永遠の唄

第12話

 放課後、久しぶりに一緒に下校するということで、と理緒は寄り道をしながら帰ることにした。色々なことを話しながら歩いていると、いつの間にか辺りが暗くなっていた。そんなとき、は人混みの中から目立つ赤紫色の頭を見つけて、理緒に話しかけた。

「ねえ、あれって香介じゃない?」
「え?あっ、ほんとだ!こーすけ君!」

 理緒もその後ろ姿を見つけると、大声で彼の名を呼んだ。彼は振り返るとぎくりと驚き、苦い笑みを浮かべて手を挙げた。

「――よ、よお……」

 そんな彼に理緒も微笑んで手を振り返す。しかしは今朝聞いた話を思い出して、手を挙げずにただあからさまに不機嫌な顔をした。の表情の変化に気付いて理緒は首を傾げる。

「?ちゃんどうしたの?」
「…香介、私との約束を破ったでしょう?」

 の言葉に理緒は香介に向かって怒った顔をした。

「ああーっ、こーすけ君また約束破ったのぉ?ちゃん可哀想に!」
「本当よ、あれほど危険なことはしないでって言ったのに…」
「ああわかったわかった、すまなかったよ」

 きっと彼を睨むと、彼は苦笑しながら両手を挙げて降参のポーズをとった。反省してないなと思って溜息を吐くと、不意に理緒は口を開いた。

「でもね、ちゃん」
「え?」
「弟さんにはこれぐらい乗り越えてもらわないと」
「…っ」

 は言葉を詰まらせた。
 そんなこと、頭ではわかっている。わかっているのだが、不安なのだ。付き合いは短いけれど、歩や、勿論ひよのだってすでに大切な人の中に入っている。そんな人を傷つけたくないのだ。

「……ちゃんは、“弟さんという希望”が失くなってしまうのがそんなに怖い?」

 の様子を見て発した理緒の言葉に、は目を見開いた。理緒は少し眉を下げる。

ちゃんはまだ信じられないんだよ、弟さんのこと。だから死んでしまうかもしれないって心配してる。弟さんの力が本物だったら、こんなことでは死なないはずだよ。…信じてみようよ、弟さんのこと」
「わ、私は…」

 私は、何?
 言いかけた言葉を飲み込んで、自分に問いかける。自分は本当に彼のことを信じていたのだろうか。
 いや、理緒の言う通り、信じていなかったのだろう。信じていると思っていたはずなのに、心のどこかでは信じ切ることができないでいた。だから、こうやって不安になったりするのだ。だから、怖かったのだ。
 は目を瞑って軽く息を吐く。

「…そうね、信じなきゃ。危険なことも乗り越えてもらわなければ、これから先もずっと何も変わらない…よね」

 ゆっくりと目を開けてそう言うに香介は優しく微笑み、の頭に手をそっと乗せた。

「まあ、すぐには無理だろうからあんまり気にすんなよ?」
「ううん、たぶん大丈夫。二人も見たでしょう?彼はすごいよ」

 だから、とは笑って続ける。

「二人ももう少し彼のことを信じてみない?」
「え…?」
「二人とも、私と同じよ。心のどこかでは彼のことをまだ信じ切れていない」

 二人は苦い顔をしてから目を逸らした。それを見ても少し暗い表情を浮かべる。

「だけど…、今の彼を信じきれないのも、仕方がないと思う。だって、彼本人が自分のことをまったく信じていないんだもん。これから彼はどうなるのかな。本当に私たちを救ってくれるのかしら…」

 それから暫く、3人は俯いたまま黙りこくった。



「おっはなおっはなおっはっなー♪」

 翌日の放課後、ひよのはアヤメの花を一輪手に持ち、機嫌よく歌っていた。その横には逆に不機嫌な歩。やはりこの二人は面白いなとは思った。

「やや?」

 そんな歩の様子にひよのも気付いたらしく、歌うことをやめた。

「どうしたんです?いつにもまして不機嫌なお顔ですね」
「……花を片手に歌いながらついてくるな」

 ギロリとひよのを睨む。彼女はにっこりと笑った。

「いいじゃないですか、このアヤメの花高かったんですよ」
「俺はアヤメは嫌いなんだよ!」
 歩がそう叫ぶと、二人はきょとんとして彼を見た。

「これ鳴海さんの嫌いな花なんですか?」
「知っててやったんじゃないのか?」
「そんな嫌な性格じゃありませんよ」

 ひよのは歩の言葉にむっとした。

「実は園部さんの死体を動かしたら大量のアヤメがバァっと散ったそうなんです。浅月さんが置いてったんでしょうけど。鳴海さんが嫌いな花ってことは浅月さんのささやかな嫌がらせですかね」

 香介の嫌がらせではない、恐らく清隆の指示だ。そうは思った。
 アヤメは清隆の好きな花だ。花言葉は“信じるものの幸福”。だから、未来の可能性を信じたかったから、は芸名を“iris”にしたのだ。
 清隆は歩に自分を信じろと言いたいのだろうか。それとも、他に何か意味があるのだろうか。
 ちらっと歩を見ると、彼はまた考え込んでいた。もしかしたら彼もと同じことを考えているのかもしれない。
 きっと彼は自分のことを信じていない。信じたって清隆のようにはなれないと思っているのだろう。
 は溜息を吐いて前を見た。すると前から先生が近づいてきていることに気付いて、首を傾げた。彼、今里は歩の前に立ち止まる。

「鳴海君、鳴海君」

 その声に歩とひよのも気が付き、彼を見た。彼は優しく微笑む。

「廊下で立ち止まって考え込まないように。はたから見るとあやしげですよ」
「……ああ、すいません」

 歩は謝り、その横を通り過ぎようとする。しかし、今里が急に無表情になり、口にした言葉に足を止めた。

「……ブレード・チルドレンに関して話がある。聞く気はあるかい?」
「な…」

 彼の言葉に歩は驚いた。そしても反応して彼を見る。これはやばい、反射的にはそう思った。彼はそのまま静かに話す。

「騒がないで。これでも危険を冒して君と接触してるんだ。なんでもない顔をしなさい」
「…俺の身の周りに起こったこと、全部知ってる風ですね?」
「君の想像以上にいろんな人間が動いてるんだよ、いろいろな思惑を持ってね」

 ブレード・チルドレンを助ける者、消そうとする者、見守る者、そしてブレード・チルドレン本人達。恐らくそれらのことを言っているのだろう。
 歩は静かに口を開いた。

「……聞かせてもらいましょうか、先生が何者で、俺は何を期待されてるのか」


2009.03.23