時の流れを見守る少女

第5話

 雲の少ないよく晴れた空に、青く澄んだ、深い海。波の穏やかな海原の真ん中に、たちはいた。騎士団の船に乗った訓練生たちは皆、緊張した面持ちでしんと静まり返っている。
 は甲板で一人、じっと海を見つめていた。彼の表情もまた、少しばかり強ばっている。実践経験はまだほとんどないのだ。緊張して当然なのだろう。
 はそんなの様子を、じっと見守った。声をかけようかとも思ったが、今は審査官の一人だ。特に用事もないのに安易に声をかけるのはよくない。そう思って踏みとどまった。

「敵艦発見!二時の方向に三隻、近づいてきます!」

 不意に舳先で監視役をしていた訓練生が声をあげた。瞬間、一気に船内に音が生まれる。いよいよ、演習が始まるのだ。は身を乗り出して遠くに見える船を見た。

「来たぞ!!」

 の元に、スノウが歩み寄ってきた。スノウは、準備はいいな?とに問いかける。それには心配そうに頷いた。

「大丈夫…大丈夫、僕がちゃんと指揮をとる。みんなもいいか!!い…いくぞ!」

 まるで自分に言い聞かせるようにそう言ったあと、船員に向かって大声で呼び掛けた。しかしその声には緊張がありありと見える。船員たちも、ぎこちなく合図の声をあげた。訓練生たちの実力、見定めようじゃないか。は少し笑って、邪魔にならない場所へ移動した。
 艦長はスノウだ。毎年艦長には特に成績の優秀だった者が選ばれるらしい。しかし、今回スノウが選ばれたのは、それだけの理由ではないのだろう。スノウは確かに優秀だが、実践でうまくやれるタイプではないようだ。実際、訓練生の様子を見るために乗船している騎士団員たちも、今回の艦長は頼りないから不安だと呟いていた。…フィンガーフート伯の影響力は、それほどまでにすさまじいものらしい。
 団長たちとの海戦が始まった。演習と言っても、魔力の込められた大砲である紋章砲は実弾だ。下手したら船が沈むし、死亡者も出るかもしれない。スノウの指示に、皆迅速かつ慎重に従っている。
 訓練生たちの船が、紋章砲を撃った。紋章砲は敵艦を目掛けて勢いよく飛び、直撃する。紋章砲を食らった敵艦は、損傷していた。大打撃だ。周りから大きな歓声が起きた。紋章砲を命中させることができて嬉しいのだろう。初々しい。彼らの様子には微笑んだ。しかし、喜ぶにはまだ早い。まだダメージのない他の敵艦が、こちらに紋章砲を撃とうとしている。属性は、水だ。

「攻撃が来るぞ!ケネス、迎撃用意!」

 スノウはケネスに指示を出した。ケネスは水に相性のよい雷の紋章砲を撃つことができる。了解と返事をして迎撃準備に入り、そして、相手の紋章砲が発射されると同時にケネスも発射させた。雷の紋章砲は、水の紋章砲の威力を消し、そのまま敵艦に当たる。迎撃成功だ。紋章砲を発射した敵艦も先程の船と同じように破損し、戦闘不能になった。艦内は先程よりも大きな歓声が響き渡る。そのとき。

「っ!?」
「な、何だっ!?」

 突然船が大きな衝撃を受け、揺れた。油断したわね。はニヤリと笑う。甲板にいたの元へ、スノウが駆け寄ってきた。

「大変だ!船をつけられた!!」
 そんなことを言っている場合ではないわよ。は少し離れたところから様子を見て、内心で指摘した。がスノウの後ろを見て声をあげる。それに気づいてスノウも後ろを振り返った。

「あっ!!きっ…来た!?」

 スノウの後ろにはこちらの甲板に乗り込んできたグレンとカタリナが近づいてきていた。は、これが訓練でよかったわね、と溜め息を吐いた。これが訓練でなく実践ならば、気づいた頃にはもうスノウは首を切られていただろう。
 とスノウ、そして周りにいた訓練生たちは剣を構えた。グレンとカタリナも戦闘体制に入る。しかし、これだけ大人数でかかっても、二人に大きなダメージを与えることはできない。グレンたちは、次々と訓練生たちを降参へ追いやった。さすが団長と副団長だ。は彼らの戦闘を楽しんで見た。

「…そこまでだ」

 グレンの合図に、訓練生は皆剣を閉まった。そして、表情を暗くさせる。

「団長…」
「あっさり乗り込めたぞ。スノウ艦長。これが実践だったら、のんびり話をしていたお前の後ろから近付いて…バッサリ…だ」

 グレンは再び剣を抜いてスノウに振り下ろした。スノウは慌てて後退し、それを避ける。グレンは厳しい目でスノウを見た。

「艦長としての心構えが足りん。以後気をつけろ。復唱!」
「は…はい。以後、気をつけます!」

 そう言い、スノウは敬礼をした。それに頷き、グレンは今度はを見る。

「ところで、お前はまだやれそうだな。どうだ、1対1でやってみるか?」
「え?」

 いきなりの誘いに、は驚いた。まさかグレンと一騎討ちができるとは思わなかったのだろう。周りでも、団長との一騎討ちを羨む声があがっていた。はスノウを見る。こんなときにもはスノウのことを第一に考えるようだ。彼らしいとは思った。

「お相手してもらったらどうだい?僕は艦長をやって疲れちゃったけど、君はそうでもないだろう?」
、いい機会ですよ」
「…では、お願いします」

 はグレンと距離をとり、剣を構えた。グレンも構える。

「いつでもかかってこい」
「はい!」

 返事と共に、は駆け出した。そして、剣を振り下ろす。グレンはそれを受け止め、弾いた。は一瞬怯んだが、負けじと再び剣を振る。また止められるが、諦めずに何度も攻撃をし続けた。

「はあっ!」
「うっ!」

 そしてついに、は剣をグレンの胸当てへ当てることができた。グレンは離れて剣をしまう。試合終了だ。それに気がつき、も剣をしまった。いい試合だった。

「見事だ。ここまで上達しておれば育てたかいもあるというものだ」
「あ…ありがとうございます!」
 は慌てて頭を下げた。頬は上気している。団長に褒められたのだ。嬉しくないわけがないのだろう。の様子を見て微笑んだ。

「団長、そろそろ卒業演習も終わりです。このあとは戻って卒業生への訓示、夜は恒例の“騎士誕生祭”になります」
「了解した。持ち場に戻るとしよう。スノウ、今夜の“火入れの儀式”は頼むぞ。皆にとっても大事な儀式だからな」
「はい。ガイエン海兵学校、卒業生代表として恥ずかしくないよう、がんばります!」

 スノウはハキハキとした返事をし、敬礼した。いよいよ、正式な騎士団員になれるのだ。嬉しくてたまらないのだろう。訓練生たちは皆、その喜びを表すように騒ぎ合った。


2011.01.20