永遠の唄

第10話

「納豆パンプキンイカスミ苺パフェDXです。ごゆっくりどぉぞー」

 カフェテリアに着きひよのが楽しそうな顔で注文したのは、何とも言えない奇妙なパフェだった。
 店員は特に変わった様子もなく、にこやかにそのパフェを持ってきた。歩とはカップを持ったままそれに固まり、それぞれ引きつった顔で口を開いた。

「…すごいパフェですね…」
「何でそんなもの食べたがるんだ?」
「1回実物を見てみたかったんです♡でも自分のお金じゃもったいないでしょ」
「…まあ、確かに」

 確かに、わざわざそんな得体のしれないものを頼むために自分のお金は払いたくないなとは納得した。しかし、例え自分のお金でなくともそんなものを食べる勇気があるなんて、と少しだけ感心した。

「……で」

 歩はカップをテーブルに置き、話の続きを始めた。

「園部は子どもたちを殺さねばならないと言っていたのか?」
「はい。野原さんを殺そうとして返り討ちにあったっていうのが真相みたいです。園部さんは意識を取り戻したんですけど、ろくにしゃべらないうちに錯乱してドクター・ストップ。詳しいところはこれからです」

 ひよのは人差し指でバツを作り、言った。歩は溜息を吐く。

「…それなりに手掛かりは残ってるってことか。ねーさんも無駄に2年も過ごしたわけじゃないんだな」
「…………鳴海さんはどうして“ブレード・チルドレン”の謎を追ってるんです?」

 少し間を置いてひよのは質問した。

「別に好きで追ってるわけじゃない。兄貴を捜す手掛かりがそれしかないだけだ」
「ふーん…。じゃあどうしてお兄さんを捜すんです?」
「一応、兄貴だからな。いないとそれなりに心配だろう」
(それは…)
「…嘘ですね」

 ぽつりとひよのが言う。が思っていた通りの言葉を言ったので、は思わずきょとんとして彼女を見た。

「鳴海さんはよおっく知ってるはずです…、お兄さんがどれほど凄い人か…。何が相手でも負ける人じゃない。追っかけなくてもそのうち無事に現れる。むしろ追っかけるとお兄さんの邪魔になるかもしれない。……って、思ってるんでしょ。心配なんてこれっぽっちもしてません」

 歩は少しだけ俯けていた顔を上げ、ひよのを見る。彼女は眉を下げ、悲しげな顔をした。

「鳴海さんが心配なのは…、…………おねーさんですね」
「…あんたどこまで…」
「全部知ってますよ」

 小さめの声で、でもはっきりとひよのは言う。

「清隆お兄さんの結婚相手がまどかおねーさん。つまり…、鳴海さんとおねーさんは血のつながらない義理のきょうだいです」

 そう言うと、3人はしばらく沈黙した。そして歩が口を開く。

「…兄貴が消えたの、結婚して1年も経たないうちだったんだぜ。いなくなったってわかった時のねーさんはそりゃひどいもんだった。それから2年、ねーさんは必死になって兄貴を捜してる。ねーさんは今も兄貴のことを一番に想ってる。夜中、ひとりで泣いてることもあるんだ…。いい加減、兄貴を見つけてやらないと、ねーさんは……」
「…………」

 そしてそのまま歩は黙り、3人とも沈んだ顔をする。清隆はどうしてたまにでも帰ろうとしないのだろうかと、は歩の辛そうな様子を見て思った。

「…鳴海さんは、おねーさんが好きなんですね」
「…そんなんじゃねーよ。血がつながってなくてもねーさんだからな。あんまり不幸になられると目障りだろう」

 それも嘘だとは心の中で呟いた。ひよのの表情からして、彼女も恐らく同じ事を思っているのだろう。歩は今でも昔のようにまどかのことがとても大切で、目障りだなんて全く思っていない。そのことは見ててもよく分かる。歩の、…アイズとどことなく似ている不器用な優しさがに伝わってくる。

「…こんだけ心配してやってるのに」

 マグカップを置く音と歩の声に、は自然と下を向いていた顔を上げた。

「当のねーさんは殴る蹴る首を絞める、さらにはわがまま言いたい放題ときた」
「あらあら」

 鳴海君可哀想に、と言いながらは苦笑を洩らす。歩もだろ?と言いたげな顔で話を続けていった。

「義理の弟を虐待しまくって――お」
「?」

 いきなり話を中断させた彼に首を傾げて、とひよのも彼が見ている窓の外を眺めた。

「あいつは……」

 二人も店の外を歩いているその姿を確認すると、立ち上がって外へ出た。



「和田谷巡査じゃないか!」
「あっ、お前ら!」

 外を歩いていたのは和田谷だった。和田谷は達の姿を見ると大きな声を出して驚き立ち止まる。

「何してるんです?」
「“ブレード・チルドレン”の件で何か新しい情報でも手に入ったか?」
「警察の仕事に口出しするなっ」
「あら――…」

 そうやって叫び追い払おうとする和田谷に、ひよのは笑いかける。

「そんなこと言っていいんですか?」

 彼女がそう言った途端、彼は一気に青ざめた。

「言うこと聞いてくれないとあのことみんなバラしちゃいますよ~」

 さっきまでの態度が嘘のような変わりように、は驚いた。彼は歩の肩を大きく揺らす。

「あいつを~、あいつをなんとかしてくれよォ。僕の弱味にぎって脅迫するんだぞ~。ひどいじゃないかァ」
「やかましい!」

 歩は和田谷を思い切り蹴飛ばす。どうやらひよのに情報を掴まれているのは月臣学園の生徒だけではないらしい。この人の情報網は一体どうなっているのだろうかとは訝しげな顔をした。

「んなこと知るか。にぎられる方が悪い!」

 そして歩はひよのをじっと見る。

「そうやって警察の情報を手に入れてたんだな?」
「あら、情報源はもっとありますよ。ウフフフフフ」

 怪しげに笑う彼女に歩とは一歩引いた。敵にまわすととても恐ろしいに違いない、とは顔を引きつらせてそう考えた。

「ま、とにかく、何かわかったら教えてくれ」
「お願いしますね♡」
「すみません、お願いします」

 期待してるぜと屈んでいる彼の頭を歩がぽんぽんと叩く。からかうような笑みの二人の横で、は少し控えめに言い、軽く会釈をした。それから3人はその場を去っていった。


2009.03.23