時の流れを見守る少女

第4話

、哨戒任務だってさ!今から港の方に来てくれって団長が!」
「わかった、今すぐ行くわ」
、戻ってきたら手合わせしてね!」
「もちろんよ」
「じゃあその次は俺な!」
「ええ」
「じゃあこいつの次は俺!」

 グレンから騎士団の手伝いを任されて数日。初めはグレンに頼まれた任務をこなしていただけだったが、任務に同行していた騎士団員がの実力を見て訓練所で手合わせを頼んでから、それを見ていた他の団員も次々とに手合わせを頼むようになり、いつの間にかは騎士団内のちょっとした人気者になっていた。ただ剣の腕がいいだけではなく、試合のあとによかったところを褒め、悪かったところを指摘するというのが、さらに団員のためになって評判なのだろう。また、容姿もよく可愛らしいため、騎士団内でに気がある者も少なくはないという噂だ。そうでなくてもに憧れる者は多いようで、は注目の的だった。
 引っ張りだこにされてなかなかハードではあるが、は充実した日々を過ごしていた。しかし、困ったことが一つだけ。

「あら、スノウ、、お疲れ様」
「あ…お疲れ」
「ああ君か。君は随分と人気者のようだね。今からまた任務なんだろう?羨ましいよ、団長に頼りにされてさ」

 スノウの態度がだんだん刺のあるものに変わってきたことである。どうやらスノウに嫌われてしまったようだ。おそらく、いきなり現れた、まだ自分よりも幼く見える素性の知れない少女が、訓練もせずに団員とほぼ変わらない任務をこなし、周りからも、団長にまでも頼りにされ、人気者になっているからだろう。スノウは負けず嫌いでプライドが高い。きっとに嫉妬しているのだ。
 は困った顔で、スノウに気づかれないようにに向かって口を動かした。ごめんね。はそう読み取る。は優しいのねと思いながら苦笑して、は手を振ってその場を去った。
 スノウに嫌われることは一向に構わない。しかし、そのお陰でに近づく機会が減ってしまったのが気がかりだった。星が巡るということは、大きな争いが起きるということ。そして、中心である彼が危険な状況に立たされるということだ。がいつそんな状況になるか、それはの力では予知することはできない。今まで天魁星がその使命を果たせずに敗れ、命を落としてしまったことが幾度もあった。は自身の紋章の呪いにより、未来に直接影響してしまうほどの介入はすることができない。しかし、それでもできる限りの力は尽くしたいと思っている。だから、の傍にいることが難しくなってしまったのは、にとってはかなり痛いことだった。



「おかえりなさいませ!任務お疲れ様です!」

 哨戒任務を終え、はラズリルに戻ってきた。今回の哨戒任務は少し距離が離れた島へ荷物を届けるという任務も含まれていたため、戻ってきた頃には数日が経過していた。
 船から降りてふと顔を上げると、港から少し離れたところにが立っているのが見えた。はこちらに気がつくと、目がけて駆けてくる。どうしたのだろうか。は首をかしげた。

「おかえり」
「ただいま。もしかして、待ってたの?」
「うん、今日戻ってくるって聞いたから」
「スノウは?」
「今日はスノウとは別行動なんだ」

 そう、とは返事をした。はスノウの従者だが、それ以前に二人は海上騎士団の訓練生なのだ。常に一緒に行動するわけにはいかないのだろう。
 それにしても、なぜはわざわざを待っていたのだろうか。が疑問に思っていると、それを察したのか、は口を開いた。

「…昨日聞いたんだけど、もうすぐ卒業演習があるんだ。それが終わったら、僕たちは訓練生じゃなくて一人前の騎士団員になれるんだって」
「あら、そうなの?」

 は頷く。しかし、それがどうしたのだろうか。わざわざ自分の帰りを待ってまで知らせることだろうか?いや、知らせなくてもいずれ耳に入ってきただろう。が伝えたいことは、もっと別のことだ。は考えた。そして一つの推測に辿り着く。

「…もしかして、スノウのこと?」
「うん。一人前の騎士団員になったら、きっとと同じような任務をすると思う。だから…」

 だから、スノウの嫉妬も少しは減るのではないか。そして、以前のように接することができるのではないか。はそう思ってに知らせたのだろう。は本当に優しい少年だ。常に他人への思いやりを忘れず、周りのことを第一に考えているのだろう。に微笑みかけた。

「ありがとう、

 感謝の言葉を伝えると、は少しきょとんとしたあと、ぎこちなくはにかんだ。



、こっちに来い」
「はい?」

 哨戒任務を終えた翌日。任務の前に約束をしていた団員たちと手合わせをしていたところに、グレンが声をかけてきた。は手を止めて手合わせの相手に一言断り、グレンの元へ駆け寄った。

「団長、何でしょうか」
「今度卒業演習があるのは知っているな?」
「はい」
「そこでだ。卒業演習でたちの船に乗ってあいつらの様子を見てやってくれ」

 はきょとんとした。それはなかなか重要な任務ではないのか。自分でいいのだろうか、そう思ったのだ。

「私と副団長は敵艦に入って相手をしなければならないから、代わりに見てほしいんだ」
「私でよろしいのですか?紋章砲の知識は、経験を積んだ団員の方が優れていますよ?」
「それでも、実践経験は常に旅をしていたお前の方が遥かに多いだろう。なに、別にお前だけに任せるわけではない」

 確かに、それは一理ある。いくら訓練を重ねていても、実践となると全く変わってくる。実践で使えないと意味がないのだ。だから、訓練のうちからしっかりと見て身に付けさせたいのだろう。

「…引き受けてくれるな?」
「はい、喜んでお引き受けいたしましょう」
「うむ、頼んだぞ」

 グレンは微笑み、敬礼をしたの頭を撫でるように軽く叩いた。


2011.01.10