永遠の唄
第6話
       2日後、教室で歩に犯人やトリック、動機がすべてわかったと知らされた。はついていくと返事をし、そして放課後、二人はひよのと合流した。
      
      「犯人は…?」
      「辻井郁夫だ」
      「…そう」
      
       告げられた名前に何の反応もなくは返す。昨日あれからも少し事件について考えていたのだ。が知る人物の中で、容疑者は笹部か辻井。もし犯人がそのどちらかだったなら、おそらくそれは辻井だろうと。しかし、本当に辻井だったのかと、少しは驚いていた。
      
      「トリックとかはあとでな。面倒だから」
      「それで充分よ」
      
       それじゃあ行くぞ、と彼のいる教室に近づく。ひよのは自分から教室に入ると言い、一人で中に入っていった。歩が扉のすぐ近くの壁にもたれたので、はその後ろに回り込んだ。
      
      「こんにちは、辻井さん」
      「何か用かい?」
      
       辻井は教室を出ようとし、ひよのの横で止まった。ひよのはにっこりと笑って、手のひらに軽くおさまるほどのゴムボールを取り出す。
      
      「これ、見覚えありません?」
      「……さあ」
      
       辻井はしばらくそれを見つめたが、ふと笑って教室を去ろうとした。
      
      「話だけでも聞いてけよ」
      「!?」
      
       しかし、歩の言葉に辻井は立ち止まり、勢い良く振り返った。歩はにやりと笑う。他にも人がいただなんて思わなかったらしく、二人の姿を見ると後退った。それを見ながら歩は話を始める。
      
      「…半世紀も前からある単純な偽装トリック。おい、おっさん」
      「おっさん言うなっていってるだろー!!!」
      
       丁度たちの元へやってきた和田谷を手招きし、ゴムボールを差し出す。
      
      「ゴムボールを腋に当てて…ハイ実践」
      「うあ?」
      「腋でしっかりと挟めば上腕大動脈が圧迫され…」
      「こうかな…?」
      
       歩が説明を始めると、和田谷は受け取ったゴムボールを腋に挟んだ。歩は説明を続ける。
      
      「脈が止まる」
      「ほっ、ほんとだ!」
      「へぇ…」
      「すごいですねぇ」
      
       和田谷は手首に手を添え、確かめた。3人は本当に脈が止まったことに感心する。ひよのは目を輝かせてメモを取っていた。
      
      「…俺らが階段に駆けつけた時…、野原瑞枝は両腋にゴムボールをはさんで脈を止め、胸に固定できるよう細工した矢をつけた。死んだふりをするために」
      
       は黙ってその話を聞く。
      
      「焦ってたねーさんは脈がないから死んでいるものと早合点しちまった。そして、予想どおり俺らが犯人を捜しに行くと、あんたは友達を連絡に行かせ現場に一人残った。死んだふりをしている野原瑞枝は起き上がり計画がうまくいったと笑う。しかしあんたは彼女を裏切り、用意しておいた矢尻で刺し殺した。矢は服の下に隠せるよう2つ折りにして、殺害後一本に接着したんだろう。後は現場を第一発見の状態にし、野原が偽装に使用した矢を折って服の下に隠す。そして誰かが戻ってくるのを待ってればいい」
      「勝手な想像はよせ!!」
      
       歩が言い終わると、辻井は叫んだ。歩はひよのが持っていたゴムボールを手にとる。
      
      「……友達二人はあんたに連絡に行くように指示されたと証言したよ」
      
       ゴムボールを宙に投げ、キャッチする。
      
      「それと、ゴムボールから野原瑞枝の指紋が出てる。彼女が立ち上がった時腋から落ちたんだな。丸い分遠くまで転がって、あんたは回収し損ねた」
      「………っ」
      「ほんと、子ども騙しにやられたわ」
      「!?」
      
       そこへ、謹慎中のはずであるまどかがやってきた。はいいのだろうかと思いながら彼女を見る。また勢い良く振り返った辻井には、余裕はもう感じられなかった。
      
      「ちょっとした賭けだったんでしょう。それがほとんどうまくいった」
      
       まどかは話を続けた。
      
      「ど…どうして野原が死んだふりなんかしなくちゃならないんだ!」
      「逃げるチャンスを作るためさ」
      
       そう言う歩に辻井は驚く。歩は続けた。
      
      「野原瑞枝は予想以上に追い詰められていると感じて、一つの手を考えたんだろう。俺達の注意を自分からそらせ、安全に逃げられる方法ってやつを」
      「あなたの役割は私達がその場から離れやすいようにし、死んだふりがばれるのを遅らせること。遅ければ遅いほど彼女への警戒は手薄になり、逃亡は容易になる。あなたはこの計画を利用した」
      
       まどかがそう言うと、辻井の足は微かに動いた。
      
      「殺せるならそれでいいし、ダメでもともと。結果は9割方成功ってとこかしら。偽装用の矢は窓の外にでも吊しておいたんでしょう。でも彼女まさか本当に死ぬことになるなんて思ってなかったでしょうね」
      
       そして歩がまた話し始める。
      
      「矢を凶器に使うってのがミソだったな。遠くから狙ったと思わせ俺らを遠ざけ、一人になるチャンスをつくる。あんたにとっては厄介ばらいの奇跡の矢。さしずめ――、アポロンの矢」
      
       歩は人差し指を辻井に向ける。その後暫らく沈黙が続いたが、辻井がふと笑いだした。少し冷静になったらしい。
      
      「机上の空論だ」
      「…でもね、矢からあなたの指紋が出てるのよ」
      「!!嘘だ…っ、ちゃんと拭き取…っ」
      
       そう叫び、はっとして口を手で塞ぐ。
      
      「ひ…ひっかけたな…!」
      「失礼ね。ちゃんと検出されたわよ。矢羽からね」
      
       まどかは指紋の写っているカードを彼に見せた。
      
      「矢羽…?まさか…あんな…とこから!」
      「見てのとおり、最新科学捜査の勝利よ」
      
       それを聞くと辻井は声を洩らし、力尽きたようにその場に座り込んだ。
2009.01.18
