midnight call
第16話
       たちは完二を助けるため、熱気の中へ入っていった。入口よりも暑い。はじわりと汗をかくのを感じた。
       男子陣は汗をかきつつも、寒気を感じるようだ。きっと危機感によるものだろう。男の子じゃなくてよかった、とは胸を撫で下ろす。
       クマの鼻は何も感じとることができないようだ。まだ遠いところにいるのだろうか、それともこの熱気で鼻がやられているのか。どちらにしろ、気配を感じるまで先に進まなくてはならない。
       物理攻撃に弱く、完全に後衛であるは、クマに手を引かれて一番後ろを歩く。シャドウに遭遇すると一旦放すが、殲滅後はまた手を促される。大分懐かれているらしい。
       しかし、と手に持っている鞭を見つめては眉を下げる。せっかくちゃんとした武器を入手したというのに、これではあまり使えないではないか。が鞭を振るのは、前衛が対処しきれず後衛に向かってきたシャドウを倒すときのみ。しかも後衛組にも庇われるので、本当にわずかしか活躍できていないのである。自分の弱点を恨む。
      
      「うっ!今、背中がゾクッってしたクマ!」
      
       三階に続く階段を上りきった瞬間、クマは身体を大きく揺らす。手を繋いだままいきなり揺れるものだから、まで驚いた。どうやらこの階に何かがいるらしい。完二だろうか。
       たちはクマを頼りに、気配の方向へ歩いていく。そして、一つの扉の前に辿り着いた。気配はここからするようだ。たちは顔を見合わせて、勢いよく扉を開ける。
      
      「やっと見つけた!」
      「完二!!」
      
       案の定そこには完二が立っていた。しかし、褌姿だ。千枝たちの声に気づいた完二は、こちらを振り返る。そして、怪しい笑みを浮かべた。
      
      「ウッホッホ、これはこれは。ご注目ありがとうございまぁす!さあ、ついに潜入しちゃった、ボク完二。あ・や・し・い・熱帯天国からお送りしていまぁす。まだ素敵な出会いはありません。このアツい霧のせいなんでしょうか?汗から立ち上る湯気みたいで、ん~、ムネがビンビンしちゃいますねぇ」
      
       こちらを振り返ったものの、目が合うことはない。どこか一点を見つめ、そう言う。バラエティー番組の司会のように。
       すると、突然頭上にテロップが表示された。“女人禁制!突☆入!?愛の汗だく熱帯天国!”は一瞬、女である自分は来てはいけなかったのだろうかと思ったが、そういう問題ではない。
      
      「ヤバイ……これはヤバイ。いろんな意味で……」
      「確か雪子ん時も、ノリとしてはこんなだったよね……」
      「う、うそ……こんなじゃないよ……」
      
       陽介たちは薄く苦笑いを浮かべる。本人は否定しているが、確かに雪子も内容は違えど大したノリの差はない。
       不意に、どこからか騒がしい声が聞こえてきた。それはまるで、一連の流れを楽しんでいるかのようである。
      
      「またこの声……てか、前より騒がしくなってない?」
      「この声、もしかして……被害者しか居ないのに、誰の声なのか不思議だったけど……外で見てる連中って事か?」
      
       もしこの声が本当にマヨナカテレビを見ている人々のものだとしたら、相当の人数が見ているということになるのではないだろうか。そんな大人数にこの様子を見られているとなると、完二の変な噂がまたひとつ生まれてしまうだろう。実際は完二でなく、完二のシャドウであり、事実とはまた異なるのだが、そんなことは一般人が知る由もない。
       どこからかまた、声のようなものが聞こえてくる。しかしそれは先程のものとは打って変わって、寒気や恐怖に襲われるものであった。シャドウの呻きだ。相当騒いでいるらしい。
      
      「ボクが本当に求めるモノ……見つかるんでしょうか、んふっ。それでは、更なる愛の高みを目指して、もっと奥まで、突・入!はりきって……行くぜコラアァァ!」
      「完二くん!」
      
       完二はこちらの制止も聞かず、奥に走り去ってしまう。そして、湯気のような霧に隠れて見えなくなってしまった。
      
      「あれはもう一人のカンジだクマ……自分をさらけ出そうとしてるクマ。ユキチャンの時より危険な感じ……カンジだけに」
      「“カンジ”と“感じ”……」
      
       クマのダジャレに、雪子は反応した。まさか、ツボに入ったのだろうか。たちは皆、また大爆笑をするのか、と見守る。
      
      「……さむ」
      
       しかし、予想とは裏腹に雪子は一言だけそう言った。がっくりと項垂れているクマを余所に、たちは先へと進んでいった。
      
      『こんな所で引き下がんのは男じゃねえ!見てろよ!巽完二の男気、見せてやるぜ!』
      『お……男には……男には、プライドってもんがあるんだよ……へへっ、俺はぜってえ負けねえぞ……』
      
       先に進んでいく度に、完二の声が聞こえてくる。たちは、それを聞きながら先を急いだ。クマの鼻は利かないらしい。どこにいるか検討もつかないまま、ひたすら前へ進む。は徐々に疲労を感じてきた。他のメンバーも最初の切れが見えなくなってきたので、大分疲れてきているのだろう。
      
      「はっ!」
      
       もう何階になっただろうか、クマは突然声をあげる。クマを見ると、今にも冷や汗を流しそうな表情を浮かべていた。
      
      「この感じ……もう一人のカンジに見られてるクマ!」
      『ハイ!そこのナイスなボーイ!』
      
       クマの声に反応したかのように、完二の声が聞こえてきた。その声に陽介は肩を揺らす。も大きなリアクションはないものの、前髪に隠れている眉を寄せているように感じた。
      
      『キミもボクと同じく更なる高みを目指しているのかい?』
      「違うクマ!センセイはカンジを助けに来たんだクマ!」
      『ヒュー!ボクを求めてるって?そうなのかい?うれしいこと言ってくれるじゃない!それじゃあ、とびっきりのモノを用意しなきゃ!次に会うのが、とても楽しみだ!じゃあ、またね!』
      
       完二の声は、こちらの話もろくに聞かず消えていく。とびきりのモノを用意する、それは一体何なのか。たちは顔を見合わせた。クマを含む男子組は、これまでにないぐらいの苦い表情を浮かべていた。……頑張れとしか言えない。
      
      「ムハー!何か知らんけどこの階の熱気はスゴいクマ」
      
       クマはそう言いながら出もしない汗を拭う仕草を見せる。異常な熱気はたちにも感じとることができた。は息を切らしながら手で自身を扇ぐ。あまり効果はない。
       この熱気の中でずっと運動しているものだから、は逆上せのような症状に襲われていた。頭がくらくらする。未だに手を繋いだままのクマに、大丈夫かと訊かれ、頷いた。手がじっとりとする。クマのぬいぐるみ素材の手に染み込んでいっているのではないだろうか。それでもクマは手を放そうとはしないので、おそらくは気にならないのだろう。まあいいか、ともそのまま先へ向かうことにした。
      
       しばらく進んでいると、他とは少しばかり様子の違う扉へ辿り着いた。その先からは、異常なほどの熱気が漂っている。
       この先に、何かがある。全員の体調を整えて、は扉を開いた。
      
      「ようこそ、男の世界へ!」
      
       扉の向こうでは、完二の影と大きな厳ついシャドウが待ち構えていた。いかにも、というような筋肉質のシャドウである。
      
      「突然のナイスボーイの参入で会場もヒートアーップ!ナイスカミングなボーイとの出会いを祝し今宵は特別なステージを用意しました!時間無制限一本勝負!果たして最後に立ってるのはどちらだ?さあ、熱き血潮をぶちまけておくれ!」
      「セ、センセイ負けるなー!」
      「ああ」
      
       前衛組であると千枝がシャドウに向かっていく。そして、それぞれの武器で攻撃を仕掛けた。
      
      「うっ」
      
       しかし、千枝の攻撃は当たったもののの攻撃は当たらず、逆にこちらに跳ね返ってきた。カウンターを持っているらしい。物理攻撃は駄目だ。の指揮を受け、全員魔法攻撃に切り替える。一斉に放たれた魔法に、シャドウは避けきれず直撃する。思ったほどのダメージは見られない。頑丈な身体だ。
       シャドウも反撃の準備に出た。力を溜め、集中する。まずいクマ、と声が聞こえた。攻撃力がかなり上昇しているらしい。
      
      「花村!」
      「ああ、ジライヤ!」
      
       の呼び掛けに頷いて、陽介はジライヤを出す。ジライヤの技はシャドウに命中した。相手の技を相殺することに成功したようだ。
       陽介は技を出す際、近くにいたを庇った。物理攻撃が弱点であるに攻撃が向かわないように、だろう。ありがとう、と小さく礼を言い、庇われなくてもすむように更に後ろへと下がった。
       シャドウは暴れるように攻撃を繰り出す。攻撃力の上昇は抑えたものの、集中した上での攻撃は、かなり大きなダメージに繋がる。前衛で戦っていたせいで攻撃を受けた千枝は吹き飛び、激痛に顔を歪める。は自身のペルソナを召喚し、千枝に回復魔法を使った。攻撃の当たらない場所にいて、かつ回復魔法を持っている自分は、回復に回った方がいいだろうと判断したのだ。
       の目の前で攻防は繰り広げられてゆく。はダメージの大きい仲間た
      ちを必死で回復していきながら、自分だけ攻撃できずにいることにもどかしさを感じた。
      
      
      
      「さっすがクマ!勝てると信じてたクマ!」
      
       真っ赤な炎に包まれたのを最後に、シャドウは黒い燻りを残して消滅した。クマはに勢いよく抱きつく。はよろけながらクマの頭を撫でた。
       はふう、と息を吐いて、仲間たちを見回す。皆、汗で髪が濡れている。自身もうっすら汗が浮かんでいた。は不快感に眉を寄せるが、前髪で隠れているためたちには表情は窺えない。
      
      「汗もかいたし、今日は一旦引き上げようか」
      「だな、このまま突き進んでも途中で倒れそうだし」
      
       賛成、と千枝たちも頷く。来た道を引き返して広場へ戻り、テレビの外に出た。
      
      
           ***
      
      
      『ち……違う!男ってのは……俺がなりたいのはそんなんじゃ……そんなんじゃねえ!』
      
       完二の捜索二日目。相も変わらず完二の声が響き渡るこの場所を、たちは昇り進めている。完二の声は苦しみを帯びており、こちらまで心が苦しくなる思いをした。階を増すごとに、一刻も早く救出しなければという思いは強くなっていく。
       は精神が削られていく感覚を味わいながら、魔法を放ってゆく。恐らく戦うことになるであろう完二の影に備えて、ある程度は温存していなければならないため、どうしても攻撃は控えめになってしまうが仕方がない。
       やがて、大きな扉のみが存在する階に辿り着いた。クマが、ここにいると言う。雪子のときと同じだ。たちは顔を見合わせて頷き、扉を開いた。
      
      「いた!」
      「完二!!」
      
       クマの言った通り、そこには完二が立っていた。予想はしていたが、二人だ。
      
      「お……オレぁ……」
      「もうやめようよ、嘘つくの。人を騙すのも、自分を騙すのも、嫌いだろ?やりたい事、やりたいって言って、何が悪い?」
      
       完二と影は既に攻防を繰り広げていたらしい。影の言い分を、完二は必死に否定していく。
      
      「女は嫌いだ……偉そうで、我がままで、怒れば泣く、陰口は言う、チクる、試す、化ける……気持ち悪いモノみたいにボクを見て、変人、変人ってさ……で、笑いながらこう言うんだ。“裁縫好きなんて、気持ち悪い”“絵を描くなんて、似合わない”“男のくせに”……“男のくせに”……“男のくせに”……!男ってなんだ?男らしいってなんなんだ?女は、怖いよなぁ……」
      「こっ、怖くなんかねえ」
      「男がいい……男のくせにって、言わないしな。そうさ、男がいい……」
      
       影は完二の否定を気にもとめず、ひたすらそう述べていく。このままでは影は姿を変えて襲いかかってきてしまう。
      
      「ざっ……けんな!テメェ、ひとと同じ顔してフザけやがって……!」
      「キミはボク、ボクはキミだよ……分かってるだろ……?」
      「違う……違う、違う!テメェみてぇのが、オレなもんかよ!!」
      
       あっ、とは声をあげる。完二が完全に影の存在を否定したところで、影は高らかに笑い、姿形を変えた。完二の影の豹変に伴い、新たなシャドウも二体出現する。
      
      「完二くん!」
      
       それと同時に、完二は力を吸いとられたかのように倒れる。たちは駆け寄った。気を失っている。
      
      「我は影、真なる我……ボクはジブンに正直なんだよ……だからさ……邪魔なモンには消えてもらうよ!」
      
       たちは影との戦闘体制に入った。は一番後ろまで下がり、鞭を構える。
      
      「これ……完二くんの、本音なの……?」
      「こんなの本音じゃねえ!タチ悪く暴走しちまってるだけだ!」
      「もう君らには関係ない!消えてもらうって言っただろぉ!?」
      
       完二の影は喚く。筋肉質のシャドウの片方が影に向かって何かを放った。そして、影自身も構え出す。
      
      「カンジのシャドウの能力が上がったクマ!」
      「ヤバいな……ジライヤ!」
      
       陽介はジライヤを出し、影にかかっていた効果を相殺した。しかし影はお構い無くこちらに突進してくる。危ない。はとっさに身構えた。案の定、影の攻撃はにまで及ぶ。構えていなかったら気絶していたかもしれない。大丈夫かと言うに、うんと返事をした。
       体制を立て直し、はペルソナを出す。カグヤの雷撃が三体のシャドウに直撃した。一応、効いてはいるようだ。他の四人もペルソナを出し、それぞれ別の攻撃を放ったが、疾風攻撃以外は筋肉質なシャドウのどちらか片方にはあまり効果が見られず、むしろ逆効果のように感じられた。
      
      「右にいるのが物理と火炎吸収、こっちは火炎耐性で氷結吸収クマね」
      「天城と里中は完二の影を攻撃してくれ。あとは……回復技を使ってきた左から狙え!」
      
       が指示を出している間に、シャドウの片方が完二の影を癒した。再び回復されては厄介である。たちは指示に頷き、標的を絞った。
      
      
           ***
      
      
       やっとの思いでシャドウを片方倒し、たちはもう片方に向かう。千枝と雪子が攻撃している完二の影も、徐々にダメージが重なってきているように感じた。早くこちらを倒して向こうの加勢に入らなければ、とは気合いを入れる。
      
      「邪魔しないでよ……!」
      
       完二の影がそう言うと、辺り一面が青黒く変化する。それと同時に、何かおぞましい囁き声が耳に響いた。瞬間、と陽介が呻き声をあげる。
      
      「え……っ、な、何っ!?」
      「センセイとヨースケがドクドクマ!」
      
       どうやら今のは毒をもたらす技だったようだ。たちが見事に食らってしまい、二人してうずくまっている。解毒剤、確かどくだみ茶をいくつか持っていたはずだ。
      
      「邪魔するなってば!」
      
       どくだみ茶を二人に渡そうとしたとき、完二の影が叫び声をあげ、身体に雷を帯び始めた。電撃は陽介の弱点だ。こんな状態ではまともに喰らってしまう。はとっさに陽介の前へ出、身構えた。雷は全員に届くほど広がり、そのまま襲いかかってきた。陽介を庇って前に出ていたは攻撃をまともに喰らい、勢いに逆らえずに尻餅をついた。
      
      「ちゃんっ!」
      「大丈夫クマか!?」
      
       大丈夫、とは返す。のペルソナであるカグヤは電撃に対して耐性を持っている。ダメージは大きくない。
       たちにようやくどくだみ茶を渡し、二人はそれを飲んだ。途端に体調は回復し、立ち上がる。ほっと息をついたとき、残っていたシャドウがに突進してきた。すんでのところで千枝がトモエで阻止する。
       これ以上前に出ていたら、また物理攻撃の餌食になってしまう。は後ろへ下がり、全体への回復魔法を使った。
      
      「自分らだって“ヘン”って思ったクセに……心の底じゃ、認めてないクセにッ!!」
      
       影は今度は辺りを赤黒く染める。先程と同じような攻撃か。は咄嗟に、更に後退して警戒した。
      
      「……んざけんじゃないわよ……」
      「え?」
      
       唐突にそんな言葉が聞こえ、は顔を上げる。と同時に、影へ飛び込む姿が二つ目に入った。
      
      「え……えっ!?」
      「天城、里中!?」
      
       雪子と千枝だ。二人は完二の影へ、ただひたすら物理攻撃を仕掛けていく。影は、それを次々とかわしていった。二人の動きは単調的で読みやすく、荒々しい。そして、揃って怒りの表情を浮かべていた。
      
      「さっきのはオトコノコに毒攻撃、今のはオンナノコに激昂攻撃みたいクマね」
      「んだそれ、おっかねーな……」
      「さすがにまでは届かなかったんだな」
      
       はそう言い、ペルソナを召喚する。ジャックフロストと呼ばれた可愛らしい姿のペルソナが右手を挙げる。途端、千枝と雪子の動きが止まり、こちらへ戻ってきた。
      
      「ごめん、ありがと!」
      「敵の攻撃のせいだ、気にするな」
      「にしても、が喰らわなかったのはちと残念だな。普段怒んねーから気になるぜ」
      「案外が一番こわかったりして」
      「えっひ、ひどい!」
      「はは、冗談だ、よっと!ジライヤ!」
      
       シャドウの攻撃を避け、陽介は風を巻き起こす。竜巻になったそれは、シャドウと完二の影の両方に直撃した。相手が怯んでいる隙に、とは一体残っているシャドウに追撃を仕掛ける。二人の攻撃をまともに喰らい、ようやく消失した。
      
      「さーて、あとはお前だけだぜ、完二!」
      
       たちは雪子たちに合流し、完二の影を見る。大分弱ってきている。あと少しだ。
       完二の影もさすがにこの人数相手に一体だけでは限界があるようで、先程よりも余裕がないように感じられる。すぐに助けてあげるから。はそんな想いを込め、雷撃を放った。
      
      
           ***
      
      
      「ち……くしょう……」
      
       完二の影は倒れ、元の褌姿の完二の姿に戻る。それと同時に、本物の完二の意識が戻り、完二はゆっくりと身を起こした。
      
      「完二くん!」
      「待て、天城!何か様子がおかしい」
      
       完二に駆け寄ろうとする雪子を陽介が制し、じっと影を見る。影は再び立ち上がり、じりじりとこちらに歩み寄ってきた。殺気は、まだ消えていない。
      
      「ま、まだ向かって来るクマ!よっぽど強く拒絶されてるクマか…?」
      「そりゃ、こんだけギャラリーが居ちゃ、無理もないな……」
      
       完二の影は雪子のよりも質が悪い。こんな大勢いる中で受け入れろと言われて、素直に受け入れる方が難しい。
      
      「情熱的なアプローチだなぁ……」
      「は?」
      「三人とも……素敵なカレになってくれそうだ」
      「や、やめろってー!そんなんじゃねー!」
      
       三人目はクマか、完二自身か。影の言葉に、陽介は慌てて否定する。の顔も引きつり、拒絶の意を示していた。がここまで自分の感情を表に出すのも珍しい。
      
      「や……めろ……何、勝手言ってんだ、テメェ……」
      「誰でもいい……ボクを受け入れて……」
      「や……めろ……」
      「ボクを受け入れてよおおお!!」
      「う、うわ、ちょ、無理矢理はやめて!!」
      「やめろっつってんだろ!!」
      
       そう叫んだ完二は、迫ってくる影に自ら歩み寄り、思いきり殴り飛ばした。殴った完二と、殴られた完二の影を見比べ、たちは呆然とした表情を浮かべる。完二は影をまっすぐ見つめ、口を開いた。
      
      「たく、情けねえぜ……こんなんが、オレん中に居るかと思うとよ……」
      「完二、お前……」
      「知ってんだよ……テメェみてえのがオレん中に居る事くらいな!男だ女だってんじゃねえ……拒絶されんのが怖くて、ビビッてよ……自分から嫌われようとしてるチキン野郎だ」
      「それも完二だろ」
      「フン、何だよ……分かったような事、言いやがる……」
      
       の言葉に、完二は首だけ振り向き、微かに笑んだ。そして、再び影を見る。
      
      「オラ、立てよ。オレと同じツラ下げてんだ……ちっとボコられたくらいで沈むほど、ヤワじゃねえだろ?」
      
       影は完二の言葉に、素直に立ち上がる。そして、完二を見つめた。無表情に、しかし受け入れてほしいかのように。
      
      「テメェがオレだなんて事ぁ、とっくに知ってんだよ……テメエはオレで、オレはテメエだよ……クソッタレが!」
      
       半ば怒鳴り付けるかのように、完二はそう言った。完二の影は、無表情のまま、どこか嬉しそうにゆっくりと頷く。そして、大きく逞しいペルソナに変わり、カードとなって完二の手元に消えていった。
      
      「うっ……くそ……」
      「完二くん!」
      
       力が尽きたかのように、完二は急に仰向けに倒れる。たちは駆け寄り、覗き込んだ。意識はあるらしい。早く外に運んであげなければ。と陽介が両側から担ぎ、テレビの外へと向かった。
      
      
      
      「完二くん……大丈夫?」
      「こんぐらい……どってこたぁ……」
      
       テレビに出て、座り込んだ完二に雪子は声をかける。完二はそう強がったものの、身動きをとろうとして呻き声を上げる。いくら完二でも、さすがに大分弱っているようだ。
      
      「へへ、けど気分はいいぜ……スッキリ、したっつーかな……」
      「それはよかった」
      
       は微笑む。陽介が手を貸し、完二は何とか立ち上がった。
      
      「なあ……さっき、オレの前で起きたのぁ……」
      「今度話すよ。だから、今はゆっくり休め」
      「ああ……ゼッテー、だぞ……」
      「学校で、待ってるからさ」
      「学校だぁ?……気が向いたらな」
      
       完二は頭に手をやり、目を逸らした。やはりというか、学校はあまり好きではないらしい。しかし、こうは言ったものの、恐らく復帰したらきちんと来るのだろう。
      
      「俺、こいつ送ってくわ。“その辺で適当に拾った”で通るだろ。こいつの場合」
      「ああ、そうだな。頼む」
      
       完二だけじゃなく、激しい戦闘でたちも疲労している。早々に退散し、各自休養をとることにした。
2012.03.10
