時の流れを見守る少女
第3話
       がラズリルに来てから数週間が経った。は毎日騎士団の館に顔を出し、たちの訓練を見たり彼らと話したりして過ごした。たちもに好意的に接してくれ、ラズリルの様々な場所の案内もしてくれた。
       この数週間彼らと共に過ごして、はフィンガーフート家の養子というよりも、スノウの従者という表現の方が正しいのではないかとは思った。常にスノウの影に隠れてなるべく目立たないようにし、スノウに合わせて行動する。自分の意思で動いていることは訓練以外では滅多にない。訓練でさえ、スノウよりも勝らないようにと心がけているようだった。いつでもスノウを立てるように行動し、余計なことは一切しない。喋ることすら少なく、必要以外は黙っていた。
       スノウも貴族だからといって傲慢な態度をとっているわけではないし、とても優しく、皆とも対等に接しているが、やはり貴族らしい面も多かった。おそらくプライドも高いのだろう。
       端から見れば単なる主従関係だったが、二人とも互いに大切な友人だと思い、自分達の関係に何の疑問も持っていないようだった。二人の関係は他の者にもと同じように見えるようで、タル辺りは、おかしいよなあ、とに呟いていた。幼い頃からフィンガーフート伯にそのような教育を受けていたのだろうか。はまだほんの小さな赤ん坊だった頃に海に流され、ラズリルに辿り着いたところをフィンガーフート家に拾われたらしい。だから、もフィンガーフート家に育ててもらったことを感謝して、そうしているのだろう。それでも、がそのような行動をとるのは、フィンガーフート伯の気立ての問題もあるのだろうなとは思った。
      
      
      
      「スノウ、、ちょっといいか?、お前もだ」
      
       ある日、スノウたちが訓練をしているのを見学していると、グレンがやってきてたちを呼び止めた。とスノウは、はいと返事をしてグレンの元へ行く。は、どうして自分も呼ばれたのかと思いながらそれに続いた。
      
      「がここに通うようになってからだいぶ経つな」
      「はい、そうですね」
      「まだしばらくはここに来るつもりか?」
      「そのつもりですが…?」
      
       それがどうしたのか。そう言いたげなに頷き、グレンは話を進めた。
      
      「そこでだな、、お前に騎士団の手伝いをお願いしたいんだが」
      「えっ?」
      「手伝い、ですか?」
      「そうだ」
      「団長、宜しいんですか?訓練も受けていないのに、しかもただの旅人が、騎士団の手伝いなんて…」
      
       スノウがグレンにそう言う。はもっともだと思った。こんな見ず知らずの旅人に、そんなことを任せていいのだろうか。
      
      「もちろん、が信頼できると判断したからお願いしているのだ。の実力は今から試させてもらう。それで充分実力があると判断したら、ぜひ手伝ってもらいたい。どうだ?」
      「…そうですね、どうせ毎日来るなら、何か手伝えたほうが私も気が楽です。お願いします」
      
       何もせずに1日館にいるのも、いい加減飽きてきた。それに、何もしていなくても1日中の傍にいられるわけでもない。少し自分を簡単に信頼しすぎだと思ったが、ちょうどいいと、はその誘いに乗る。グレンはありがとうと微笑んだ。
      
      「でも団長、一体どうやって実力を?」
      「決まってるじゃないかスノウ、一騎討ちをするんだ。そうだな、、お前はどうだ?」
      「僕…ですか?」
      「ああ、そうだ」
      「…わかりました」
      
       しばらく考え込んだあと、は了承した。なぜスノウではなく自分なのか。そう思ったのだろう。
       万が一がスノウに勝つことがあれば、スノウのプライドはきっとズタズタになる。それに、表向きはスノウよりも劣るとの勝負でも、充分判断できるだろう。おそらくグレンはそう判断した。もそれを理解したようだ。
       はグレンから模擬剣を受け取る。そしてグレンたちから離れ、と向かい合った。
      
      「手加減はなしよ、」
      
       鞘から剣を抜き、構えながらはそう言う。も、同じく構えながら静かに頷いた。
      
      「二人とも準備はいいか?それでは…始め!」
      
       グレンの合図が下った。はひとまず様子を見ようとじっとを見る。も動かずを見た。も様子を見ているのだろう。
       ならば…。
       は駆け出した。に向かってまっすぐに剣を降り下ろす。
      
      「っ!」
      
       はの剣を自分の剣で塞ぎ、弾いた。そして反撃に移る。はそれを避け、体制を立て直した。今度はが駆ける。降りかかってきた剣を、は剣で押さえた。ぎりぎりと剣を押し付け合うが、力はのほうがやや劣っているようだ。だんだんと押し負けてきている。このままでは分が悪い。はそう判断し、押す方向を変えての剣から逃れた。
       さすがだ。はから距離をとりながらそう思った。さすが、訓練生の中でもトップクラスの実力だけある。そして、天魁星らしい強さだ。だが、そろそろ決着をつけよう。もそう思ったのか、渾身の一撃を打ち込もうと再び走り出してきた。それに応えて、も駆けた。
      
      「…勝負あった」
      
       グレンは静かにそう言った。の首元には、の剣先。の勝ちだ。
       は静かに剣を下ろし、鞘にしまった。の剣から解放されたも息を吐いて剣をしまい、二人は礼をする。そして互いに微笑んだ。
      
      「、見事だ」
      「ありがとうございます」
      
       は模擬剣をグレンに返す。グレンはそれを受け取って、を見た。
      
      「、お前もよくやった。よい試合だったぞ」
      「ありがとうございます」
      
       は照れ臭そうに笑う。褒められ慣れていないのだろう。はちらりとスノウを見た。スノウは満足そうな顔で頷いている。が微かにほっとしているのが見えた。
      
      「それでは、改めて言わせてもらう。、我々の手伝いを引き受けてくれるか?」
      「はい、精一杯勤めさせていただきます」
      「うむ、よろしく頼む」
      
       グレンが手を差し伸べる。はそれに応じ、グレンの手を取って握手をした。
2011.01.05
