その他の雑文


Last Update: 04/21/2015

 

このページで挙げるほどでもない、これまでに書いた雑文です。

 


 

編集後記(パリティ2010年2月号)

いわゆる「事業仕分け」で、科学分野全体に厳しい評価がされました。この原稿を書いている現時点では、仕分け結果がどう反映されるのかはまだ不透明です。「パリティ」読者のみなさんはどのような感想をお持ちになったでしょうか? 私もいろいろなことを思いましたが、差し障りがあるので無難なことだけにすると、過去に科学者が科学の有用性について政治家たちに詰問された際の名ゼリフを思い出しました。たとえば、電気の有用性についてファラデーが答えた(とされる)「閣下、いつかあなた方は税金をかけることになるでしょう」または、フェルミ研究所所長だったウィルソンが答えた「加速器が関係する点(リスペクト)といえば、それはわれわれがお互いに敬意(リスペクト)をもって相手に対することであり、…加速器はわが国の防衛に、直接には何の関わりも持ちませんが、わが国を守るだけの価値のあるものにするという点では関係があります」どちらの名言にも共通するのは、自分たちのしていることに対するゆるぎない確信に満ちた自信。日々の研究生活に追いまくられて、ついつい忘れそうになる大切なことを思い起こしてくれます。

 

編集後記(パリティ2009年8月号)

 本号では、超弦理論の「AdS/CFT双対性」を紹介した記事を翻訳しました。著者の一人マルダセナがこの双対性を提唱した当時、彼はまだ30歳にもなっていませんでした。あれから12年、現在彼の論文は素粒子で歴代2位の引用件数を誇っています(SLAC Spires の論文データベースによる。1位はワインバーグによる電弱理論の論文)。もっとも、これは去年からのことで、それまで長年にわたってその地位にあったのは、去年ノーベル賞を受賞した小林-益川論文でした。もちろん、時代的な背景が違っており、2つの引用件数を単純に比較することはできません。現代の素粒子人口は、小林-益川の時代と比べてもはるかに巨大になっており、超弦理論はそのなかでも最大規模でしょう。しかし、小林-益川がノーベル賞を取ったその年に、歴代2位の地位をマルダセナに譲ったことは、時代の移りかわりを象徴している気がして感慨深いものがあります。ちなみに、小林-益川論文が2位になったのは1997年のことで、これはくしくもマルダセナ論文が出た年でもあります。なお、この双対性の応用については記事中でも触れられていますが、昨年8月号特集「現実と向き合う超弦理論」もあわせてご覧下さい。

 

編集後記(パリティ2009年2月号)

 LHCは9月10日に動きはじめましたが、すぐに修理が必要になりました。こういった故障は新しい実験にはよくあることとは言え、ガッカリしていた10月はじめ、大ニュースが飛びこんできました。南部陽一郎氏、小林誠氏、益川敏英氏のノーベル物理学賞のニュースです。この分野の人間にとっては、「ついに」とか「待ちに待った」という言葉がぴったりです。また今回のノーベル賞は、類を見ないとても「贅沢なノーベル賞」です。本来なら、ある年に南部氏が受賞されて、ほかの年に小林・益川氏が受賞、となっていても不思議ではありません。ところが、ノーベル財団は、やや異なる業績2つをあえて組みあわせて授与としました。つまり、二年分のノーベル賞が凝縮されたノーベル賞なのです。贅沢なノーベル賞と書いたのはこの意味です。もっとも、このため小林・益川氏と同時受賞でもおかしくなかったカビボが、残念ながら選から漏れることになってしまいました。なお、「パリティ」では12月号でノーベル賞特集を組みましたが、第二弾として近日中に増刊号も予定しており、現在執筆者の皆様ならびに編集部には急ピッチで頑張っていただいています。

 

巻頭言「拡がりをみせる超弦理論研究」(パリティ2008年8月号)

 1995年3月14日、「第二次超弦理論革命」が幕を開け、文字通り超弦理論研究に革命がもたらされました。この分野ではほぼ年に一度重要な国際会議が開かれ、「ストリングス95」のような名前がついています。この年は、ロサンゼルスにある南カリフォルニア大学が会場でした。革命は、この会議の席上、プリンストン高等研究所のウィッテンの講演によってもたらされたものでした。

 この会議までの数年間、超弦理論は冬の時代を経験していて、研究の進展はあまりかんばしくありませんでした。博士号を取ってもポスドクも取れず、この分野に見切りをつけた研究者も続出しました。このため、ウィッテンの講演は久々に聞くいいニュースでした。もっとも、革命はすぐには本格的にスタートしませんでした。この講演で使われた手法は、1980年代半ばの「第一次超弦理論革命」当時に開発されたものも多く、研究者の多くになじみがなかったからでした。

 しかし同年10月、ポルチンスキーによって「Dブレーン」が提案され、ここから革命は本格的に始まりました。特に重要な業績としては、翌1996年1月はじめ、ストロミンジャーとヴァファによる仕事があります。彼らは、四半世紀来謎とされてきた「ブラックホール・エントロピー」をDブレーンを使って統計力学的に導出することにはじめて成功したのでした。さらに1997年11月には、当時30歳に満たないマルダセナによって「AdS/CFT双対性」が提案されました。

 あれから10年、超弦理論はどうなっているのでしょうか? 実は近年、超弦理論は従来の超弦理論研究の枠を越えて、大きな拡がりを見せています。

 そもそも超弦理論は、物質の究極的な構造が実は粒子ではなく、極小の「ひも」、ストリングだと考える理論です。しかし残念ながら、超弦理論を支持する実験結果は、今のところありません。ストリングの典型的な大きさは著しく小さく、ストリングを直接実験で観測するのは難しいからです。このことから、超弦理論には実験的証拠がないといった批判をよく受けます。

 ところが近年、超弦理論を現実の世界に応用しようという試みが盛んにされています。しかも、伝統的な素粒子物理への応用だけではありません。原子核物理や宇宙論といった様々な分野へも応用され、またそれらの分野から大きな影響を受けています。物理学全体に影響しはじめた超弦理論の現状は、一般の読者にも興味深いと考え本特集を企画しました。

 まず最初の記事は、Physics World編集部に「Physics World紙上もっとも長い記事」と言わしめた記事の翻訳です。超弦理論の初歩や歴史にはじまり、本特集のテーマである現実との接点まで解説しています。

 記事にあるように、超弦理論はもともと「強い力」の理論として誕生しました。もっとも、研究が進むうちに超弦理論では不満な点が明らかになり、また超弦理論はむしろ統一理論として再解釈されることになりました。しかし、強い力としての研究が決して的外れだったわけではありません。実際、AdS/CFT双対性の過去10年間の発展によって、超弦理論はますます強い力との接点を深めています。超弦理論が強い力とどう接点があるのか、そして強い力の研究にどう役立ちうるのかを、酒井氏、杉本氏に解説していただきます。

 さて、今年はダーク・エネルギーが発見されて10年目を迎えました。この発見にともない、過去10年、超弦理論でも宇宙の成り立ちを理解しようという試みが起こってきています。たとえば、ダーク・エネルギーは超弦理論でどう説明されるのでしょうか。このような試みから生まれた「ランドスケープ」と呼ばれる考えについて、向山氏に解説していただきます。

 超弦理論の基本的な物体は、ストリングと呼ばれるひも状の物体です。超弦理論が正しいことを確かめるには、何といってもこのストリングを実際に見ることです。もっとも、通常の状況下では、このストリングは極めて小さく、実験で直接見るのは困難です。しかし、宇宙にはマクロな大きさのストリングが存在する可能性があります。このようなストリングが観測的にみつかる可能性について、橋本氏に解説していただきます。

 最後に、超弦理論は何といっても素粒子理論ですので、現実との接点と言えば伝統的な素粒子物理との関係を外すわけにはいきません。この点を議論しているのが、ダインの記事です。

 これらの「応用」はどの程度確からしいのでしょう? また、このような動きはついに超弦理論が現実に役にたちつつあることを示しているのでしょうか? 残念ながら、現在のところ、答えを出すのはまだ時期尚早です。まず、これらの応用いずれにも、理論面で未解決部分があります。また、実験・観測データにもまだ乏しい点があり、今後の結果を待たなければ超弦理論からの予言が正しいのか白黒をつけられません。

 しかし、このようなアプローチは、すでに超弦理論の進歩を促す原動力にもなっています。特に「ランドスケープ」の場合、この傾向は顕著です。ランドスケープは、単に超弦理論で宇宙論を考えるという以上のインパクトを持っている可能性があります。この考えは、これまでの私たちの超弦理論の考えを根本的に変えるかもしれません。超弦理論が現実に役立つかどうかはまだはっきりしません。しかし、こういった例は現実世界のデータが超弦理論の行く末を今後左右しうることを示しています。(脚注:近年、スモーリンとウォイトが超弦理論批判を展開していますが、期せずして2つの記事がこれに反論しているのも印象的でした。)

 

編集後記(パリティ2008年8月号)

 今回の超弦理論特集では、超弦理論と現実との接点を中心とした構成にしました。私自身、ここ数年このような研究をしているのですが、最初のうちは面食らったものでした。と言うのも、知らないうちに原子核の分野でも「ストリング」だの「AdS/CFT」といった言葉が、やたらと飛び交うようになっていたからです。最近では、原子核の会議に超弦理論のセッションがあることも珍しいことではありません。また、1月号の「物理科学、この一年」を読まれた方なら、原子核物理に超弦理論の項目があったことを気づかれたかもしれません。だからというわけでもないのですが、来年の「この一年」では素粒子物理と原子核物理の項目を統合する予定です。このような超弦理論の「応用」が、どの程度将来にわたって有用なのかは、本特集にもあるようにまだはっきりしません。しかし、他分野の人たちも超弦理論を学んで、それを積極的に使ってみようという態度は、この分野にいる者としては大変ありがたく、また歓迎したいと思っています。なお、この特集を読んでもっと系統的に超弦理論について知りたいと思われた方は、この6月に出版したばかりの拙著『超ひも理論への招待』があります。

 

編集後記(パリティ2008年2月号)

 先日、マットレスを買い換えました。いろいろな業者のホームページを見ると、「かための ×× ニュートン」というような宣伝文句があふれていました。「ニュートン」が日常的に使われているというのも驚きですが、気になる点もあります。宣伝文句は、マットレスに力を加えたとき、どのくらい縮むのかを表しているのでしょうが、違和感を感じます。「硬さ」いうのは圧力と考えるのが自然ですが、「ニュートン」は圧力の単位ではないからです。また、これだけでは情報としても役にたちません。事、毎晩使うものに関することです。熱心に調べたところ、「日本ウレタン工業協会」のホームページに答えが載っていました。実際の定義は複雑ですが、大雑把には直径20センチの円盤に力を加えて、4分の1まで圧縮したときの荷重のことでした。これを表記上は「硬さ:×× ニュートン」と書く決まりのようです。正確な定義まで表示することは難しいでしょうが、せめて「ニュートン/cm2^2」などと書いてほしいものです。現状は、数字と専門用語だけが一人歩きしているように思えてあまり感心しないのですが、どうでしょう?

 

編集後記(ボツになったもの)

 ミステリ小説のベストセラー作家、東野圭吾には「探偵ガリレオ」という作品があります。この作品では、「湯川学」というベタな名前の天才物理学者が探偵役になっています。秋からテレビドラマ化され、この原稿を書いている今も続いています。そのドラマの関係で、先日「パリティ」編集部に相談が来たそうです。なんでも「テレポーテーション」がキーワードらしく、「ワームホール」や「量子テレポーテーション」にも触れるようで、そこに小道具として「パリティ」を使いたいとのこと。まさか、天才物理学者が「パリティ」で勉強するのではないだろうな、と不安になりますが、編集部としては買ってもらえるのなら構わないと返答したようです。小説自体は、はっきり言って東野圭吾作品として特筆すべき点はありませんが、同じ湯川が登場する「容疑者Xの献身」はなかなかの傑作(もっとも、ミステリとしてフェアかどうかと大きな議論になったらしいですが)。こちらも映画化されるそうです。なお聞くところによれば、「パリティ」では書評は載せない方針だとか。このような編集後記は許されるのでしょうか。

 

編集後記(パリティ2007年8月号)

 本号では、ノーベル賞を受賞したワインバーグのスピーチを翻訳しました。大学院生時代を彼のグループで過ごした者としては、人に任せる気にはとてもなれません。さて、このスピーチで興味を惹かれたことが二点あります。一つは、偉い人といえども若い頃にはそれなりに悩んだという点。もう一つは、後の世代への力強い信頼感です。もちろん、このスピーチは若い研究者に向けてのものなので、あまり悲観的なことを言っても仕方がないでしょうが、この「信頼感」は彼の書くものによく見受けられます。たとえば、超弦理論についてこう書いた文章があります:「私の仲間の何人かは…弦理論にある種の敵意をもつようになった。私はこの感情を共にしない。弦理論は、究極理論の候補の供給源として、われわれが現在もっている唯一のものである。非常に聡明な多くの若い理論家に、それを研究しない方がいいなどとは、誰が望めるだろうか。」(『究極理論への夢』より)若手への彼の前向きな態度は気持ちよく、また励みにもなります。歳を重ねていくと、若手に対して辛口になっていくのが世の常でしょうが、彼の態度を見習わなきゃなと思っています

 


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