永遠の唄

第3話

「だいたいおかしいんだ」

 立入禁止の紙の貼られた扉の向こう、事件のあった踊り場へ着き、歩は溜息混じりに言った。

「あいつはろくに情報もない段階で、事件を殺人と断定してやがった。事故の可能性もあるのに…だ」
「ははー…、それで野原さんが犯人だと…。でも野原さんはあのあたりに立っていて、墜落の現場を目撃してる人ですよ?」
「親友が目撃者ってのが作為的なんだよ」
「あら、そんなこと言ったら辻井郁夫さんのことはどうなんです?」
「…誰それ」

 ひよのの口から不意に出てきた聞き覚えのない名前に、歩とはきょとんとした。辻井郁夫とは、誰だろうか。

「目撃者の一人ですよ。野原さんと一緒にいた人」
「そんなに重要な奴なのか?」
「宗宮さんの片想いの人ですよ」

 それを聞いたとたん、歩はおかしな顔で固まった。何でそんなことが関係あるのか、と言いたいのだろう。にも、さっぱりわからなかった。それを見かねたひよのはメモを開き、説明を始める。

「えーとお、辻井さんは野原さんのバイト仲間で、どうやら野原さんは宗宮さんと彼をくっつけようとしていたそうです。二人を顔見知りくらいにはしたみたいですね。でも宗宮さんの方が告白するのしないのうじうじしてて、結局昨日死んじゃいました。以上女の子のヒミツです♪」
「……」

 そう言いながら、ひよのは飛びきりの笑みを浮かべた。どうしてそこまで詳しく事情を知っているのか。はひよのに恐怖する。それは歩も同じのようだ。

「…あんた遠くで針が落ちる音さえ聞こえてんじゃねぇか?」
「何言ってるんですか。恋愛の話なんて同性間じゃ筒抜けですよぉ」

 ひよのの言葉に、歩はひよのの後ろにいるに視線を向けた。はその後ろでこっそり首を横に振る。は学校にあまり来ないこともあって人よりそういうことには疎いが、それでもこんな知らない他人の恋愛事情なんて普通知るはずがない。歩はの様子を見て更に顔を歪ませる。それに気付かない彼女は怪しげな笑みを浮かべ、そのまま続けた。

「まあでも、私は男子のも把握してますけどね。確か鳴海さんは以前寝言で女性の名を――」
「うあ゛!?」

 いきなり歩の話をしだしたひよのに歩は過剰に反応して、慌ててひよのの口を塞いだ。

「あんたの情報通はわかったから。余計なことを言うんじゃねえ。ったく、なんて奴だよ」

 歩だって年頃の少年だ。そんな情報を簡単に口に出されるのはたまらないのだろう。歩の可愛らしい一面には思わずくすくすと笑った。すると、歩に睨まれてしまったので、は顔を逸らしてその視線から逃れた。
 ほんのり顔を赤らめたまま、歩はひよのとに背を向けて階段を降り始めた。それに気付いた二人も歩に続いて階段を降りる。

「あの、鳴海さん。動機はどうするんですか?私にも心あたりないですよ」
「口封じ…、じゃないかと俺は踏んでる」
「口封じ…?」
「宗宮はある事件に関わってたらしいからな」
「…へぇ」
「話がおっきくなりましたねぇ」

 そう言いつつひよのはメモをとる。
 ある事件。はなぜかその言葉にひっかかり、二人についていきながら考え始めた。ある事件とは一体、何なのだろうかと。



「野原と辻井とやらがいたのはこの辺りか…」

 いつの間にか先ほど見下ろしていた場所へ着いたことに気付き、は俯けていた顔を上げた。そして、二人の目線を辿り、宗宮が落下した踊り場に目をやる。

「踊り場は見えにくいな」
「そうだね」
「この場所からだと、あそこの踊り場に誰かいても、たぶん気がつきませんよ」

 考えるように黙り込んだ歩を、ひよのは上目遣いで見る。

「ね、鳴海さん。事件のあった日、6限目の授業のあと宗宮さんが職員室に呼び出されたの、覚えてます?」
「え?」

 ひよのの言葉に、二人は反応する。そういえばとは思い返した。興味がなかったためしっかりとは聞いていなかったが、確かに誰かの呼び出しの放送はあった気がした。あれは宗宮だったのか。

「掃除当番だった宗宮さんは手を止めて職員室に行ったんですけど、不思議なことに誰も用がありません。呼び出しを放送した生徒は、そうするようメモがあったからやったそうなんですが…。宗宮さんは首をかしげて教室に戻り、掃除にかかったそうです」
「…どっから…」
「地道な聞き込みですよ。お役に立ちます?」

 目を輝かせて言うひよのから、歩は目を逸らす。危ない人だなあと、はひよのを見て苦笑した。それから歩を見ると、歩は手を組み考え事をしていた。何かわかったことがあるのだろうか。

「どう?」
「あ?ああ、あと少しだな…」

 そういう歩に、そう、と相槌を打つ。あと少し。どうやらトリックは順調に解けてきているようだ。さすが、とは微かに笑んだ。

「あのー鳴海さん。私、小腹がすいてしまいました。カフェテリアで何か食べません?おごりますよ。もちろんさんも」
「あ゛ァ?ざけんな、一人で勝手に行きゃいーだろ」
「えー、つれないですね鳴海さん」
「せっかくひよのさんがおごってくださるのに…」

 そんな二人の言葉をまるで無視して、歩は歩き始めた。二人はそれに駆け足でついていく。

「ねぇ鳴海さん。鳴海さんてばー」
「うるせえ」

 先程と同じような状況になった二人を見ては笑い、しばらく二人の様子を後ろから見ていた。
 そうしているといつの間にかカフェテリアに向かうことになり、スキップをして前を進むひよのを見ながら歩の横に並んだ。

「ゆうー!」
「?」

 途中で、不意に大きな声が聞こえた。大きな声を出していた少女は上に向かって手を振っている。と歩がその少女の向いているほうを見上げると、上では手摺りから身を乗り出した少女が手を振っていた。

「…なるほどな」
「え?」

 は歩の声に振り返る。彼は上を見上げたまま呟き、それから口元に手をそえて笑んだ。

「これが真実の旋律か…」

 どうやら歩は今の少女たちのやり取りで事件の真相がわかったようだ。刑事である義姉に電話をしている歩を見て、は口の端を微かにつり上げた。


2009.01.09(2010.12.30)