時の流れを見守る少女

第6話

 たちの元から離れて持ち場に戻っていくグレンとカタリナを見過ごして、はようやく、たちに向かって歩いた。そして、感動に浸っている彼らに声をかける。

「スノウ、、少し早いけれど、卒業おめでとう」
「ああ、ありがとう!これで僕たちも、待ちに待った騎士団員だよ!」

 スノウはに笑顔でそう答えた。その言葉に刺は一切ない。随分と機嫌がいいらしい。と顔を見合わせて笑った。

「スノウ、ケネスたちのところに行かない?」
「ああ、そうだね。行こうか」

 珍しくからスノウにそう提案した。彼らとも喜びを分かち合いたいのだろう。スノウも快く同意して、三人は甲板の階段を上って上の方へ向かった。

「ケネス」
たちか。見ろ、海の色が変わってきた。そろそろラズリルが見えてくるだろう」

 たちに気づいたケネスは、静かに海を指差した。はそれを見る。相変わらず深い色が穏やかに揺れていた。しかし、にはその色は見分けがつかなかった。スノウも同じらしく、首をかしげる。

「そう?まだまだ遠くないかい?」
「いや…ここの海は通るたびに見ていた。間違いない。見えてくる」
「陸だ!!ラズリルが見えてきたぞ!!」
「ほらな」

 訓練生の声を聞いて、ケネスはニヤリと笑った。当たりだ。は感心した。ケネスは頭がよく、観察力もあるらしい。

「へぇ…ケネスは海上騎士団より学者なんかのほうが向いてそうだね」

 そう言うスノウに、ケネスはさぁなとだけ返した。スノウの言葉は皮肉のように聞こえたが、本人はそのつもりで言ったわけではない。それをケネスも理解しているのだろう。というより、本人も少なからずそう思っているのかもしれない。確かにケネスはよい学者になれるかもしれない。もそう思った。
 スノウは遠くを眺めた。遠い空には、鳥の群れが見える。そのまま、胸いっぱいの感情を吐き出すようにゆっくりとため息をついた。

「これで卒業か。明日からいよいよ僕たちは正式な“海上騎士団員”になる…」
「スノウ、不安か?」
「不安?何を言ってるんだ。ようやく自分の力をガイエンのために活かせる時が来たんだ。むしろ待ち遠しかったさ」

 スノウの言葉に、そうだなとケネスは頷く。も笑みを浮かべた。三人とも、不安もあるが、それ以上に期待が大きいようだ。今までずっと厳しい訓練を受けてきたのだ。海兵学校を卒業して騎士団員に所属するということに、一種の達成感があるのだろう。

「…俺たちの明日からの任務、何になるんだろうな…?」
「そうだね…」
「で、で、それでタルはどうすんの?」

 スノウたちが思案していると、不意に明るい声が近づいてきた。はそちらを見る。ジュエルとタルがこちらに歩いてきていた。

「で、今日の祭りのときにさ…よぉ、スノウ艦長」
「あれ?ポーラはそっちにいなかった?」

 たちに気づいたジュエルとタルは、近くで立ち止まった。ジュエルは辺りを見回して、首をかしげる。そういえば、先程からポーラを見かけていない。スノウが首を振って答える。

「いつもの場所じゃないのか?ずっと見当たらないから」
「またぁ?ほんと、エルフの考えることはよくわかんない…。今日で最後ってのによっぽど一人が好きなんだねえ」

 いつもの場所とは、船の上の方らしい。先日、ジュエルたちにその話は聞いていた。エルフだからといって、不思議な性格をしているとは限らない。エルフだからではなくて、彼女がそういう性格なのだろう。親しい関係でもそういう無意識な差別はあるのだな、とは思った。

「そうだスノウ、今日の“火入れの儀式”ビシッと決めてくれよ!何たって、おれたちの代表なんだからな」

 そう言いながら、タルはスノウの肩を叩いた。スノウはそれに頷いて自信たっぷりに答える。

「ああ、そのことか。大丈夫。みんなに恥をかかせるような式にはしないさ」
「おっ!かっこいいねスノウ!」
「…茶化さないでほしいな」
「ごめんごめん。でもホントにそう思ったんだもん。怒んないでよ」

 ジュエルの軽く発した言葉にスノウは眉を寄せる。ジュエルは笑いながら慌てて謝った。スノウはよくも悪くも真面目らしい。きっと、冗談はすべて彼には通じないのだろう。は思った。

「期待してるわよ、スノウ」
「もちろんさ。しっかり見ててくれよ、
「そろそろ下船の準備をはじめるように!下船したら、祭の前に訓練所に集合してちょうだい。グレン団長の卒業訓示がありますから、遅れないこと。いいですね?」
「はーい。りょうかいでーす」

 そんな話をしていると、カタリナからの号令がかかった。それにジュエルが元気よく返事をする。前を見ると、ラズリルの港はもう近くまで来ていた。

「準備準備と。しかし腹へったなあ。今夜は食いまくらねえと」

 食いしん坊のタルは、卒業のことよりも食事の方が気になるらしい。は笑った。あんたまたそれ?とジュエルも笑う。そして、上にいるだろうポーラに、もうすぐ下船することを伝えた。



「ラズリルだ!ラズリルに帰ってきたぞ!」
「俺たち、とうとう卒業だ!!」

 ラズリルに到着した途端、訓練生は一斉に騒ぎだし、下船するとすぐ、その喜びを表すように館に向かって駆け出した。ジュエルもポーラを引っ張って走りだし、タルもそれについていく。ケネスもその様子を見て笑いつつジュエルたちを追いかけていった。
 気がつけば港には、スノウの三人だけだった。僕たちも行こうかとスノウが言い、三人も訓練所へ向かった。

「あなたたちで最後ね。早くお入りなさい」

 訓練所の前にはカタリナが立って点呼をとっていた。やはりたちが最後だったようで、カタリナは点呼をとり終わると一緒に訓練所に入る。あなたも入りなさいと言われ、も中に入った。そして、たちが所定の位置についたのを見て、は隅へ行った。
 カタリナが舞台の下に来たことを確認すると、舞台に立っていたグレンは口を開き、訓示が始まった。


2011.02.11