ヴァニタス
のカデンツ
静物画は 英語で Still-Life 静かな生(物言わぬ生命)。
オランダの stillevent という言葉から。
フランスでは nature-morte 死んだ自然 というそうです。
調査メモによりますと
16世紀末 カラヴァッジョが
「花を描くことは人物を描くのと同じ価値がある」 と
センセーショナルな発言をし
イタリア初の独立した静物画とされる 果物篭 を描いたことにはじまり
17世紀には オランダで 静物画というジャンルが確立
その後 急速にヨーロッパに広まったということです.。
エディ・デ・ヨング著 『オランダ絵画のイコノロジー』 NHK出版では
17世紀オランダで隆盛を極めた静物画について
静物画は 通常 さまざまな種類に わけられる。
その中のひとつ いわゆるヴァニタス画は その性格に一切のあいまいさがない。
時の推移は 髑髏 砂時計 燃えつきる蝋燭 に含まれる慣用的な意味を崩さない。
他の解釈の余地はありえないのだ。
しかし、花の静物画、軽食画、宴卓画、豪華な品をどっさり並べた静物画
あるいは狩の獲物の静物画 となると話は別である。
これらの作品の解釈は
しばしば方法論 およびイコノロジーの難しさを 明らかにしてきた。
↓ これはオランダで発達した 豪華食卓画 とよばれるもの。
当時のオランダの繁栄ぶりを映し出しています。
テーブルの上には 食べ物が豊麗な色彩で描かれ
味覚・視覚の快楽をあらわしているようです。
しかし こんな豪華な食べ物も、時がたてば腐っていくヴァニタスの対象でもあり
リコーダー、倒れたグラスなどによって、富の豪華さを警告している ともいわれます。
が 前述の本によれば その解釈は
ヴァニタス画よりも はるかに発せられる信号は弱いということです。
667
667 ヤン・ターフィッツゾーン・デ・へーム 豪華な食卓とオウムの静物 1650年代 油彩・カンヴァス 115×170cm
Gemaldegalerie der Akademie der Bildenden Kunste Wein RUBENS und
Seine Zeit
2000・4・28入手 たて笛
では vanitas ヴァニタス と呼ばれる 象徴性の強い静物画 をみていきましょう。
もの の理念を描いた絵。 たとえば砂時計は過ぎゆく時を
楽器は生きる悦びのはかなさを、皮をむかれた食べ物は時のうつろいを
その他、髑髏、燃え尽きそうな蝋燭 消えたランプ などなど。
これらは全てヴァニタス (この世のはかなさ 人生の空しさ) をあらわす もの なのです。
エリカ・ラングミュラ著 『静物画』 八坂書房では
↓ こちらの絵について 述べています。
2782
2782 Still Life : An
Allegory of the Vanities of Human Life Harmen Steenwyck 1612
- 1655
oil on oak 39.2 x 50.7 cm The National Gallery, LONDON
2003・10・7入手 楽器
前景にある頭蓋骨は
この絵が贅沢品を誇示する通常の プロンク・スティルレーヘン(誇示する静物画)
ではないことを明らかにしている。
(この ハルメン・スティーンウェイク は オランダの画家)
頭蓋骨は 人間の死すべき定めを念頭に置いて この絵を読むように と
観るものの注意を喚起するのである。
このタイプの静物画は ヴァニタス として知られている。
・・・
子牛革やモロッコ革(上質の羊革)で装丁された書物が 頭蓋骨傍らにある。
これらは 学問や知識を体現している。
日本刀は武力を示すが 異国の巻貝と同じく収集家好みの貴重品でもあるから
富のアトリビュートでもある。
クロノメーター(船でつかわれる ぜんまい時計)は時の経過を計るものだ。
楽器(リコーダー リュート ショーム) は 石の酒坪とともに 五感の歓びを意味する。
一筋の煙を吐き出しているランプは 人間の一生の短さを示す聖書のメタファーである。
私の日々は 煙のように消えるのですから・・・(詩篇102章3節)
ヴァニタスの静物画のボキャブラリーは
何語の個々の単語についても言えるように さまざまに変化し さまざまに組み合わせて用いることができる。
↓ ヤン・ヤンスゾーン・トレックが 少し後に描いた作品では
8217
8217 Vanitas
Still Life 1648 Jan jansz, Treck (1605 - 1652) Oil on
oak 90.5 x 78.4 cm
Tne National Gallery, London 2015・6・13入手 楽器
スティーンウェイクのランプに代わって
オランダ特産の陶製パイプ
(極端に細長く白いパイプは17世紀オランダの風俗画や静物画に頻繁に)
が登場し クロノメーターは 砂時計に置き換えられている。
貝殻と麦わらは 子供たちがシャボン玉遊びに使うものだが
ここでは ホモ・ブラ(泡としての人間) を意味するラテン語で
人生のはかなさ の古典的比喩を 絵解きしている。
絹のショール 漆塗りの箱は 富を
チョークの素描は 美術を
ヴァイオリンと楽譜は 音楽を それぞれ体現する。
当時 人気を博した 戯曲のタイトルページには
『悪はその主人に報いる(悪には悪の報いがある) 喜劇』
と書いてある。
特に薄気味の悪いことに トレックは 髑髏に わらの冠を被せている。
名声の不滅の月桂樹を 模倣することで 揶揄しているわけである。
死して久しい英雄の頭蓋骨の背後には
この勇者の兜が目立つように置かれている。
騎士道を暗示する 鎧兜も 死という無慈悲な刈り手の大鎌に対しては
何の防御にもならなかった ということだ。
谷川渥 著 『図説 だまし絵』 ふくろうの本 河出書房新社 から。
ヴァニタスとは ラテン語で 虚栄 虚しさ という意味だ。
この世の栄華、美、若さ、感覚的喜びといったものは、すべて虚しく
時の経過に打ち勝つことができず、衰微し、ついには死に至る、という
キリスト教的な教訓を 静物画としてあらわしたものである。
メメント・モリ (死を想え) という中世以来のお説教の視覚芸術化である。
17世紀の静物画は、多少とも ヴァニタス画だといっていい。
時計、楽器、楽譜、しゃぼん玉、花、植物、花瓶、メダル、蝋燭の炎 などが用いられるが
なんといっても髑髏(どくろ)である。
ヘイスブレヒツのヴァニタス画
4724
4724 Cornelis GYSBRECHTS
(actif du millieu du 17c ) Vanite
Rennes, Musee des Beaux-Arts 2007・12・13入手 楽器
へイスブレヒツ については こちらに詳しく → だまし絵のへイスブレヒツ
↓ これは ヴァニタスの寓意画
4808
4808 Leonhard Bramer 1596
- 1674 Allegorie der Eitelkeit/Allegory of Vanity 1640
Kunsthistorisches Museum Wien 2008・1・2入手 楽器
さて 楽器を描いた絵が 静物画 として独立したのは、
イタリアはベルガモの ↓ のバスケニスが最初で
音楽への愛好心が強かった貴族たちのために 制作されたということです。
当時、ベルガモ近郊のクレモナでは アマーティやストラディヴァリ一族が
ヴァイオリンを製作していたので、それらの名器が 絵の対象となったのです。
しかし 楽器の静物画 ということは イコール ヴァニタス画ということにもなります。
↓この楽器にはうっすらとほこりが積もリ、指でなぞった跡さえあります。
ほこりは 時とともに積もります。
楽器も楽譜も 五感で感じ取れる生きる悦び をあらわしてはいるものの
それはうつろうもので 永遠ではありません。
音楽も形としては残らず消えていくものなのです。
1256
1256 エヴァリスト・バスケニス 楽器のある静物 油彩・カンヴァス 99×45cm
all rights reserved to Silvano Lodi IALIAN STILL LIFE PAINTING
From the Silvano Lodi Collection 2001・5・26入手 楽器
↓ おなじくバスケニス やはり 右のリュートに ほこり。
4801
4801 Evaristo Baschenis (1607
- 1677) Still Life Stillebe Stilleven Collection Christie's
London
2008・1・2入手 楽器
↓ これも バスケニス。 右の縞もようのリュートにも ほこり。
5850
5850 Evafisto Baschenis
(Bergamo 1617 - 1677) Natura morta con strumenti musicall,
Ollo su tela, 82 x 127 cm Bibliotec pinacoteca accademi
Ambrosiana 2009・4・11入手 楽器
バスケニス以後の ヴァニタス画
バスケニスの影響をうけた作品が登場します。
これは ↓ バルトロメオ・ベッテーラ 作
2294
2294 バルトロメオ・ベッテーラ Bartolomeo
Bettera 静物: 楽器、地球儀、菓子皿
17世紀後半 Kunsthistorishes Museum, Wien ウィーン美術史美術館名品展 2002・10・18入手 楽器
ピエール・ニコラ・ユイヨー作
5026
5026 Pierre -Nicolas
Huilliot (1674 - 1751) Still life with Musical Instruments
Ol/Leinwand, 52 x 88cm Residenzgalerie Salzburg 2008・5・2入手 楽器
アン ヴァライエ コステ(1744−1818)作。 楽器とともに 燃え尽きた蝋燭も
4469
4469 Anne Vallayer coster
La Musique 1776 Paris Musee du Louvre
2007・9・3入手 楽器
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