時の流れを見守る少女
第8話
       スノウは通りの中心を歩いていき、道を作って立っている人たちの松明に火を灯していく。灯った火を見て、村人は嬉々として拍手した。
       辺りはすっかり暗くなっていて、松明に灯った火は赤く鮮やかに燃えていた。はその美しさに目を細める。
       スノウはしばらく進んでいった。しかし、急に立ち止まって後ろを振り向く。どうしたのだろうか。は首をかしげた。彼らの声は、周りにかき消されて届いては来ない。
       すると、が急に慌てるように両手と首を振った。スノウは半ば強引にに松明を持たせる。
       …なるほど。は笑った。スノウは、火入れ役をにもやらせようとしていたようだ。自分ばかり目立つのが照れくさかったのかもしれない。
       は持たされた松明を見つめる。そして、諦めたようにそのまま歩き始め、火を灯していった。それでも、火入れ役をするは、凛と輝いていた。
       が最後の松明を灯し終えた頃には、もう広場のすぐ前に来ていた。
      
      「おつかれさま。スノウももかっこよかったわよ」
      「お世辞かい?」
      「まさか」
      
       はたちに合流した。そして、スノウの言葉に首を振る。が恥ずかしそうに礼を言ったので、は笑んだ。
       広場に向かうと、火入れ役の到着に人々は一斉に歓声をあげた。その勢いにスノウとは圧倒される。は持っていた松明を男に渡した。
       それを合図に祭りが始まる。広場の舞台でフィンガーフート伯は咳払いをした。
      
      「エヘン…では、新しい騎士たちの誕生を祝して!」
      
       伯が声をあげると、空に次々と花火が打ち上げられた。そして同時に、周りの家の照明もつく。暗かった広場が、一気に明るくなった。
      
      「…うわあ………きれいだね…」
      「うん…」
      
       スノウは花火を見つめたまま笑顔で言う。も静かに返事をした。二人とも、見慣れない花火の美しさに感動しているようだ。
       しばらく空を眺めていたスノウは、ふとうつむいた。そして、ため息をするように言葉を紡ぐ。
      
      「ずっとこのまま楽しい日が続けばいいのに…」
      「…スノウ?」
      「おっと、ごめん。騎士がこんな弱音をはいてちゃだめだ。…今のは忘れてくれ」
      
       の呼び掛けに、スノウははっとしたように笑顔を浮かべた。その表情はには作ったものに見えた。これからのことがやはり不安なのだろう。
      
      「さて!これからどうしようか?もう少しぶらぶら見てまわろうか?」
      「…そうだね」
      
       スノウはそんな感情を振り払うかのように明るく言った。は頷き、もおいでと誘う。はその誘いに乗って、二人についていった。
       広場では、同期の訓練生たちは皆お祭り騒ぎだ。食事をひたすら楽しむ者や仲間と雑談する者など、それぞれのやり方で祭りを楽しんでいる。
       スノウたちはまず、舞台に立って祭りの様子を眺めているフィンガーフート伯の元へ向かった。スノウたちに気づいた伯は、スノウに向かって微笑んだ。
      
      「スノウ…今日は大いに楽しみなさい」
      「はい」
      「もな。せっかくスノウと一緒に卒業できるようにしてやったのだから」
      「はい」
      
       伯の言葉に、も返事をする。は伯の言い回しが気になったが、何も言わずに後ろで静かに立っているだけにした。
       明日からもがんばるのだぞ、という伯の言葉にスノウたちは返事をして、三人は広場を回ることにした。
       舞台の近くにはグレンとカタリナが立っていた。グレンたちはいつもと変わらず、スノウたちに激励の言葉を送る。スノウたちはそれにしっかりと返事をした。
      
      「スノウ、、!」
      
       食事を挟みつつ広場をのんびり歩き回っていると、訓練生の一人が声をかけてきた。それに気づき、たちは小さな集まりに近づく。
      
      「二人とも、火入れ役が様になってたぜ!」
      「ありがとう」
      「、どうして火入れ役になったの?…あとで、領主様怒るんじゃない?」
      
       少女がにそう問いかける。もそれは心配していたようで、曖昧な返事をして目を逸らした。そんな彼らの様子に、スノウは笑った。
      
      「ははは、父は、そんなことで目くじらをたてないよ。大丈夫さ」
      「ならいいんだけど…」
      
       もしっかり断らないから!そう言って注意する少女に、は苦笑した。
      
      「それよりさ、気楽にやれるのも今日までだ!…って、みんなに言われなかった?明日から、やっぱりつらいのかな…」
      「どうだろうね?」
      
       他の訓練生が人差し指を立てて厳しい顔つきで騎士団員の真似をした。そして、不安そうにため息をつく。すると、その隣にいた訓練生が口を開いた。
      
      「まあ、先輩みてる感じだと訓練生も騎士団員もあんまりかわらないよなぁ」
      「どちらにしろ、僕はしっかり任務をこなすさ」
      「さすがスノウだな!俺も弱音吐いてないで頑張るぞ!」
      「私も!」
      
       スノウの言葉に、訓練生たちは励まされたように次々とそう言った。不安なのは誰も同じだが、正式な騎士団員になって、はりきっているのも皆同じのようだ。
      
      「はさ、やっぱりスノウたちの任務に同行するようになるの?いつも一緒にいるし」
      「ええ、おそらくそうでしょうね」
      「がいればスノウたちは安全だな!」
      
       訓練生の一人がそう言って笑う。は、そんなことはないわよ、と言いながらスノウを見た。
      
      「そうさ、はただの手伝いだからね。基本は僕たちだけで任務をやり遂げるさ」
      「そうね。そもそも私は一人でどうこうできるほど強くはないわよ?」
      
       案の定スノウはいくらか機嫌を悪くしていた。スノウの言葉に、は内心苦笑して同意する。
       しばらく彼らと話をしたあと、たちはその場を離れた。広場を歩いていると、タルやジュエルやケネス、ポーラが食事をしながら話をしているのが見えたので、たちは彼らに近づいた。
      
      「やあ、みんな」
      「おぉーーーっす!!三人とも、食ってるか!?」
      「ああ、それなりに食べているよ」
      「もっと食わねえともったいねーよ!かーーっ!祭の食いもんは、やっぱうめえ!」
      
       そう言いながらもタルは次々と食事をとっている。相変わらずだね、とスノウは言い、とも笑った。
      
      「ねぇねぇ、聞いた?明日、海上騎士団の先輩が訓練所に来るらしいよ。初任務の前に先輩が手合わせするのは海上騎士団の伝統なんだって」
      
       あたし、返り討ちにしてやるんだ!とジュエルは言う。は初めて聞いたことだった。それはスノウとも同じらしい。へぇ、と相づちを打っていた。
      
      「スノウたちも行くよね?」
      「そうだね、そうしようか」
      「明日は負けられないよね!けいこにそなえて今日は早めに寝よっかな」
      
       ジュエルは相当張り切っている。はそんな彼女に、頑張ってねと言った。
      
      「初任務は近海の見回りか…。このあたりは最近おだやかだからな、まぁ、訓練に比べれば楽なものだろう」
      「明日からも頑張りましょう…」
      「そうだね、頑張ろう」
      
       ケネスとポーラの言葉にスノウが頷いて、たちは再び歩き回った。
2011.05.05
