midnight call

第5話

『こんばんは~!』
「っ!?」

 時計の針が0時を示す。するとその瞬間急にテレビがついた。この間のようにぼんやりとではない、むしろ、普通のテレビのように鮮明に映っている。テレビに映ってるのは、赤いドレスを身にまとい、マイクを持った……雪子。

『えっとぉ、今日は私、天城雪子がナンパ、逆ナンに挑戦してみたいと思いまぁす!題して~、ヤラセなし!突撃逆ナン!雪子姫の白馬の王子様探しー!もう超本気ぃ!見えないとこまで勝負仕様、はぁと、みたいなね。もう私用のホストクラブをぶっ建てるぐらいの意気込みでー。じゃあ、行ってきまーす!』

 雪子は奥へと駆けていく。奥には不気味な城。と、ここで映像が途切れた。

「な、何これ……っ」

 その映像を見て、は呆然とした。
 あの雪子が、あんな姿で、あんな言動をとるなんて。
 普段の彼女はとても知的で大人しい性格だ。それなのに、何なのだ、今のは。まるでグラビアアイドルが深夜のバラエティー番組のナレーションをしているかのようだった。
 そうしていると、携帯電話の着信音が部屋に鳴り響いた。手にとって相手を確認する。……千枝だ。は慌てて通話ボタンを押した。

「も、もしもし!」
『もしもしちゃん!?テレビ見た!?』

 電話をかけてきた千枝も相当焦っている。無理もない、普段は大人しい親友が、今まで見たこともない様子でマヨナカテレビに映っていたのだから。

「見た……雪子ちゃんだったよね……何なのこれ……!?」
『分かんない……さっき花村から電話がかかったけど、明日朝イチでジュネスに集合って……』
「わ、わかった……雪子ちゃん、無事だといいけど……」
『うん……じゃあ、また明日』
「うん、ばいばい……」

 は携帯電話を閉じる。千枝はすごく不安げで、今にも泣き出しそうな様子だった。も不安で胸がいっぱいになる。
 今は雪子の無事を願うしかない。そう思いながら、は無理矢理眠りについた。



 翌日、はすぐに目が覚めた。雪子のことが不安であまり眠れなかったのだ。
 そんな気持ちでジュネスのフードコートに着くと、そこには千枝のみがいた。あとの二人はまだ来ていないのだろうか。は周りを見渡してから、千枝に近づいて声をかけた。

「千枝ちゃんおはよう」
「あ、ちゃん!おはよー」
「花村くんたちは?」
「さあ……。もういるってメール来てたんだけど……」

 おかしいな、と千枝はメール画面を見つめて首をかしげる。二人はどこに行っているのだろうか。

「とりあえず先に雪子ちゃんと連絡とっておこうか」
「そうだね」

 千枝は頷いて、雪子の携帯へ電話をかけた。しかし、いつまで経っても雪子は出ない。もう一度かけ直してみるが、やはり出なかった。旅館にかけても結果は同じ。
 ……嫌な予感しかしない。二人は急いで雪子の家へ向かった。
 旅館に辿り着くと、忙しなく動いている仲居たちを見つけた。

「すみません、雪子いますかっ!?」
「それが、昨日の夜から突然いなくなっちゃって……」
「……!!」

 嫌な予感は、的中してしまった。と千枝は顔を見合わせる。

「ど、どうしよう……っ」
「と、とりあえず花村くんに電話!」

 千枝は陽介に電話をかける。しかし、陽介も何度かけても電話に出ることはなかった。に電話してみればとも言ったが、千枝もの電話番号は知らないらしい。どうしたものか。

「もー、こんなときに何してんの……?」
「ちょっと探してみようか」

 彼らがいなければどうにもならない。二人は彼らを捜し回ることにした。
 ジュネス内、学校付近、商店街……いそうなところは一通り回ったが、見つからない。この町はそんなに広くはないが、さすがに町中を隅々まで探し回るのは困難だ。どうしたものか。
 フードコートで唸っていると、一人の主婦が近寄ってきた。

「あら、もしかしてさっきまでここにいた男の子二人を探してるの?あの子達なら警察に連れられて行ったわよ」
「えっ!?」

 たちは驚いて顔を見合わせる。警察に?なぜ?しかし、恐らくそれはと陽介のことだろう。それに、警察署の他にいそうなところも思い付かない。

「……行ってみようか」
「うん」

 たちは主婦に礼を言い、警察署に向かうことにした。



「あ、いた!」

 たちが警察署に行くと、案の定と陽介はそこにいた。それにしても、なぜ警察なんかに連行されていたのか。
 千枝の声に気づいた二人は振り返り、駆け寄ってきた。

「ちょっと、なにやってんの!?すっごい、捜したんだからっ!」
「や、ま、ちっと誤解されてさ……後で話すって。それより、天城だよ!」
「えっ!?」

 天城。彼女の名前にたちは驚いた。今彼女の名前が出るとしたら、理由は一つのみ。

「もう知ってんの!?携帯、何度かけても連絡つかなくて……。家行ってみたら、雪子、ホントに居なくなっちゃってて……!」
「やっぱり、向こうに行ってみるしかないか……」
「それより、警察が妙な事言ってる。天城が“都合悪い事があって隠れてる”とか……。天城のお袋さん、山野アナにイビられて倒れたらしい。動機があって、しかもモメた直後に山野アナ死んだから……」

 それはつまり、雪子が疑われている、ということだろう。そんなことがあるものか。千枝は怒鳴った。

「なによソレ!?雪子が犯人って流れ!?んなワケないじゃんッ!!」
「俺にキレんなよ、分かってるっつの!ちっくしょ……ヤバい目に遭ってんの、天城のほうだってのに……」

 二人ともだいぶ動揺しているようだ。もそんな二人の様子に、どうすればいいのかとおろおろする。そんな中、一人落ち着いていたが声をかけた。

「落ち着け。とにかく助けよう」
「だ、だよね!とにかく、それからだって!」
「警察こんなじゃ、やっぱ俺らが行くしかないだろ」
「ああ」
「あたしも行く!」

 千枝の言葉に三人は驚いた。千枝は必死に声をあげる。

「行くからね!絶対、雪子助けるんだから!」
「わ、私も……!」

 特別な能力もないのに、千枝は雪子を助けに行こうとしている。それならば自分だけ待っていることなんてしたくない。自分も彼女を助けたい。そう思い、も千枝に便乗した。陽介は不安げな表情を浮かべる。

「大丈夫か、お前ら……?けど、まいったな、丸腰なんだよ……また何か武器んなりそうなモン見つけないと……」
「武器……?あたし、知ってるよ!」
「え?」
「とにかく、一緒に来て!」

 のんびりしている暇はない。そう言った千枝を先頭に、四人は駆け出した。



「ほら、ココ!」

 武器がある。そう言った千枝の案内で辿り着いたところは、異様な店だった。刀、鎧、兜……まるで、RPGの武器屋、もしくは時代劇の鍛冶屋のような。こんな町にこんな場所があったのか。たちはその異様な光景を眺め回した。

「な……何屋?」
「一応……工房?金属製の色んな……刀とか売ってんの」
「おかしいだろ!なんで知ってんだ、こんな店?あ、分かった……お前、カンフー映画の見過ぎで……」
「違うっての!男子が言ってたの!武器とか鎧とか売ってるって」

 それならばその男子はどうしてこんな店を知っていたのか。そもそもなぜこんな店が現代にあるのだろう。そう疑問に思うの隣で、千枝は傍にあった鎧を見た。

「ほら、これとか強そう。けど、重いかな……」
「なあ里中……やっぱ、危ねえって。気持ちは分かるけど……」
「分かってない!!分かってないよ……雪子、死んじゃうかも知れないんだよ……?あたし、絶対行くから!!」
「千枝ちゃん……」

 千枝は本気で雪子を助けたいと思っている。にもしっかりとそれが伝わってきた。彼女たちの絆はそれほど深いのだろう。も小さくため息をつき、頷いた。

「……仕方ない。でも俺たちの後ろにいてくれよ」
「なーに、大丈夫だって!運動神経だったら、負っけないんだから!」
「あのさ……真面目に言ってんだ」

 陽介はため息混じりに、しかし真剣な眼差しで千枝にそう言う。

「“向こう”の事、色々分かんないだろ!忠告聞けないなら、来ないで待ってろ!……行く気なら、体守れる防具とかだけ、ここで用意してくれ」
「分かったよ……」
も防具だけでいいから」
「うん……」

 千枝はしぶしぶ頷く。も同意した。普段身体を鍛えている千枝でも危険ならば、何もしていない自分はもっと危険なのだろう。それならば足手まといにならないようにきっちりと防具を揃えるべきだ。は防具選びに移った。
 防具は、がっちりとした鎧もあれば服のようなものまで様々だった。防具なんてものは普通に過ごしていればまず買うことはないし、は普段ゲームをプレイしているわけでもない。どれを選んだものか。
 悩みに悩んでしばらく目移りしていると、先に買い物をすませた千枝がやって来た。

ちゃん決めた?」
「ま、まだ……」
ちゃんは普段体鍛えてないよね?あんまり重い防具着ると疲れちゃうから、ちょっと頼りなくても軽いのにした方がいいかな。あ、これなんてどう?そんなに高くないし」

 千枝が手に取った防具を受けとる。ずっしりとした重みは感じられない。確かに他のと比べると軽くて動きやすそうだ。

「防御力はちょっと劣っちゃうかもだけど、任せて!あたしが守ってあげるから!」
「うん、ありがとう!これにするね」
「うん!」

 は言われた通りにその防具を購入した。これでひとまずは自分の身を守ることができるだろう。

「こっちは、もう買ったよ!そっちは?」
「買った」

 千枝がと陽介に呼びかけると、彼らもちょうど会計をすませたところだった。陽介は防具の入った袋を見つめる。

「つか……俺らここで武装しちゃったらまた警察連れてかれるよな?かと言って、ジュネスん中、こんな物騒なモン提げて歩けないし……」
「制服着ちゃえば良くない?上から。結構分かんないと思うよ」

 たちの買った防具は、四人の所持金の問題もあってがっちりとしたものではない。制服の下でもほとんど違和感なく着られるだろう。陽介も納得した。

「しょうがない、それでいこう……。んじゃさ、一旦解散して準備しようぜ。夕方のセール終わんないと店も混んでるし、警察いたら、四人一緒じゃ目立つだろ」
「じゃあ後で、ジュネスのフードコートに集合ね!」

 そう言って、たちは一旦解散し、準備するために自宅へ戻ることにした。
 家に帰ったは、自室で先程購入した防具を取り出す。安くて軽いものだが、意外としっかりとした作りになっている。
 こんな世の中で、武装をするために本物の鎧を身に付けるとは誰が思っただろう。はため息をつき、支度を始めた。



 夕方の集合時間になり、は防具の上に制服を着た状態でもう一度フードコートへ向かう。まだ誰もいなかったが、すぐにと同じように制服を身にまとった三人がやってきた。休日のため、周りに制服を着ている者はほとんどいない。合流すると陽介は苦笑いを浮かべた。

「制服、日曜だから、ちょっと目立つな」
「そうだな」
「もうじきタイムセール終わるから、人も少なくなるはずだ。……そろそろ行くか」

 陽介の号令にたちは頷いた。陽介はと千枝を見る。やはり、ペルソナの能力を持っていない二人が気がかりなのだろう。

「里中、、やっぱりお前ら……」
「行くからね!」
「絶対、無理すんなよ!?」
「うんっ」

 止めるのは無理だと判断した陽介は二人にそう言う。足手まといにはなりたくない。彼らの後ろをついていくだけにしよう。そう決心しては頷いた。



 ジュネスの家電売り場、いつものテレビの液晶画面から四人は中へ入っていった。以前入ってしまったときと同じように、そこには辺り一面に濃い霧が広がっている。視界が悪い。
 この間もこの深い霧の中で戦っていたのだろうか。そう思いながらと陽介を見ると、彼らはなぜか眼鏡をかけ始めた。二人とも視力が悪いのだろうか。いや、今まで眼鏡をかけていたところは一度も見かけていない。は首をかしげる。
 以前出会ったクマを探すと、クマは広場の隅にいた。たちに背を向け、頭をかかえている。何か悩みごとだろうか。

「わ、ホントにあん時のクマ……」
「何やってんだ、お前?」
「見て分からんクマ?」

 陽介が声をかけると、クマは背を向けた状態のまま口を開いた。その声には、多少苛立ちの色が見える。

「色々、考え事してるクマ。それでクマはこんなにクマってるのに……。あ、ダジャレ言っちゃった。うぷぷ……」
「……」

 場の空気が冷える。悩みながらもダジャレが出るクマに、器用だなとは苦笑いをした。

「……で、何か分かったのか?ま、考えても無駄かもな。お前、中カラッポで脳ミソもねえだろうし」
「シッケイな!……けど、確かに、いくら考えてもなーんも、ワカラヘンがねっ!」
「ウッサイよアンタら!下らない事言ってる場合!?」

 彼らのやり取りに苛立った千枝は、そう叱咤した。そして、本題へと移る。

「それよか、昨日ここに誰か来たでしょ?」
「なんと!クマより鼻が利く子がいるクマ!?お名前、何クマ?」
「お、お名前?……千枝だけど」
「そっちのオンナノコは?」
「わ、私は……」

 唐突に名前を聞かれ、千枝は戸惑いながら名乗る。ついでにも聞かれ、自分も聞かれるとは思っていなかったも戸惑いつつ答えた。

「それはいいから、その“誰か”の事教えてよ!」

 千枝が急かすようにそう言うと、クマは不安げな表情を浮かべて話を始めた。

「確かに昨日……キミらとお話したちょっと後くらいから、誰か居る感じがしてるクマ」
「天城なのか!?」
「クマは見てないから分からないけど……。気配は、向こうの方からするクマ。多分あっちクマ」

 そう言ってクマはある方向を指差す。霧がひどくて先は見えない。には道があることすらわからなかった。

「あっちね……。みんな、準備はいい?」
「お、おう!」

 千枝が号令をかけて返事も待たずに駆け出した。一刻も早く雪子を助けたいのだ。みんなも慌てて千枝の後を追いかけていった。


2011.05.11