永遠の唄
第13話
「聞かせてもらいましょうか、先生が何者で、俺は何を期待されてるのか」
今里に静かにそう訊ねる歩に、は内心で焦りながらも必死に冷静を繕った。
しかし、もし今里が本当に話し出してしまったら、自分を犠牲にしてでも彼を止めなければ、と思って手を強く握り締めて拳を作った。アイズや香介たちとは違って戦いは好きではないし、そもそも戦ったことすらないけれど、それでも自分がやるしかない。
今里は言葉を発しようと口を開いた。唇を動かして、最初の音を出そうとする。
…しかしその時、たちの後ろから生徒の集団ががやがやとやってきて今里はぴたりと止まった。
「………あまり他の人に聞かれたくない。ちょっとブレード・チルドレン側に反感を買ってね。下手をすると殺されかねないんだ。…場所を変えよう。4時半に生徒指導室でいいかい?」
生徒達を見て今里はそう言う。それを聞き、はほっとした。
4時半までにはまだ時間がある。それまでにはなんとかできるかもしれない。理緒とどうするか考えようと、そう思った。
歩が返事をすると、彼は職員会議があるからとこの場を去っていった。その姿は生徒達の間を通り、消えてゆく。
「…なんだか深みにひきずりこまれてる感じじゃありません?」
「……ひょっとしたら…、最初から深みにいたのかもしれないな…」
そんな二人の会話を聞きながら、は何気なく今里が去っていった方向とは逆の方に目をやった。すると、曲がり角から見覚えのある髪が少しだけ覗いているのに気付き、少しだけ目を丸くする。
もしかして今の話をすべて聞いていたのだろうか。そう思って、歩たちに適当に別れを告げてそちらへ向かっていった。
「…理緒」
「へあっ!?」
急に声をかけたのがいけなかったのか、理緒は肩を大きく動かして驚いた。そして、の姿を確認してほっと息を吐き、何だちゃんかと苦笑する。
「…今里先生、弟さんに何もかも話そうとしてるみたいだね」
「うん…。今里先生も、関係者だったんだ…」
やはりブレード・チルドレンに関する情報を何も持っていないのは危険だっただろうか。そう考えていると、理緒は口の端を吊り上げた。
「あたしに任せてよ」
「え…」
その言葉に俯いていた顔を理緒に合わせた。いつでも自信満々な彼女の表情に、まさか、と訊ねた。すると、彼女はゆっくりと頷く。
「うん、そう、先生を殺す」
予想通りの言葉には顔を歪める。やはり、殺すしか方法はないのだろうか。そんな彼女を見て、理緒は大丈夫だよと言った。
「ちゃんの手は汚させない。全部あたしがやる」
「そんな、理緒…」
「何言ってるの、あたしはもうとっくに何度もこんなこと経験済みなんだから」
だから、ちゃんは気にしないで。そう微笑む理緒に、は首を横に振った。
「ううん、私も…、私も見届けるよ、理緒」
「ちゃん…。うん、わかった」
二人で頷くと、計画のための作戦を考え始めた。
時刻は午後4時半前。前方に今里の姿を確認して、と理緒は顔を合わせて頷いた。
理緒が今里に向かって可愛らしく走りだす。そしてわざとなのかそうでないのか、彼の目の前で派手につまずいて転んだ。案の定彼は目の前で転んでしまった彼女を心配する。半泣き状態の彼女を見て苦笑して、彼は手を差し伸べた。
「やれやれ。ほら、立て――」
理緒はそこで、まったくの無防備な彼の胸へ飛び込み思い切りナイフを突き刺した。理緒の身体で直接は見えないものの、今里の表情を壁から覗き見ては顔をしかめる。
「――バイバイ、先生――…」
理緒は静かにそう言うと、そのナイフを抜き取った。恐らく即死したであろう今里はそのまま倒れこむ。
「ブレード・チルドレンの一人、竹内理緒です」
反応がないことを確認して、理緒は背中の上にナイフを投げ付けた。そして、いつも通りの仕草での傍へ戻ってきた。
「…おつかれ」
「ありがとー。って、ちゃん大丈夫!?」
顔を青くしてぎこちない笑みを浮かべるを理緒は心配する。
他のブレード・チルドレンとは違って、はあまり危険な目に遭ったことがないため、こういったことには慣れていないのだ。だから、目の前で人が死ぬところを見るのは気分が悪かった。
ずるずるとは座り込み、口元を押さえる。ああ、自分はなんて情けないのだろう。きっと今の自分はひどい顔をしているに違いない、そう思った。理緒が心配そうな顔で背中をさすった。そして、眉を下げて控えめな笑みを浮かべる。
「ごめんね、ちゃん。本当はちゃんがいる前であんまりこんなことしたくなかったんだけど…」
「ううん、私がここにいたくていたんだから、気にしなくていいよ。こっちこそごめんね、ありがとう」
「うん…」
申し訳ないのは自分の方だ、とは思った。私がいては足手まといになるだけだと。
まだ気分が悪いが、それを抑えてゆっくりと立ち上がる。大丈夫?と訊ねてくる彼女に小さく頷いて、大丈夫だと返す。そして、一旦この場を離れて人が集まった頃にまた来よう、と二人は歩きだした。
「殺害時刻は午後4時21分前後、犯人は月臣学園生徒でまだ校内におり、その時間にこの場所に近づけた者だ!身長は155センチ以下!性別は女!」
暫くしてまた今里を殺害した場所に行くと、固まりの中心には歩とひよのがいた。歩は容疑者の条件を大声で怒鳴るように言い、それからひよのに容疑者を絞り込むように指示した。
去っていく彼らの後ろ姿を見ながら、はよくこれだけ絞り込めたなと感心をする。それは理緒も思っていたようで、すごいなと他の人には聞こえないような大きさで呟いた。も小さく頷いて、その場から離れる。
「どうする?155センチ以下のブレード・チルドレンだなんて私たちだけじゃない?」
「うん、そうだね」
理緒は苦笑して肯定する。も、理緒よりは背が高いものの155センチ以下に入るのだ。これは大分動きにくくなってしまったな、とも苦笑いを浮かべた。
「あたしは大丈夫だから、ちゃんは弟さんたちに見つからないように暫く学校休んでて。万が一のことを考えてきっとちゃんのことも調べるだろうから」
「そうだね…」
彼らと共に行動することももうなくなってしまうのだろうか。そう思うと少し悲しくなって、は溜息を吐いた。
2009.05.26