永遠の唄

第2話

「鳴海さーん。鳴海さんってばー」
「……」

 音楽室を出てから、 ひよのは足早に進んでいく歩に何度も名前を呼んで追い掛けている。ひよのの声は大きく、その名前を聞いた生徒たちが皆ヒソヒソと彼の話をしているのが見えた。あいつが犯人!?やだ、怖い!そんな会話があちこちから飛び交う。学校中で歩が犯人だと思われているのだ、恐れられないはずがない。歩の足は更に加速していき、は小走り状態で彼を追いかけていた。

「………おい」
「はいっ♡なんでしょう鳴海さん」
「…名前を連呼するな」
「あら、ごめんなさい鳴海さん」

 耐えかねた歩が注意したにもかかわらず、ひよのはとても楽しそうな笑顔で、まるで語尾のように彼の名前を呼ぶ。ひよのは今の現状を楽しんでるのだろう。いや、楽しんでいるに違いない。まったく、なんて人だ。は思わず歩を哀れんだ。

「……あんた何で付いてくるワケ?」
「鳴海さんが殺人者でないとおっしゃるのなら、それが真実であるか、鳴海さんの動向をさぐらなくてはいけません」

 諦めたのか、歩が立ち止まってひよのに訊ねると、ひよのはそう答えた。新聞部としては、真実を皆に伝えたいのだろう。それにしても、犯人かもしれない人についていくなんて、なんて度胸のある人なんだ。は思った。も端から見ればあまり人のことは言えないのだが。それとも、彼女も歩はそんなことをする人ではないと認識しているのだろうか。

「なん…」
「ダメっていっても無駄ですよー。勝手について行きますから」

 歩の言葉を遮り、ひよのはそう言った。彼女はこうと決めたら何があってもそれを貫き通す性格なのだろうか。歩は諦めたようにを見た。

「で、は」
「私は、面白そうだったから?」
「面白そうって、あんたなぁ…」

 ひよのがついていくのなら自分がいても同じだろう。そう思って答えたのだが、面白いから、という適当な理由に歩は呆れたらしい。はあ、と溜息を吐かれた。

「ところで鳴海さん、どこへ行くおつもりで?」
「決まってんじゃねぇか」

 話を切り替えるように切り出したひよのの問い掛けに、待ってましたとでも言いたげな様子で歩は薄く笑った。

「野原瑞枝に文句を言いに行くんだよ」



「鳴海さん、意外とまぬけですねぇ。クラスも放課後学校に残ってるかもわからない人に会いに行こうとしてたとは」
「……」
「うるせえ」

 弓道場、弓道部を見学している野原瑞枝の後ろ姿を見て、ひよのは呟き、も無言で歩を見た。一体、どこにいるかもわからない人にどうやって会おうとしてたのか。そんな二人の呆れた様子に、歩はむっとした顔して反抗した。

「だいたいあんた、なんであいつが弓道場にいることを知ってんだよ」
「新聞部に分からないコトは無いんです♡」
「…あんたさー、もしかしてウワサの“情報通”?学長さえ怯えるとかなんとか…」

 そういえばそんな人物を聞いたことがある。は思った。高等部にいる、教師や学長の極秘情報まで握っているという、それはそれはとても恐ろしい人物。噂ではそう聞いていたが、それがまさかこんなに可愛らしい少女だったとは。ひよのは歩の言葉に口を尖らせた。

「失礼ですね!私利私欲に利用したことはありませんよ!これすべて、知的好奇心のため♡」

 かと思うと、怪しいぐらいに目を輝かせて、それはそれは楽しそうに言った。そんな彼女の様子にと歩はぎょっとする。知的好奇心で学長まで怯えさせるとは、なんとも恐ろしい。彼女は敵に回さない方がよさそうだ。はそう悟った。

「ちょっとあんた!!!」

 そんなやりとりをしていると、不意に女子の怒鳴り声が聞こえた。来たか。三人は一斉に声のした方を振り返る。三人の予想通り、その声の主は野原瑞枝だった。彼女を確認した歩は、口の端を吊り上げる。

「…主役のお出ましだ」
「殺人犯…こんな所になんの用?」
「…別に。ちょっとアイサツにな」

 野原に向けて、歩は挑発しているような笑みをした。そこへ、弓道着を着た男が近づいてくる。

「瑞枝」
「勝…」
「鳴海さん、あの人ですよ野原さんの彼氏」

 ぼそっとひよのが歩に呟く。彼は笹部勝、3年で弓道部主将であり、全国大会で優勝する程の腕の人物らしい。ひよのの話を聞いて、はもう一度笹部を見た。背が高く、体つきもがっしりとしている。なるほど、見た目からも強そうな様子が感じられた。

「おい、おまえ」

 笹部は歩に近付くと、胸ぐらをぐいっと掴んだ。そして、厳しい顔で威嚇するように吐く。

「瑞枝に近付くな、人殺しめ」
「………」
「鳴海さーん、言い忘れてましたけど――…」

 人殺しと言われ癇に触った様子の歩に、ひよのが呼びかける。

「その人ケンカめっちゃ強いですよぉ」

 その言葉を聞いた歩は、殴ろうとしていた拳を広げておろした。勝てないとわかった喧嘩はしたくないのだろう。はその様子を見てくすりと笑った。

「笹部センパイ、犯人は俺じゃないですよ」

 歩は服を掴んだ笹部の手を離させ、にやりと笑う。そして、野原を見る。

「野原サン」
「な…なによ、なんか文句あ…」
「俺が言いたいのはこれだけだ。あんたのトリックは俺が解く!!…ハメた相手が悪かったな」

 そして野原と笹部に背を向け去っていく。ひよのともそれに付いていった。
 予想はしていたが、やはり犯人は野原瑞枝か。被害者の親友だからといって、ここまで犯人を周りに広めたりはしないだろう。自分が犯人だということをカモフラージュするために、そう騒ぎ立てていたとしか思えない。すでに学校中に広まっていた噂を耳にしたときから、はそう疑っていたのだ。そして、先程の野原の様子や歩の言葉でそれを確信した。
 あんたのトリックは俺が解く。
 は歩の言葉を心中で繰り返した。さすが、名探偵と謳われ、神とまで言われた鳴海清隆の弟だ。…そして、たちの希望。その実力、どれぐらいのものなのか楽しみだ。は微かに笑みを浮かべた。


2009.01.09(2010.12.30)