着々と進む官邸による年金積立金の私物化

経済再生担当大臣の下で開催された有識者会議なるものが、従来国内債券中心で運用されている年金積立金の積極運用を提言したこと。これは、年金財政を考えたものではなく、巨大資金投入によるアベノミクス路線の金融市場の活性化を狙ったものである疑いが濃厚なこと。従って年金資金の目的外使用であり、かつての官僚の無駄遣いと同じであり、かつ規模と影響ははるかに大きいこと。以上を「年金積立金の無駄遣いがまた始まるのか」で説明しました。本稿では社会保障審議会年金部会の報告書等その後の動きについて検証します。

  1. 社会保障審議会年金部会の報告書
  2. 社会保障審議会年金部会専門委員会での検討過程
  3. その後の動き

1.社会保障審議会年金部会の報告書

社会保障審議会年金部会の下に"年金財政における経済前提と積立金運用のあり方に関する専門委員会"が平成23年10月に設置され、平成26年3月12日の年金部会に報告書が提出されます。この専門委員会は平成22年12月22日に出された"年金積立金管理運用独立行政法人の運営の在り方に関する検討会"の報告書を受けて設置されたものではあるのですが、報告書は平成25年11月の「公的・準公的資金の運用・リスク管理等の高度化等に関する有識者会議」の報告書の内容を色濃く反映し、年金積立金の積極運用の姿勢を示すものとなっています。

具体的に観てみます。

3 基本ポートフォリオの設定期間等 について
・・・
経済環境や市場環境の変化が激しい最近の傾向を踏まえれば、基本ポートフォリオの乖離許容幅の中で、市場環境の適切な 見通しを踏まえ、機動的な運用ができる旨明確にする。 ・・・
5 全額国債運用・国内債券中心の運用について
・・・
従前のデフレ下では「国内債券中心の運用」が安全かつ効率的な運用であったが、デフレ脱却を図り、適度なインフレ環境に 移行しつつある我が国経済の環境においては、あらかじめ「国内債券中心」を示す必要はなく、 GPIF において、フォワードルッキ ングの視点も踏まえ、運用目的・運用目標に則したポートフォリオを検討すべき である 。
6 運用対象資産の多様化等について
・・・
新たな運用対象についても、被保険 者 の 利益に資することを前提に、物価連動国債や安定的な事業収入が見込まれる REIT 等を始め、年金資金運用の観点から 幅広に検討を行う。
具体的な運用対象資産の多様化については、・・・基本的にGPIF において検討すべき である 。
・・・
7 アクティブ運用等について
・・・収益最大化の努力が年金財政の強化に貢献するとの考え方に立てば、・・・より高い収益を求めアクティブ運用を認めるという既存の方針を維持するとともに、そのためのたゆまぬ検討を 明示的に求める。
具体的なアクティブ運用の在り方については、・・・、基本的にGPIF において検討すべきであり、あらかじめ「パッシブ運用中心」を示す必要はない。
・・・
8 成長分野投資、社会的投資( ESG 投資を含む。)について
「専ら被保険者の 利益の ため」との法規定や受託者責任原則に則し、他事考慮せず、専ら被保険者の 利益の ために行う運用 が、結果的に日本経済等に貢献するという「好循環」を目指すべき である 。
・・・企業収益等に着目したファ ンダメンタル・インデックスの活用や、収益確保のため ESG 等を含めた非財務的情報に着目することの是非も、・・・、基本的に GPIF において検討すべき である 。 ・・・

"確たる根拠のある場合には”とか”市場環境の適切な見通しを踏まえ”とか”一般に認められた知見に基づき”とかの、言い訳がましい、かつ実際の拘束条件にはなるとは思えない修飾は敢えて除きました。
いちいち指摘はしませんがおおよそ次のような内容と言えるでしょう。

”デフレ脱却を図り、適度なインフレ環境に移行しつつある我が国経済の環境においては、”という文章はそっくり有識者会議の報告書から持ってきたものです。特に、”他事考慮せず、専ら被保険者の 利益の ために行う運用が、結果的に日本経済等に貢献するという「好循環」を目指すべき である 。”という文などあきれます。”もっぱら被保険者の利益のために行う”ということと”日本経済等に貢献するという「好循環」を目指すべき である”ということが日本語のレベルで矛盾しています。年金積立金運用を3節で述べるように成長戦略の一つとするための強引な官僚作文でしょう。また有識者会議報告書中の”被保険者の利益を優先する資金運用は、結果的に、日本経済に貢献する ことになり、また、各資金は、資金運用により経済成長の果実を享受する立場にも あることから、経済成長と資金運用との好循環が期待される。”を受けたものとも見えます。

2.社会保障審議会年金部会専門委員会での検討過程

専門委員会設置の元になった"年金積立金管理運用独立行政法人の運営の在り方に関する検討会"の報告書「年金積立金管理運用独立行政法人の運営の在り方に関する検討会報告」においては、積立金の積極運用については慎重な姿勢を基本として、一部積極運用の意見も紹介するという両論併記の形をとっています。専門委員会の報告書ではその中から専ら積極運用の意見を抽出し、むしろ有識者会議の姿勢に近づいたものになっている印象があります。いったいどのような議論の過程を経てこのようになったのか、専門委員会の議事録を見てみたいと思います。

年金財政における経済前提と積立金運用のあり方に関する専門委員会において有識者会議の報告書が紹介されたのは平成25年12月4日の第14回会議においてです。委員から幾つか疑問や意見が提示されています。

駒村委員
特に厚生年金の場合は、拠出者は労使ですから、その拠出者の意見というのがどうなっているかというと、年金部会をルートで入っていくという形になっていると思うのです。
 6ページの4にわざわざステークホルダーの参画で中途半端というか、7ページにかけて「選任された者は」と書いてある、この「選任された者」は一体誰を指しているのかよくわかりません。誰が誰を選任するのかというのは、どこかに書いてあるかわかりませんけれども、選任された人が専門家で、なおかつステークホルダーを代表するかのような書き方をしているので、ちょっと気になったので、年金部会との関係とか、これでもしかしたらステークホルダーが関わっているよと読めてしまうならば、この関わり方は非常に弱いというか、曖昧ではないかと思ったので、確認させてもらいました。

これに対し年金局長が長々と回答しています。まず、年金局長が有識者会議の意見を代弁している状況に強烈な違和感を憶えます。回答の内容は運用形態は議論するな、運用目標についてのみ議論しろというもののようです。
リスクをとる、運用を多様化するということにも疑問が出されます。

西沢委員
 今の年金制度でリスクをとる体制ができているかというと、例えば今の場合ですと、仮に損失が発生した場合は、このマクロ経済スライドの長期化で吸収するしかありませんし、あるいは将来的に支給開始年齢引き上げですとか、さらなる保険料率引き上げですということで、対処が後手に回ってしまうのが今の年金の財政上の負担と給付の仕組みだと思います。
・・・・・
例えば損失が発生したら、損失が発生した年度の翌年度に特別保険料をとって、みんなから保険料をとりますよとか、損失が発生した分、翌年の年金を減らしますとか、そういったセットであれば、そのリスクをとっていいと思うのですけれども、要するに、運用の多様化というのはどんどん議論したらいいと思いますが、一方で、年金制度としてリスクをとれるような体制を確保していくという議論が今後必要なのかなと思っております。

次は至極、常識的でまっとうと思える意見です。

小野委員
この有識者会議の報告書を拝見していまして、いろいろ御提言いただいているので、是々非々で取り込めばいいのではないかなというところが正直なところです。

その他、「適切に確たる根拠を説明できる場合はアクティブリスクをとる」などというのはあり得るのかという意見、”フォワード・ルッキング”という用語の問題の指摘。民間の企業年金的な発想が入っているという指摘が出ます。

第15回では報告書前半を占めることになる経済前提の話に時間を費やし、運用の在り方については報告書に(参考2)として入る"年金積立金管理運用独立行政法人の運営の在り方に関する検討会"と有識者会議の意見、本専門委員会の意見の対照表が事務局側から提出されそれに対する大臣官房参事官の説明のみでほぼ時間切れになります。

第16回では報告書の案が事務局から提出されます。この報告書案は議事録内の議論から事務局と吉野委員長(慶大名誉教授、10年間ほど郵政省、大蔵省の特別研究官を務めた経験あり)が用意したものらしいことが分かります。吉野委員長がどの程度関わったのかは分かりません。骨格は最終報告と同じものと言って良いでしょう。第2部について大きく違うのは「1 運用利回りの示し方等に」おいて、"具体的な運用利回りの示し方としては、・・・ケースEの実質的な運用利回り(α)の中央値1.7%(・・・)とするのが妥当"という文章が入っていることです。これについて疑問が示され、書き直すという事になります。議論の大半がこの点に費やされ、あとはほぼ文言のレベルの指摘に留まります。報告書が積極運用に前のめりであること、運用をGPIFに委ねる姿勢を問題視した議論は為されていません。
多少注目すべき発言を上げます。

米沢委員
、「より高い収益を求めアクティブ運用を認めるという既存の方針」、 ここのところに「アクティブ運用」という言葉が違和感あるのですが、アクティブ運用と いうのは広い意味で全部含めればいいのでしょうけれども、ここでは私の見方としてはア クティブ運用ではなくて、「基本ポートフォリオからの乖離」という表現がいいのではない か、そういう趣旨で書かれているのであれば、そういう格好で、もし、そうでなければ改 めて教えていただきたい。

他の文言の修正は応じているのに対し、この要求に対しては森大臣官房審議官がポートフォリオについては他のページで明確化しているという理由で変更を拒否しています。確かに目新しい表現ではないでしょうが、アクティブ運用の積極化にお墨付きを与えるためにどうしてもこの文脈に入れたかったのではと勘ぐってしまいます。

小野委員
受託者責任がややERISA(エリサ)法的な民間年金基金に寄ったよう な表現が少しあるかという印象を持っています。国全体の資金ということなので、例えば 債券、比率を下げるということで買い手は誰になるのですかという話になって、これが日 本国内で閉じた世界とすると、結局年金はいいけれども、日本国内全体見たらそんなに変 わらないのではないかと思います。

どうすべきという具体的な提案はないので、この発言は完全に無視されます

第17回は、16回議論を反映した1.7%の部分その他の修正文の確認以外特に運用の仕方に関する特段の議論はありません。本稿の議論とは関係ありませんが、重要なことなので忘れないために一点のみ引用しておきます。

小塩委員
 全ての場合において最も高い運用利回りを目指すのですが、その最も高い値が
1.7%です。だからそれを目指しましょうというのもよく分かるのですが、そう
いう理解でよろしいですか。そうでなくて、どんなケースでもαについては
1.7%を想定しますということなのでしょうか。それだったら問題かなと思いま
すが、どうでしょうか。これはあくまでも運用の目標ですという理解でよろしい
のでしょうか。

森大臣官房参事官
 今、御指摘いただいた前者のほうのGPIF に対する目標ということです。

小塩委員
 もう一度確認のためお尋ねしますが、そうすると、年金財政の見通しを考えると
きに、αは1.7%と置くということではないのですね。いろいろな場合を考えると
いうことでよろしいですね。

森大臣官房参事官
 そのとおりです。

報告書の中で実質的運用利回りとして1.7%という数値が示されているのですが、これはあくまでGPIFの目標にしか過ぎず、年金財政を考えるうえで根拠にする数値にはしないということです。数字が独り歩きして恣意的に利用されないように注意が必要です。

結局、事務局(と吉野委員長?)が用意した報告書案で方向が決まってしまい、第14回の時にあったリスク運用についての疑問についても議論されなかったということのようです。

この報告書は、親会議である3月12日の社会保障審議会年金部会において報告されます。ここでは本質に迫る意見もいくつか出されます。

山口委員
ただ、この中にフォワードルッキングなシナリオアプローチについて言及されている部分がありまして、これにつきましては、一たん始めた後で、どこで次のシナリオに変更するのか、的確にマクロ経済を予測することが非常に難しい局面が多いわけでありますし、これまでも年金運用の世界ではタクティカルなアセットアロケーションというものについては必ずしも成功しておらないといったようなことを考えますと、この報告書の中に「確度の高いものであるべき」とあるのですけれども、一体どのような方法によってその確度を図ることができるのか。現実の運営ということで考えました場合に、非常にこれは難しいのではないかと私は思っております。
花井委員
「フォワードルッキング」という表現があるわけですが、何をもってフォワードルッキングと言っているのか、そこがなかなかわからないというのがもう1つです。内閣官房の有識者会議でも、委員全員の認識が細部にわたって完全に一致したというふうには聞いていないわけですが、その上でフォワードルッキングなリスク分析、あるいは運用対象の多様化も、例の有識者会議の報告書はガバナンス体制、あるいはリスク管理体制の見直しもセットで行われるべきと指摘しているわけです。
藤沢委員
何かにつけて専門家であるGPIFに委ねる、GPIFで検討する、そして、中にはGPIFがインハウスの運用の活用も検討、というふうに書いてあって、そしてガバナンスの議論もしてあるということで、組織をコンサルタントに見ていただくということも書いてあるのですけれども、いろんな議論をやっているのを見ていて思うのは、実際に運用をやっていた人たちがその場にいないような気が大変するわけですね。実際に議論されて、若干運用経験がありますという方もパフォーマンスどうだったのかと思うような運用会社の方がいらっしゃって、できれば、このアドバイザリーボードでもいいのですけれども、きちんと過去の運用の成果を明示した上で、実績のあるプロの方に本当にこれで機能するのかというような意見を平場で聞ける場をつくっていただかないと、やったことない人たちが理想論を語っていても大変心配だなというのが私の感想でございます。

「フォワードルッキング」という語が積極運用を容認するための曖昧な「キーワード」になっていること、また結局本質的なところはGPIFに任せるという事になっていること。これは明らかな問題点です。しかしながら、森大臣官房参事官のお茶を濁すような回答の後、次のように締めくくられて終りになります。

神野部会長
さまざまな観点から熱心に御議論を頂戴いたしましたが、差し当たってといいますか、議題(1)【財政検証について】で御議論を頂戴いたしました基本的な枠組み、専門委員会で御検討いただきました経済前提等々、今、第2番目の議題にかかわるようなことで、これを踏まえながら、今、公表の仕方等々について御意見も頂戴しておりますので、本日の議論を念頭に置きながら、この2つの議題(1)、議題(2)【専門委員会の報告】でやった前提をもとに事務局に作業をしていただく。その結果をこの部会に御発表いただく。さまざまな発表の仕方についての御注意をいただいた点には、どの時点かでまた対応していくということを考えて、作業に移っていただくということでよろしいでしょうか、本日の部会につきましては。
(「はい」と声あり)
【】引用者の注

3.その後の動き

有識者会議、社会保障審議会年金部会を通して、積極運用方向へ舵をきることと、実際の運用をGPIFに任せることに根拠を与えられた後は、GPIFを支配下に置けば、政府は年金資金を思うように扱うことができます。実際に政府はその方向に着々と動いているように見えます。

GPIF運用委員に米沢早大教授ら任命、運用・組織改革に弾み(Bloomberg,4月22日)

4月22日(ブルームバーグ):田村憲久厚生労働相は22日、世界最大の年金基金である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF )の運用委員会の委員7人を任命した。うち3人は国内債中心の運用見直しなどを提言した有識者会議のメンバーで、安倍晋三内閣が求めるGPIFの資産配分と組織の改革が加速する可能性がある。

GPIF、理事長決定に運用委員会の事前承認制導入=基本ポート策定で(ロイター,8月8日)

東京 8日 ロイター] - 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は8日、基本ポートフォリオ策定にあたり、理事長の決定前に運用委員会の承認が必要と明記した資料を公表した。これまでも運用委員会での議論を経た上で理事長が意思決定を下していたが、必ずしも委員会の承認は必要ではなかった。
8月5日に開かれた運用委員会で資料が配布された。それによると、2013年12月の閣議決定で「運用委員会について、資金運用の重要な方針等について実質的に決定できる体制を整備する」とされたことを受け、ガバナンス強化の一環として対応した格好だ。

現在のGPIF理事長である三谷隆博氏はリスク運用に慎重に見えます。このため運用委員会をまず刷新しようとしたというのが大方の見方でしょう。三谷氏は来年2015年3月に任期満了となりますので、その後どの様な人が理事長になるか注目しておく必要があります。日刊現代等は「GPIFにも“お友達” 安倍官邸「国民資産」乗っ取り計画」(5月3日)とセンセーショナルですが、決して大げさではない恐れがあります。

首相官邸のホームページで「成長戦略で、明るい日本に! ≪詳細版≫」(平成26年6月24日更新)を見ると「2.民間投資・産業新陳代謝の促進」の欄に「公的・準公的資金の運用等の見直し」があります。そして「<アベノミクス、成果続々! (1.アベノミクス「第3の矢」に関する最近の進展より)> 」のところには「公的年金資金の運用の見直し」と上げられていて、次のように書かれています。

公的年金資金の運用について、基本ポートフォリオ見直しに向けた検討に加え、新たなベンチマークの追加や投資対象の多様化を推進。
 GPIFは、国内株式のパッシブ運用に、「JPX日経インデックス400」等の3つの指数を新たに採用。また、投資対象として、J-REITを追加。
 さらに、先般、運用委員のメンバーを一新。

しかし待ってください。国民年金法、厚生年金保険法ではつぎのようになっています。

国民年金法第七十五条
 積立金の運用は、積立金が国民年金の被保険者から徴収された保険料の一部であり、かつ、将来の給付の貴重な財源となるものであることに特に留意し、専ら国民年金の被保険者の利益のために、長期的な観点から、安全かつ効率的に行うことにより、将来にわたつて、国民年金事業の運営の安定に資することを目的として行うものとする。
厚生年金保険法第七十九条の二
 年金特別会計の厚生年金勘定の積立金(以下この章において「積立金」という。)の運用は、積立金が厚生年金保険の被保険者から徴収された保険料の一部であり、かつ、将来の保険給付の貴重な財源となるものであることに特に留意し、専ら厚生年金保険の被保険者の利益のために、長期的な観点から、安全かつ効率的に行うことにより、将来にわたつて、厚生年金保険事業の運営の安定に資することを目的として行うものとする。

被保険者から集めた保険料なのだから、被保険者の利益のためにのみ使うことが許されるという当たり前の事を言っています。これを”他事考慮の禁止"と言います。 成長戦略の一手段として年金運用を考えるなどとはとんでもない事であり、官邸のホームページで堂々とそれを言明するというのは異常なことです。安倍政権とそれを取り巻く状況が異常のレベルにあるのではないか、冷静に眺めることが必要な時期にあるように思います。

初稿2014/8/9