が明治
17年に元津軽家の屋敷跡に祖網の神様として野見宿祢を祀りました。今でも本場所前には相撲
関係者が祈願行事に訪れるなど、角界が厚く信仰する神社です。
               
                               神社入り口

               
境内奥には歴代横綱の碑があります。石碑は、日本相撲協会によって建てられ、初代明石志賀之
助から現在の横綱までの歴代横綱の名前が刻まれています。
    
                         歴代横綱の碑
 
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2009.01.13 東京都 12期 竹内
撮影:2009年1月10日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 42】 名所旧跡
触れ太鼓
『触れ太鼓』をご存知ですか。相撲興行の前日に、呼出しさんが町に出て相撲興行の開始を触
れ回るために打ち鳴らす太鼓です。
今年も1月11日から国技館で始まる1月初場所興行初日の前日に町内や相撲部屋を回ってい
ました。

日本相撲協会の羽織を着た5〜6人位の呼出しさんが組みになって、各相撲部屋や国技館周
辺のお店などに出向き、翌日の取り組みを "相撲は明日が初日〜、○○山〜には、XX川〜"等
と、伸びやかな美しい声で読み上げ、別の一人が番付表を配布します。
国技館周辺ならではの風情です。ところで相撲の最近は相撲興行以外で話題になる事が多く、
困ったものですね。

 
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2008.12.16 東京都 12期 竹内
撮影:2008年12月14日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 41】 名所旧跡
蕎麦・玉屋
有名人もお忍びで来る、情報誌やテレビ等で何度も紹介されている大正8年創業の老舗の元
禄二八そばの「玉屋」。下町・両国ならではの温かな雰囲気に満ちている店です。
そば粉は旭川の契約農家から毎週空輸。機械も使うが、手打ち以上に手間をかけて、のどご
しのいいそばに仕上げています。そして、独自の工夫と技術で、湯ごね・つなぎ無しで風味のあ
る十割そばを出しています。
     

名物『討ち入りそば』や『義士御膳』は、赤穂浪士が討ち入りした吉良邸近くということから、オ
リジナルメニューとなっています。つゆは下町特有でかなり濃い。
例えば『討ち入りそば』は、ワカメが夜の闇、たまごは空にかかる月、大根おろしが討ち入りの
時の雪、がんもどきが討ち入りの陣太鼓を表しているそうです。
                 
                           名物 討ち入りそば

                 
                               義士御膳

赤穂四十七士が討ち入り前にそば屋で腹ごしらえしたという話があり、さらにこの「玉屋」でそ
ばを食べたとの話があります。しかし、赤穂浪士の唯一の生き残りである寺坂吉右衛門が著
した『寺坂信行自記』には、「吉田忠左衛門、沢右衛門其外六、七人は両国橋向川岸町亀田
屋と申茶屋に立寄申候そは切なと申付、緩々と休息」とあるように、赤穂浪士の内の数名が
討ち入り前に茶屋で休憩し、「そば切り」を食べたとあります。またこの「玉屋」は大正8年創業
ですので時代が異なります。
 
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2008.11.04 東京都 12期 竹内
撮影:2008年8月24日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 40】 名所旧跡
ふとん・高はし
『高はし』は、大正元年創業の老舗のふとん屋さんです。
ふとん屋さんなのですが、相撲小物、江戸小物、相撲の本、相撲人形などが置いてあってびっ
くります。ふとんはもちろんなのですが、相撲関連小物でも有名です。店の中の見ているだけで
も楽しめます。

                    両国寄席の向いにある ふとん屋さん『高はし』


相撲関連の小物がいっぱいです。
 
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2008.10.09 東京都 12期 竹内
撮影:2008年8月24日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 39】 名所旧跡
和菓子・とし田
両国駅近くの和菓子屋『とし田』、創業は1921(大正10)年です。
1985(昭和60)年の国技館両国移転を記念した相撲にちなんだ和菓子が評判です。

つぶあんの中に大きな栗がまるごと入った『どらやき・ごっつあんです』が一番のお勧めです。
北海道産のあずきを使った『両国 力士もなか』もなかなかいい。他に、同じく栗が入っています
がこしあんを使った『ちゃんこ一番』、人形焼風の『両国』も美味しいです。両国へお越こしの際
は、お土産にいかがですか。

                      左:『ちゃんこ一番』、中:『ごっつあんです』、右:『両国』


                                『両国 力士もなか』
 
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2008.09.04 東京都 12期 竹内
撮影:2008年8月24日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 38】 名所旧跡
下町の祭・天神社祭
毎年8月下旬に行われる天神社祭です。天神社とは菅原道真公をお祀りする亀戸天神社の事で、
九州太宰府天満宮に対して東の宰府として「東宰府天満宮」、あるいは「亀戸宰府天満宮」と称され
ていました。両国は亀戸天神社と牛嶋神社を氏神様とする地域に分かれます。
祭りは日本全国にありますが、浅草三社祭を始め、下町の祭は気合が入ったものです。

              それぞれの町内自慢の神輿が何基も大通りを巡行します。


              写真の町会も戦前からの自慢の大神輿、中神輿、子供神輿、
              獅子頭神輿など5基、他に曳太鼓を持っています。


                           神輿の上には伝説の鳥「鳳凰」
 
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2008.08.13 東京都 12期 竹内
撮影:2008年7月19日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 37】 名所旧跡
勝海舟の顔
【両国散歩25 】で本所松坂町公園(吉良邸跡)から近くの、両国公園内にある『勝海舟生誕の地』
をご紹介しました。
勝海舟は、維新最大の立役者とされています。幕臣として将軍徳川慶喜を説得、維新後の身の振
り方まで新政府と交渉しました。
しかし、京都二条城会議で慶喜に大政奉還を勧告したのは、"幻の宰相"と言われる小松帯刀説が
有力。歴史に興味ある方は本をお読み下さい。
さて、勝海舟はどのような顔をしていたのか、現在数枚の写真が残っているそうです。それが本物
かどうかという議論もあるようですが、勝海舟生誕の地から1分程の場所に勝海舟の石製の絵が
あります。似ているかどうかは?

勝海舟は幾多の名言を残しています。
 『事を遂げる者は、愚直でなければ。才ばかりに走ってはいかぬ。』
 『人心の理といふものは、古今同じだからナ。たゞその趣が違つて見えるだけだもの。』 『百年
 の後に、知己を待つのだ。なにがわかるものか。昔から、大功の有った人は、人が知らないよ。
 久しうして後にわかるのだ。』
 
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2008.07.26 東京都 12期 竹内
撮影:2008年7月19日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 36】 名所旧跡
火の芸術 花火・花火資料館
1732年(享保17年)全国的な凶作で百万人近い餓死者が出、さらにコレラが大流行し多くの死
者を出した。八代将軍徳川吉宗は、その慰霊と悪役退散のため翌享保18年5月28日(旧暦)、
両国橋付近で水神祭りを催し、余興に花火を上げました。
これが『両国川開き』の始まりです。この『両国川開き』の伝統を受け継ぐ『隅田川花火大会』は
2万発の花火を打ち上げています。『両国川開き』は隅田川の歴史そのものです。全国で行わ
れている納涼花火大会の発祥の地は両国なのです。
今日は隅田川花火大会の日です。周辺に住んでいる人は親戚、友人等が集まり一年で一番忙
しい日になります。
                  
               隅田川花火大会のポスター      花火資料館パンフレット

回向院の入り口付近にある花火資料館ではこの花火の現物、錦絵、打ち上げ筒など、花火の
歴史に触れることが出来ます。(開館:木・金・土・日 12〜16時 無料)
     
              花火資料館入口                   花火資料館内部

     
左から5号玉、10号玉(尺玉と呼ばれるもの)、2尺玉です。カットサンプルなので玉の中の火
薬に色が塗ってありますが、実際は黒色火薬の小玉が沢山入っています。花火玉外側の茶色
は紙を幾重にも重ねたもので、外側に出ている棒状の導火線から発火します。この花火玉を
打ち上げ筒で上空へ打ち上げ、大空に大輪の花が咲くわけです。
因みに、花火は真球をしています。ヘリコプターで花火を足元に見たとしても球形です。花火は
風がありすぎると形が崩れてしまいますが、無風ですと煙が散らず美しく見えません。適度な風
があるのが一番です。
 
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2008.07.08 東京都 12期 竹内
撮影:2008年4月12日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 35】 名所旧跡
両国の里 地ビール
両国駅近くの大橋屋酒店。ここでは、両国でビール職人が仕込んだ出来立てホヤホヤの手造り
地ビールを販売しています。
                 
酒店のシャッターには、大きな力士の絵が書かれています。(考えたらこれは地元の人しか見る
事が出来ないですね。)
                  
地ビールと大手メーカのビールとは飲み方が違います。大手メーカのビールはゴクゴクとイッキ
に飲んでしまいます。これを喉越しタイプと言います。地ビールはすぐに口をつけないで、ほの
かに感じられる上品な香りを楽しみます。地ビールを口に含んだとき、感じる甘みと飲み込んだ
後の苦味を感じて飲むのが地ビールだそうです。
両国の里・地ビールは2種類あり、ひとつはほのかに香るホップの柑橘香が魅力的な『討ち入り
編』、もう一つは小麦麦芽を使用した口当たりと爽やかな喉越しが魅力的な『相撲編』となってい
ます。
           
               『討ち入り編』のラベル        『相撲編』のラベル
 
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2008.06.09 東京都 12期 竹内
撮影:2008年4月12日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 34】 名所旧跡
下駄・雪駄 岡田屋
下駄や草履など履き物の店の岡田屋。創業は明治初期だそうです。
相撲取り用の特注下駄や雪駄を長く手がけているお店です。もちろん一般用の履き物も多く置い
てあります。


力士の履物には決まりがあり、番付以下(序の口、序二段)は下駄、三段目以上は雪駄を履く事が
許されます。

 
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2008.05.07 東京都 12期 竹内
撮影:2008年4月12日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 33】 名所旧跡
にぎり寿司のルーツ 与兵衛ずし
皆さんが何気なく食べているにぎり寿司。にぎり寿司は1781年頃 江戸で始まりました。これはのり
巻、笹巻、湯葉巻などであったようです。
これ以前には形が違いますが、慶長のころから文献に酸し(すし)として見ることが出来、さらに古く
は寿司の原形として平安時代に魚肉保存法として魚を漬けて発酵させたものがあります。

現在の形のにぎり寿司は、1923年文政の始め、両国の小泉与兵衛が作ったと言われています。与
兵衛は始め、屋台で売り歩き、その後この両国・回向院近くに『華屋』と言う店を構えました。この事
から、小泉与兵衛は『華屋与兵衛』とも呼ばれています。
  
       与兵衛ずしは大きな料亭風でした。                 江戸時代のすし屋

当時の狂歌にも『鯛ひらめはいつも風味は与兵衛ずし、買手は見世にまって折詰』などと人気のほ
どを伺うことができます。
また、食通の武士の注文に応じて与兵衛が創案した海老で作る『おぼろの鮨』が大変な人気となり
ました。店で山本のお茶を出したことも人気に拍車をかけたそうです。
           
写真は、「与兵衛ずし」が店を構えた跡地です。「与兵衛ずし」は昭和5年に廃業。つまりここが、に
ぎり寿司発祥の地なのです。
魚は「江戸前が一番」といいますね。江戸時代には江戸の前の海(東京湾)、つまり江戸前で獲れ
た魚でないと冷凍等の保存方法がない時代、生魚は食べられなかったということですね。
 
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2008.04.22 東京都 12期 竹内
撮影:2008年4月12日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 32】 名所旧跡
北斎ギャラリー
江戸東京博物館前の『北斎通り』です。
約1Km間の道両側にある街路灯、公衆トイレ等に北斎作品の103枚が掲示されていてます。通
りそのものが『北斎ギャラリー』と言われ、北斎の絵を鑑賞しながら街歩きをする人が多く見られま
す。

            北斎通り。道の向こうに見える白い建物は江戸東京博物館と緑の屋根は国技館です。

  
        冨嶽36景・遠江山中          冨嶽36景・甲州石班澤
           
                 冨嶽36景・尾州不二見原        新板浮絵・浅草金龍山之図
                  
                        百人一首うばがゑとき・参議篁       新板浮絵忠臣蔵・第八段目
 
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2008.04.13 東京都 12期 竹内
撮影:2008年4月12日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 31】 名所旧跡
葛飾北斎 生誕の地
江戸東京博物館のすぐ近くにある葛飾北斎生誕の地です。
江戸末期浮世絵師の巨匠の一人である北斎は、宝暦10年(1760年)この本所南割下水の地に生
まれ、幼少期を横網周辺に過ごしました。のちに浮世絵を勝川春章に学び、狩野・琳派や洋画の
技法も取り入れ、とりわけ富嶽36景・隅田川両岸一覧など、風景画に多くの傑作を残しました。
かってこの地が下総国葛飾であったことから「葛飾」を名乗り、榛馬場(両国4丁目)、達磨横丁(東
駒形)など本所界隈を中心に90数回転居し、嘉永2年(1849年)90歳で浅草にて没したそうです。
錦絵「冨獄36景」、「富嶽百景」などご覧になった方も多いことでしょう。
この生誕地の碑がある江戸東京博物館前の通りを『北斎通り』と呼んでいます。
            
 
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2008.03.27 東京都 12期 竹内
撮影:2008年2月23日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 30】 名所旧跡
和菓子の大川屋
吉良邸跡前にある明治2年創業の老舗の和菓子屋さんです。
吉良邸は悪役化されている吉良上野介義央の屋敷です。三州三河の地元では領民の誰にも愛さ
れる温厚な名君であったそうです。両国にあった吉良邸周辺でも評判は良かったとか。
この大川屋は伝統的な和菓子はもちろんですが、変った菓子でも有名です。
忠臣蔵にちなんだきなこ入りあんの「吉良まんじゅう」、白あんとつぶしあんの「隅田川もなか」、ドラ
焼きではなく「とら焼き」(虎の縞模様になった菓子)等々があります。

和菓子の大川屋


                        吉良まんじゅう
 
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2008.02.28 東京都 12期 竹内
撮影:2008年2月23日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 29】 名所旧跡
喜久屋 足袋
喜久屋は、創業宝暦元年の足袋(たび)屋さん。
大相撲の名だたる関取衆、皇族の方々の宮内庁御用達の足袋などを作り続けて50年。ご主人
は、「あなたの靴は25センチだね。でも足の大きさは24センチだよ」と、姿を見ただけで足の寸法
をぴたりと当てて驚かせてくれる。
「もし1から作り始めたら、1日で1足作り上げられない、足袋はそれほど手間のかかるものです。
その代わり、足にぴったりと合いますから、疲れない。靴なんかより、ずっと健康にもいいですよ」と
ご主人。
店舗の入り口の横には小さな「足袋資料館」もあり、歴代の名力士が使っていた足袋や足型が展
示されています。有名人の中には、ジョン・ウェインの足袋もあります。

喜久屋 足袋


                             「足袋資料館」にある関取の足型
 
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2008.01.23 東京都 12期 竹内
撮影:2007年12月14日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 28】 名所旧跡
両国 國技堂のあんこあられ
両国駅から歩いて2分位にあるお煎餅屋さん。この店の名物は甘くてしょっぱい「あんこあられ」。
あられの中にあんこが入っています。あられの塩味と、半生のあんの甘さがマッチして変った食
感です。他にも「揚げあんこあられ」という揚げせんの中にあんこが入ったものもあります。
形は土俵のたらわを形どり、あんこ型力士のあんこにちなんでいます。最近はあんこの他にチョ
コ入りやホワイトチョコ入りもあります。地方巡業のみやげにする力士も多いとか。



                                   あんこあられ
 
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2007.12.14 東京都 12期 竹内
撮影:2007年12月14日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 27】 名所旧跡
元禄市・吉良祭
吉良邸跡にある本所松坂町公園(『両国ぶらり散歩5』で紹介)。この公園前の通りで毎年12月
14日前後に行われているのが元禄市です。
市にはこの近辺にある商店や小売業者、製造者が売っているものを持ち寄って市に出します。
安くてお買い得です。
1702年(元禄15) 12月14日に播州赤穂浅野藩の家老・大石内蔵助ら47人の旧赤穂藩の藩士
達が、主君の仇を討つために吉良邸に討ち入りした跡地がこの本所松坂町公園です。
地元では名君といわれた吉良公にちなんで以前は、吉良祭としていましたが、赤穂・本所の友
好として、今では赤穂祭・吉良祭として行われています。吉良上野介、大石内蔵助や四十七士
に扮装した人も歩いています。

   
           白壁が吉良邸跡の本所松坂町公園

          
                   にぎわう元禄市             大石内蔵助と吉良上野介も仲良し
 
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2007.12.03 東京都 12期 竹内
撮影:2007年4月22日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 26】 名所旧跡
マクドナルド両国西口店
マック?そんなの私の家の近くにもあるよ そうですね。でもマクドナルド両国駅西口店では
ちょっと変わったイベントがあります。
初日から千秋楽までの場所中に、勝った力士にハンバーガー・バリューセットを無料サービス。
すぐ近くの国技館から取り組みを終えた力士が帰りに立ち寄ります。ここで待っていると人気力
士に会えるかも。



Mac両国西口店のポスター
 
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2007.11.09 東京都 12期 竹内
撮影:2007年4月22日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 25】 名所旧跡
勝海舟 生誕の地
幕末の江戸幕府の最後の支えとなった勝海舟。この勝海舟 生誕の地は、本所松坂町公園(吉良
邸跡)近くの両国公園内にあります。

「由来碑」より
勝海舟は幼名を麟太郎といい、文政6年(1823)1月13日この地、幕府講武所剣術師範役男谷精一
郎邸内で生まれた。剣は島田虎之助に師事し、蘭学海洋術を学び、万延元年(1860)幕府軍艦咸臨
丸艦長として、太平洋を横断渡米した。
慶応4年(1868)3月13日 高輪薩摩邸で、大総督付参謀西郷隆盛と会談し、江戸城の開城を決定
して、官軍の江戸進撃を中止させ、江戸百万の庶民を戦渦から救ったことはあまりにも有名な話で
ある。
明治32年(1899)1月21日、赤坂氷川町(港区)の自邸で死去行年77歳であった。墓は洗足池畔
に建立されている。(幕府講武所剣術師範役 男谷邸跡)

 
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2007.10.15 東京都 12期 竹内
撮影:2007年4月22日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 24】 名所旧跡
うなぎ両國
明治10年創業の老舗。故喜劇役者の藤山寛美がひいきにしていたらしい。
藤山寛美寄贈ののれん(左隅に藤山寛美の名がある)をくぐり、寿司屋のようなカウンターで酒を
飲む。肴はいかだ焼きですね。備長炭で焼いたうなぎは、江戸の味です。
ここでは「講談丼会」が毎月1回、店の2階で開かれています。
   
 
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2007.09.22 東京都 12期 竹内
撮影:2007年4月22日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 23】 名所旧跡
寄席両国亭
下町の風情を残しつつゆったりと広い演芸場として、落語をはじめ、講談、新内、義太夫、小唄、
長唄等の伝統芸能などの演芸場『両国亭』です。
三遊亭圓楽、楽太郎らの円楽一門会が毎月演じています。



 
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2007.08.02 東京都 12期 竹内
撮影:2007年4月22日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 22】 名所旧跡
両国『花の舞』
チエーンの普通の飲み屋さんなんですが、両国の店は少し違います。なんと店の真ん中に土俵が
あります。日本相撲協会の協力を得て作ったという土俵は本場所と同じ土俵で、表面の土だけで
も10トンの土が使用されています。直径は15尺(4m55cm)

  
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2007.08.02 東京都 12期 竹内
撮影:2007年4月22日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 21】 名所旧跡
江戸東京博物館
近代の歴史に興味がある方にはお勧めは江戸東京博物館(江戸博)です。
年間190万人が訪れるそうです。江戸東京博物館は、失われつつある江戸東京の歴史遺産を守
るとともに、東京の歴史と文化を振り返ることによって未来の東京を考えるために設立された博物
館です。館内には、「江戸ゾーン」、「東京ゾーン」、「企画展示室」などがあり、江戸時代から昭和
にかけての町並みを再現したりして、何時間見ても楽しい場所です。入り口からエスカレーターで
すぐに5階へ、実物大(北側半分)の江戸日本橋を渡るとそこは別世界です。
江戸、明治、大正、昭和の町や生活が再現されています。みなさんが子供の頃に見た懐かしい物
が必ずあります。


          内部は撮影禁止のため、江戸東京博物館のHPをご覧下さい。
 
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2007.07.18 東京都 12期 竹内
撮影:2007年4月22日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 20】 名所旧跡
どぜう桔梗屋
「どぜう」と書いて「どじょう」と読みます。昭和8年創業のどじょう屋さんです。
写真を見て下さい。左から坂になっています。両国橋のたもとにあるため左側は坂になってい
るのです。昔から江戸、下町の味としてどじょうは親しまれてきました。都内では5軒しかないそ
うです。お勧めは「どじょう鍋」。長ネギをたっぷりかけて食べるとおいしい。身は柔らかく、丸な
べでも骨は気になりません。他に、丸なべ(まるごと鍋で煮込む)、ぬきなべ(骨を取って鍋で煮
込む)、柳川なべ(卵とじ)があります。



 
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2007.06.27 東京都 12期 竹内
撮影:2007年4月22日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 19】 名所旧跡
ライオン堂
"力士御用達"のライオン堂は大きいサイズ(胴囲100p以上、首囲 46cm以上、足27cm以上)
の専門店。もちろん力士でなく一般の方でもOKです。下着からスーツまで揃います。例えばG
パンなんて、131〜172cmからあり、片足に普通の人が1人づつ入ってもまだ余裕です。あなた
も、もうそろそろお得意様になれるかもしれませんね。他に相撲キャラクターグッズも置いてあ
ります。


   
 
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2007.05.29 東京都 12期 竹内
撮影:2007年4月22日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 18】 名所旧跡
いがらしや
創業大正7年の安くて、うまくて、ボリュームがある下町の甘味処。遠方からわざわざ食べに来
る人も多い。旧日大講堂の近く。


ここで一番のお勧めは、高さ20cmの「田舎パフェ」。ソフトクリームの中に細かく砕いたせんべ
いを入れ、その下には抹茶アイスと小豆アイス、さらに白玉と3日間かけて煮あげた小豆。1人
で食べきれちゃうやみつきアイスです。
アイスは昔懐かしい味で、添加物を一切加えない手作り。食べれば納得する絶妙の組み合わ
せです。力士のファンも多いとか。


もちろん、しるこ、ぜんざい、みつ豆、だんごなど甘味処の定番もあり。

 
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2007.05.21 東京都 12期 竹内
撮影:2007年4月22日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 17】 名所旧跡
両国駅前通り
駅西口(緑コミュニティの反対側の出口)までの道には高さ30cm位の歴代横綱のブロンズ像が
数メートルおきに建ててあります。
横綱の土俵入りを表したものです。一つ一つ見て行ってもあきません。


土俵入りの型には雲龍型と不知火型があります。それぞれ10代横綱雲龍と11代横綱不知火
の型が伝えられたとされています。

駅周辺には、国技館や東京江戸博物館があります。周辺には、花火の博物館、足袋資料館、
桐の博物館、相撲博物館、相撲写真資料館などの小さな博物館が沢山あります。 
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2007.05.06 東京都 12期 竹内
撮影:2007年4月22日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 16】 名所旧跡
日本蕎麦 ほそ川
江戸東京博物館の近くの狭い下町の路地をしばらく歩くと、しゃれた感じの和風のお店があり
ます。ここが東京五つ星の蕎麦屋に入ると言われている『日本蕎麦 ほそ川』。
たかが蕎麦屋とあなどるなかれ、ここは9年連続ミシュラン獲得の店です。
   
つなぎ無しの「せいろ」(十割そば)がお薦めです。一人で、せいろ2枚がいいかもしれません。
せいろ2枚を注文すると。1枚目と2枚目は別の産地のそばで打ったものを出してくれます。そ
れとアナゴの天ぷらも美味しい。そばは十割とは思えない滑らかな口当りでこしもあります。ま
たその味を引き立たせるつゆもカツオだしがとても効いた江戸風の味で、とても美味しくそばを
引き立たせます。
最後のそば湯もお忘れなくお飲み下さい。そばが美味しいとそば湯も美味しくなるのでしょうか、
そばの旨味が凝縮されているようです。こんなそば湯は飲んだことがありません。これだけで
料理が一品増えた感じです。そば好きな方には、たまらない店ですね。

 
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2007.04.14 東京都 12期 竹内
撮影:2007年1月13日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 15】 名所旧跡
両国駅
昔の面影を残した両国駅東口(緑コミュニティへ行く反対側の出口)です。
千葉以東に向う列車の多くは両国駅を始発とし、東京に於ける房総方面へのターミナル駅として
発展しました。昔は操車場があり、蒸気機関車が走っていました。昔の映画では千葉方面から蒸
気機関車に乗った恋人と涙の別れをして東京に出て来ますが・・今は通勤圏内ですね。

両国駅東口改札口を入ると壁に歴代横綱の自画像(優勝額)が飾ってあります。これは毎日新聞
社が毎年優勝力士に贈呈されるもので、国技館の四方に8枚ずつ32枚が飾られています。
毎年新しい額が加えられ、古いものから外されます。優勝額は縦3m17cm、横2m28cmととても大
きなものです。
この優勝額は油絵ですが、力士の写真を白黒で現像したものに油絵具で着色するそうです。額に
は優勝力士の名前や優勝年度が書かれますが、"優勝"という文字は、全勝で優勝した場合には
"全勝"と書かれます。

                           両国駅東口


                    駅東口通路にある三重ノ海の優勝額

   
                         横綱大鵬 (優勝)     横綱北の湖 (全勝)
                          (駅に飾られているものではありません)
 
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2007.03.16 東京都 12期 竹内
撮影:2007年1月13日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 14】 名所旧跡
てんぷら 天亀八
油ものはチョット苦手の方でも、お年寄りでも食べられます。
遠方からも食べに来るお客で繁盛している、てんぷら屋さん「天亀八」です。見た目でもそのお
いしさが判ります。とにかくおいしい。衣は薄手で具の味を生かし、具は新鮮で寿司ネタと同じ、
海老はプリプリ。ウマイ!  店内の椅子が普通のものより一回り大きく作られています。それ
は相撲取りがよく来るので、ゆったりと食事ができるようにしっかりした木で大きい椅子にしてあ
るという心使いなのだそうです。

 

 
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2007.03.03 東京都 12期 竹内
撮影:2007年1月13日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 13】 名所旧跡
水上バス
隅田川には水上バスが運行し、屋形船が出ています。屋形船で波に揺られながら一杯なんて
情緒ありますね。お時間のある方は川遊びでもいかがですか。
水上バスにも10数種類あります。昔ながらの船もありますが、最近の船をご紹介しましょう。


      《ヒミコ:漫画・アニメ界の巨匠・松本零士氏がデザインした宇宙船のような船。
                2004年3月26日から浅草〜お台場間を運航しています。


           《竜馬:真っ赤な船内が印象的でアーリーアメリカン調の船内。
               船名は海・東京に関係した偉人シリーズの1号船です。
 
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2007.02.22 東京都 12期 竹内
撮影:2007年1月13日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 12】 名所旧跡
両国橋と隅田川
墨田区と台東区の間を流れる隅田川。川を繋いでいる橋が両国橋です。
隅田川は、滝廉太郎作曲の「花」に、『春のうららの隅田川、上り下りの船人が櫂(かい)のしず
くも花と散る。ながめを何にたとふべき〜』と唄われていますのでご存知の方も多いと思います。
隅田川に架けられた最初の橋は、千住大橋で1594年(文禄3)徳川家康によって架けられまし
た。明治18年の大洪水まで約300年間一度も流失しなかったそうです。次に両国橋が架けら
れまで66年間隅田川に架かる唯一の橋でした。その後、大きな橋が25橋出来、他に鉄橋など
も出来ました。これらの橋のデザインが全て異なるというのも楽しみの一つです。隅田川を運行
する水上バスで橋見物なんておしゃれですよ。
毎年夏に行なわれる隅田川の花火大会は 《両国川開き》 として、1733年(享保18)から250
年以上の伝統があります。


   
橋の柵には、相撲の軍配や花火の図柄を見ることが出来ます。


車で渡ると気付きませんが、歩いて渡ると橋の中央に土俵(モザイク)があります。
 
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2007.02.07 東京都 12期 竹内
撮影:2007年1月13日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 11】 名所旧跡
山くじら「もゝんじや」
享保三年の創業。両国に9代続いている「猪鍋」の店です。
猪肉は臭みがあるとか、堅いとか言う方もありますが、やわらかくて臭みもなくおいしいものです。
昔、仏教伝来後の肉食禁止令の下にあってさえ、庶民は山くじらと呼んで猪を食べていました。山
くじらは、山の鯨と言う説と温めると鯨の肉のように赤くなり、味も似ているところから付いたとも言
われています。
「もゝんじや」(ももんじ)とは百獣(ももじゅう)から発した言葉で、江戸時代には四足動物を扱う料
理では屋号の前に必ずこの言葉を付けたそうです。元は漢方の薬屋でしたが、薬の一種として出
した猪が人気商品となり、料理店へ転身したそうです。猪は丹波や鈴鹿などから仕入れているそう
です。
味噌仕立ての猪の鍋(ししなべ)は深紅色した赤身と白い脂肪が特徴で、その色合いから、しし鍋
のことを牡丹鍋とも言います。煮れば煮るほど味が深まるので、脂身がべっ甲色になるまで、グツ
グツとじっくり煮込むのがコツ。
他に、脂身がなくキメの細かく、やわらかい赤みが特徴の鹿鍋や、やや黒味を帯びた赤身にたっぷ
りと霜降りののった熊肉を使った鍋もあります。鹿さしみ、狸汁もあります。
              

         
 
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2007.02.01
東京都 12期 竹内
撮影:2006年11月12日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 10】 相撲部屋シリーズ@
大島部屋
両国駅周辺には相撲部屋が20余りあります。だいぶその数は減ったようですが、春日野部屋、
出筒部屋、出羽海部屋、時津風部屋 等々、まだまだ両国は相撲の聖地です。 
写真は立浪一門の大島部屋です。入口の上に大島親方の石製の大きな手形が飾ってあります。
1979年(昭和54)引退した立浪部屋所属の大関 旭國は、年寄・大島を襲名して立浪部屋の部
屋付き親方として後進の指導にあたっていましたが、1980年(昭和55)立浪部屋から分家独立
して大島部屋を創設しました。2012年(平成23) の弟子のモンゴル出身の関脇 旭天鵬が、部
屋を継承する方向で準備に入っていましたが旭天鵬が現役続行を希望し、大島部屋を閉鎖。所
属している力士らは友綱部屋へと移籍しました。

大島部屋
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2007.01.20
東京都 12期 竹内
撮影:2006年11月12日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 9】 名所旧跡
東京都慰霊堂(震災記念堂)
東京都慰霊堂がある横網町公園は日本陸軍被服廠跡です。1923年(大正12年)9月1日、関東
大震災が起き、公園予定地(陸軍被服廠の移転跡地)で更地になっていたこの場所は、多くの
罹災者の避難場所になりました。多くの家財道具が持ち込まれ、立錐の余地もないほどであっ
たようです。その周囲からの火災が家財道具に燃え移り、また火災旋風によりこの地だけで、
3万8000人程度が犠牲になったとされています。震災後、犠牲者を慰霊しするための慰霊堂
1930年9月創建されました。
その後、第二次世界大戦の空襲により、東京は焦土と化し、関東大震災を超える7万7000人あ
まりが犠牲となりました。1948年より、各地に仮埋葬された身元不明の遺骨を納骨堂に改葬し、
戦災者整葬事業が完了した1951年に「東京都慰霊堂」と改称されました。



丁度開催されていた菊花展
 
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2007.01.13
東京都 12期 竹内
撮影:2006年12月16日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 8】 名所旧跡
ちゃんこ店シリーズ@-ちゃんこ「川崎」
両国と言えば相撲・・相撲と言え・・ちゃん鍋。この構図になってしまいます。寒い時期にはやは
りこれですね。両国にはちゃんこ料理の店が沢山あります。また普通の飲み屋さんに入っても、
ちゃんこ鍋はメニューにあります。しかし、その中でも一押しの店が「川崎」でしょう。
創業は昭和12年。大正から昭和にかけて活躍した元力士の横手山が開いたちゃんこ料理店。
そのちゃんこの味はソップ炊き(鶏)一種類だけ。シンプルにして、この上なく豊かな味です。う
まい! 場所中は混むので予約が必要ですね。



 
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2006.12.30
東京都 12期 竹内
撮影:2006年11月12日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 7】 名所旧跡
国技館
国技館は、旧両国国技館(日大講堂)、蔵前国技館を経て、1985年(昭和60)より現在の国技館
となりました。年3回(1月、5月、9月)大相撲の本場所が開かれています。
館内のやぐらと土俵は昇降式となっていて、相撲開催時期以外は一般に貸し出しており、プロ
レスやボクシングなどのスポーツや、各種イベントが行われています。
地下には大焼き鳥工場があり、場所中のお土産用の焼き鳥を調理・製造しています。また、国
技館敷地内には相撲博物館があります。興味のある方は場所中でなくても入れます。

両国駅側からの国技館


旧安田庭園側からの国技館


国技館の中
 
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2006.12.21
東京都 12期 竹内
撮影:2006年11月12日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 6】 名所旧跡
旧安田庭園
この庭園は、元禄年間に常陸国笠間藩主・本庄氏が築庭しものです。
明治に入り、安田財閥の創始者・安田善次郎の手に渡り、善次郎没後、東京市に寄付されたもの
が無料公開されています。
隅田川の水系を利用した典型的な潮入り回遊式庭園で、池の水が干潮になると水面下から石畳
の遊歩道が出現したり、島の形が変化したりと長時間見ていても楽しめる公園です。池のまわりを
一周する遊歩道は起伏にとんでおり、いろいろな景色が楽しめます。両国駅から歩いて約5分。

 

冬にはカルガモの群れが来ます

                                池に架かる太鼓橋
 
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2006.12.14
東京都 12期 竹内
撮影:2006年11月12日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 5】 名所旧跡
本所松坂町公園
今日、12月14日は赤穂浪士討ち入りの日。
浅野内匠頭に刃傷事件をきっかけとし、1702年(元禄15)12月14日の晩に播州赤穂浅野藩の家
老・大石内蔵助ら47人の旧赤穂藩の藩士達は、主君の仇を討つために吉良邸に討ち入りした話。
300年前の冬の夜、47士が大立ち回りを演じた広大な屋敷も今はなく、一画が本所松坂町公園
となっています。小さな扉をくぐって入るその小さな公園。

そこには、赤穂浪士が吉良上野介の首を洗ったという伝説の『首洗いの井戸』が残っています。写
真中央の立木の根元にある竹製の蓋をしてあるのがその井戸です。
余談ですが討ち入りした日は、12月14日の説と12月15日の説があります。現在の時刻では15
日の午前4時頃となりますが、当時明け方から一日が始まる習慣があったので14日深夜と考える
のが一般的となっています。

 
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2006.12.04
東京都 12期 竹内
撮影:2006年11月12日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 4】 名所旧跡
回向院B ねずみ小僧の墓
回向院の境内の墓地にあるめずらしいお墓は「ねずみ小僧」。本名中村治郎吉。
今の人は知らないかもしれませんね。時代劇で義賊として活躍するねずみ小僧・次郎吉は、黒装
束にほっかむり姿で闇夜に参上し、大名屋敷から千両箱を盗み、町民の長屋に小判をそっと置い
て立ち去ったといわれ、その信仰は江戸時代より盛んでした。長年捕まらなかった運にあやかろう
と、現在もギャンブル好きな人やスルリと入れるように合格祈願に来る受験生方が後を絶たちませ
ん。また、ねずみ小僧の墓石を削り、お守りに持つ風習が当時より盛んで、墓石の前にある白い石
を墓石の代わりとして、削ってよいことになっています。

 
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2006.11.26
東京都 12期 竹内
撮影:2006年11月12日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 3】 名所旧跡
回向院A 力塚
回向院の正門をくぐると参道脇にあるのが「力塚」。
力塚の碑は、昭和11年に相撲協会が歴代相撲年寄の慰霊の為に建立したものです。相撲は、江
戸時代には主として公共社会事業の資金集めのための勧進相撲興行の形態をとっていました。そ
の勧進相撲が回向院境内で初めて行われたのは天明和元年(1781)のことで、寛政年間を経て文
政年間にいたるまで、勧進相撲興行の中心は回向院とされてきました。やがて明治42年の旧両国
国技館が完成するまでの76年間、「回向院相撲の時代」が続いたのです。

 
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2006.11.17
東京都 12期 竹内
撮影:2006年11月12日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 2】 回向院 @
回向院 正門
回向院は、今からおよそ350年前の1657年に開かれた浄土宗の寺院です。
この年、江戸には「振袖火事」の名で知られる明暦の大火があり、市街の6割以上が焼土と化し、
10万人以上の人命が奪われました。当時の将軍家綱は、現在回向院の場所に土地を与え、「万
人塚」という墳墓を設け、遵誉上人に命じて無縁仏の冥福に祈りをささげる大法要を行ったことが
回向院の始まりです。

 
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2006.11.15
東京都 12期 竹内
撮影:2006年11月12日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 1】 名所旧跡
両国講堂(旧国技館)
写真は両国講堂です。1期〜20期位の方は記憶にあるかもしれません。
特徴のあるドーム形の屋根を覚えていますか? この講堂で入学式や卒業式をされた方もいらっし
ゃるでしょう。手前の道路には都電の線路が見えます。日大マンクラが合宿をしたビルもちょっとだ
け見えます。

両国講堂(旧両国国技館)は大相撲の興行のための施設でした。両国駅すぐ脇にある現在の国
技館とは異なり、京葉道路沿いの本所回向院の境内にありました。
1909年(明治42年)に開館して、その後、大正時代に火災で一回、関東大震災でもう一度、焼失し、
そのたびに再建されました。
太平洋戦争中の1944年(昭和19年)日本軍に接収され、風船爆弾の工場としても使用されたそう
です。終戦後の1945年(昭和20年)にはGHQに接収され、メモリアルホールとして改称・改装され
ました。1958年(昭和33年)6月に日本大学に譲渡され、日本大学講堂として利用されました。日本
大学マンドリンクラブの創生期の合宿はこの講堂の敷地内にあった建物で行われ、練習は講堂
内で行われました。老朽化により1982年(昭和57年)解体されました。
現在は複合ビル施設の両国シティコアとなっています。右下に見える屋根付の門が回向院です。

(上の写真とほぼ同じ方向から)
 

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