時の流れを見守る少女
第9話
たちは広場での祭りを堪能した。もういい時間だし、明日も早いからそろそろ帰ろうか。スノウの言葉に二人は頷いて、港に向かって足を進めた。
「あっ!ねえねえ騎士さんたち!」
帰宅をしようと港町を歩いていると、たちに向かって声が飛んできた。三人は振り向く。そこにいたのは、人間と同じぐらいの背丈で二足歩行をする猫…ネコボルトだった。
「まだ正式な騎士じゃないよ。訓練生さ。今日で卒業だけどね」
スノウはネコボルトの言葉に訂正を入れる。スノウにとって、その部分は重要だったらしい。
ネコボルトは首をかしげたが、すぐに言葉を続けた。その様子はどことなく慌てているように見える。
「どっちでもいいんだけど、あのねあのね、さっき女の子が、海賊に連れてかれたんだ!あれは誘拐じゃないかと思うんだけど…」
「な、なんだって!?そういうことは早く言ってくれよ!」
「だって…!」
ネコボルトのその言葉に、スノウとは息をのんだ。誘拐。それは一大事だ。
「と、とにかく、裏通りのほうに行ったよ!助けてあげてよ!あ、応援も呼んだほうがいいかな…?」
「そうね…私たちが応援を呼んでいる時間はないし、かと言って私たちだけで行くのは危険かもしれない。お願いできるかしら?」
「う、うん!」
「しかたないかな…。よし、行ってみようよ」
スノウの言葉には頷く。そして、たちは裏通りへ駆け出した。
裏通りでは、海賊たちがうろうろとしていた。祭りに乗じてか、その数は普段よりも遥かに多い。たちはそんな海賊たちを無視して走っていたが、攻撃をしかけてくる者も少なくはなかった。海賊たちに構っている時間はない。目の前に立ちふさがる海賊たちを薙ぎ倒していきながら、たちは進んでいった。
「全く、誘拐された女の子はどこにいるんだい?」
「…たぶん、あそこ」
裏通りの少し開けた場所へ辿り着いた三人は、この辺りだろうと周りを見回した。すると、海賊たちが固まっている箇所を見つける。その海賊たちは皆、壁の一点を見下ろしていた。きっとあそこに少女がいる。たちは顔を見合わせ頷き、海賊たちのもとへ走った。
「あぁ?なんだぁお前ら?」
たちに気づいた海賊たちは、一斉にこちらを向く。先程まで海賊たちが見ていた箇所を確認すると、そこには案の定、少女がうずくまって泣いていた。
「助けて…お兄ちゃんたち…」
「その子を助けに来た!」
「面白ぇ…やんのかオラァ!?」
スノウがそう言うと、海賊は鼻で笑った。女子供が相手だとなめているのだろう。鋭い目で睨み付け、こちらを怯ませようとした。しかし、それはたちにはまるで効果がなかった。
静かに剣を構える三人を見て、海賊は舌打ちし、やるぞお前ら!と攻撃を仕掛けてきた。
海賊一人一人の能力は低く、実力ではこちらが勝っている。しかし、海賊たちは数が多い。一度に何人もの相手をしなければならないため、さすがにたちにも厳しかった。
きっと、もうすぐ応援が来る。それまで耐えなければ。は歯を食いしばった。
「はあっ!」
「一体こいつらは何人いるんだ…っ!」
「そろそろつらくなってきたわね…」
「っ!後ろ!」
「!!」
体力の消耗により注意力が散漫になっていたらしい。の声にはしまったと後ろを振り返るが、もう遅い。海賊の剣がに降りかかってきている。はとっさに左腕で受け止めようとした。
「ぐあっ!!」
「!?」
しかし、その剣はには降ってこなかった。代わりにその海賊の呻き声が聞こえる。は顔を上げた。
「、大丈夫か!?」
「すまない、待たせた」
倒れた海賊の後ろに現れたのは、タルとケネス。
「スノウ、へばってないでしょうね?」
「まさか!」
「私たちも協力します」
その後ろからは、ジュエルとポーラもいた。迫ってくる海賊たちの相手をしながら彼女たちはそう言う。
「ありがとう!」
「こういうときは協力するのが、俺たち騎士団員だろ?」
が礼を言うと、ケネスはそう答えた。協力して当然、礼を言われるようなことはしていない。そう言う彼らに、さすが海上騎士団員ね、とは笑った。
こちらの人数が増えたことによって、戦力はこちらが圧倒的に有利になった。海賊たちはしばらく必死に抗っていたが、分が悪いと判断したのか、親玉が撤退の合図を出し、海賊たちは一斉に逃走していった。
「ふぅ…終わった…」
「お疲れさま」
スノウがほっと息をつく。の言葉に、ああとだけ返事をした。
「あれだけの相手を三人でしてたんだもん、そりゃあ疲れちゃうよー」
「無事で何よりです」
「ありがとう、二人とも」
はジュエルとポーラに感謝の気持ちを伝える。そして、誘拐されていた少女のほうを向いた。
「もう安心だ。大丈夫かい?」
「ありがとう!」
スノウが声をかけると、少女は明るい笑顔でそう答えた。目の前で、死人がいないとしても戦っていたというのに、この少女は臆していなかった。勇敢な子ね、とは微笑んだ。
「気をつけるんだよ。お父さんのところにひとりで帰れるかい?」
「うん!じゃあね!」
「待って」
は親のもとへ帰ろうとする少女を引き留めた。少女は立ち止まり、を見て首をかしげる。
「一人で帰るのは危険よ。まだここには他の海賊たちがうろついているわ。またさらわれたりする可能性も否定できない」
「そうか…それもそうだね。一緒に行こう」
の言葉に納得したスノウは、少女に手を差しのべた。少女は頷き、その手をとる。タルたちは先に寄宿舎に戻っていった。それを見送り、たちは少女の親のもとへ向かった。
「あっ、騎士さんたち!女の子は無事だったんだね。よかったぁ…」
「君のおかげだよ。ありがとう」
港町に戻ると、たちの姿を見つけたネコボルトが駆け寄ってきた。スノウの隣にいる少女を確認し、ほっと息をつく。スノウは軽く礼を言い、この子のお父さんのところに送っていくからと別れた。
「あ!おとーさん!」
広場へ続く通りに親がいると少女から聞き、そこに向かう。親を見つけた少女は、親のもとへ駆けていった。少女の親は少女の名前を呼び、走ってくる自分の子を抱き止める。しばらく会話をしたあと、少女の親がこちらへ向かってきた。
「騎士様、ウチの娘を助けてくださったそうで…ありがとうございました」
「いえ、当然のことをしただけですよ」
本当にありがとうございます、と頭を下げる彼に会釈をし、少女に手を振ってたちはその場を去った。
「さて、もう寝るかい?」
騎士団の館とスノウの自宅への分かれ道に着き、スノウはそう訊ねた。はこくりと頷く。
「うん、寝るよ」
「そうだね。明日はけいこもあるみたいだし、今日はもう寝ようか。明日の朝は…とりあえず騎士団の館の前でおちあうことにしよう。じゃ、おやすみ」
「おやすみ。も」
「ええ、おやすみ」
も頷き、三人はそれぞれの場所へ帰った。
2011.05.11