永遠の唄

第1話

 彼女は口数が少なく、学校にもあまり来ない。そのため学園内で友人と呼べる者はほとんどおらず、いつも一人で過ごしていた。
 学校にあまり来ない事、友人がほとんどいない事、そしてもう一つ、肋骨が一本欠けていること。それ以外は普通…ではないが、何でもできる容姿端麗な女子高生だった。
 なかなかの変わり者だが、彼女は彼女なりに平穏な生活を送っていた。だが、ある事件をきっかけに、は平和でない毎日を送ることになっていくのだった。



 その日、は久しぶりに学校へ登校し、全部の授業を受けていた。そして、放課後になって帰宅しようとしたときにそれは起こったのだ。

「きゃあああぁ!!!」

 突然、C棟の裏庭のほうで少女の悲鳴が聞こえてきた。何事だろうか。は悲鳴の聞こえたほうを見て首を傾げる。悲鳴からして、何かのトラブルだろう。事故、だろうか。気になったので、は裏庭へ向かうことにした。
 裏庭の生徒が集まっている箇所へ向かい、人と人の間から覗いて見る。警察官が数人いることを確認し、地面を見た。大きく歪んだフェンスと、人の形をしたテープ。後頭部に当たる部分には血が沢山ついていた。屋上から落下したのか。は眉をひそめる。被害者はもう死んでしまっただろう。事故、自殺、殺人…。どれも考えられるが、もし殺人ならば、犯人は一体誰なのだろうか。

「あんたがカナを突き落としたんでしょ!!」

 そう考えていると、不意に少女の怒鳴り声が聞こえた。近くから聞こえてきたので、は再び顔を出す。

「カナが落ちたあとあんたがあの踊り場に顔を出したの、私この目でしっかり見たのよ!!」
「…ギャーギャーうるせえ女だな。ただの事故だろ?」

 彼女が牙を立てている相手は鳴海歩、のクラスメイトの男子だった。彼は面倒臭そうに彼女をあしらっている。
 …鳴海君は、犯人じゃない。はそう確信した。彼はそんなことしないし、できる人じゃない。それに、もしやるとしてもきっと誰にもわからないようにできるはずだ。
 どのみち明日になったらわかるだろう。今日はもう帰ることにして、はその場を離れた。



 翌日になると、事件のことはもうすでに学校中で噂になっていた。あちこちで噂話を耳にしたは、放課後、学校内を歩きながら事件について考え込んでいた。
 被害者は2年の宗宮可菜、昨日の目撃者は被害者の友達の野原瑞枝というらしい。どうやら、被害者が普段はかけていない眼鏡をかけていて、フェンスも誰かに後ろから強く押されたような曲がり方だったことから、殺人事件としか考えられないらしい。誰かが警察の話を聞いたのだそうだ。それならば彼女はなぜ、誰によって殺害されたのだろうか。

「そしてやっぱり鳴海君が犯人扱い…あら?」

 そう呟きながら第2音楽室の前を通りかかると、そこからピアノの音が聞こえてきた。普段はあまり聞こえないこの音に、誰だろうと思わず立ち止まって中を覗く。

「……鳴海、君」

 ピアノの音を出していたのは歩だった。彼は立ったまま一つの音をポーン、ポーンと鳴らしていたが、しばらくして何かを演奏し始めたので、はそっと音を立てずに中に入った。
 のいる角度からは表情を読み取ることができなかったが、手の動きや音色が荒っぽく感じた。いらついているのだろうか。それでも、彼の演奏は上手く、綺麗だった。
 その場に立ったまま演奏を聴いていると、不意に後ろから扉を閉める音が聞こえた。その音は大きかったため、演奏に集中していた歩も気づき、慌てて立ち上がって振り返った。その瞬間は歩と目が合う。聴いていた事がばれて少し気まずくなりつつ、 も自分の後ろで立ってるであろう人物のほうを見た。

「あれー、やめちゃうんですか、ピアノ。せっかくだから最後まで聴きたいですぅ」

 の後ろに立っていたのは、髪を緩いおさげにした少女だった。彼女はメモを持ちながらにこにことしている。

「…あ、あんた誰?」
「あ、申し遅れまして♡私、新聞部部長の結崎ひよのですぅ」

 歩が怪訝そうに訊ねると、その少女、ひよのは可愛らしい笑みで答えた。

「……あ゙ァ?新聞部?ていうか、あんたいつからそこにいた?」
「鳴海君が演奏を始めてすぐ…」

 にも問いかけてきたので苦笑して返すと、歩は片手で顔を覆い溜息を吐いた。

「つきましてわぁ!」

 二人が会話をしているうちにいつの間にか歩の傍に行っていたひよのが、どこからかマイクを取り出して彼に突き出す。その様子はとても楽しそうで、満面の笑みを浮かべていた。

「人を殺した心境などお聞かせ頂けると嬉しいんですけどぉっ」
「…………」
「……あのー、聞いてます?」

 黙ったままの歩に、ひよのはもう一度訊き直した。そしてようやく彼は口を開く。

「…俺は殺ってない」
「はぁ?」
「お・れ・は・やっ・て・ね・え」

 ひよのからマイクを奪って一つ一つ音を強調しながら再び言う。そして、そのマイクを投げ返した。ひよのは慌ててそれをキャッチする。

「――ったく」
「えーでも、学校中1年の鳴海がやったって噂ですよぉ」
「あ゙?何でそんなに噂が早いんだ!!事件は昨日の夕方だぞ!?」
「私も聞いた…」

 もそう呟くと、あんたもかよ!と歩は言った。確かに噂が広がるのが早い。ひよのは人差し指を立ててそれに答える。

「それは積極的に噂を流してる人が居るからです」
「野原瑞枝か」

 ひよのの言葉に、歩は頭に手を置いて言った。確かに昨日もあれだけ騒いでいたし、宗宮の親友ならば、彼女がこのように噂を広めるのも納得がいく。

「宗宮さんの親友だったそうですからねぇ。憎しみもひとしおなんですよ、きっと」

 目を閉じて考え込むひよの。そんな彼女を無視して、歩は扉の方へ向かっていく。

「ってあれ?鳴海さん?」

 歩を見失ったひよのに、は微笑みながらそっと教えてあげた。

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2009.01.09(2010.12.04)