midnight call

第14話

「えー、それでは稲羽市連続誘拐殺人事件、特別捜査会議を始めます」
「ながっ!」

 翌日、たちはジュネスのフードコートに集合した。全員が席につくと、陽介は一つ咳払いをし、真面目な口調でそう言った。千枝の突っ込みに、は思わず笑う。確かに長い。

「あ、じゃあここは、特別捜査本部?」
「おー、それそれ!天城、上手いこと言うな」
「“トクベツそーさほんぶ”…んー、そう聞くと惹かれるものが…」

 雪子も千枝も陽介のテンションに乗っているようだ。何だか探偵ごっこをしているみたいだとは思った。もっとも、“ごっこ”ではすまないのだが。

「つーわけで、昨日の夜だけど…」
「昨日のマヨナカテレビに映ってたのは誰だったのか」

 陽介の言葉に続けるように、は議題を出した。千枝は頷き、口を開く。

「顔は分かんなかったけど、アレ、男だったよね?」
「ああ。高校生ぐらいだと思う」
「それぐらいだったな」
「私も、あんな風に映ったんだ…」

 雪子はそう呟く。そして、少ししてから何かに気がついたように声をあげた。

「あれ、でも待って。被害者の共通点って、“1件目の事件に関係する女性”…じゃなかったっけ?」
「だと思ったんだけどな…」

 そう言われて、も思い出した。確かに次の被害者が男性ならば、被害者の共通点が覆されてしまう。ということは、自分達が推測した共通点は、当てはまらないということになるのだろうか。

「でもまだ、映ってたのが誰なのかハッキリしてない」
「確か私の時は、事件に遭った夜から、マヨナカテレビの内容、変わったんだよね?」
「ああ」

 雪子が誘拐された日から、ぼんやりとしていた映像が急にはっきりと映りだし、内容もバラエティーのようなものに変化した。おそらくあれは、雪子がテレビの中に入ったことによって、テレビの中が映されるようになってしまったのだろう。
 しかし、昨日映った男性の姿はまだはっきりしたものではなかった。ということは、まだテレビの中に落とされていない、つまりさらわれていない可能性が高いということだ。

「誰なのか分かれば、被害に遭う前に先回り出来るんじゃないかな?」
「ああ…それに、上手くいけば犯人とか一気に分かるかも知れない」

 もしそれができれば、そのまま犯人を逮捕することができるかもしれない。そこまで考えて、陽介は頭を抱えてため息をついた。

「ハァ…けど、まず誰か分かんない事にはな…悔しいけど、とりあえずもう一晩くらい様子を見てみるしかないな…」

 今はそれ以外にできることはない。やるせない気持ちを抑えつつは頷いた。

「オホンッ…えー、ってことはつまり、ワタシの推理が正しければ…映像は荒く、確かな事は言えないが、あれはどうも男子生徒だと思われる。しかしそれだと、これまでに立てた予測とは食い違う…個人の特定がまだ出来ないので、つまりは、もう少し見てみるしかない!」
「全部今言ったじゃねーか」
「う、うっさいな!」

 千枝が咳払いをしたかと思うと、そう述べた。推理と言ったが、すべて先程皆で出した結論である。その様子に陽介は呆れた。二人のやり取りが面白くて、は思わず少し笑う。

「んふふ…」
「雪ちゃん?」

 雪子の様子がおかしい。たちはそれに気づき、首をかしげる。

「ぷぷ、あは、あーははは!!おっかしい、千枝!あははは、どうしよ!ツボ、ツボに…!」

 すると、雪子は突然爆笑しだした。どうやら先程の千枝の発言がツボに入ったらしい。

「出たよ…」
「ごめ、ごめええーんふふふ」
「なるほどな…天城って、実はこういう感じか…」

 爆笑のやむ様子もない雪子に、千枝と陽介は呆れる。どうやら雪子は人と比べて笑いのツボが浅く、ずれているらしい。

「つか、映ったあの男の子、どっかで見た気すんだよねー…それも、つい最近」
「あ、里中も思うか?そーなんだよ、実は俺も昨日から考えてたんだけどさ…」

 雪子は放置することに決めたらしい。千枝にそう言われて、そういえばとは思った。にも何となく見覚えがある気がするのだ。しかし、誰だっただろうか。知り合いではなかったと思うのだが。

「ま、とにかく今夜またテレビチェックな。んで、また明日、みんなで考えようぜ」

 今は考えていても進展はなさそうだ。まだテレビに落とされたわけではないので焦る必要もない。今夜また雨が降るようなので、そこでまた確かめてみればいい。たちは頷いた。

「ぷぷ…」
「ぬわったく、いつまで、笑ってんのサ!!この“爆笑大魔王”がっ!!」
「あははは、千枝うまーい!」

 どうやら爆笑はまだやまないらしい。千枝の言葉に更に笑いは大きくなってしまった。その様子に、たちは苦笑するしかなかった。



 真夜中0時。予報通り雨が降り、マヨナカテレビは映った。昨日よりもいくらかはっきり映っている映像を、は目を凝らして見る。
 服装は制服のようであり、やはり学生であったらしい。暴れているような動作を見せている。まるで誰かに暴力をふるっているような動き方だ。
 昼間思った通り、どこかで見かけたことのある姿をしている。いつどこで見かけたのか。は頭を回転させた。そして、思い出した。
 テレビだ。誰かが暴力をふるう姿など、テレビ番組でしか見ていない。ドラマ以外で考えると、先日やっていた暴力団の番組がそれに該当した。そして、その中で特に目立っていた存在と姿が一致するのだ。きっと彼に違いない。
 そう思っていると千枝からメールが来たので、は返事を打って送信した。



「昨日の彼、やっぱ彼だよね…」
「“巽完二”か…見るからに絡みにくそうだよな」

 翌日の放課後、たちは教室で昨日のマヨナカテレビについて話を始めた。やはりテレビに映っていたのはの予測通り、暴力番組に映っていた少年で間違いないようだ。巽完二という名前らしい。

「てか、すっげー怖い人なんじゃないの…?この前の特番、見た?」
「あー、見た見た」
「暴走族の番組?私も見たよ。あの子、小さい時はあんな風じゃなかったけどな…」

 雪子のその言葉に、たちは一斉に雪子に注目した。

「雪子、彼の事、知ってんの?」
「今は全然話さなくなっちゃったけどね。あの子の家、染物屋さんなんだけど、ウチ、昔からお土産品仕入れてるの。だから今も、完二くんのお母さんとは、たまに話すよ」

 そうだったのか、とは思った。の家が染物屋とは、なんとも意外である。

「あ、染物屋さん、これから行ってみる?話ぐらいは聞けるかも知れないし」
「そうだね。最近、なんか変わった事は無いかとか。本人に直でコンタクトすんのは怖いけど、流石に自分ちの店先なら暴れないっしょ」
「よし、じゃ今から行ってみるか」

 たちは頷く。しかし、は内心不安だった。もし彼に出くわしてしまったらどうしようか、と。彼に遭ってしまって平気でいられる自信はまるでない。

「危なくなったら、男衆ヨロシク」

 そう恐怖していると、千枝はと陽介にそう言った。怖いと感じているのはだけではないらしい。たちも複雑な顔をしながら頷いていた。



 たちは雪子について染物屋へ向かった。染物屋は昔ながらの外観をしており、いかにも老舗といった雰囲気を醸し出している。

「こんにちは」
「あら、雪ちゃん。いらっしゃい」

 たちが暖簾をくぐると、中には女主人と小柄な少年がいた。どうやら話をしていたらしい。

「それじゃあ、僕はこれで」
「あんまりお役に立てなくて、ごめんね」
「いえ、なかなか興味深かったです。ではまた」

 少年は踵を返し、たちに向かって軽く会釈をしてから染物屋を去った。幼い見た目とは裏腹に落ち着いている。すれ違ったときに顔を見たが、中性的で整った顔立ちをしていた。

「なんだ…?変なヤツ」
「見ない顔だよね」

 陽介たちは不思議そうに首をかしげた。この町に普段いる者の顔は大体何となく把握しているものなのだが、彼の顔は初めて見かけた。町の外から来た者なのだろうか。

「雪ちゃん、相変わらずキレイねぇ」

 染物屋の女主人がそう発したため、たちは外への注目をやめた。女主人は雪子に向かって微笑む。

「お母さんの若い頃に似てきたわよ。今日はどうしたのかしら?お友達とお買い物?」
「あ、いえ、その…」

 少し聞きたいことが、と雪子は話を始める。それにも加わった。
 話は二人で十分だろう。は店の商品を眺めることにした。商品はどれも綺麗に染め上がっている。昔ながらの日本の様子が連想され、いいな、と目を細めた。

「あれ、このスカーフ…コレ、どっかで見たような…」

 不意に千枝が声をあげたため、はそちらを見た。千枝の目線の先には、他のものとは少し様子の違ったスカーフが大事そうに展示してある。そのスカーフの柄は、にも見覚えがあった。

「ん?あー、見覚えあんな…何処で見たっけか…」

 陽介もそれに近づき、頭を悩ます。三人とも見たことのあるもの。一体どこで見たのだろうか。

「分かった、あそこだ!!テレビん中!!」
「そうか、顔無しのポスターあった部屋の…!」

 その言葉にも思い出した。初めてテレビの中に入った日、不気味な部屋に迷い込んだときに見たものだ。

「てことは、山野アナの…」
「あなたたち、山野さんとお知り合い?」
「あ、ええ、ちょっと…」

 陽介の言葉が聞こえたらしく、女主人はこちらに声をかけてきた。陽介はどもり、曖昧に返事をする。

「えっと…もしかして山野さん、これと同じの持ってました?」
「ええ、それは元々、彼女に頼まれたオーダーメイドだったの」

 女主人の言葉に、たちは驚いた。元々、山野真由美は男物と女物のスカーフをセットで頼んだらしい。しかし、出来上がってから彼女に片方しか要らないと言われ、残ってしまったもう片方は、こうして売りに出していたようだ。

「ヤバイよ…最初の事件と関係あるじゃん…どうしよう…」
「どうしようって…」

 千枝と陽介は顔を見合わせた。たちが推測した被害者の条件に当てはまってしまっている。
 たちが頭を抱えていると、奥からインターホンが鳴り響いた。

「まいどー、お荷物でーす」
「あ、はーい。ごめんなさい、ちょっと外すわね」
「あ、いえ、あたしたち、もう帰りますから」

 どうやら宅急便のようだ。席を外す女主人にそう言い、たちは別れを告げた。

「ここもやっぱり、最初の事件と繋がってる…けど、たかがスカーフだろ?そんなんで狙うか…?くっそ、どういう事なんだ…」

 果たしてそんな小さな繋がりで犯行を起こすのだろうか。いや、その可能性は極めて低い。一体犯人はなぜ、どういった理由で狙うのか。
 こんなところで考えていては営業の邪魔になる。たちは一旦染物屋から出ることにした。

「あれ…完二くんだ」

 外に出るとすぐ、雪子がそう口を開いた。それに反応してたちは前を見る。目の前には巽完二と、先程染物屋で会った少年がいた。どうやら会話をしているようだ。

「ちょ、お前ら、隠れろ!」

 陽介の声に、たちは慌てて、傍にあった郵便ポストの後ろへ隠れた。しかし、郵便ポストに五人も隠れられるわけがない。たちの体は思い切りはみ出てしまった。

「コレ、どー見ても丸見えなんだけど…」
「しっ!聞こえねっつの!」

 たちは二人の会話に耳を傾けた。この距離だと、彼らの会話は辛うじて聞き取れる程度だ。

「あ、明日なら別にいいけどよ…あ?学校?も、もちろん行ってっけど…」
「じゃあ、明日の放課後、校門まで迎えに行くよ」

 そう言って、小柄な少年は去っていった。完二は去っていく少年を見ながら、何やら呟いている。独り言だったため内容は聞こえない。
 完二は染物屋に帰宅しようとこちらを振り返る。瞬間、目があった。……まずい。

「あん?何見てんだぁゴラァァ!!」

 完二は途端に凄まじい形相で怒鳴り、走り寄ってきた。たちは慌てて逃げる。しかし、完二はすぐ追いかけるのをやめ、染物屋に入っていった。

「ビビった~。テレビで見るよか迫力あんね…」

 完二が追いかけてこないとわかり、たちは走るのをやめた。息を切らしながらその場に立ち止まる。
 迫力あるなんてレベルじゃない。は胸元に手を置いた。走ったことによるものとはまた違った動悸がを襲っている。こんなに恐怖したのは初めてなのではないかとさえ思う。

「……大丈夫か?」

 不意に陽介にそう言われる。は思わず、え、と声を発した。すると陽介はの手を指差す。そこでは自分の手が震えていることに気がついた。どうやらそれほどこわかったらしい。
 二人のやりとりに気づいた皆もを心配する。それに、は苦笑しながら大丈夫だと答えた。

「ていうか、昨日の映像って、やっぱり完二くんだ…」
「ああ…」

 雪子の言葉に陽介は頷いた。マヨナカテレビに写った人物の姿は、間違いなく巽完二である。も先程実物を見たことによりそう確信していた。

「それに、思ったんだけどさ。例の“共通点”…母親の方なら該当してんだよ。一件目の山野アナの関係者で、しかも女性だ。でも、テレビに映ってたのは、息子の完二の方…どういう事だ?」
「もしかしたら、完二のほうが狙われるかもな」
「んー、映像だとそれっぽいよな…条件は母親の方が合ってるけど…」
「あ…これって、私の時と似てるかも」

 不意にそう言った雪子に、たちは首をかしげた。雪子は続きを話す。

「よく考えたら、被害者の条件に一番合うのって、私より、お母さんだった筈でしょ?山野さんに直接対応してたの、お母さんだったし…なのに、狙われたのは私だった」
「そういえば…確かにそうだね。条件に当てはまる人が母親なら、狙うのはその子供、とか…?」
「だから、今度も母親じゃなくて息子がって事?でもそれじゃ、動機がホントに意味分かんないじゃん。口封じにも、恨み晴らす事にもなんないし」

 確かにそうだ。誘拐だけならまだ脅迫としてとれるが、テレビに入れるということは殺すつもりでいるということである。一体犯人はどういうつもりなのだろうか。

「読み違えてんのか…?実は最初の事件から、恨みでも復讐でもなかったとか…?あるいは、あの染物屋自体に何か秘密が…?」

 犯人の動機や被害者の共通点は一体何なのか。考えれば考えるほど、不可解な点ばかりが見えてくる。まるで絡まっている糸をほどこうとして余計に絡ませてしまっているようだ。

「あーも、分かんなくなってきたぜ!」
「でも、このまま放っておけない」
「う~ん…こりゃもう、巽完二に直接聞いてみた方が良くない?何か気になる事ないか、とか。怖いけどさ…」

 巽完二に直接聞く。その言葉には反応した。先程あれだけ怖い思いをしたのだ。また先程のような状況になるかもしれないと思うと、恐ろしかった。

「なぁ、そう言やさっき、完二のやつ、変なチビッ子と約束してたよな。“学校に迎えに行く”とか何とか。完二って、入学早々、学校サボりまくりって聞いたけど…なんか怪しくねえ?」

 そう陽介に言われ、は先程の二人の様子を思い起こした。確かに、二人の会話の様子、特に完二のそれはとても奇妙なものだった。

「確かに、雰囲気は妙だったね。んー、言われてみると怪しい…臭う、なんか臭う気がする」
「臭うって…クマかよ、お前は…けど、実際何か掴めるかもよ。よし…“張り込み”してみようぜ。完二と染物店の両方。絶対犯人に先越されたくないしな」

 たちはみんな頷いた。しかし、だけは俯く。完二の張り込みにしろ染物店の張り込みにしろ、先程のような恐ろしい状態になるリスクは高い。の中には今完二に対する恐怖心でいっぱいだ。正直、あまりついていきたくはない。
 そう思っていると、不意に頭に重みを感じた。顔を上げると、それはの手だった。はこわかったら待機で大丈夫だよ。そう言われ、申し訳なさを感じながらは渋々頷いた。

「…というわけなんで、天城、ケータイ番号、教えてみない?」
「ちょっと…アンタまさか、それが狙い?」

 唐突に話を切り替えた陽介に、千枝は呆れてため息混じりに言う。その言葉が図星であったかのように陽介は慌てて言葉を返した。

「や、違うって。俺、こん中で天城だけ番号知らないからさ。それに“あ行”の知り合い、少ないし」
「天城だけって…の番号いつ聞いたの!?」
「授業中にちょっとな」

 そう言って陽介はにやりと笑った。この間授業中に肩を叩かれ、先生に見つからないようにしながら番号を交代していたことを思い出す。しかし、まだ電話もメールもしていない。今度メールだけでも送ってみようか。しかしにそんな勇気はない。
 そう思っていると、肩を軽く叩かれた。振り返るとが携帯電話を開いて、俺にも教えてと言ってきた。リーダーはだ。連絡できるようにしておいたほうがいい。は頷いて携帯電話を取り出した。

「はぁ…アンタそう言えば、夜中にかけて来て下ネタとかやめてくれる?リアルにヘンタイっぽいよ?」
「お、俺は、天城と話してんの!」

 千枝の言葉に陽介は慌てる。女の子に向かってそんな電話をかけてくるのか。は苦笑いを浮かべた。
 しかし、先程から話題の中心にいるはずの雪子が一言も喋らない。どうしたのかと見てみると、何やら考え込んでいるようだ。

「………あ、思い出した。今日、お豆腐買って帰るんだった」
「うわ…一切聞いてねぇ…」

 ようやく雪子が声を発したかと思うと、そんな内容であった。陽介たちの話などまるで聞いていない。雪子の様子に、たちはただ呆れることしかできなかった。

「はいはい、じゃ明日ね。でも、そっか…張り込み?尾行?やば、地味にワクワクしてきた!」

 千枝はそう言う。陽介もいくらかテンションが上がっているようだ。気をつけてね、とは心の中で祈る。
 明日の計画を軽く練り、今日はこれで解散してそれぞれ自宅に帰ることにした。



「ターゲットは登校しているな!?」
「登校は確認済みであります!」

 翌日の放課後、たち五人は完二の張り込みをするため、校門前で待機していた。変に目立ってしまわないか、とは心配していたが、どうやら意外とそうでもないらしい。いつも校門前で喋り続けている学生が多いのだろうか。ちら、と見るものは多いが、いずれも気にせず素通りしていく。

「ターゲットは本日、昼休み終了間際、母親の手作り弁当持参にて登校。現在は、トイレで髪の毛いじってるであります。ターゲットはやたらソワソワしており、絡まれたらイヤなので出てきたであります!」

 陽介は至極楽しそうにそう報告した。千枝も楽しそうな様子で、うむと頷く。まるで捜査官ごっこをしているようなその様子に、は笑った。もっとも、これでも遊びなんかではなく一応立派な捜査なのだが。

「何の約束なんだろう……昨日の男の子、顔見知りって感じじゃなかったよね」
「えー、その辺りは、自分が考えますに、もっと微妙な……あ、来た!」

 会話の途中で完二が姿を現したため、その考察は中断することにした。そして、校門前で雑談する生徒たちのふりをする。
 完二が校外を出ると、ちょうど昨日の小柄な少年も学校へやって来た。少年はにこりと笑い、手を挙げる。完二は少年と目が合うと、すぐにそれを逸らした。

「ごめん、待たせちゃったかな」
「や、オ、オレも今、来たトコだから……」

 完二は吃りながらそう答えた。いつもの荒々しい様子とはまるで違う態度に、は首をかしげる。何か弱味を握られているのだろうか。いや、そんな感じはしない。それでは、完二のこの弱々しい態度は一体何なのだろう。
 二人は並んでその場を去っていく。姿が離れたことを確認し、たちは顔を見合わせた。

「な……なんだ、アレ……」

 去っていった彼らの異様な雰囲気に、陽介は不可解と言ったように眉を潜めた。他の三人もそれは同じらしく、さあ、と首をかしげている。

「と、とにかくさっ!追いかけないと見失っちゃうよ!」
「お、おう、それじゃ二手に分かれよう、完二尾行班と、店張り込み班な」
「ラ、ラジャー!!班分け、どうする?」
「俺と天城で店に行く。花村と里中は二人を追ってくれ」
「うん、わかった」

 慌てる千枝たちとは対称的に、は落ち着いて指示をする。それに千枝たちは頷いた。

「やばっ、もう見えなくなっちゃう!行くよ、花村」
「俺と里中がペア……まいっか、この際。よし、じゃあバレないように、俺ら恋人同士のふりで行くぞ!」
「やーだーっつの!見られなきゃ必要ないっしょ?ったく……さっさと尾行するよ!」

 そう言って、千枝と陽介は完二たちを追いかけるために駆けていった。たちは、そんな二人を見送る。

「あの二人、大丈夫かな」
「うーん……」

 雪子は至極心配そうに呟いた。それにも苦笑する。確かにあの二人の様子は不安である。うまくいけばいいのだが。

「あ……え、えーと。それじゃ私たちは染物屋さんね。……行こっか」
「ああ」

 そう言い、雪子たちも行動を始める。は今回の捜査には加わっていないため、二人とはここで別れることにした。

「それじゃあ私はこれで……」
「そうだな」
ちゃんばいばい」
「ばいばい、気を付けてね」

 は手を振り、家に向かって歩き出した。
 果たしてうまくいくのだろうか。不安しか残らないが、捜査に参加していないにはどうすることもできない。ただ結果を待つしかなかった。
 そうやって気にしているうちに、日が暮れてしまった。彼らからの連絡がまるでないことを見ると、おそらく進展はしなかったのだろう。
 自室でテレビをつけながらぼうっと過ごしていると、携帯電話の着信が鳴り響いた。画面を見る。相手は陽介だ。少しドキッとしたのは、男の子と通話なんて今までしたことがなかったため。は恐る恐る通話ボタンを押した。

「も、もしもし、花村くん……?」
「ああ、突然悪い。今天城が用事ついでに染物屋に電話したらしいんだけど、完二がどこかに出かけたまま帰ってこないみたいなんだ」
「えっ!それって……!」
「ああ、テレビに入れられたのかもしれない。親御さんはよくあることって言ってたけど……」

 そんな、とは呟く。次のターゲットがわかっていたのに、阻止することができなかったのだろうか。それとも、本当にただ出かけているだけなのだろうか。

「今日雨降ってるし、“マヨナカテレビ”を見たらわかるよな。もし完二がはっきり映ったら……そのときは全力で助けよう」
「うん……っ」

 陽介の言葉に、は電話越しにしっかりと頷いた。今度は私も助ける。足手まといにはならない。そう心に誓って。
 それじゃあ、と陽介は通話を切った。も携帯電話を閉じる。
 誘拐かただの外出か、とにかくテレビで確認しないとわからない。
 は0時近くにテレビの前に待機した。そして、日付が変わった瞬間に、テレビの画面は明るくなった。
 テレビの映像は鮮明だ。それは、誰かがテレビに入れられたという証拠である。また未然に防ぐことができなかったのか。
 しかし、肝心の人物は映っていない。そのことに首をかしげていると、の疑問に反応したかのように、被害者は画面の中に現れた。

「皆様……こんばんは。“ハッテン、ボクの町!”のお時間どえす」

 ひっ、とは思わず声をあげた。現れたのはたちの予想通り、完二であった。しかしその格好は、裸に褌のみ。マイクを手に持っているのは雪子のときと同じだ。

「今回は……性別の壁を越え、崇高な愛を求める人々が集う、ある施設をご紹介しまぁす。極秘潜入リポートをするのは、このボク……巽完二くんどえす!一体、ボクは、というかボクの体は、どうなっちゃうんでしょうか!?それでは、突・入、してきます!」

 そう言い残すと完二は奥へ進み、そのままその身体は霧で消え、映像は途切れてしまった。
 はそのあまりにも衝撃的な映像にしばし放心した。いつもの完二の様子とはまったく違う。荒々しさなど微塵も感じられなかった。いや、そういう問題ではない。

「な……え……えっ?」

 しばらく経ってもの言葉は声にはならない。性別の壁を越えた崇高な愛。つまり、同性愛ということだろう。そこまでは今の世の中では特に珍しいことでもないし、何とも思わない。しかし、彼の様子は……。

「ゆ……雪ちゃん、まだマシでよかったね……」

 なんて、見当違いのことを呟くのだった。


2011.11.30