時の流れを見守る少女

第7話

「…ここにいる皆は、明日から正式にガイエン唯一の海上騎士団に配属となる、つまり、もう訓練生ではないということだ」

 訓示が始まり、グレン団長は静かに話を始めた。訓練生はしっかりと前を向き、団長の話を熱心に聞いていた。

「この機会に、私の経験を話そう。あれは七年前…敵国クールークの洋上だ。われら海上騎士団の大型船四隻がたった一隻のクールーク艦に全滅させられるという、苦い戦いがあった。多くの部下を失った」

 しかし、グレンが長い話をしだすと、訓練所内は一気に騒がしくなっていった。は訓練生たちを見る。皆退屈そうにあくびをしたり、隣の者と話したりしていた。どうやらグレンのこの話は彼らには聞き飽きたことらしい。

「…ここまでは、知っている者も多かろう。しかし、この先は誰も語りたがらん、なぜか…?ある男にうけた屈辱を思い出すからだ。その男は敵艦隊の指揮官で、名をトロイという。トロイは当時、今の君たちと大して変わらん年ごろだった。しかし…ガイエン軍のベテラン騎士が束になってもあの若者にかすり傷ひとつつけることはできなかった…」

 真面目に話を聞いていた訓練生の様子が変わった。その話は誰も聞いたことがなかったらしい。私語をしていた者たちの話題も、グレンが発した内容に変わる。敵国クールークのたった一人の若者が、多くのガイエンのベテラン騎士たちを倒した。それは、多くの訓練生には衝撃的だったようだ。

「いいな…皆、トロイをこえる海上騎士となれ!あのような屈辱をくりかえしてはならん。私はそのつもりで君たちを育ててきたし、皆もその期待に応えてくれるものと信じている。ガイエンの平和は、君たちにかかっているのだ」

 グレンのずっしりとした言葉に、皆は一斉に姿勢を正した。うたた寝や会話をしていた者たちもその様子に気づき、しっかりと前を向き直す。グレンは訓練生たちの顔を見渡した。

「…話は以上だ、卒業おめでとう!」

 訓練生は一斉に敬礼をする。それをみて、団長や副団長もゆっくりと敬礼をした。

「皆さんの明日からの任務は、近海の哨戒。いわゆる見まわりです。気をぬくことなく、頑張るように。それから、皆さんの正式な装備品ですが現在、製作が遅れているとのことです。出来しだい、こちらから連絡します」

 カタリナの業務連絡が終わると、解散の合図と共に訓練所内が一気に騒がしくなった。
 ――団長の話長すぎるよー!
 ――初任務はただの見回りかぁ…。
 ――騎士団の鎧まだ着れねーんだな…早く着てえなあ!
 様々な場所から似たような話が聞こえてきて、はくすくすと笑った。そこへ、カタリナがやってくる。

、聞くまでもないとは思うけれど、卒業演習の訓練生たちの様子はどうだったかしら?」
「はい、皆とてもよく動いていましたよ。少しばかり問題点はありましたが…まあそこはカタリナさんもご存じですよね」
「そうね…ああいうミスを実践でしなければいいのだけれど…」

 カタリナはそう言ってため息をついた。そして、カタリナはありがとうと言って去っていった。
 問題点はやはり、グレンたちが乗り込んできたときの様子だ。どの訓練生にも焦りが見えたし、特に艦長のスノウは敵に背を向けて話をしていた。あれでは、実践で攻め込まれてしまう。
 演習であれでは、先が思いやられるわね。そう思いながらたちの元へ向かい、彼らに声をかけた。

「スノウ、、お疲れ様。あとは“火入れの儀式”…だったかしら?」
「ああ、そうさ。それが終わったらいよいよ騎士団に…」
「それってどういう儀式なの?」
「そうだね、君は知らないよね。“火入れの儀式”というのは、毎年卒業生の代表が松明を持って、通りに並んでいる街の人たちの松明を灯していくんだ。僕たちがこの街を守ります、っていう意思表示、なのかな…?」
「へぇ…」

 伝統的な儀式なのだろう。だから、今年の代表になったスノウはこんなにも張り切っているのか。
 訓練所から中庭に出ると、大分日が傾いてきたようで、空は少し赤くなっていた。時期に日が暮れて夜になる。

「さあ、そろそろ行こう、港でみんな待ってるよ」
「うん」
「いよいよ“火入れの儀式”………ふう…ちょっと緊張してきたかな?」

 スノウは胸に手を当てて笑った。そして、館の外に向かっていった。
 ラズリルの街中に出ると、街では多くの人が外に出ており、賑わっていた。皆、“火入れの儀式”を心待ちにしているのだ。
 広場に続く通りに向かって進んでいくと、スノウの姿を見つけた者たちが次々と声をかけてきた。それにスノウは一つ一つ答えていく。
 にも、スノウぼっちゃまをしっかりお守りしてくれよ!という声が飛ぶ。もそれに返事をしていった。
 そうしていくうちに通りの近くに辿り着いた。通りのすぐ手前には、男たちが固まっている。一人の手には、火の灯った松明。あれが、スノウの持つ松明だ。
 スノウは深呼吸をした。そして、男たちの元へと歩み進めていった。

「おぉ、スノウ坊ちゃまの到着だ!!」
「お待ちしておりましたよ、さぁさぁ、どうぞこれを!」

 スノウが来たことに気づいた男たちは、一斉にこちらに寄ってきた。松明を持った男が一歩前に出る。スノウは、それを受け取り、口を開いた。

「それではこれより、ガイエン海兵学校卒業生代表による“火入れの儀式”をとり行う!今年度の火入れ役は私、ラズリル村領主ヴィンセントが嫡男、スノウ・フィンガーフート!」

 スノウが松明を掲げた。街の人々は皆歓声をあげ、手を叩く。
 いよいよ“火入れの儀式”が始まったのだ。スノウの顔は、緊張しつつもどこか誇らしげだった。

「それじゃあ、いっしょに行こうか。君は僕の後ろについてくればいいよ」
「うん」
「じゃあ私は端に行くわ。またあとで」
「ああ」

 スノウは通りに向かって進んでいった。はそれについていく。はそれを見て、通りの端、松明を持って道を作っている人たちの外側へ行き、スノウたちを追うように歩いた。


2011.04.02