永遠の唄

第5話

「……………証拠は?」

 あんたが犯人だ、そう歩に指された野原は、少し間を空けて静かに笑った。

「全部想像じゃない。その眼鏡に何か問題があるの?告白するようカナをたきつけた証拠でもあるの?すり替えとかあらかじめとか、全部こじつけじゃない!!」
「でもレンズの破片が合わないのは確かよ」

 野原がそう必死に述べていると、不意に4人以外の声が聞こえてきた。はそちらを見て少しばかり驚き、そして微笑む。

「気をつけて回収したんでしょうけど――、レンズの破片に、一部形も度数も合わないのが混じっているの」

 その声は歩の義姉であり刑事である、鳴海まどかのもの。彼らが話をしている間に、野原に気付かれないように部下の男と屋上の入り口に入っていたのだ。それに野原は焦りの見える表情を浮かべる。

「……ひ、ひっかけようとしても無駄ですよ。そんな嘘――」
「残念ね。合わない破片は、被害者の目元に刺さっていたものなの」

 まどかは自分の目を指し示した。

「回収した覚えがあるかしら。あなたが現場で何かをポケットに入れたのはわかってるのよ」
「……こいつがそう言ってるだけでしょう!?自分の嫌疑を逃れるのに…」
「破片の矛盾は残るわね」

 まどかと男が4人の元へ歩み寄る。

「誰の証言であれ――…、あなたは疑わしいのよ」
「…何言ってるんですか?カナは私の親友ですよ?動機がないじゃないですか。どうかしてます!」

 野原の言動は、誰がどう見てもおかしいのは明白だ。それでも否定を続けるらしい。まどかの横を抜け去ろうとする野原に、まどかはそちらを向かないまま言葉を放った。

「“ブレード・チルドレン”」

 その言葉に野原は立ち止まる。歩は驚いた顔をした。…そして、も。
 は周りをちらりと見る。だが誰一人としての変化に気づいたものはいないようだった。よかった、と静かに安堵する。の今の反応は、決して周りに気づかれてはいけないものだったからだ。
 野原の様子を確認し、まどかは口を開いた。

「…やっぱりあなた、園部の事件に関係してるわね。宗宮さんのことも口封じだと考えれば…、…そう、動機は充分だわ。眼鏡もふくめて、きちっとした証拠が見つかるのも時間の問題よ。園部のことも、宗宮さんのことも、…“ブレード・チルドレン”のことも…。あなた、逃げ切れるかしら?」
「何を言ってるんですか?訳がわかりません。失礼します!」

 野原はそう声を荒げると、扉を思い切り閉めて出ていってしまった。

「…ねーさん」

 扉を見つめるまどかに、歩はそちらを見ないでぽつりと話しかける。まどかは作った笑みで振り返った。

「ああ、あんたには借りができたわね。今度、何かおごったげる。それでチャラね」
「ごまかすなよ。2年前に兄貴が残してった言葉…、俺だって忘れてねーからな…」

 歩はそう言う。ひよのとまどかの部下はわけがわからないという顔をした。ブレード・チルドレンという言葉やその意味を二人は知るはずがないのだ。は複雑な気持ちで彼らの様子を見守った。

「ねーさん……、俺は…」
「きゃあああ!!」
「っ!?」

 歩が何かを言いかけたその時、突然女性の悲鳴が聞こえた。扉の向こうからだ。
 ――嫌な予感がする。
 皆は一斉に振り返り、駆け出した。そして扉の先で見つけたものに息を飲む。

「――!!!」
「……う、うそだろ…、オイ…」

 そこで見たものは、胸に矢が突き刺さった状態で階段の下に倒れている、野原瑞枝だった。皆は一気に階段を駆け降り、まどかが野原の手を取った。

「脈がない…だめか…っ」

 まどかの部下は開いている窓の向こうを指す。

「警部補!ああ…あっちの屋上からですよ!あっちから射って――」
「わかってるわよ!」

 そう言うまどかは随分と焦っていた。まどかが長い間ずっとブレード・チルドレンの手がかりを探していたことはは知っている。やっと見つけた手がかりなのに、その手がかりとなる人物は何者かに殺されてしまった。焦るのも仕方ないだろう。

「歩!犯人追うから私を向こうまで先導して!!あなたたちは和田谷をあっちの屋上に案内してちょうだい!!」
「は、はいっ」

 まどかの指示に、は焦っているふりをして返事をする。もっとも、目の前で死体を目撃しているため、半分は演技ではなかったが。
 そこへ下から男子が三人やってきた。彼らに気付いたまどかは、彼らにも指示を出す。

「あなたたち!悪いけど警察と救急車呼んで!!」
「え?う…うわあっ!!」

 倒れている野原を見つけたらしい三人の悲鳴を背後に、たちは階段を駆け降りていき、まどかの部下の和田谷という男を矢が放たれたと思われる屋上へ急いで向かった。



 しばらくしてたちは先程の事件現場に戻ってきた。まどかは単独行動をしたと上司に叱られている。歩は和田谷にゴムボールを探してほしいと頼んでいた。そして、ひよのには宗宮可奈が関係していた事件について調べるよう言う。
 そろそろ引っ込んだほうがいいのかもしれない。はそう思った。はこの事件に深く関わるのはあまりよくないのだ。
 しかし中途半端ではやはり気になる。不自然でないように振る舞いながら、事件の真相がわかったら呼んでほしいと歩とひよのに言い、は家へ帰ることにした。



「この事件に、ブレード・チルドレンが関わっていたなんて…」

 家に帰り、はぽつりと呟いた。
 ブレード・チルドレン、呪われた子供たち。歩やまどかが追っている、そして歩の兄、清隆が残していった言葉。
 は最近まで歩とはほとんど関わっていなかった。それなのにどうしてがひよのすら知らないことを知っているのか。
 欠けた肋骨がその印。もまた、ブレード・チルドレンの一人なのだ。
 は歩たちにそうだと知られないように、他のブレード・チルドレンとの接触は控えていたし、他のブレード・チルドレンが誰か、知らないようにしていた。しかし、そのために野原がブレード・チルドレンだとは知らず、関わってしまった。
 は今更そのことに後悔する。せめて校内にいるブレード・チルドレンだけでも把握しておくべきだった。そして、興味本位で事件に首を突っ込むべきではなかった、と。
 そんなこと言っても、もう関わってしまったのだから仕方がない。はそう思い、深い溜息を吐いた。


2009.01.18(2011.05.03)