midnight call

第8話

「みんな遅いクマー!今日は来てくれないかと思って泣きそうになったクマ」

 放課後、昨日と同じように一旦家で支度をしてからテレビに入ると、クマが駆け寄ってきた。そういえばたちは学業に勤しんでいたが、クマはおそらくずっと何もすることもなくここで待っていたのだろう。そう思うと申し訳なく感じてきて、はクマの頭を撫でた。

「ごめんね、学校があったから…」
「お前に構ってる暇はねーよ」
「ヨースケひどいクマー!」

 陽介に軽くあしらわれたクマは、そう言って、嘘泣きをしながらに抱きつく。は少し驚いたが、受け止めてあげた。しかし、そんなに気にしていなかったようで、クマはすぐにから離れた。

「それじゃ、迷い込んだオンナノコを助けに行くクマ!」
「ああ、行こう」

 クマの号令にたちは頷き、雪子の城に向かった。

「大丈夫かな、雪子…ずっと一人なんだよね…」

 城に向かう途中、千枝はそう呟いた。雪子はあんなに恐ろしい場所に何日も一人でずっといるのだろう。心細いに違いない。も顔を俯ける。

「そんな心配すんなって!だーいじょうぶだよ」

 そうしてると、陽介が明るく声をかけてきた。は顔を上げる。

「でも早く助けないと…」
「次の霧が出るまではとりあえず無事なんだろ?今、俺らが焦って向かっても助けられるとは限んねえ訳だし。ミイラ取りがミイラになっちゃどうもこうもねえって」

 尚も暗い顔を続ける二人に陽介は苦笑した。そして、言葉を続ける。

「だーいじょうぶ!俺らで助けるんだろ」
「…うん、そうだね!」

 千枝は力強く頷く。幾分前向きになれたようだ。よかった、とはほっとした。
 そうしているうちに、雪子の城へ到着した。気合いを入れて、再び中へ入る。

「…あれ?」

 中に入った瞬間、は違和感を覚えた。それは、他の皆も同じらしく、と同じように頭を傾げていた。

「むーん…センセイ、ちょっといい?何かココ、昨日と道が違っててやっかいな場所みたいクマ…」

 クマにそう言われ、ようやく違和感の正体に気がついた。迷路のように複雑だったのであまり道は覚えていなかったが、確かに昨日とは形が違う。面倒だ。

「歩いた所はクマが頑張って覚えるからセンセイも迷わないように注意するクマ」
「ああ」
「とりあえず、ココら辺には人の気配はなさそうな感じクマ。もうちょっと先に進めば何か分かるカモ。気をつけて進むクマ」

 たちは頷いて歩き出す。途中で何回もシャドウに出くわしたが、千枝が加わったことにより、昨日より確実に楽に倒すことができた。千枝の華麗な足技に、さすが自分で同好会を開いて訓練しているだけあるとは感心した。
 そのまま突き進み、昨日千枝の影が出てきた部屋の前に出ると、クマがピクリと反応した。

「あれれっ?扉の向こうに誰かいるみたいクマ…」
「もしかして…雪子!?」
「ちょっとわからんクマよ…」
「とにかく中に入ろう!」

 陽介の言葉に頷き、たちは警戒しながら中に入る。すると、中央にはマヨナカテレビに映っていたときと同じドレスを着た雪子が背を向けて立っていた。

「雪子…?」
「天城!無事か!?」

 千枝たちが声をかける。しかし、まるで聞こえなかったかのように全く反応しなかった。…どこか様子がおかしい。

「やっと見つけたのに…雪子、何か変…」

 すると、いきなり雪子の頭上からスポットライトがついた。

「うふふ…ふふ、あはははは!」
 スポットライトを浴びた雪子は高らかに笑いだし、振り返る。そして、ようやくたちの存在に気づいたような素振りを見せた。

「あらぁ?サプライズゲスト?どんな風に絡んでくれるの?んふふ、盛り上がって参りましたっ!」

 まるで、番組の司会者のようなその口振り。いつもの雪子の言動とは全く違う。たちのことは眼中になさそうだ。ドレスを身にまとった雪子は、そのテンションのまま、話を続けた。

「さてさて、私は引き続き、王子様探し!一体どこに居るのでしょう?こう広いと、期待も高まる反面、なっかなか見つかりませんね~!あ、それとも、この霧で隠れんぼ?よ~し、捕まえちゃうぞ!ではでは、更に少し奥まで、突撃~!」

 そう言うと、どこからともなく効果音と、それと同時にどういう仕組みかテロップが表示された。“やらせナシ!雪子姫、白馬の王子様さがし!”と書いてある。そして、拍手と歓声が湧いた。

「な…何だよ、コレ!?」
「雪子じゃない…あんた…誰!?」
「うふふ、なーに言ってるの?私は雪子…雪子は私」
「違う!あんた、まさか…本物の雪子はどこ!?」

 すると突然、ざわざわと声が聞こえてきた。それは四方八方に響き、は寒気を感じる。

「何だ、この声…!?」
「シャドウが騒ぎ出したクマ!」
「それじゃ、再突撃、行ってきます!うふ、王子様、首を洗って待ってろヨ!」

 雪子はそう言い、奥の扉のほうへ駆けていく。

「あ、待って…!!」

 千枝が慌てて声をかけたが、雪子は聞く耳を持たない。その姿は扉の向こうへと消えていった。

「今の雪子、どういう事なの!?まさか、あれ…」
「そうクマね…たぶん“もう一人のあの子”クマ」
「俺らん時と同じってか…」

 おそらくあれは、雪子の影だったのだろう。本心を見せる、もう一人の雪子。しかし、千枝のときとは少し様子が違うとは感じた。

「でも、デタラメに騒いでた訳じゃないクマ。本物のユキチャンは、何かを見せたがってる…それをハッキリ感じるクマ。何ていうか…このお城そのものが、あの子に関係してるっていうか…。想像してたより、結構キケンな感じクマ!」
「雪子っ…!」

 クマの言葉に、千枝は反射的に走り出した。その行動には驚く。

「オイ…またかよ!?ったく、一人で行くなって言ってんのに!」

 千枝を追いかけ、たちも駆けていく。幸い千枝にはすぐに追い付き、一人で先に進んだ千枝に陽介は注意をした。
 この階には大きい広場しかないようだ。たちは先に進むために階段を上がる。すると、どこからともなく雪子の声が響いてきた。

『うふふ…うふふ…もうすぐ王子様が私を迎えに来てくれます。ふふ…私はいつまでもお待ちしてます…いつまでも、いつまでも…』
「むーん…声は聞こえるけど、この辺にはセンセイたちとシャドウの気配しかしないクマ」

 引き続きたちは探索を続ける。はひたすらそれについていった。能力を持っていないせいか、ついていくだけなのにたちより疲れている気がする。たちに気を遣われるが、能力もない自分のために引き上げるなんてことはしたくないとは疲れを隠した。

『いらっしゃいませ。本日は天城屋旅館にお越し頂き誠にありがとうございます。こちらがお部屋でございます。何か御用がございましたらいつでもお申し付け下さい』

 しばらく進むと再び雪子の声が聞こえた。今度は、いつもの彼女のものだろう。だいぶ近づいてきたのだろうか。たちは気合いを入れて探索を続けていく。しかし、なかなか雪子の姿は見つからない。

「どこにいるクマね…」
『うふふ…うふふ…』
「感じるクマ!あの子の気配クマ!きっとこの階にいるに違いないクマ!」

 クマの呟きに呼応するかのように雪子の笑い声が聞こえる。それに反応したクマの声に、皆ははやる気持ちを抑えきれずに走り出した。その足音に気づいたように、再び声が響く。

『まぁ!そこにいらっしゃるのはもしかして…もしかして王子様でしょうか?私は囚われの身です。どうか私を助けてください。うふふ…王子様ならきっと…きっと、どんな困難な道のりも乗り越え私を解き放ってくれるはず…私、お待ちしてます…ふふふ…』

 その雪子の声には眉を寄せる。どこかつらそうに聞こえたのだ。まるで、本当に助けを求めているかのように。
 たちは走り続ける。すると、急に視界が真っ白になり、そしてすぐに目に入った様子は、先程とは異なっていた。どういうことだ、と訝しげに辺りを見ると、雪子の笑い声が響く。彼女の影が何かしたのか。再び進むと、また視界が白くなり、様子が変わった。

「…ワープか」

 いち早くそれに気づいたは、戻るぞと声をかけて後ろに歩きだす。どういうことだと思っていると、あっさり扉の前に辿り着いた。

「なるほど!お前頭いいな!」
「扉の向こうに誰かの気配…この匂いは、あのオンナノコだクマ!」

 影との戦闘が起きたときのために準備を整え、扉を開けて中に入る。するとそこには、ドレス姿の雪子と馬にまたがった騎士のようなシャドウが待ち構えていた。

「王子様なら、こんな衛兵に負けるはずなんてありませんよね?」
「ギャー!こんな強そうなの見たことないクマ!お、おそってクルー!」

 シャドウはこちらに近づいてくる。それと同時に、雪子は姿を消した。たちは戦闘体制に入る。
 各々ペルソナで攻撃を仕掛けるが、シャドウに大したダメージは見られない。弱点も見当たらないようだ。シャドウが千枝を襲う。

「うあっ!!このシャドウ、攻撃力が高いよ!」

 攻撃をまともに食らった千枝は、随分と苦しそうにそう言った。陽介はジライヤを出し、千枝に回復技を使う。そして、がイザナギを出し、三人のガードを強化させた。
 ダメージは少ないが、全く効いていないわけではない。三人はじわじわとシャドウを攻めていく。

「トモエ!ブフ!」

 千枝のペルソナが出した氷の塊がシャドウに降りかかる。すると、シャドウは倒れ、消え失せた。

『うふふ…貴方が本当の王子様ならきっとまたお会いできるでしょう。私は所詮、囚われの身…ここからは出ることなど叶わないのだから…うふふふふ…』
「気配が消えたクマ…」

 は息を吐く。シャドウがいた場所にガラスでできた鍵が落ちていることに気づき、拾い上げた。

「あっ!大丈夫だったか、センセイ?」
「ああ」
「きっと先は長いぞ。無理しちゃダメだクマ!疲れてるならいったん引き返した方がいいクマ!」

 はちらっとを見る。そして、そうだなと頷いた。気を遣われてしまった、とは俯く。しかし、これ以上無理をしたら足を引っ張りかねない。の指示に素直に従い、彼らについて来た道を引き返していった。
 自分にも力があれば。そう思いながら。



『言ってみれば“現役女子高生女将”…といった所でしょうか。何ともこう、惹かれる響きです。お話うかがってみましょう…すみません!』
『うるさい!』

 城の上層階へ進むにつれ、様々な声が聞こえるようになってきた。雪子の声、旅館の客や仲居たちの声。今聞こえているのは、レポーターの声だ。

『でも継ぐワケでしょ?て言うか和服色っぽいね、男性客、多いでしょ?』
『私に構わないで!もうウンザリ!ウンザリよ…』

 このレポーターの言葉はにも聞き覚えがある。以前ニュース番組で報道され、呆れていたものだ。しかし、そのときとは雪子の応答がまるで違う。恐らく、こちらが本音、なのだろう。

「色々な声が飛び交っててよくわかんないけど気配は近づいてきてるクマ。がんばるクマ!」

 クマの言葉に、たちは頷く。
 上に行くにつれて強力なシャドウが出現するようになっていったが、たちも比例して慣れが出てきたようで、には苦戦している様子はほとんど感じられなかった。

『王子様はまだ来ないの?王子様、早く私を連れ去って!どこか…私の事なんか誰も知らない世界に…』

 雪子の苦しそうな声に、は眉を下げる。早くここから助け出してあげなければ。
 そんな気持ちでたちのあとをついていくと、今までとは比べ物にならないほど大きな扉に突き当たった。

「おろっ?この気配は…あの子クマ!あの子がこの扉の向こうにいるクマ!」

 ようやく辿り着いた。
 たちは顔を見合わせて合図をし、その大きくて派手な扉を開いた。
 扉の向こうは、千枝の影と戦った部屋よりも数倍も大きな空間が広がっていた。まるで王室のような空間だ。床に敷かれている真っ赤な絨毯はまっすぐ奥に進んでおり、階段を上がったところにはドレスを身にまとった雪子がいた。そして、その下には着物姿の雪子が。

「雪子!!」
「やっぱりだ…天城が二人!」

 たちは雪子に駆け寄る。すると、たちに気がついたドレス姿の雪子…雪子の影は、口を開いた。

「あら?あららららら~ぁ?やっだもう!王子様が、三人も!もしかしてぇ、途中で来たサプライズゲストの三人さん?いや~ん、ちゃんと見とけば良かったぁ!」

 雪子の影は、相変わらずの口調で心底残念そうにそう言う。もし普段からこんな性格をした人が近くにいたら、確実に嫌悪するだろうな、とは眉をひそめた。

「つーかぁ、雪子ねぇ、どっか、行っちゃいたいんだぁ。どっか、誰も知らない遠くぅ。王子様なら、連れてってくれるでしょぉ?ねぇ、早くぅ」
「むっほ?これが噂の“逆ナン”クマ!?」

 雪子の言動にクマは興奮している。逆ナンとは少し違うのでは、とは思ったが、黙っておくことにした。

「三人の王子って…まさかあたしも入ってるワケ…?」
「三人目は、クマでしょーが!」
「それは無いな…」

 クマの反論に陽介は呆れる。も、クマではないなと心中で頷いた。が含まれていないのはきっと、ペルソナも持っていない普通の人間だからだろう。認識すらされていないかもしれない。

「千枝…ふふ、そうよ」

 雪子の影は千枝の言葉に反応して呟いた。千枝ははっと影を見る。

「アタシの王子様…いつだってアタシをリードしてくれる…千枝は強い、王子様……王子様“だった”」
「だった…?」
「結局、千枝じゃダメなのよ!」

 影はいきなり怒鳴り始める。その様子は、激昂というより、悲痛に苦しみ叫んでいるようだった。

「千枝じゃアタシを、ここから連れ出せない!救ってくれない!」
「雪子…」

 影の心の叫びに、千枝は困惑する。すると、今まで辛そうに座り込んでいた雪子本人が、よろけながらもゆっくり立ち上がった。

「や、やめて…」
「老舗旅館?女将修行!?そんなウザい束縛…まっぴらなのよ!たまたまここに生まれただけ!なのに生き方…死ぬまで全部決められてる!あーやだ、イヤだ、嫌ぁーっ!!」
「そんなこと、ない…」

 雪子の声は、影には全く届いていない。影は本音を吐き続ける。

「どっか、遠くへ行きたいの…ここじゃない、どこかへ…誰かに、連れ出して欲しいの…一人じゃ、出て行けない…一人じゃ、アタシには何も無いから…」
「やめて…もう、やめて…」

 雪子は泣きそうな声でそう懇願した。しかし影は聞き入れてはくれない。影の表情も、だんだん苦しみに歪んできている。

「希望も無い、出てく勇気も無い…うふふ…だからアタシ、待ってるの!ただじーっと、いつか王子様がアタシに気付いてくれるのを待ってるの!どこでもいい!どこでもいいの!ここじゃないなら、どこでも!老舗の伝統?町の誇り?んなもん、クソ食らえだわッ!」
「なんてこと…」

 そこでようやく、影は雪子を視界に入れる。その表情は、先程の悲しげな顔を忘れさせるほど、ひどく冷酷であった。

「それがホンネ。そうよね…?もう一人の“アタシ”!」
「ち、ちが…」
「よせ、言うなッ!」

 雪子はすべてを拒絶するかのような顔で首を左右に振る。雪子の言おうとしていることに気がついた陽介は、慌ててそう叫んだ。

「違う!あなたなんか…私じゃない!」

 しかしその叫びもむなしく、雪子は拒絶の言葉を吐き出してしまった。途端、影の体は黒いもやに包まれていく。

「うふふふふふふ!いいわぁ、力がみなぎってくるぅ!そんなにしたら、アタシ…うふ…あはは、あはははははは!!」

 影の高笑いと共に、たちの視界が、影の放つ黒いもやによって一瞬真っ暗になった。そして再び周りが確認できるようになったその瞬間、ろうそくの立った巨大なシャンデリアが降ってくる。シャンデリアの上部には大きな鳥籠と、そこから飛び出そうとしている赤い大鳥のようなシャドウがいた。

「ああっ!!」
「雪子!!」

 雪子はシャドウの羽ばたきに吹き飛ばされるかのように倒れ込む。は慌てて雪子に駆け寄った。意識はない。

「アレ止めないと、あの子が危ないクマ!」
「分かってる!!」
「雪子、もういいよ…待ってて!!今、助けてあげる!!ちゃん、雪子をお願い!!」
「うん!!」

 はクマと一緒に、雪子を安全な場所まで運んだ。そして、二人もそこに待機する。千枝たちはシャドウに向き合い、戦闘体制に入った。

「我は影…真なる我…さあ王子さま…楽しくダンスを踊りましょう?ンフフフフ…」

 雪子のシャドウはシャンデリアを揺らしてそう言った。千枝はシャドウをじっと見つめる。

「待ってて、雪子…あたしが全部受け止めてあげる!」
「あらホントぉ…?じゃ私も、ガッツリ本気でぶつかってあげる!!」

 途端、シャドウの鉤爪が千枝を襲う。千枝はそれをガードし、ペルソナを喚んで氷結攻撃をしかけた。火炎属性を連想させる見た目とは裏腹に、氷結属性は弱点ではないらしい。は相手の属性を推測し、火炎属性のペルソナと火炎属性が弱点のペルソナを避けて攻撃をする。

「んふふ、まだまだよ。もぉっと強さを見せてちょうだい!いらっしゃい…アタシの王子様…ンフフフフ…」

 シャドウがそう呼びかけると、新たなシャドウがこの場に現れた。雪子のシャドウは王子様と言ったが、その姿は小さく頼りなさそうである。は、こんな王子様は嫌だと独りごちた。
 敵が多いと厄介だ。幸い王子様は氷結が弱点のようだった。千枝とで一気に畳み掛ける。陽介はそんな二人の補助に回りつつも雪子のシャドウへの攻撃を忘れない。

「これで終わりっ!」

 ふらふらしている王子様に千枝はとどめの蹴りを入れた。すると王子様は奇妙な音を発し、消滅した。

「王子さまっ!王子さまっ!」

 雪子のシャドウはひどく慌てた様子でそう叫ぶ。そして再び王子様を召喚しようとした。しかし、何も現れない。

「なんで…なんで来てくれないの…」
「誰も来ないクマ!この隙を狙うクマ!」

 シャドウは動揺している。ちはシャドウに突っ込んだ。
 王子様を倒されたことに怒りを覚えたのか、シャドウは先程よりも狂暴になった。シャンデリアをの頭上目掛けて落とす。危ない。は思わず叫んだが、すんでのところではそれをかわした。シャドウは舌打ちをし、今度は千枝に向かって炎をあげる。千枝は火炎属性が弱点だ。陽介が千枝の前に飛び出し、その炎を代わりに受け止めた。

「何よ…本気のアタシとやろうっての…?ダメじゃない…エスコートしてくんなきゃッ!!」

 シャドウはその大きな翼を広げる。すると辺り一面が火の海になってしまった。

「ケッ、やっぱ見込み違いだったわ…あんたら王子でも何でもない…死ね、クズ男ども!!」

火の海はどんどんたちに迫っていく。

「ああっ!」

 千枝はガードしきれず、大ダメージを受けたようだ。大丈夫か、と陽介が千枝のダメージを癒す。千枝は礼を言って立ち直った。
 雪子のシャドウは今の大きな攻撃により、だいぶ疲れたようだ。先程のようなキレも感じられない。もう少しだ。

「雪子…大丈夫、大丈夫だよ。トモエ!」

 千枝は氷の雨を雪子のシャドウのもとに降らせる。そしてシャドウが怯んでいる間に突っ込み、蹴り倒した。



「う…」
「雪子!!」

 雪子のシャドウが倒れると同時に、雪子の意識が戻った。呻き声に気づいた千枝は、慌てて雪子に駆け寄る。

「雪子、ケガは…!?」

 千枝の問いかけに雪子は首を左右に振って答えた。立ち上がろうとしてよろけた雪子をはしっかりと支え、手伝う。重心がだいぶのほうに寄っている。立つのもギリギリなのだろう。

「私、あんなこと…」

 思っていない。そう言いたいのだろう。認めたくないのだ。雪子の心情を察し、陽介は静かに口を開いた。

「わかってるさ。天城、お前だけじゃねーよ。誰にだって、人には見せらんねー、自分でも見たくねーモンはあるんだ…」

 陽介の言葉に雪子は俯く。説得されても、まだ受け入れきれないらしい。当たり前なのだろう。そもそも、簡単に受け入れられるものならば影など生まれてはこないのだ。

「雪子…ごめんね」

 千枝はぽつりと呟く。その声に、雪子は目の前の千枝を見た。入れ違いに、千枝の顔が下を向く。

「あたし…自分の事ばっかで、雪子の悩み、全然、分かってなかったね…あたし、友だちなのに…ごめんね…」
「千枝…」

 そう言い、千枝は涙を流す。自分の影と向き合って、気づいたこと。ようやく雪子に言うことができる。

「あたし、ずっと、雪子がうらやましかった…雪子は何でも持ってて…あたしは何にも無い…そう思って、ずっと不安で…心細くて…!だから雪子に、頼られていたかったの…ホントは、あたしの方が雪子に頼ってたのに」

 止まらない涙を拭いながら千枝は必死に気持ちを伝える。雪子は静かに千枝の話を聞いた。

「あたし、一人じゃ全然ダメ…花村たちにも、いっぱい迷惑かけちゃったし…雪子いないと…あたし、全然、分かんないよ…」
「千枝…」

 雪子は自身の目にも浮かんだ涙を拭う。そして千枝の背中にそっと腕を回した。

「私も、千枝の事、見えてなかった…自分が逃げることばっかりで」

 雪子は千枝から離れ、よろけながらも影に近付く。は雪子の体を支えてついていってあげた。

「逃げたい…誰かに救って欲しい…そうね…確かに、私の気持ち。あなたは、私だね…」

 雪子はまっすぐに影を見て、そう言った。自分の見たくなかった一面を受け入れた、強い意志の込められたその眼差し。
 雪子の影は静かに、しかししっかりと頷く。そして輝き、ペルソナとなって姿を消した。

「あっ!」

 雪子は急に力が抜けたかのように膝をつく。も支えきれずに倒れるように座り込んだ。

「雪子!!」

 千枝たちは雪子とのもとへ駆け寄る。

「大丈夫か?」
「うん、少し、疲れたみたい…みんな…助けに来てくれたのね…」
「当たり前じゃん!」

 助けないわけないでしょ、と千枝は言う。も頷いた。雪子はそんな様子を見て、微笑んだ。

「ありがと…」
「いいよ、そんなの…無事でよかった…ホントに…」
「へへ…だな」

 安心しきったのか、千枝は再び涙を流す。はもらい泣きをしそうになって、こっそり涙を抑えた。

「んで、キミをココに放り込んだのは誰クマ?」

 はっとして、はクマを見る。雪子を助けることに必死すぎて、は雪子が誰かに落とされてこの世界にいたことを少しばかり忘れていた。

「え…あなた、誰…?て言うか…何?」
「クマはクマクマ。で、放り込んだのは誰クマか?」

 雪子はクマの奇妙な姿に首をかしげる。クマは名乗り、質問の返答を促した。雪子は目を伏せて思考を巡らす。しかし、その表情は曇っていった。

「分からない…誰かに、呼ばれた…ような気がする、けど…記憶がぼんやりしてて、誰か分からないの…ごめんね、えっと…クマさん」
「分からないクマか…」

 雪子の返事に、クマは気を落とした。けど、と陽介は口を開く。

「やっぱ天城をここに放り込んだ“誰か”が居るってことだ」
「ウムゥ…ちゅうことは、やっぱヨースケたちの仕業じゃなさそうクマね…」
「…まだ疑ってたのか?」

 クマの言葉にはそう言う。クマは慌てて両手を振った。

「い、いえいえいえいえ!んなこたぁーないクマ!」
「コノヤロウ…調子のいいクマだな…」

 そんなクマの様子に陽介は顔をしかめ、クマの頭上に拳を下ろす。痛いクマー!と叫ぶクマは気にしない。少しばかり可哀想だとは思ったが、未だに疑われていたことに機嫌が悪くなるのもわかるので、そっとしておくことにした。

「とにかく、早く外に出よ?雪子、ツラそうだし…じゃ、ありがとね、クマくん」

 千枝は雪子を立ち上がらせ、外に出ようと歩く。たちはそれについていった。

「え、ちょ、クマを置いてくつもり?」

 しかしクマに呼び止められ、たちは振り返った。

「置いてく?何言ってんだ。お前、こっちに住んでんだろ」
「それは…そうクマ…でも…」

 きっと、たちが元の世界に帰って、また独りに戻るのが寂しいのだろう。目を伏せたクマに、雪子は歩み寄る。

「ごめんね、クマさん。また今度、改めてお礼に来るから…それまで、いい子で待っててね」
「ク、クマ~ン!」

 雪子に撫でられ、クマは嬉しそうな表情を浮かべた。かわいいな、とも微笑む。

「つーかぁ、クマねぇ、どっか、行っちゃいたいんだぁ。ねぇ、早くぅ」
「誰の真似だよ!?お前は、一生そこにいろ!」

 しかし、次に発せられたその言葉に、の微笑は苦笑に変わった。陽介は声を荒げ、行くぞと先に歩いていく。は少し笑い、それについていった。たちも歩き出したので、クマも慌てて駆け寄って後ろについた。
 城を出る間、雪子を気遣いながらたちはゆっくりと来た道を戻っていった。帰り道の会話は、日常生活の中でするそれと変わりない、あたたかなもの。途中で度々出くわすシャドウには、三人で力を合わせて撃破していく。
 と陽介の相棒としての信頼、千枝と雪子の親友としての信頼。そして、仲間としての信頼。
 羨ましいな、とは後ろからついていきながら思った。

「相棒?親友?仲間?くっだらない」
?」
「…え?」

 そして、突如聞こえてきた声に、たちは振り返り、驚愕した。


2011.06.07