手刀、私に授けられた剣の事
 妻、「地神さんがうろうろしてるわ」。

 妻、「地神さんが、落ち着かない様子で動き回ってるわ」、と言います。

 つい最近、ある祈祷の当日の朝の事です。

 察しはつきます。

 妻の頭の中にはこの様な場面が展開されます。

 過去数十回展開された場面です。




 地神様も心配され、妻の方にこの様なものを見せたのかも知れません。(注・・この絵に見る私の持つ剣は、つい最近から見えるものです。以前は光の線が振り下ろされている様に見えました

 私、「地神様、心配せんで宜しいよ。切りませんので」。

 妻、「地神さん、やっと落ち着いたわ」。

 私、「地神さん、今日のは切りません。切りませんが、二度と戻って来ない様に、その道は切ります」

 妻、「安心した様にうなずいたわ」

 私、「地神様、釜で上げますから、ある所まで上がった時点で、その
ものが再び帰って来ない様に道を切ります」、「そのものの退路(逃げ道)は開けておきます」

 「此の処に住する・・・の悪の所業の源が、・・・を勧請する神の仕業ならば、鳴釜の威力(いりき)により、貴殿の住する大元の所に送る故、龍神様、大日大聖不動明王様の下等、所応の力に応じて往還せよ」。

 妻、「それで良しと言ってるわ」。

 確かに数年前までは、「エイ」と切りまくっていた時期がありました。

 それに対し此方の巳神様は。

 妻、「地神さん、刀で切ったら余り良い顔しないわ、嫌な顔するわ」、と言っていました。

 霊視は妻をしますが、切るのは私ですし、その切る瞬間は、相当神経の集中が必要になります。

 霊視などしながら切る余裕はありません

 頭の中では、目の前に出ている「邪」を切りきざむ事だけを念じています。

 「エイ」と手刀をふり下ろします。

 瞬間、妻の体に痛みが走る事も有ります。(霊視をしていますので、その影響もあると思うのですが・・・・)

 血が飛び散ります。

 妻、「わ〜、バラバラになって消えてしまったわ」。

 切られたものは消えるのです

 そして少し前までは、私が手刀を念じてそれをふり下ろすと、確かに振り下ろした対象は切られて消えて行きますが、私の念じた手刀を確認する事は出来ませんでした。

 妻、「何か一瞬、光るものが降りて来て、その瞬間その対象が切られている」、と言います。

 そして切られた対象は消えるのですが、消えてその先そのものはどうなるのかという疑問も絶えず働いていました。

 
鳴釜で上に上げて消す(消えて行く)のは、それこそ確実に消えて無くなるのですが、手刀で切った対象はその先どうなるのかは見とどけられないままでいました。

 
勿論切った対象にもよりますが、本当にこれで良いのかという思いを持ったまま、最近まで来てしまいました。

 そして、これで良いのかという思いを持ちつつ、さっき切った対象が、少しの時間が経つと又元の姿に戻る現実を見てしまいました。

 切った対象が、少し時間を置くと、元のものに戻るのです。

 力不足と言われれば弁解の余地は有りませんが、現実に元の姿に戻っているのです。

 相手は邪です、その様な事があっても、何も不思議な事はありません。

 幸いにも私には鳴釜というものがあります。

 そして、
最終的にこの鳴釜の神事で全てが消えて、祈祷は成就する事になるのですが・・・。

 この神事の御陰で、今まで何とか信用を得て来ましたが、
この鳴釜という神事の存在が無く、この領域の仕事をしていれば、私は詐欺師です

 切って消えたものが時間が経つと、又元の姿に戻るのですから。

 その様な理由で、一時期(少し前まで)はこの手刀を振り下ろすという行為は止めていました。

 鳴釜で消え去るのですから。

 最近の私の祈祷に立ち会った方なら分かるのですが。「エイ」と言った記憶はありません。

 しかし今年の5月、ある所で予定していた祈祷の2日前の夜、妻は前から来たある力によって階段から落ち、入院となりました。

 「体が浮いた様な感じだった」、と言います。

 このある力とは、祈祷先の不動明王に入っている邪神ですが、このものが、私達が行って祓い消されては大変と思い、妻を傷つけて、祈祷の妨害をしたわけです。

 この事については、確かに私にも責任がありました。

 このての祈祷は、今まで数え切れない程こなしていますので、少し気が緩んでいたのかも知れません。

 現にこの祈祷先の方は、祈祷の2〜3日前から左目からの出血が続いていました。

 原因不明の出血です。

 不動明王が瞑る方の目です。

 私が思っていた以上の難敵でした。

 この祈祷は、結局4週間位後に行ったのですが、勿論妻は入院中です。

 この不動明王の中に入っているものの姿は、顔はネズミの様なのですが、鼻や口は鋭く目に出て、目は引きつり、体はネズミの毛の様なもので覆われています。

 股を蟹股の様に開き、すねには武士が戦闘に出る時身につける鎧の様なものをつけています。(これだけを絵に書いても、前後の事情の説明がないと意味が有りませんので書きません)。

 この邪神に対しては、どの様に対処すべきか、どの様な内容の表白を述べようかと考えている内に、やはり此奴にはそれ相当な事で対決したいと思いつきました。

 此奴も刀を持っているはず(霊視して出て来た姿では、刀は持っていませんが)、久しぶりに闘争心に火が点きました。

 不動明王様の前に座り、何ものも切り裂く剣を授けてくれる様に頼みました。

 両手で手刀をつくります。

 指の先から何処までも続く剣をイメージします。

 鋭く光る刃が先に伸びて行くのが見えます。

 左右に緩やかに揺れています。

 刃の先は永遠に続いている様に見えます

 両手で作る刀を左から右に構えなおします。

 それにつれて、刃も穏やかに揺れて、光っています

 上段に構え、振り下ろします。

 真直ぐに刃は下に下りますが、先の方は少し左右に揺らいでいるのが見えます。

 直に上記したものが出て来ました。

 「これで切り裂くか」、と思いました。

 「妻も痛い思いをしたのだから」。

 「相手の何処をどう切ってやろうか」、「最後に目をつぶして、一気に首を落とそうか」。

 少し感情的になっているのが分かります。

 毎朝このイメージを繰り返します。

 一週間後の朝、何時もの様に巳神様をお祀りし、

 私、「地神さん、全てのものをも切り裂く剣を与えてくれ」、と告げました。

 毎日、イメージした剣は出て来ます。

 2日後の朝、入院中の妻から連絡が有り、

 妻、
「地神さんが口に剣をくわえて私の所に来たよ」、「白いもので刃を包んで、そこをくわえててるわ」、「何か、地神さんに言ったの?」、と言います。

 
我ながら、つくづく、一体に同化してしまったなと再確認しました。

 妻、「両刃ではなく、地神さんが口にくわえた方に刃がついてるわ」、「金色ではないけど、白く光って、水色の光りもあって・・・でも光ったら金色で・・・?」、「兎に角、剣から光が出ている様にみえるわ」、と言います。




 前からそうですが、言葉に出さなくても、思った事が神霊には伝わっているのですが、神霊の方がその事にアクションを起こして示してくれない限りは、此方は人間ですので分かりません。

 しかし次の祈祷で、この剣を使って邪神を切り消せという意味で剣を持って来たのか・・・。

 不動明王の中に入る邪神ですので、それ相応の剣を持ち合わせているので、この剣が必要なのか・・・・。

 この剣を振り下ろせば邪神は消えるのですが・・・・・・。

 心強いものを与えてくれた事に、この先自信を深めたのですが・・・

 その様な事を考えながら祈祷の表白を考えると、やはり、
この剣は邪神を切るものではなく、その邪神の通る道を切り落とし、再び返って来れない様な使い方に落ち着く事になりました

 その表白が上記した、

 
「此の処に住する・・・の悪の所業の源が、・・・を勧請する神の仕業ならば、鳴釜の威力(いりき)により、貴殿の住する大元の所に送る故、龍神様、大日大聖不動明王様の下等、所応の力に応じて往還せよ」、になったわけです。

 そして妻を傷つけた邪神に対しても、又つい最近、ある鉄工所(とてつもなく大きい)で行った祈祷でも、祓いの対象を傷つけることなく、釜で十分消し去り、そのものの大元の所に送り返すのですが、念の為、剣を下ろし、二度と帰って来る事の無い様に、その道を切り、縛っておきました。






 

 
鳴釜神事の実際と考察