midnight call
第6話
たちは、雪子の気配がするという場所へたどり着いた。そこには、マヨナカテレビに映っていた不気味な城が建っていた。ここで間違いないだろう。
「何ここ……お城!?もしかして、昨日の番組に映ってたの、ここなのかな?」
「不気味……だなあ……」
「あの真夜中の不思議な番組……、ホントに誰かが撮ってんじゃないんだな?」
「バングミ……?知らないクマよ」
陽介がクマにそう問いかけると、クマは首をかしげた。クマはそもそも番組というもの自体がわからないようだ。
「何かの原因で、この世界の中が見えちゃってるのかも知れないクマ。それに、前にも言ったでしょーが!ココはクマとシャドウしか居ないんだってば!誰かがトッてるとか、そんなの無いし、初めからココは、こういう世界クマ」
「初めから、こういう世界って……、それがよく分かんないっての!」
「じゃあキミたちは、キミたちの世界の事、全部説明できるクマ?」
逆にクマにそう言われ、陽介たちは口を閉ざした。自分達の世界のことなんて、常にそこで暮らしている自分達にも、有名な研究家たちにもわかりはしないのだ。それはクマにだって同じ。常にこの世界に存在しているからといって、この世界のことをすべて理解できているわけではないのだろう。
「とにかくそのバングミってモノの事は、クマも見たこと無いから分からんクマ」
「て言うか、ホントにただこの世界が見えてるだけなの?そもそも雪子が最初に例のテレビに映ったの、居なくなる前だよ?おかしくない?」
確かに、とは思った。ただこちらの世界が現実世界にマヨナカテレビとして映ってしまっているだけならば、あのときまだテレビに落とされていなかった雪子は映るはずがなかった。それなのに、実際は映っていた。どういうことなのだろうか。
「大体、あの雪子が“逆ナン”とかって……あり得ないっつの!」
「逆ナン?」
クマが“逆ナン”という言葉に反応したが、陽介はスルーして話を続けた。
「俺もビックリしたぜ……確かに普段の天城なら絶対言わないよな、あんな事……!?」
「花村くん?」
そこで、陽介がはっとする。は、どうしたのかと陽介を見た。
「もしかして……前に俺に起こった事と、何か関係あんのか……?」
「まだ、色々と分からないけど、キミたちの話を聞く限りだと……、そのバングミっての、その子自身に原因があって生み出されてる……って気がするクマ」
「雪子自身が……あの映像を生み出してる?あーも、どういう事?ワケ分かんない!」
こんなに現実離れしたことなど、すぐに理解できるわけがない。たちは皆、頭を悩ませた。
「ねえ……雪子、このお城の中に居るの?」
「聞いてる限り、間違いないクマね。あ、でさ、“逆ナン”って……」
「ここに雪子が…………あたし、先に行くから!」
クマの余計な言葉なんて今の千枝には耳に入ってこない。はやる気持ちを抑えきれずに、とうとう千枝は先に駆け出してしまった。
「あ、おい!一人で行くなって!」
「千枝ちゃん!」
「待て!」
は千枝を追いかけようとした。しかし、前にいたによって遮られる。でも、と口ごもると、陽介が口を開いた。
「あいつは鍛えてるからまだ大丈夫だけど、は違うだろ?俺たちの後ろにいてくれ」
「……うん、ごめんね」
今がそのまま飛び出して千枝を追いかけてしまっていれば、彼らの負担は余計に増えていただろう。は戦う術を持っていないから、なおさらだ。足手まといにはなりたくない。さっきそう誓っていたじゃないか。は反省して頷いた。
陽介は入り口の向こうを見て、ため息をつく。
「ったく……、里中の奴、ひとりで行っちまったよ……」
「あ……!」
クマは慌てて声を発し、しまったというような表情を浮かべた。
「お城の中はシャドウがいっぱいクマ……。オンナノコひとりは危ないカモ……」
「な、マジかよ!それ先に言えよ!くそ、里中を追うぞ!」
「ああ」
急いで千枝を追いかけなければ。を先頭に、たちも中に入った。
城の中は、普通の城とはまるで違っていた。エントランスのようなものは何もない。壁も床も赤く、ただ道が伸びていただけだった。霧が濃いせいで、その通路がどこまで続いているのかわからない。
千枝の姿はなかった。おそらく、すでに先に進んでしまっているのだろう。シャドウという敵に襲われてはいないだろうか。がそう心配していると、その不安げな表情に気づいたクマがに声をかけた。
「大丈夫、まだそんなに遠くには行ってないクマ」
「あいつ、ひとりで先走りやがって……」
「あ、ちょい待った!」
先に進もうとすると、クマから制止の声がかかった。なんだ、とが振り返ってクマを見る。
「センセイたちが来てからシャドウが凶暴になってきてるクマ。きっと、センセイたちを見つけると近づいて襲ってくるクマ。シャドウから攻撃を受ける前にこちらから仕掛けるクマ!」
「わかった」
は頷き、歩き出した。陽介もあとに続く。もそれについていこうとすると、不意にクマに手をとられた。少しばかり驚き、クマを見る。
「チャン、クマと一緒にセンセイたちの後ろに行くクマー!」
「う、うん!」
クマは無邪気にに笑いかける。かわいいなと思いながら、も微笑んで頷いた。そして、クマの手を握り返す。
しばらく歩いていると、から制止の声がかかった。どうしたのかと彼らの前を見ると、奇妙な物体がうごめいていた。真っ黒な、ゼリー状のようなもの。それはこちらに気がつくと、姿を変えながら素早くこちらに迫ってきた。ゼリー状だったそれは、大きな球体に舌を出した大きな口を持つ生き物に変化した。は思わず悲鳴をあげる。
「何この化け物……!これがシャドウなの!?」
「ああ、気を付けろよ」
「う、うん……!」
たちは戦闘体制に入った。はクマに手を引かれ、後ろに下がる。そして、彼らの様子を見守った。
「クマ、こいつらの弱点は?」
「うむむ……ちょっと待つクマ…………あ、雷が弱点クマ!」
「了解。イザナギ!」
の手の中に突然カードが現れる。は、それを握り潰すようにした。すると、ガラスの砕けたような音と共に、の前に生き物のようなものが現れた。……おそらく、あれがペルソナだ。
ジオ!とは叫ぶ。するとイザナギと呼ばれたペルソナは、シャドウに雷を落とした。雷が弱点であるそのシャドウは、体勢を崩し地面に倒れる。は続けて他のシャドウにも雷による攻撃をしかけた。どれも命中し、その場のシャドウは全員地面に倒れ込む。チャンスだ。
行くぜ!という陽介の声と共に、二人は一斉にシャドウに突っ込み、次々に倒していく。倒れたシャドウは、黒いくすぶりのようなものを出し、消滅した。
……すごい。
は彼らの強さに、ただただ驚いた。あんな訳のわからない化け物を相手に、一瞬で勝ってしまったのだ。
「あれがもう一人の自分、ペルソナという力クマ」
「すごいね……」
の言葉にクマは頷く。そして、それにしても、と話を続けた。
「センセイの戦い方にはセンスがあるクマ。それに比べてヨースケといったら……」
「うるせーぞ、クマ!……まあ確かにクマの言う通り、お前にはセンスがあるかもな」
「そうかな」
は首をかしげる。クマたちの言ったことはにも理解ができた。二人とも鮮やかに敵を倒すが、特にの戦い方はすばらしく、まるで隙がないように感じる。きっと、元から運動神経がよいのだろう。
たちは再び千枝の捜索を開始した。途中何度もシャドウが現れ、たちはそれを何度も倒していく。徐々にシャドウの手応えが少なくなってきているように見えるのは、おそらく、度重なる戦闘により鍛えられてきたからだろう。
しばらく進んでいくと、大きな扉に突き当たった。そこに来て、クマは、あっと声をあげた。
「みっけ!チエチャンはこの部屋の中に隠れているクマ!」
「よし、行こう」
たちは頷き、そしてその大きな扉を開けた。
たちは、千枝がいるであろう大きな扉を開いた。扉の向こうは相変わらず真っ赤であったが、今までとは違い、とても広い空間になっていた。天井の中央にはシャンデリア、そしてその下には……千枝。
「無事か、里中!」
駆け寄りながら、陽介が千枝に呼び掛ける。しかし、千枝はこちらに気づかなかったかのように、ピクリとも反応しなかった。
「里中……?」
『赤が似合うねって……』
それを訝しげに思っていると、どこからか不意に声が響いてきた。雪子の声だ。
「天城!?」
「ど、どこ!?」
たちは辺りを見回す。しかし、どこにも雪子は見当たらなかった。雪子の声だけが、この空間に静かに響いていた。
『私、雪子って名前が嫌いだった……。雪なんて、冷たくて、すぐ溶けちゃう……。はかなくて、意味の無いもの……。でも私にはピッタリよね……。旅館の跡継ぎって以外に価値の無い私には……。……だけど、千枝だけが言ってくれた。雪子には赤が似合うねって』
「これ……天城の、心の声か?確か、小西先輩の時も聞こえた……」
「そして多分、この場所は、ユキコって人の影響で、こんな風になったクマ」
「雪子……」
雪子の心の声、ということは、本心からの言葉なのだろう。からの雪子の印象は、旅館の手伝いをしているしっかりした子、だった。旅館の仕事が好きで、跡を継ぎたいのだと思っていた。しかし、どうやら実際は全く違うらしい。は驚いた。
『千枝だけが……私に意味をくれた……。千枝は、明るくて強くて、何でも出来て……私に無いものを全部持ってる……。私なんて……。私なんて、千枝に比べたら……』
自分の名前を呼ばれ、千枝ははっとした。
『千枝は……私を守ってくれる……。何の価値も無い私を……。私……そんな資格なんて無いのに……。優しい千枝……』
「雪子、あ、あたし……」
「優しい千枝……だってさ。笑える」
不意に、千枝の、先程までとはまったく違った調子の声が聞こえてきた。その声に前を見ると、千枝の向こうに突然人影が現れる。
「あ……ああっ!」
千枝は思わず目を擦った。なぜならその人物は、制服に緑のジャージを着た……千枝だったのだから。
「あれってまさか……!?」
「ヨースケと同じクマ!抑圧された内面……それが制御を失って、シャドウが出たクマ!」
あれが、影。はもう一人の千枝を見た。どこを見ても本人と同じ姿。しかし、目は金色に輝いており、不気味な笑みを浮かべていた。
「雪子が、あの雪子が!?あたしに守られてるって!?自分には何の価値も無いってさ!ふ、ふふ、うふふ……。そうでなくっちゃねぇ?」
「アンタ、な、何言ってんの?」
急にそう言い出した千枝の影に、千枝はたじろいだ。影は周りのことなんかお構いなしに話を続けていく。
「雪子ってば美人で、色白で、女らしくて……。男子なんていっつもチヤホヤしてる。その雪子が、時々あたしを卑屈な目で見てくる……それが、たまんなく嬉しかった。そうよ、雪子なんて、本当はあたしが居なきゃ何にも出来ない……。あたしの方が……あたしの方が……あたしの方が!ずっと上じゃない!!」
「違う!あ、あたし、そんなこと!」
嫉妬と優越感の入り交じった影の言葉に、千枝は必死に否定する。は、聞いてはいけない話を聞いているような気がした。
「ど、どうすりゃいいんだ?」
「千枝を守ろう」
「そうクマ!今は、とにかく、チエチャンを守るクマよ!」
「う、うん!」
たちは千枝を守ろうと駆け寄る。すると、それに気づいた千枝が慌ててこちらを振り返った。
「や……やだ、来ないで!見ないでぇ!!」
「里中、落ち着け!」
「違う……違う、こんなのあたしじゃない!」
「バ、バカ!それ以上、言うな!」
必死に影の言うことを否定する千枝に、陽介は制止の声をかける。なぜ陽介は千枝の言葉を遮ろうとしているのか。以前彼の身に起こったことと関係があるのだろう。しかし、何があったのかを知らないは、いまいち陽介のような焦りは感じられなかった。
「ふふ……そうだよねぇ。一人じゃ何もできないのは、本当はあたし……。人としても、女としても、本当は勝ててない。どうしようもない、あたし……。でもあたしは、あの雪子に頼られてるの……。ふふ、だから雪子はトモダチ……手放せない……雪子が大事……」
千枝の影は不気味に微笑みながらそう呟く。千枝の裏の顔を見ているような気分だ、とは思った。
「そんなっ……あたしは、ちゃんと、雪子を……」
「うふふ……今までどおり、見ないフリであたしを抑えつけるんだ?けど、ここでは違うよ。いずれ“その時”が来たら、残るのは……あたし。いいよね?あたしも、アンタなんだから!」
「黙れ!!アンタなんか……」
「だめだ、里中!!」
陽介の制止の言葉は、もはや千枝の耳には入らなかった。影を拒絶するように、千枝は叫ぶ。
「アンタなんか、あたしじゃない!!」
その瞬間、影から黒いオーラのようなものが一気に溢れ出てきた。まるで、自分に自分を否定されて怒り出したかのように。
「うふふ、うふ、ふ、きゃーっはっはっは!!」
「うぁっ!」
「里中!!」
「千枝ちゃん!」
千枝の影は高笑いをする。その瞬間、影の放つ黒い霧のようなものが爆発したように一気に広がった。同時に、千枝はそれに吹き飛ばされたかのように倒れる。は千枝に駆け寄り、様子をうかがう。反応がない。気絶しているようだ。
黒い霧が薄れると、そこには姿を変えた千枝の影がいた。シャドウだ。
「我は影……真なる我……」
「く、来るクマ!二人の力で、チエチャン救うクマよ!」
「ああ」
クマの言葉には頷く。二人は千枝を庇うように前に出た。すると、千枝のシャドウはこちらを睨み付けてきた。
「なにアンタら?ホンモノさんを庇い立てする気?だったら、痛い目見てもらっちゃうよ!」
「うるせえ!大人しくしやがれ!里中……ちっとの辛抱だからな……」
「さぁて……そんな簡単に行くかしら!!?」
シャドウの持つ鞭がを襲う。はそれを避け、ペルソナを召喚した。
「イザナギ、ジオ!」
イザナギの落とした雷は千枝のシャドウに直撃する。しかし、大したダメージにはなっていないようだった。今度は俺が、と陽介が入れ替わるようにペルソナを召喚する。
「ジライヤ、ガル!」
陽介のペルソナ、ジライヤが強風を生み出し、シャドウに切りかかる。すると、シャドウは呻き声をあげ、体勢を崩した。弱点をついたのだ。
陽介はもう一度、ガル!と叫ぶ。強風は再びシャドウを襲った。だいぶ効いているらしい。よっしゃ、と陽介が言っていると、体勢を建て直しながら、シャドウは高らかに笑った。
「キャハハ、ダサ、目がマジじゃん!けど……まだまだこっからだよ!!」
シャドウの身体が光に包まれる。どうやらシャドウが何かをしたらしい。は眉を寄せる。
「……エンジェル、ガル!」
そして、先程とは別のペルソナを召喚し、風を巻き起こして攻撃してみた。すると、先程とは違い、シャドウは余裕の笑みを浮かべたままだった。ダメージは受けているようだが、ほとんど効いていない。
「今ので疾風体勢がついたクマね……厄介クマ……」
「くそ、めんどくせーな」
陽介は両手に持っていたモンキーレンチでシャドウに切りかかる。ダメージは大きくないが、疾風属性以外にペルソナの攻撃手段のない陽介にはそうするしかなかった。も再びペルソナを替え、疾風属性以外の攻撃を重ねていく。
「うふふ……」
「……!?」
今まで鞭を振り回していたシャドウが、急に攻撃をやめてきた。陽介をじっと見つめて怪しげな笑みを浮かべる。まるで何か企んでいるようなその笑みに、は嫌な予感がして、陽介に指示を出した。
「陽介、防御体制に入れ」
「わ、わかった!」
陽介は腕を前に出し、攻撃に備えて構えた。
「跪け!」
千枝のシャドウがそう叫ぶと、二人の頭上から雷が落ちた。そして、二人に直撃する。しかし、構えていた二人は大したダメージを受けずにすんだ。はほっと息を吐いた。
「さっきのはヨースケの弱点を見てたみたいクマね……防御しておいて正解だったクマ」
「ホント、防御してなかったら今頃どうなっていたことか……サンキュ、」
「ああ」
シャドウを包んでいた光が消えた。どうやら、疾風耐性効果が切れたらしい。再び耐性効果の技を使ってこないところを見ると、技を使う力が底をついたのだろう。シャドウ本体もだいぶふらついてきている。
あと少しだ。たちはシャドウの攻撃を避けつつ、ひたすら風を巻き起こして攻めていった。
「……これで終わりだ!」
陽介がとどめに思いきり風を起こす。それに直撃した千枝のシャドウは、断末魔を発しながら倒れ、千枝と同じ姿に戻った。
2011.05.28