midnight call

第7話

「ん……」
「あっ」

 千枝のシャドウは倒れ、その姿は再び千枝と同じものに戻った。それと同時に、千枝の体がピクリと動く。どうやら意識が戻ったらしい。
 の声に気がついたたちはこちらに近づいてくる。千枝はゆっくりと体を起こし、立ち上がった。

「里中、大丈夫か!?」
「さっきのは……」

 千枝は辺りを見回した。そして、千枝の影を視界に捉える。影はただ、無言で千枝を見つめていた。その表情に色はないが、にはどこか悲しげに見えた。

「何よ……急に黙っちゃって……。勝手な事ばっかり……」
「よせ、里中」

 千枝は再び影を拒絶した。それを陽介は静かに制止させる。千枝は戸惑いながら振り向いた。

「だ、だって……」
「あれが里中の全てじゃない、皆色んな顔があるんだ」
「で、でも、あたし……」
「コイツの言う通りだ。……俺もあったんだ、同じような事。だから分かるし……その……誰だってさ、あるって、こういう一面……」

 二人に諭され、千枝は俯いた。
 あの千枝は、自分の認めたくない部分。受け入れるのは他人のものでも容易ではないだろう。それなのに、も陽介も、そんな千枝の一面を受け入れている。
 しばらくすると千枝は顔を上げ、影に近づいていった。

「アンタは……あたしの中にいた、もう一人のあたし……って事ね……。ずっと見ない振りしてきた、どーしようもない、あたし……。でも、あたしはアンタで、アンタはあたし、なんだよね……」

 千枝は、苦笑混じりにそう言った。自分の醜い部分を認め、受け入れたようだ。影はゆっくりと頷いた。
 すると、千枝の影は輝きだした。光に包まれた影は、再び姿を変える。先ほどのシャドウと少しばかり似た姿だが、邪気は感じられない。穏やかな姿。……千枝のシャドウがペルソナに変わったのだ。
 ペルソナになった千枝の影はカードとなり、千枝の手のひらに落ちて姿を消す。千枝は手のひらを見つめたまま、口を開いた。

「あ……あたし……その、あんなだけど……でも、雪子の事、好きなのはウソじゃないから……」
「バーカ。そんなの、分かってるっつの」

 陽介の明るく、しかし優しげな声に安心したのか、千枝は気が抜けたかのように急に座り込んだ。たちは、慌てて千枝に駆け寄る。

「お、おい、里中!」
「だ、大丈夫……?」
「ヘーキ……ちょっと、疲れただけ……」
「ヘーキ、じゃねーだろどう見ても……」

 千枝の見栄を張った様子に、陽介は呆れてため息をついた。そして、微笑む。

「それに多分、お前……俺たちと同じ“力”、使えるようになってるはずだ」
「え……?」

 千枝は顔を上げる。は頷き、口を開いた。

「じゃあ、一度戻って立て直そうか」
「そうだな、里中を休ませないと」
「か、勝手に決めないでよ!あたし、まだ……行けるんだから……」

 千枝は意地を張って立とうとする。しかし、疲れが限界まで来ているのか、自力で起き上がることができずに、また崩れて座り込んでしまった。なおも立ち上がろうとする千枝を、クマは抑えた。

「無理しちゃイヤクマ!」
「別に、信じてない訳じゃねーよ。ただ、俺らは天城を絶対助けなきゃなんない。俺たちと同じ力があって、一緒に戦えるなら、回復しといてもらった方が心強いって事。その為にも、一旦戻って、体勢を立て直すべきって言ってんだ」

 陽介はそう言い聞かせる。しかし、千枝はそれに抵抗した。

「でも雪子はまだ、この中にいるんでしょ!?あ、あたし……さっきのが雪子の本心なら、あたし……伝えなきゃいけない事がある。あたし、雪子が思ってるほど強くない!雪子が居てくれたから……二人一緒だったから大丈夫だっただけで、ホントは……」

 千枝の声はだんだん弱々しくなり、顔も俯いていった。

「……なら、それを伝えるためにも、まずキミが、元気になるクマ!ユキチャンは普通の人クマ。ココにいる影は、普通の人間は襲わない。襲うのは、ココの霧が晴れる日クマ」
「……それまでは、天城は無事だって事だな?」
「まず、間違いないクマ」
「……どういう事?」

 千枝はそう訊ねる。もわけがわからず、首をかしげた。影、つまりシャドウは、普通の人間は襲わない、ということはもここに来るまでに全く襲われなかったことから理解できていた。しかし、霧が晴れる日、というのはどういうことだろうか。

「ここの霧が晴れると、シャドウが凶暴化して、人間を襲うらしい。そして、ここの霧が晴れる日は、俺たちの世界に霧が出る日。だから、向こうで霧が出る日に、被害者は影に殺される。逆に言うと、一旦外に戻っても、町に霧が出るまでは、天城は安全という事だ」

 たちにわかりやすいように説明をした。陽介は、ああ、と頷く。

「間違いない。前の山野アナや先輩の時も、状況は同じ……。知ってるだろ。二人とも、死体が発見されたのは霧の日だ」
「ここで……もう一人の自分に、殺されて……?」
「だろうな。霧は大体、雨の後に出る。けど、天気予報を見た限り、しばらくは晴れが続いていたから大丈夫だろう」
「でも……だからって……やっぱり、ここまで来て引き返せないよ!雪子が居るのに!一人で……怖い思いしてるのに!」

 たちが説得を続けても、千枝はまだ先に進もうとする。聞き分けの悪い千枝に、陽介は声を荒げた。

「じゃあ、この先どんくらい進めば天城の所に着くんだよ!」
「それは……」

 陽介にそう言われ、千枝は俯いた。雪子の居場所もこの城の構造も、先のことは誰にもわからないのだ。もちろん、それは千枝も同じこと。

「敵だって、この先もっと強いヤツが出てくるかも知れない。なのに、無理してやられたら、他に誰が天城を助けてやれんだよ!俺たちは、絶対に失敗出来ないんだ。……違うか?」
「………………分かった」

 陽介の言い分に納得した千枝は、渋々頷いた。
 クマが頭を差し出し、千枝はその頭に支えられながら立ち上がった。それじゃあ戻るか、とたちは来た道を戻り始める。は、ふらついている千枝を支えてあげた。

「さっきは、ごめんね……」

 千枝はポツリと呟く。前を歩いていた二人は静かに振り返った。千枝は、居心地が悪そうに俯いて呟いた。

「一人で、勝手に突っ走っちゃって……」
「気持ちはわかるから」
「気にしてねえよ。天城は必ず俺たちで助ける。……だろ?」
「……うん!」

 まっすぐに微笑む二人に、千枝は笑顔になって頷く。彼らのやりとりに、も静かに微笑んだ。



 たちは城を出て広場へ戻った。相変わらず、テレビの中の世界は霧が多く、体もだるい。千枝は頭を押さえて口を開いた。

「なんか……この前、入った時より疲れた……。頭もガンガンするし……花村たち、平気なの?」
「平気だけど……」
も疲れてそうだな……あ、そか。お前たち、メガネしてないな」

 陽介の言葉には首をかしげる。
 たちが普段かけていないはずのメガネをかけていたのは知っていた。しかし、この疲労と何の関係があるのだろうか。

「あ……そういや、メガネしてんね。目、悪かったっけ?」
「お前……どんだけテンパってたんだよ……」
「じゃんじゃじゃ~ん。チエチャンとチャンにも用意してあるクマ。はい、チエチャンの。チャンのはこっちね」

 どうやら千枝はメガネに気づいていなかったらしい。雪子のことで頭がいっぱいだったようだ。呆れる陽介の隣で、クマは二つのメガネを取り出した。
 と千枝はそれぞれメガネを受けとり、かけてみる。すると、途端に視界が開け、辺りがはっきりと見渡せるようになった。

「うわっ、何コレ、すげー!霧が全然無いみたい!」
「そっか、だから二人とも入ってすぐにメガネかけてたんだね」

 霧が見えなくなったことによって、体も少しばかり軽くなったような気がした。霧は視界を遮るだけでなく、身体にも影響を及ぼしていたらしい。

「あるなら、早く出してやれっつの」
「今用意したんだクマ!いきなり連れてくるから焦り、グマ」
「ごめんね、ありがとう」
「どういたしましてクマー!」

 クマを撫でると、クマは気持ち良さそうな笑みを浮かべた。かわいい。も自然と顔が綻ぶ。

「なるほど、そういう事なんだ。モヤモヤん中、どやって進むのかと思ったよ。ね、これもらっていい?」
「モチのロンクマ!」

 チャンもあげる、と言われ、は再び礼を言う。今度何かプレゼントしようかな、と思考を巡らせた。

「今日のところは、仕方ないけど……でもこれで、リベンジできそう!二人とも、勝手に行ったりしないでよ!?」
「んじゃ約束だ、俺ら全員の約束。“一人では行かないこと”……危険だからな。みんなで力合わせなきゃ、事件解決どころか天城だって無事に助けられない……だろ?」
「そうだな」
「うん、そうだね。あたしも、約束する」

 三人は頷き合う。そして、陽介はを見た。

も。どうせまたついてくるだろ?」
「い……いいの?」
「ここまで一緒に来といて追い出すわけねーよ。その代わり、ちゃんと後ろにいてくれよな」

 と千枝を見ると、二人もがついてくることを受け入れているようだった。千枝が能力を持った今、能力がないのはクマを除けば自分だけだったため、は密かに不安に思っていた。ついていくことを許され、はうんと力強く返事をした。

「それじゃあ、必ず天城を助けよう」
「ああ」
「明日から、放課後は出来るだけここに来よう……あ、もちろん学校無い日もな。なあ、俺……お前に、リーダーやってもらいたいんだけど」

 急に話をふられたは、少しばかりきょとんとした。それを見て、陽介は話を続ける。

「最初にこの力を手に入れたのお前だし、それに戦う力も、お前が一番凄いだろ。だから、お前が探索のペース決めて、俺らが付いてくってのがいいと思う。……お前になら、付いていける」

 確かに、捜索にはリーダーがいたほうがまとまりやすい。リーダーシップが強いのは陽介だが、リーダーとして頼れるのはのほうだろう。もそう思った。

「……わかった、引き受けるよ」

 はしばらく考えたが、やがてしっかりと頷いた。陽介は安心したような笑顔を浮かべる。

「そう言ってくれると思ったよ。俺はほら、参謀向き?頭良い人のポジションでさ」
「あたしも賛成かな。キミがまとめてくれるなら、なんか安心」
「クマも賛成かな。キミがまとめてくれるなら、夜も安眠」
「クマは黙っててくんない?あたし、今、疲労がピークだからさ……」

 クマの冗談に千枝はそう言う。かなり苛ついている様子に、相当疲れているのだろうということがうかがえる。陽介も気を遣って、声をかけた。

「よし、とにかく今日は休んで、明日からに備えようぜ。まずは、天気予報の確認、忘れんなよ?雨が続くと霧になるから注意しないと。あと、準備も万端にな」

 たちは頷く。霧が出るまでに雪子を助けなければ。能力のない自分にどれだけのことができるかはわからないが、少しでも皆の役に立とう。はそう決心した。
 クマの出したテレビでジュネスの家電売り場に戻ったたちは、ジュネスを出るとすぐに解散して、まっすぐに帰宅した。そしては、疲れに従っていつもより早く眠りにつくことにした。



 翌朝、はわずかに残っただるさに耐えながらいつも通りに学校に向かった。教室に入り、机に伏せる。

、おはよう」

 そうしていると頭上から声が降ってきて、は顔を上げた。声の主であるは自席に座りながら、だるい?とを気遣う。は、大丈夫と、挨拶と共に返した。しかし、若干だるいと感じているのがバレていたようで、あまり無理するなよ、と注意されてしまった。
 申し訳ないと思っていると、陽介も教室に入ってきた。自分の席に鞄を置き、挨拶をしてきたので、たちも挨拶を返す。

「里中のヤツ、大丈夫かな。昨日は色々ありすぎたし、元気になってりゃいいけど……」
「受け入れたとは言っても、自分の嫌な部分を見たわけだしな」

 そう心配していると、話題の中心であった千枝が教室に入ってきた。千枝はたちの姿を視界にとらえると、まっすぐこっちにやってきた。

「おはよ」
「おはよう。大丈夫?」
「うん」

 千枝は返事をすると、気まずそうに頭をかいた。そして、口を開く。

「その……昨日は色々ありがと」
「え?」
「なんか、恥ずかしいって言うかさ。よく考えたら、三人には、本音とか、全部見られちゃった訳だし……」
「気にすんな」

 陽介にそう言われ、千枝は少し安心したような顔で頷く。

「確か花村も、あたしみたいになったんだよね?花村ん時はどんなだったわけ?」
「え?あー、なんていうか……」

 急に自分の体験を聞かれ、陽介は言葉を濁す。も気になったが、やはり話したくなかったようで、話を逸らすようにを見た。

「……そういや、お前ん時は、何も無かったよな。んー、裏表のないヤツだからか?」
「ふうん、キミは何も無かったんだ」
「ああ」

 は二人とはペルソナの能力が少しばかり違う。それに、テレビに入る前からの体はテレビに通った。それを考えると、二人と違ってシャドウが出なかったのも、なぜかはわからないがおかしいことではない、とは思った。

「けどキミって、確かに裏表とか無い感じする。ちょっと不思議な感じっていうか……。天然系の魅力?って言うのかなあ。そーいうの、あると思うよ。うん」
「それ褒めてる?」
「うん、ホメてるホメてる」
「天然って……ホメてるかぁ?」

 三人のやり取りがおかしくて、は思わず笑う。他の三人も一斉に笑い出した。

「とにかくさ。今は雪子を助けるのが一番重要だよね。あたしもやるから。仲間はずれとか、絶対無しだよ?」
「もちろん」

 は頷く。
 そうしていると、HR開始のチャイムが鳴り響いた。そのチャイムの音に、陽介ははっとする。

「やっべ、まだトイレ行ってねえよ!」

 そう言って慌てて陽介は走り去った。と千枝も前を向いたので、も授業の準備を始めた。


2011.05.31