midnight call

第12話

 5月3日、ゴールデンウィーク初日。たちは千枝の誘いにより、揃ってジュネスのフードコートに集まっていた。どうやらゴールデンウィークだというのに皆して予定が空いていたようだ。いつものメンバーは誰一人として欠けていなかった。

「ゴールデンウィークだってのに、こんな店でじゃ菜々子ちゃん可哀想だろ」
「だって他無いじゃん」

 そして、今日はもう一人いた。小学校低学年ぐらいの小さな少女。の従妹で堂島の娘の菜々子だ。は菜々子とは初対面だが、可愛らしく、実際の年齢よりしっかりとしている印象である。
 陽介は菜々子に気を遣ってそう言った。千枝は口を尖らせる。確かに、このメンバーで遊ぶと言えばジュネスしか思い当たらない。ジュネスにも遊ぶところは小さなゲームセンターぐらいしかないのだが。

「ジュネス、だいすき」
「な、菜々子ちゃん…!」

 菜々子は満面の笑みを浮かべた。その表情に嘘はない。どうやら本当にジュネスが好きらしい。ジュネスのことを純粋に好きと言われ、店長の息子である陽介は感激したようである。よかったね、とは内心で呟き、微笑んだ。

「でもほんとは、どこか、りょこうに行くはずだったんだ。おべんとう作って」
「そっか、残念だったね」
「うん…」

 そう言う菜々子の表情は少しばかり暗くなった。相当楽しみにしていたのだろう。堂島は刑事だ。きっと急に用事が入って行けなくなってしまったに違いない。

「お弁当、菜々子ちゃん作れるの?」

 雪子の言葉に菜々子は首を左右に振り、を見た。それはつまり、が作るということだろう。

「へー、家族のお弁当係?すごいじゃん、“お兄ちゃん”」
「お兄…ちゃん」
「へー、お前、料理とか出来んだ」
「すごいね」

 は料理までこなしてしまうのか。は感心した。そういえばの両親も仕事で忙しくてほとんど家にいないと本人から聞いたことがある。この町に来たのも、両親が海外に行ってしまうからだと言っていた。きっと、家事もいつも彼がしていたのだろう。そう考えると、料理ができてもおかしくはない。

「確かに、器用そうな感じあるけどさ」
「あ、あたしも何気に上手いけどね、多分。お弁当ぐらいなら、言ってくれれば作ってあげたのに、うん」
「いっやー…無いわ、それは」

 どうやら陽介には千枝が料理をするというイメージはないらしい。はっきりと言う陽介の言葉は、千枝の癇に触ったようだ。

「なんでムリって決め付けんの!?んじゃあ、勝負しようじゃん」
「ムキんなる時点でバレてるっつの…てか勝負って、俺作れるなんて言ってねーよ?あ、けど、不思議とお前には勝てそうな気がするな…」
「あはは、それ、分かる」
「ちょ、雪子!?」

 陽介の言葉に雪子は吹き出した。どうやら雪子にもそういうイメージであるらしい。千枝は怒る。確かに、できなさそうと勝手に思われるのはあまり嬉しくない。
 陽介は笑って菜々子を見た。

「じゃあ、菜々子ちゃんが審査員かな。この人ら、菜々子ちゃんのママよりウマイの作っちゃうかもよ~?」
「お母さん、いないんだ。ジコで死んだって」

 菜々子のその言葉に皆は一斉に息を呑んだ。この場だけしんと静まり返る。こんなに幼い子の口から、そんなに重い言葉が出るとは思わなかった。

「ちょっと、花村…」
「そ、そっか…えっと…ごめん、知らなかったからさ…」

 一気に重くなった場の空気に気づいたのか、菜々子は慌てて首を振った。そして笑顔を浮かべる。

「菜々子、へーきだよ。お母さんいなくても、菜々子には、お父さんいるし…お兄ちゃんもいるし」

 “お兄ちゃん”と言ったとき、微かに菜々子の頬が染まった。は少しばかりきょとんとした表情を浮かべている。あまり呼ばない呼称だったのかもしれない。

「今日は、ジュネスに来れたし、すごい、たのしいよ」
「…そ、そっか」

 そう言う菜々子の表情は、嘘ではなさそうだ。その様子に、気まずい空気にしてしまった陽介はほっとしたように笑った。

「お姉ちゃんたち、いつでも菜々子ちゃんと遊んであげるからね!」
「うん、遊ぼう」

 千枝と雪子は菜々子にそう言った。も頷く。菜々子は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

「よし、菜々子ちゃん。一緒にジュース買い行くか!」
「うん!」

 陽介の呼び掛けに菜々子は元気よく立ち上がり、二人はジュースを買いに行った。その様子をたちはじっと眺める。

「小さいのに、えらいね…」
「意外とウチらの方が、ガキんちょだったりして」
「そうかも…」

 は苦笑した。今菜々子と同じ立場にいたら、きっとあんなにしっかりしていないだろう。自分は相当家族に恵まれているのかもしれない。いや、何一つ不自由のない自分は間違いなく恵まれているのだろう。そう思うと、自然と両親に感謝したくなり、は心の中でありがとうと呟いた。

「よしッ、あたしも菜々子ちゃんになんかオゴってあげよ!」
「あ、私も」

 千枝は席を立った。それに便乗して雪子も立ち上がる。もついていこうかと思い立ち上がったが、それではが一人になってしまうとそのまま立ち止まった。

「お兄ちゃん、なにかいるー?」

 どうしようかと少しばかり迷っていると、すぐに菜々子が駆け戻ってきた。は返事をして立ち上がる。そして菜々子のところへ歩み寄った。そのときに顔だけこちらを向けて呼ぶようにを見たので、についていった。

「お兄ちゃん、たこやき、半分こでいー?」
「いいよ」
「えっと…いる?」

 菜々子は戸惑いながらを見てきた。それに気づき、は首を振る。

「私は大丈夫だよ。二人で半分こしてね」

 の言葉に菜々子は笑顔で頷く。それから、可愛らしく首をかしげた。

「おなまえ、なあに?」
「あ、えっと、だよ」
お姉ちゃんって、よんでいー?」
「うん!」

 が頷くと、えへへ、と菜々子は嬉しそうに笑った。大変可愛らしい。自然と頬が緩む。
 菜々子を挟んで三人で手を繋ぎながらたこ焼き売り場へ向かう。途中ですれ違った陽介に「きょうだいみたいだな」と言われ、は思わず笑った。


2011.06.29