midnight call
第13話
       「あ~…なんでもう終わりかな、連休…」
      
       そう言って項垂れるのは、千枝。
       3日間のゴールデンウィークはあっという間に過ぎ去ってしまい、まるで何事もなかったかのように授業が再開した。ゴールデンウィークの名残は、旅行に行った者の話や少しばかりの課題ぐらいしかない。
      
      「けど、平和で良かったじゃん?」
      
       そんな千枝の様子に、陽介は苦笑した。陽介自身もゴールデンウィークが終わったことに対する絶望感はあるようだが、何事もなく過ごせたことによる安堵のほうが勝っているらしい。
      
      「ジュネスでバイトしてると、おばちゃん層の噂話聞けるけど、何も起きてないみたいだしさ。誰かが失踪、みたいな話は無し……もしかして、天城の事件で終わりなのか?」
      「どうだろうな…」
      「分からない。でも犯人がまだ捕まってない以上、安心は出来ないと思う」
      「そうだね。もう犯行を続けないなんて確信もないし…」
      
       終わってほしいけどね、とは俯く。しばらく平和な日々が続いているが、犯人は依然特定できていないのだ。これからまた犯行を起こすのか、それとももうこれでおしまいなのか。それすらもわからない。
      
      「雨が降ったら、また誰かがテレビに映ったりすんのかな?犯人像とか、もう少し何か分かればなあ…」
      「こうなると、雨が降って誰かが映るまではジタバタしてもしょーがないじゃん?」
      「犯人像も被害者の正確な共通点もわからない段階では、そうするしかないかもな」
      
       誰かが狙われるかもしれないとわかっていながら、その狙われる可能性のある者が誰かまではわからない。マヨナカテレビに映るまではどうにもできないのがもどかしい。
      
      「天気、そろそろ崩れるらしいけど、あたし的には、来週一杯もってくんないかな…来週…中間テストじゃん?」
      「あー、言っちゃった…それ、考えたくねぇぇー」
      
       千枝のその言葉に反応し、陽介はうなだれた。そして、も眉を寄せる。中間テスト。それはにもあまり聞きたくのないワードだった。
       は成績はわりといいほうだ。それは、試験近くでなくとも定期的に勉強していたからである。
       しかし、だからと言って勉強が好きなわけではない。今まではすることもなく、仕方なく勉強をしていたという感じだったのだ。
       それが、2年生になってからたちと行動を共にするようになり、充実した毎日を送る代わりに学習時間は減っていっていた。
       このままでは成績が下がってしまう可能性がある。はそれほど成績に執着しているわけではないが、それでもやはり順位が下がってしまうのには抵抗があった。八十神高校では鬼畜にも全校生徒の順位が貼り出されてしまうため、尚更だ。
      
      「ハァ、あたしも雪子みたく天から二物を与えられたいよ…」
      
       千枝は重いため息をついて雪子を見る。雪子はきょとんとして首をかしげた。
       雪子は昨年のテストではの少し上、かなりの上位に位置していた。は必死に勉強をしての順位だったが、恐らく雪子はそうでもないだろう。羨ましい限りである。
      
      「ねー花村、雪子に色々教わった方がいいんじゃない?」
      「ん?あー、そう言や天城、学年でトップクラスだもんな。個人レッスン、頼んじゃおうかな」
      「こっ、個人レッスン!?」
      
       陽介の言葉に、雪子は過剰な反応を見せた。どうしたのだろうか。が首をかしげていると、雪子は急に陽介の頬を思いきりひっぱたいた。あまりに突然のその行動に、皆は思わず固まる。
      
      「い、いて…そんな、叩くとこですか?勉強、教えてって言っただけなのに…」
      「あ、ごめん…勉強か…」
      
       わけがわからないと言ったような陽介に、雪子は眉尻を下げて謝る。どうやら勘違いをしていたらしい。
      
      「“オヤジギャグ”なのかなって…最近、変なお客さん多いから…」
      「ギャグと思ったなら、なおさら流せよ!」
      「ごめん、手が勝手に…」
      
       そんな雪子の様子に、陽介はやれやれと呆れた。しかし、客がオヤジギャグを言った場合、雪子は普段どうしているのだろうか。まさか、今のようにひっぱたいているのだろうか。雪子の新しく見た一面に、は素朴な疑問を浮かべた。
      
      「…て言うかコレ、里中が勉強教えてもらえとか、要らんコト振ったからじゃね?」
      「な、なんで、あたしのせいになんのよ!?あんたが“個人レッスン”とかビミョーな言い方すっからでしょ!」
      「なっ…十割俺かよ!?」
      
       そう言い合い、陽介と千枝は喧嘩を始めた。急に始まった喧嘩に、はどうしようかとおろおろする。
      
      「あ、私、そろそろ帰るね」
      
       そんな二人の様子などまるで気にしていないかのように、突然雪子はそう言い、この場を去る。おそらく手伝いをする時間が近づいたからなのだろうが、なんだかずるい気がするとは思った。
       とにかくこの喧嘩をとめなければ。よく見かける風景なので勿論本気ではないのだろうが、やはりこちらとしては早く収まってほしい。
      
      「え…えっと…」
      「ん?」
      
       未だに口喧嘩が続く中、はどもりながら控え目に口を開く。はそれに気付き、続きを促すように首をかしげた。
      
      「よ…、よかったら、みんなで一緒に勉強しない…?」
      
       俯きながらも言ったの言葉に、陽介と千枝の喧嘩はぴたりとやんだ。どうやら二人にも聞こえていたらしい。二人は目を輝かせ、一斉にを見た。
      
      「いいなそれ!」
      「ついでに分かんないトコ教えていただけるとありがたい!」
      「わ、私が分かる範囲でよければ」
      「マジで!?助かる!!」
      「じゃあ、決まりだな」
      
       陽介と千枝は先程まで喧嘩をしていたとは思えないぐらい喜んでいた。喧嘩がやんでよかった、とはほっとする。
      
      「てかさ、くんも頭よさそうだよね」
      
       千枝の言葉には一瞬目を瞬かせ、それからまあと苦笑しながら肯定した。きっと前の学校では自分でも言えてしまうほどに成績がよかったのだろう。授業中も難なく先生の問いに答える様子がよく見られているほどだ。の中のは、何でも軽くこなせてしまう印象がある。おそらく実際そうなのだろう。実に羨ましい。
       そして放課後、たちは勉強会を開くために、揃って学校の図書室へと足を運んだ。
      
      
      
      「うー…!分からん!」
      「ココは、xにこの2を入れて解く」
      「、コレは?」
      「コレは、こう」
      
       は千枝と陽介に代わる代わる質問され、二人が分からない部分を教えている。先程からずっとこのままで、いつの間にかが二人につきっきりの状態になってしまっていた。
       は、自身の問題を解きながら彼を見た。自分もできる限りは教えてあげようと思っていたのだが、自然とこのような形になってしまったのだ。
       これではが自分の勉強をすることができないのではないか。そう思い、代わってあげようかと思ったが、どうやらはそれが復習になってちょうどいいらしい。さすがである。
       彼らの様子を気にかけつつ、は自分の勉強を進めていく。しかし、ある箇所で手が止まった。
       かなり応用されていてややこしい問題になっている。解き方がわからない。解説を読んでみるが、やはりそれでもいまいち理解ができなかった。どういうことだ。は頭を悩ませた。
      
      「どこがわからないの?」
      
       そうしていると、の様子に気づいたらしいが声をかけてきた。はのノートを見て納得したように、ああ、と呟く。
      
      「ここ、難しいよな」
      
       どうやらも一度悩んだ部分らしい。ややこしい問題をわかりやすく丁寧に教えてくれた。問題集に載っている解説なんかよりも断然分かりやすい。あれだけ悩んでいた問題が、すんなりと理解できてしまった。
      
      「くんすごい。わかりやすかった!」
      「の理解力がよかったからだよ」
      「ううん、そんなことないよ!ありがとう!」
      
       はどういたしましてと言いながら、再び陽介の元へと戻った。どうやらまたわからない部分があったらしい。
       はノートを見る。
       今まで、理解できなかった問題の解説を訊けるような友人なんて一人もいなかった。そういう問題は、すんなり諦めてしまっていたのだ。しかし、今は友達に教えてもらうことができた。それが堪らなく嬉しくて、は思わず笑みを浮かべた。
      
      「、嬉しそうだね」
      
       そんなに気づき、千枝が声をかけてくる。ははっとして、それから一人で笑っていたことが恥ずかしそうに苦笑した。
      
      「あはは、わからないの教えてもらって理解できたから…」
      「わかる!できないとこわかるようになったらすっごい嬉しいよね!」
      
       千枝は微笑む。はうんとはにかんだ。
       たちは図書室の利用時間ぎりぎりまで勉強を続けた。おかげでだいぶ身に付いた気がする。家で勉強するか迷っていたが、今日はこの程度で大丈夫そうだ。は満足げに微笑んだ。
      
      
      
       そんなこんなで、長かった中間テストはようやく終わりを告げた。テスト勉強により睡眠時間を少しばかり削っていたは、テストが終わったことによる解放感に伸びをし、机に伏せる。
      
      「やーっと終わったなー。うあー、この解放感!これだけは全国共通だな!」
      「ちょっと、うっさい!」
      
       隣で陽介も伸びをし、そう言った。すると、雪子と喋っていた千枝が後ろを向き、怒鳴る。千枝は再び前を向き、雪子との会話を再開した。
      
      「ね、じゃあ問7は何にした?文中の“それ”が指す単語ってやつ」
      「ええと…“悲しげな後姿”にした」
      「うっわ、間違えた!あたし“机の上の餅”にしちゃったよ…」
      
       どうやらテストの答え合わせをしていたようだ。雪子と解答が違うことに、千枝は頭を抱える。設問と雪子の答えからして、おそらく現代文のテストの話だが、文章中に餅など出てきただろうか。いや、一度も出ていなかった。
      
      「分かった、もう現国は諦める。地学に賭ける」
      
       そう言うと、千枝は真剣な眼差しで隣のを見た。
      
      「“太陽系で最も高い山”って、何にした?」
      「“オリンポス山”かな」
      「ギャー!マジで!?違うのにしちゃったよー…」
      
       の答えを聞いた途端、千枝は叫び声をあげる。どうやら間違えたらしい。
      
      「あ、私と一緒だ」
      「おっ、天城も!?じゃあそれ正解っぽいじゃん…」
      
       雪子も同じ解答らしい。も同じだったので、これは合っていそうだと少しばかりほっとする。
      
      「あーあー、廊下に貼り出されんのが楽しみだよ、ったく…」
      「聞いた?テレビ局が来てたってよ」
      
       不意に聞こえた話題に、は反応する。この小さな町に取材が来ることなんて、ほとんどないに等しい。事件についての取材なのだろうか。は聞き耳を立てた。
      
      「どーせ、例の“死体がぶら下がってた”事件のだろ?」
      「や、違くてさ、幹線道路あんだろ?あそこ走ってる暴走族の取材だってよ。オレのダチで族に顔出してるヤツいてさァ、そいつから聞いたんだよネ」
      「おま、友達にゾクいるとか、作んなよ?んな事よりさ…――」
      
       どうやら事件と関係のある話題ではなかったらしい。新たな事件の話でなくてほっとしたが、新たな情報を入手できなくて少しばかり残念でもあった。彼らの話題が変わったため、は注目をやめる。
      
      「暴走族?」
      
       雪子は首をかしげる。先程の話に集中していたため気がつかなかったが、どうやら皆も今の話を聞いていたようだ。
      
      「あー…たまにウルサいんだよね。雪子んちまでは流石に聞こえないか」
      「うちなんか、道路沿いだからスゲーよ」
      
       陽介は顔をしかめた。どうやら相当ひどいらしい。
       暴走族の騒音はの家からも聞こえている。エリアが外れているのかあまり来ないようだが、たまにひどくうるさいこともあるのだ。
      
      「うちの生徒も居るらしいじゃん?」
      「あー確か、去年までスゴかったってヤツがうちの1年に居るとか、たまに聞くな。中学ん時に伝説作ったって、ウチの店員が言ってたっけ。んー、けど…暴走族だっけな…?」
      
       にとってその話は初耳だった。この学校内にもそういう人がいたのか。そのような外見の者は見かけていないので、学校はサボりがちなのだろう。できればそのまま会わずに卒業したいものだ。
      
      「で、伝説って?」
      
       雪子は目を輝かせてそう言った。雪子の考える伝説とは何なのだろうか。少なくとも、今の話題に出た伝説とは全く違うだろう。千枝は呆れながら雪子に突っ込みを入れていた。
      
      
      
      
      『静かな町をおびやかす暴走行為を、誇らしげに見せ付ける少年たち…そのリーダー格の一人が、突然、カメラに向かって襲い掛かった!』
      『てめーら、何しに来やがった!』
      
       その晩、いつものようにテレビを眺めていると、放課後に話題になっていた番組が放送された。これか、とは画面を見つめる。
       画面の向こうの暴走族たちは皆、顔にぼかしがかかっている。しかし、そのぼかしは目元だけで、あまり意味をなしていないように感じられた。これでは人物を特定するのは容易いだろう。
       暴走族たちは変わらず暴れ続け、カメラに向かって挑発的な言葉を叫ぶ。こんな人たちがこの町にいるだなんてあまり信じたくはないが、実際に家からも騒音が聞こえてくるということは、紛れもなく彼らがいるという事実なのだろう。なんとも恐ろしい。
       あまり夜遅くに町を出歩かないようにしなければ。は暴走族たちに恐怖した。
       ふと画面の下の方を見ると、明日の天気予報が載っていた。この予報によると、稲羽市は明日、午後から雨が降ってくるようだ。夜中まで続くらしい。
       もしその予想が当たっていたら、明日マヨナカテレビを見ることになるだろう。新たに誰かが映ってしまうのだろうか。あまり予報は当たってほしくないな、とは思った。
      
      
      
      「おっと、降ってきてる…天気予報、当たったね」
      
       翌日の放課後、千枝は窓の外を見つめて呟いた。の願いに反して、外には雨が降ってきている。天気予報は当たってしまった。マヨナカテレビを見ることになりそうだ、とは眉を寄せた。
      
      「じゃあ今夜だな、例のテレビ」
      「何も見えないといいけど…」
      「それが一番だけど、何か犯人に繋がるヒントでも見えればな…」
      「じゃ、今夜は忘れずにテレビチェック!オーライ?」
      
       たちは頷く。もう何も映らないでほしい。そう思いながら、は夜中を待った。
      
      
      
       真夜中0時前。そろそろか、とはテレビの前にスタンバイする。5・4・3・2・1……。
       0時になった瞬間、テレビの画面はぼんやりと明るくなった。そして、映像が映る。映ってしまった。
       ああ、まだ犯行は続くのか。は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。そして、テレビに映った人影をじっと見つめた。
       雪子が初めに映ったときのように、映像ははっきりとしていない。辛うじてシルエットが何となくわかる程度だ。体型からして、おそらく男性だろう。年代は特定できないが、だいぶ若そうに見える。もしかしたらたちと同じぐらいかもしれない。
       これだけでは次の被害者が誰か、特定することなどできない。はため息をついた。
2011.07.05
