永遠の唄

第4話

「カナちゃんカナちゃん、いいかげんに辻井クンに告白しなよ」
「え~でも、わたしこわいよ」

 翌日の放課後、野原と宗宮…の人形を操り、ひよのが劇をしていた。歩は一緒にいるのが恥ずかしいとでも言いたげな顔で、は楽しげな顔で、その人形劇を横で見る。
 三人の正面にいるのは、野原瑞枝。腕を組み引きつった笑みを浮かべている。とんだ茶番だ、とでも言いたいのだろう。

「――以上、ひよの劇場でした♡」

 ひよのはにっこりと笑い、人形に礼をさせた。引き気味の歩の隣では微笑んで軽く拍手する。そんなにひよのはありがとうございます、と礼を言った。

「………そんな人形劇を見せるためにわざわざ屋上に呼び出したの?」
「いや俺はそーゆーつもりじゃなかったんだけど、こいつがどーしてもっつうから」
「だあってこんなちんぷな青春の1ペェジ、真面目に解説されるの恥ずかしいじゃないですかー」

 歩がひよのを指差して言うと、ひよのはとても楽しそうにした。それに彼は呆れる。

「そりゃそーだけど、小道具が過ぎるぞ…」
「なに言ってるんですかー。凝ってこそ芸ですよ」
「…芸?だいたいあんた、そんなもんいつの間に作ったんだよ」
「企業秘密です」
「…私はあんたたちにバカにされてるのかしら」

 二人の会話に野原はそう言う。はその様子に思わず苦笑した。
 それにしても、ひよのの持っている野原と宗宮の人形はどうやって手に入れたのか。自分で作ったのか誰かに作らせたのか…。おそらく後者だろう。答えが気になったが、今はあまり関係ないだろうと考えることをやめた。
 イライラしている野原に気づき、歩はからかうように返事をする。

「おー悪ィな。でも事件前にあんたと被害者がかわした会話を再現しただけだぜ?こいつが宗宮可奈が踊り場にいた理由。そいでもってこれがあんたの魔法の種…、彼女を墜落させた、“見えざる手”だ」

 歩は胸ポケットに入っていたサングラスを取り出し、それをかけながらそう言った。

「………」
「…サングラスが?」
「え」

 しばらく沈黙が訪れる。は、なぜサングラス?と首をかしげた。野原はのその気持ちを代弁するかのように鼻で笑う。

「いや…、まあなんだ、要するに眼鏡ってことだよ、眼鏡!」

 歩はそれに反応して、どもりながら言葉を返す。家にこんなんしかなかったんだよ、と言いながらサングラスを外した。眼鏡がなかったのならば、無理に持ってこなくてもよかったのではないのだろうか。は心中でそう突っ込みを入れた。

「なぜ宗宮可奈は眼鏡をかけたまま落下したか。普段かけてないのになぜかけていたか」

 歩がそのまま話を進めたので、はサングラスから彼へ目線を移して、話に集中した。

「告白の手伝いをしてもらうことになった宗宮は疑いもせず非常階段にやってくる。そして辻井郁夫とあんたが花壇に現れれば、近視の彼女はあんたのサインを確認するため、眼鏡をかけるはずだ。もしその眼鏡がすり替えられていれば?彼女の目にはまるで合わない、度の違う、直線を歪ませる、狂ったレンズの眼鏡にすり替えられていればどうなる?」

 極端に度の強い眼鏡をかければどうなるか。答えは簡単だ。あまりのきつさに目眩を起こし、ふらつく。
 ならばその眼鏡はいつすり替えるか。の心中を読み取るかのように、ひよのが言葉を付け足した。

「宗宮さんは事件の日、謎の呼び出しを受け、6限の後、教室を離れています。当然、眼鏡の入った鞄は教室におきっぱなし。気づかれず、すり替えるチャンスはありました」

 なるほど。は納得した。放送によって呼び出され、教室を離れた時間があるならば、その間に眼鏡をすり替えることは容易だ。呼び出されたが、何もなかった。その呼び出しはきっと、野原が眼鏡をすり替えるための工作だったのだろう。

「…その放送もあんたの仕業だろ。そして踊り場。眼鏡をかけた彼女は…」
「度があまりにもきつくて、よろけてフェンスに手をかけた。だけどそのフェンスは壊れていて、宗宮さんを支えきれずにそのまま落下してしまった。…で、いいのかな?」

 歩は一度話を途切れさせてを見た。話を聞きながら考えていたに気づき、答えを要求したのだろう。が歩の言葉に繋げて自分の推理を言葉に出す。その推理は合っていたようだ。歩は頷いて再び話を進めた。

「そうだ。あんたは巧みに宗宮可奈を非常階段に立たせ――…、眼鏡をかける瞬間を決定した。犯人でありながら目撃者であるという、絶対的安全を手に入れたんだ。ただこのトリックは、どうしても眼鏡という物証が残る。だから真先に墜落現場に駆けつけ、あらかじめ壊しておいた彼女本来の眼鏡と犯行に使用した眼鏡をどさくさ紛れに交換しないといけない。俺は上で見たんだよ、あんたがポケットに隠すのを。あんたは決定的な証拠となる眼鏡を急いで回収した。そしてその時――」

 歩は野原の右手を引っ張る。

「割れたレンズで指を切った。――違うか?」

 その手の指には、絆創膏がいくつか巻かれていた。この怪我の仕方は、割れたガラスや食器などをつかんで切ったようにしか思えない。
 野原は歩の手を振り払った。そして、その推理を否定するように怒鳴る。

「新聞を読んでないの?カナは誰かに突き落とされたのよ。あんたの説明じゃまるで事故じゃない!だいたいフェンスは、寄りかかったぐらいじゃ外れなかったはずよ!」
「突き落とされたと判断されたのはフェンスに強い力で押された形跡があったからだ。だけどそんなものは、宗宮可奈が来る前に強い負荷をかけて壊しておき、少し触れれば外れるように細工しておけばいい。そしてあんたは事故直後、突き落としたと騒ぎ立て皆にそう思い込ませた。宗宮可奈自身が突き落とされた証拠はどこにもない」

 歩の推理は完璧だ。野原が反論する術を与えさせない。彼の推理が正しいのはすっかり余裕がなくなっている野原を見れば瞭然だ。
 歩は手を上げ、野原を指差した。

「あんたが犯人だ!」


2009.01.09(2011.02.11)