2025年9月 学習内容
2025年9月7日、2か月ぶりに新潟シルバーバーチ読書会を神の愛の下で開催させていただきました。
今年は、過去30年の平均気温を2度以上も上回り、猛暑日や真夏日の観測地点が過去最多を更新する等、記録づくしの夏となりました。同時に各地で渇水や集中豪雨の発生等、災害級の異常気象にも見舞われています。
こうした気候変動は、自国の経済発展のみを優先してきた人間活動、すなわち私たちの物質主義・利己主義の生き方が大きく関係していますが、それを瞬時に解決する方法は存在せず、人間が霊的知識を手にし、互いが互いのために役立つ生き方をするしか方法はありません。
そのためには、唯一の霊の親である神と、万物の創造について正しく知ることが重要です。なぜならその霊的知識が、自分とすべての生命とのつながりを自覚・実感させることになるからです。
万物を極限まで分解すれば、すべては同じ素材から創造され、元は一つであることが分かります。日常生活の中で至るところに神を見出し、実感し、すべての創造物に顕現されている神の心と力に私たちの心がより多く感応することが、一人一人の人間性を豊かにし、地上界に利他愛溢れる世界を実現することになるのです。
学びを通して、少しでも神を理解できるよう、また万物とのつながりをより一層実感できるよう、神と霊界の援助と導きを受けながら読書会を進めました。
霊訓に入る前の学び
●プリント「神観」
神は霊的存在であるため、肉体の付属品である脳で神を実感することはできません。また地上人は肉体を持つがゆえに、それがヨロイとなって霊体の能力を発揮できなくしています。
神を実感するには霊体の能力を高める、すなわち祈りや瞑想によって霊的エネルギーを取り入れ、霊主肉従の状態を保つことが大切です。
その祈りの対象となるのは、理性や脳で認識する神ではなく、霊的次元で認識される生きた神です。
もし生きた神を実感できれば、神の御心の通りに生きたい、摂理に一致するよう努力しようと思うようになり、その結果、当然神信仰へと至るのです。
《理性による2つの「神の存在証明」とは?》
①宇宙論的証明
宇宙の始まり(ビックバン)には原因がなければならないが、その宇宙の第一原因・究極の原因を神とする論法。
②目的論的証明
自然界に見られる驚異的な規則性と目的性には、それを設計した「知的存在者(インテリジェント・デザイナー)」がいなければならないとする論法。
シルバーバーチが自然界の秩序と規則性の背後の知的存在を「神」と述べるのは、この立場と同じ。
※霊界人と違って霊的直感力の乏しい地上人が神を認識しようとするとき、どうしても「理性」に頼ることになるが、理性だけで神を認識するのは不可能。
《スピリチュアリズムはどのように神を認識させようとしているのか?》
①霊界から示された「霊的真理」を通じて“神の正しい姿”を理解(認識)させる
②自然界の中に現れている「摂理」という神の属性を観察することで、神の一側面を理解(認識)させる
スピリチュアリズムでは、①と②により地上人の理性に訴えて正しい神認識の基礎をつくり上げ、同時に
③「瞑想・祈り」は、地上人が実感的な神認識に至る方法であると教える
《スピリチュアリズムの「宗教革命」とは?》
霊界人に共通する神信仰を人類に伝え、地上に正しい神信仰を確立させることで、これまでの地上宗教を一掃すること。
※“超宗教”の世界とは、生活そのものが神信仰の世界のこと。その手本は高級霊であり、高級霊の生き方はそのまま地上のスピリチュアリストの神信仰モデルとなる。
『霊性進化の道しるべ』 からの学び
●「第5章 あなたが大霊なのです」 P108 L1 ~P110 BL4
■人間に潜在する可能性とは?
一人一人には、大霊と同じ無限の資質・無限の力が潜在しています。誰でもその気になれば、必要な時に取り出すことができるものなのです。ところが大半の地上人は、その力の存在を知らないか、信じていません。
内在する資質を呼び覚ますには、物的価値観や利己的考え、偏見、差別意識、自らつくり出した精神的な壁(自分に内在する資質・力を否定する、自らに限界を定める等)を取り去り、人のために役立とうとすることです。常に希望に満ち、地上に光をもたらす道具として、自分を位置付けていることが大切です。
■最も信頼するものとは?
物質世界のものでしかないものを信奉してはなりません。一人の地上人に従うのではなく、神と神の摂理に従い、霊界からのインスピレーションに従うことです。
これぞ導きであると確信できるようになるには一定の霊性レベルが必要なのですが、たとえどれが導きかが分からなくても、私たちは誰でも(どの霊性段階にいようと)同じ霊性レベルの背後霊たちから必要な援助を受けることができ、また実際に援助を受けています。
参加者の感想
■正しい神観を知る前は、きっと嫌な事があれば相手のせいにして愚痴り、世の中の不条理に対して神も仏もないと嘆いている自分がいたと思うと嫌気がします。
自分の行動と気持の持ち方は、結果として自分に却ってきている。また「摂理としての神」を正しく理解すれば苦難や困難に直面しても自業自得の結果だと理解できます。
「摂理としての神」を正しく理解し霊的真理に添った生き方をしているのか自問自答しながら少しでも霊的成長に繋がる生き方が、出来ればと思っていますが、まずは一日一回は神に対して想いを馳せるようしたいと思います。
■神観についての学びのつづきでした。
机上の学びなので神がリアルに実在することを理解するのは難しく、保留して考えておき摂理の理解が進むにつれて少しづづ神の認識が深まっていくのかなと思いました。
地上の全てのもの、ことに神を感じるには自分の霊的感性を磨き霊的な実感も真理の理解も追求していく意識をもちつづけることが必要かなと思っています。
しかし、誤った理解もするし適切な捉え方を考えていくことも大切であると思っています。
■
神の愛を感じるためには摂理・法則に乗っ取って困難を乗り越え、神がつくられた全ての人間、動物や物に愛を発し大切にすることでしか感じられないのだと理解しました。
それが摂理ということで、神を愛することと同じことだからです。
しかし肉体に宿っている限りは無意識に自分の中で差別意識や壁を持ってしまうため、すぐに利己的になり神の愛を感じることができなくなります。
自分の中に汚さがあると霊界と繋がらず霊の道具になれず神の意志に反することになるため、努力していきたいと思います。
■ビッグバンにより宇宙が誕生した理由は物理学で説明しているが、宇宙を「誰が何の目的」で誕生したかの説明はされていない。
もし宇宙の始まりが量子のゆらぎが偶然ならば宇宙は突然消滅したり出現したり不安定で地球も私も存在ができない。
やはりそこに何かの意思の力があるから誕生し存在できている。
真理を学ぶにつれその意思を知ることとなる。
今回、神認識を改めて学び、この宇宙は抗することができず見えない強靭な力が支配していることを知る。
もし人類がその存在の法則を知れば傲慢と貪欲を恥じ、反省し謙虚にならざるを得なくなり、少しましな人類になる時が必ず来ると思われた。
今は無残な有様だがこれも進化途上の必要な試練なのかと思う。