労働者派遣法の改正案については「労働者派遣のル−ルはどう変わるのか」で説明しました。改正案は平成27年9月11日にほぼ原案通り可決しましたが、参院厚生労働委員会で異常なほど長大な付帯決議がなされました。本稿ではその付帯決議の内容について検討したいと思います。
目次
本題に入る前に、民主・維新・みんな・生活の4党の議員が提出し9月8日に可決した「労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策の推進に関する法律案」(同一労働同一賃金推進法案)について少し見てみたいと思います。
この法律は「雇用形態にかかわらずその従事する職務に応じた待遇を受けること」「労働者がその意欲及び能力に応じて自らの希望する雇用形態により就労する機会が与えられるようにすること」を基本理念に掲げ、そのために国が「施策を策定し、及び実施する責務を有する」こと等を定めています。具体的には派遣労働者については「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度その他の事情に応じた均等な待遇及び均衡のとれた待遇」を実現するために「三年以内に法制上の措置を含む必要な措置を講ずる」等定められています。
それはそれで結構なことで、同一労働同一賃金は重要なことでもありますが、果たして今回の派遣法改正の問題点を除く、あるいは軽減することになるかと考えると、ターゲットとなる問題が違い、解決には近づかないと思えます。
労働者派遣法の改正案については「労働者派遣のル−ルはどう変わるのか」で説明した通り、最大の問題点は期間制限のルールを変え、3年ごとに人を入れ替えさえすれば同じ業務をずっと派遣で対応できるようになることです。派遣で対応し続ける業務というのは、3年ごとに人を入れ替えても支障が無いようなスキルの積み重ねを必要としない業務か、あるいは情報システム管理のような自社で人を抱えるより専門の会社から人を派遣してもらった方が安くつく業務でしょう。正規社員とは違う労働であることが普通であると思えます。同一労働なら同一待遇という制限は助けにならないばかりか、高度な業務をこなす高給の正社員と、レベルの低い業務を低賃金でさせられる派遣社員という格差を肯定しかねません。
それでは9月8日に参議院厚生労働委員会でなされた長大な付帯決議について観てみます。
その前に、付帯決議とは何なのかが気になります。法的拘束力は無いもののそれなりに尊重されてきたもののようです。派遣法関係でも、平成24年改正法の付帯決議に基づいて厚労省に研究会が設置され、その報告が今回の改正にもつながっています。しかしながら今までの慣行を無視し、人数に任せてやり放題の安倍政権ですから、法的には効力がないと無視しないとは言えない気もします。その場合何が起きるかは想像できません。
そういうことを考えてしまうほど、内容が濃いです。これにまともに対応するのは厚労省の官僚は大変でしょうし、仮にこの通り実現されると、派遣業者も派遣労働者を受け入れている会社も困るのではないでしょうか。
数えてみるとのべ39項目あります。「努める」などの努力せよ的なものは除いて、私が重要と思えるものを中心に、法改正項目ごとにまとめてみたいと思います。文末()内は付帯決議の項番です。
届出で可能であった特定労働者派遣事業を廃止し、すべて許可制とした。(第2節第1款の削除)
派遣業界全体の健全化、派遣労働者の実効性ある保護につながるような許可基準に見直す(二-1)
派遣元事業主が許可基準を満たしていることを労働政策審議会に報告(二-2)
認定制度の活用促進策について検討し早急に実施(二-4)
法令違反を繰り返す事業主に対し、指導監督の強化、許可の取り消しを含む処分の徹底(二-4)
マージン率の情報提供はインターネットにより常時、必要な情報が労働者を含む関係者に提供されることを原則とする(二-5)
期間制限を一律3年とし、労働組合または過半数代表者の意見を聴取すれば労働者を変更して何年でも派遣を続けられるようにする。無期雇用の派遣労働者については、期間制限を無くする。(42条の2、42条の3)
過半数代表者であることやその行為について不利益取り扱いをしてはならない(三-4)。
過半数代表者が民主的な方法で選ばれていない。(三-4)
無期契約労働者を派遣契約の終了のみを条件として解雇してはならない(三-2)
意見聴取において過半数労働組合等から反対意見が出された割合及びその内容等(三-3)
専門26業務の派遣労働者更新拒絶への対処。支援。雇用安定措置の早急な実施。等(三-1)
一年以上同一の組織単位に派遣されている労働者その他に対し雇用の安定をはかる努力義務と共に、3年間継続して同一組織単位に派遣される見込みのある労働者については、雇用安定措置を講ずることを義務とする(30条)
雇用安定措置の義務逃れをし、繰り返しの指導にもかかわらず改善しない派遣元事業主は事業許可の更新を認めない(四-4)
基本的なところは、均等待遇を定めた改正前30条の2(改正後30条の3)、40条の内容と大きく変わりは無い。厚生省令で定める福利厚生施設の利用が努力義務から配慮義務になった(40条3項)。派遣先に、同種の業務に携わる労働者の賃金や募集に関する情報提供等への配慮義務が課された(40条5項)。
均等・均衡待遇の実現のため、法改正を含めた必要な措置の在り方について(五-2)
派遣先が派遣労働者の労働・社会保険への加入状況を確認できる仕組み(五-4)
派遣元に段階的、体系的な教育訓練の実施義務、職業生活の設計に関する援助の義務が課された(30条の2)。派遣先に同種の業務に従事する通常の労働者に業務の遂行に必要な教育訓練について派遣労働者にも実施する配慮義務が課された(40条第2項)。
派遣元事業主に義務付けられる教育訓練の実施状況について、事業報告、派遣元管理台帳等によって確認し、適切な指導監督等を行う(六-2)。
派遣元事業主の教育訓練の実施義務違反に対しては許可の取消しや更新をしないことを含め厳正に対処(六-3)
派遣元事業主に義務付けられる教育訓練については、その義務の具体的な内容を明確化するなどして周知し適切に指導(六-1)
派遣が1年以上継続した場合、同一業務に労働者を雇入れる場合は、その派遣労働者を雇入れるよう努力するという基本的内容は変わらないが、派遣期間が終わった後7日以内に派遣元との雇用契約が終了した等の要件が削除された。(改正前40条の3、改正後40条の4)
派遣先が派遣期間終了後に直接雇用する場合、派遣元事業主に支払う紹介手数料の取り扱い等を派遣契約の記載事項とする。(六-5)
今回の改正法では、施行後3年を目途に施行状況を勘案し、検討して必要に応じ処置を講ずるとされている(附則2条)。また同様の見直し規定が平成24年改正法にもある(平成24年改正法附則3条)。また平成26年の規制改革実施計画に基づいて、「雇用仲介事業等の在り方に関する検討会」が開催されていて有料職業紹介事業等の規制の見直しが議論されている。これについては直接労働者派遣に関係するものではないが、付帯決議に含まれている。
その他、今回の改正内容に直接関係のないことが、ここぞとばかりいろいろ決められています。主なものを紹介します。
派遣労働者の安全衛生について派遣元事業主と派遣先が密接に連携する(八-2)
派遣元事業主の責めに帰すべき事由による労働不能に対する、反対給付、休業手当の支払いの実態(七-2)
今度の派遣法改正の最大の問題点である期間制限の撤廃については、3年後の見直しの確認と労働組合の関与を少しでも強めること、クーリング期間の悪用を戒めること、無期契約労働者の規定の悪用を戒めることに留まり、本質的な対策にはなっていません。これは、法律がそもそも撤廃を定めているものなのでやむを得ないことと思います。その替わり、改正に関係あることないこと、重要な宿題をいっぱいつけています。改正後の処置は大変なものになり、派遣業者も大変なことになるのではないでしょうか。野党側にすれば「肉を切らせて骨を断つ」ではなく「骨を断たれたけれど肉もいっぱい切ってやった」というところでしょうか。
この間ちらりと見たNHKで放送されていたヨーロッパのドキュメンタリーでは、派遣労働者が増大し、低賃金で使い捨てされ、その結果一般の労働者の賃金も低下を余儀なくされて、派遣業者のみ私腹を肥やしているという実情が描かれていました。ヨーロッパの場合経済が良くない国があり、そのような国の国民が低賃金の派遣労働者になっているという背景があるので、必ずしもそのまま我が国に当てはまらないかもわかりません。しかしながら安倍政権や、経済優先論者の目標はこのドキュメンタリーで描かれていたような、低賃金と使い捨てができる労働力、それにより企業と一部の富裕層が肥えることによる「豊かな強い国」であるように思えてなりません。
今回このような付帯決議に与党の議員も賛成したことに対し、「労働契約申し込みみなし制度」が始まる10月1日前に施行したかったからと言われています(このロジックは私は良くわかりません)。しかし、与党議員の中にも、法案には賛成せざるを得なかったが、動きそのものには危機感を持っていて歯止めの必要を感じている人が多かったのではないかと考えたいです。
今後この付帯決議がどのように扱われていくか注目したいと思います。
初稿 | 2015/10/28 |