midnight call

第4話

 翌朝、登校して教室に入ると、既にと陽介が来ていた。早いなと思いながらは席に行き、鞄を机に置く。傍に寄ってわかったが、彼らはマヨナカテレビの話をしているようだった。

「あ、……はよ」
「おはよう」
「あ……おはよ……」

 二人に声をかけることを躊躇っていたが、鞄の音に気付いた二人が振り返り、に挨拶をした。は少しの間だけ目を合わせ、ぎこちなく笑って挨拶を返す。昔から誰かと、特に男子と目を合わせるのは苦手なのだ。

「その……昨日はごめんな」
「え?」
「心配、かけちまっただろ?」

 不意に陽介は手を頭に当てて申し訳なさそうにそう言った。もしかして今のの反応で怒っていると思われてしまったのだろうか。は慌てて首を振った。

「う、ううん、気にしないでっ」
「そ、そっか……?」
「うんっ」

 しかし彼はどこか納得できないようだった。本当に怒っていないのにどうしようか。そう困っていると、教室の扉が勢いよく開いた音がした。

「さ、里中!」

 教室に入ってきたのは千枝だった。千枝はどこか必死な顔で三人の元へ駈けてくる。陽介はまた罰の悪そうな表情を浮かべた。千枝が昨日泣いていたため、余計に。

「その……き、昨日は……わりぃ、心配さして……」
「そんな事より、雪子、まだ来てない?」

 しかしそんなことは今の千枝にはどうでもいいようで、彼女はそう訊ねた。どうしたのだろうかと三人は怪訝な顔をする。は教室を見回した。雪子はまだ来ていない。

「え、あ、天城?さぁ……まだ見てないけど」
「ウソ……どうしよう……。ねえ……あれってやっぱホントなの?その……マヨナカテレビに映った人は“向こう側”と関係してるってヤツ」
「ああ、今ちょうどその話しててさ、後で確かめに行こうかって……」
「昨日、映ってたの……雪子だと思う」
「えっ」

 は目を見開く。昨日映っていた人は雪子だったのか。確かに、微かに見えた人の雰囲気は彼女に似ていたが……。
 千枝は暗い顔をしている。親しい友達がテレビに映ってしまったかもしれないのだ。もしかしたら死んでしまうかもしれないというのに、不安にならないはずがない。

「あの着物、旅館でよく着てるのと似てるし、この前、インタビュー受けたときも着てた。心配だったから夜中にメールしたんだけど返事こなくて……でも、夕方頃にかけた時は、今日は学校来るって言ってたから……あ、あたし……」
「分かったから、落ち着けって。で、メールの返事はまだ無いのか?」
「うん……」

 陽介が宥めるが、千枝は今にも泣きそうだ。も雪子が心配でたまらなかった。そんな中、はふと気が付いたように口を開く。

「……あの中にいたクマが、最近誰かがあの中に人を放り込んでるって言ってた」
「え……?」

 彼の言葉に三人は反応した。誰かが人を放り込んでいる……?そう思って、は思い出した。そういえば、あのときあのぬいぐるみが同じようなことを言っていたかもしれない。それに、陽介も昨日そのことについて仮説を立てていた。
 は冷静な口調で話を続ける。

「中に入った人は、クマに出してもらわない限り、決して外に出ることはできない。山野アナも小西先輩も、たぶんあそこに入れられて死んだんだ」
「それ……どういう事?まさか雪子……あそこに入れられたって事!?」
「分かんねーけど、そういう事なら、とにかく天城の無事を確かめんのが先だろ。里中、天城に電話!」

 陽介に促されて千枝は慌てて雪子に電話をかけた。しかし、携帯電話を耳に当てたまま彼女は喋らない。雪子が電話に出ないのだ。彼女の不安の色はみるみる濃くなっていった。

「どうしよ……留守電になってる……で、出ないよ……」
「マジかよ……じゃあまさか、天城はあの中に……?」
「や、やめてよ!きっと、他に何か、用事とか……。あ、旅館の方で手伝いしてるかも……そしたらケータイ出れないと思うし……」
「手伝いって……学校休んでか?」
「と、とにかく、かけてみる。えっと……天城屋旅館は……」

 千枝は陽介の言葉を必死で否定する。震える手で再びボタンを押し、携帯電話を耳に当てた。

「雪子……お願い……」

 祈るように眉間に皺を寄せた。も固く目を瞑る。どうか、電話に出ますよう……。
教室が騒がしいのにも関わらず、携帯電話から洩れる呼び出し音はやけにはっきりと聞こえる。しばらく緊張状態が続き……。

「あ、雪子!?よかった~、いたよ~!」
「!」

 突然呼び出し音が消え、代わりに人の声が聞こえた。それと同時に千枝は明るく安心した顔をする。雪子だ。よかった、無事だった。もほっと胸を撫で下ろした。

「うん……うん、そっか……あ、ううん、なんでもないっす。また後でメールするから……」

 少し会話をしたあと、千枝は電話を切った。そして、大きく溜息を吐く。

「よかった、雪子、いたよ~。急に団体さんが入って、手伝わなきゃいけなくなったって。あ~そう言や今までも、年に1回くらいは、こゆ事あったっけね~。明日もずっと旅館のほうにいるって」
「そっか、よかった……」
「うん!……って、花村~!要らない心配しちゃったじゃん!てか、全然無事じゃん!“まさか、天城はあの中に……?”とかってさ!まったく……」
「わ、悪かったって……けど俺らも、そう思いたくなる訳があんだよ」

 怒った千枝に陽介は申し訳なさそうに言った。そう思いたくなる訳。テレビの向こうで何かあったのだろうか。千枝もその言葉が気になり、どんな?と怒りを静めて首を傾げた。は説明を始める。

「俺たちは“マヨナカテレビ”に映るのは“向こう側”に居る人だと思ってたんだ」
「ああ……だってそうだろ、テレビの中に居るからテレビに映っちまう……いかにもありそうじゃん?」
「だけど、実際天城は向こうには行っていない、か……」
「どういう事か、確かめた方がいいかもな。よし、放課後ジュネスで待ち合わせようぜ。俺、準備して先行ってるな」
「うん、わかった」

 向こうに行って確認してみれば、何かがわかるかもしれない。三人は頷いた。
 そして放課後になると陽介は真っ先に駆け出していき、あとからたちもジュネスへと向かった。



 たちは陽介を追うようにジュネスの家電売り場に着き、彼と合流した。は千枝と共に、昨日起きたことを改めて詳しく説明してもらう。
 昨日テレビの中に入った二人は、クマと共に、この町にある商店街とまったく同じ空間にたどり着いたらしい。そして、不可解な死に方をした小西早紀の店にたどり着いた。
 店の中に入ろうとすると、奇妙な姿をした化け物、シャドウが現れ、たちを襲った。しかし、のもとに突如生まれたペルソナという不思議な力によって、そのシャドウという化け物を倒した。店の中に入ると小西早紀や彼女の父親らの声が聞こえ、そして、陽介の姿をしたシャドウが出たらしい。
 そこまで来たところで、陽介は慌てての話を遮った。

「ま、まあまあ、俺のイタい体験とか、その辺はいいから、な?」
 何があったのかは知らないが、彼の姿をしたシャドウとの間で何か思い出したくないことがあったのだろう。は少し気になったが、言いたくないのなら無理に聞いてはいけないと思い、その話は頭のすみに押しやることにした。

「そんな話……普通、絶対信じないよね。実際にあの中、見てなかったら」
「まったくだぜ。で、とにかく中の様子を知りたい訳なんだけど……」

 そう言って、陽介は辺りを見渡した。家電売り場にはたくさんの人。この人だかりの中ではとてもテレビに入るなんて非常識なことはできない。陽介はため息をついた。

「ハァ……なんで今日に限って客がこんなに……そういや今、家電はセール中だっけか……」
「なんとかクマくんの話、聞けないかな……」
「そだ、ちょっと来てみ」
「うん?」

 何かを思い付いたらしい陽介に呼ばれたは首をかしげ、言われたまま一緒にテレビに近づいていった。何をするつもりなのだろうか。陽介は説明する。

「なあ、手だけ突っ込んで呼んでみねえ?どうせクマ、入り口でウロウロしてんだろ」
「なるほど」

 そうか、とも納得した。広場にクマがいるのなら、伸びてきた手に反応するだろう。それに手を突っ込むだけなら、見えないように隠すこともできる。

「里中、お前はこっちね。俺と一緒にカベやって」
「カベ?」
「バレたらやばいだろ。はこっち」
「うん」

 三人で不自然にならないようにを囲む。は陽介と顔を見合わせ、テレビに手を突っ込んでクマを呼んだ。

「クマー……いっ!」

 しかし、不意に顔を歪めると、は慌てて腕を引っ込めた。

「ど、どうした!?」
「しーっ!バカ、声でかいって!」
「え、歯型!?大丈夫!?」

 慌てて引っ込めたの手には、くっきりとした大きな歯型。おそらくクマが噛みついたのだろう。の言葉に本人は大丈夫と答えたが、どう考えても痛そうだ。は顔を歪める。

「よかった~。もー、クマの仕業だな……?おい、クマきち!そこに居んでしょ!」
『なになに?コレ、なんの遊び?』

 千枝がテレビに向かって呼びかけると、テレビの画面に波紋が広がり、中からクマののんきな声が聞こえてきた。それに陽介は突っ込みを入れる。

「遊びじゃねっつの!今、中に誰かの気配はあるのか?」
『誰かって誰?クマは今日も一人で寂しん坊だけど?むしろ、寂しんボーイだけど?』
「うっさい!」
「寂しんボーイ……?」

 が首をかしげてそう呟くと、気にしなくていいから、と横から陽介が呆れた声で言ってきた。はそれに素直に従うことにした。

「けど、誰もいない……?ホントに?」
『ウ、ウソなんてつかないクマ!クマの鼻は今日もビンビン物語クマ』
「……」
「……何それ……」
「さあ……」

 やはりクマの独特の言い回しが気になったは、再び疑問を呟いた。は苦笑して肩を上げる。
 そんなやりとりをしていたら、画面に浮かんでいた波紋が消えた。クマが離れたのだろう。礼を言い忘れたと思い、は心の中でクマに礼を言っておいた。
 それにしても、誰もいない?確かにテレビには誰かが映っていた。それなのに、なぜ?マヨナカテレビに映った者が中に入れられてしまうという推測は間違いだったのだろうか。は納得がいかず、眉を潜めた。

「あたし、やっぱり雪子に気をつけるように言ってくる。土日は旅館が忙しいだろうから一人で出歩いたりしないと思うけど……」

 千枝も納得いかないらしく、不安げにそう言った。もそのほうがいいと頷く。雪子がテレビの中に落とされないという保証はないのだ。今は無事でも、これから落とされてしまうかもしれない。たちも同意した。

「そうだな……月曜、一緒に来るんだろ?」
「うん、家まで迎えに行く」
「もしかしたら、今夜の“マヨナカテレビ”でまた何か分かるかもしれない。全部、勘違いならいいんだけどな……」
「ああ……」

 陽介も物憂げにそう言った。そして、携帯電話を取り出し、を見る。

、今日、見たら電話するわ。携帯の番号、教えてくれ」
「分かった」

 も携帯電話を手に持ち、互いに番号を教え合った。その様子を見て、千枝も携帯電話を取り出す。

ちゃん、あたしたちも番号交換しよ。何かあったときのために」
「あ、うん」

 そう言われ、も千枝と番号を教え合う。陽介たちにも番号を伝えたほうがいいのだろうか。そう思ったが、千枝と陽介が互いに番号を知っているようなので、千枝から情報が流れるだろうと思い、何も聞かないことにした。

「じゃあ、今夜見るの忘れんなよ」
「うん」
「わかった」

 テレビに映ったのは本当に雪子だったのだろうか。それとも、また違う人なのか。今日はしっかり確認したほうがいい。はそう思った。



 たちは帰宅をし、落ち着かない気持ちで深夜を迎えた。
 そろそろ0時だ。
 は寝る支度をすませて、自室のベッドに座りながら電源を切ったテレビを見つめ、マヨナカテレビが映るのを待った。

『こんばんは~!』
「っ!?」

 そして、それに映った姿を見て、は絶望することとなった。


2011.05.05