midnight call

第3話

 登校途中、いつものようには通学路を歩いていると、どこかからサイレンの音が聞こえてきた。また何かあったのだろうか。何だか胸騒ぎがした。
 午後になり、体育館では全校生徒ががやがやと騒いでいる。今日は緊急の全校集会があるらしい。はまた千枝に誘われ、彼女らの傍に並んだ。

「雪子、午後から来るって言ってたのに……」

 千枝は携帯を開閉して画面を確認した。どうやらメールは来ていないようだ。
 雪子は朝から一度も姿を見せない。旅館の手伝いが忙しいのだろうか。昨日ニュースで公言されてしまっては、色々な人々が興味半分で来ていてもおかしくはない。大変そうだとは眉をひそめた。
 千枝は溜息を吐き、たちの方を向いた。

「何だろ、急に全校集会なんて。……って、あれ、花村どしたの?」
「ん?いや、別に……」

 そう生返事をする彼は、どこか暗い顔をしている。まだ昨日の疲れが取れていないのだろうか。は密かに彼を心配した。

「えー、みなさん静かに。これから全校集会を始めます」

 そうしているうちに、全校集会が始まった。教師が開始の言葉を告げ、校長に代わる。校長は、心なしか悲しげな表情で、重い口を開いた。

「今日は皆さんに……悲しいお知らせがあります。3年3組の小西早紀さんが……亡くなりました」

 周りは一瞬、しんと静まり返った。
 亡くなった。その言葉にたちは驚き、顔を見合わせる。

「な、亡くなった……!?」
「うそ……」

 ちらりと陽介を見ると、彼は辛そうに俯いていた。もしかしたらこのことを先程から知っていたのだろうか。以前彼と小西早紀が一緒にいるところを何度か目撃したことがある。仲が良かったのだろう。は彼から目を逸らして俯いた。



「超ビビったよねー。死体、山野アナんときと同じだったんでしょ?」

 体育館から教室へ戻る途中、女子生徒の噂話が聞こえて、、千枝の三人はその場に立ち止まった。その女子生徒達は他人事のように会話している。

「前はアンテナだったのが、今回は電柱らしいじゃん。連続殺人って事だよね、これって……」

 死因は正体不明の毒物らしいと言った生徒に、それはドラマの見すぎだともう一人は苦笑した。
 あまりにも不謹慎なその態度には眉をひそめる。しかしその二人の会話の中で、“例の夜中のテレビ”という言葉が聞こえ、首を傾げた。

「ったく、他人事で好き勝手言ってるよ……」
「夜中のテレビ……?」
「え?あ、そっか、ちゃんは一昨日ジュネス行かなかったか。“マヨナカテレビ”って言って、雨の夜の午前0時に消えてるテレビを一人で見ると画面に別の人間が映るの。それが運命の相手らしいんだけど……」
「……迷信?」
「いや、映った」
「でもあたしら三人試したけど、みんな同じ人だったんだよねー……」

 昨日テレビの中に入るという奇妙な体験をしたこともあり、その信じがたい話も信じることができた。自分も試してみよう。ちょうど今日は雨だ、もしかしたら何かが映るかもしれない。
 そこへ暗い顔をした陽介がやってきた。

「なあ……お前ら、昨日、あの夜中のテレビ見たか?」

 陽介もその“マヨナカテレビ”の話題を出した。こんなときに先程の女子のような会話をする彼に、千枝は怒る。

「あのさ、花村まで、こんな時に何言ってんの!?」
「いーから聞けって!俺……どうしても気になって見たんだよ。映ってたの……あれ小西先輩だと思う」
「!」

 マヨナカテレビに映ったのは、死んだ小西早紀?
 を見た。はそのテレビを見ていなかったが、見ていたは思うところがあるのか、何かを考えているようだった。

「見間違いなんかじゃない……。先輩、なんか……苦しそうに、もがいてるみたいに見えた……。それで……そのまま画面から消えちまった」
「なによそれ……」

 陽介は顔を俯け、辛そうに静かに話を続ける。

「先輩の遺体……最初に死んだ山野アナと似たような状態だったって話だろ……?覚えてるか?“山野アナが運命の相手だ”とか、騒いでた奴いたよな?俺、思ったんだ。もしかするとさ……、山野アナも死ぬ前に、あのマヨナカテレビってのに、映ってたんじゃないのかなって……」
「どういう事……?それって……まさか……、あのテレビに映った人は、死んじゃう……とかって言いたいわけ……?」
「そこまでは言い切らないけどさ。ただ、偶然にしちゃ、なんていうか……ひっかかるっていうか……」

 陽介の話は筋が通っているように感じた。それは千枝もなのか、黙って彼の話を聞いている。

「それと、向こうで会った“クマ”が言ってたろ。“危ない”とか“霧が晴れる前に帰れ”とか……。確か、“誰かが人を放り込む”とも言ってた。それに、ポスター貼ってあったあの部屋……事件となんか関係ある感じだったろ。これって……なんかこう、繋がってないか?もしかしたら、先輩や山野アナが死んだのって“あの世界”と関係あるんじゃないのか!?なあ……俺の言ってる事……どう思う?」

 陽介はを見て、返事を促す。そしては、静かに頷いた。

「正しいと思う」
「……お前もそう思うか。もし繋がりあるなら、先輩と山野アナも、あの世界に入ったって事かも知れない。あっちで何かあったってんなら、あのポスターの部屋があった説明もつく。もしそうなら……先輩に関係する場所だって、探せばあるかも知れない」
「花村、あんたまさか……」
「ああ……俺、もう一度行こうと思う。……確かめたいんだ」

 千枝の言葉に陽介は首を縦に動かす。彼女は慌てて彼を説得しようとした。

「よ、よしなよ……。事件の事は、警察に任せた方がいいって……」
「警察とか、アテにしてていいのかよ!?山野アナの事件だって、進展なさそうじゃんか。第一、テレビに入れるなんて話、まともに取り合う訳ねーよ!」

 陽介は必死に怒鳴る。知り合いが、それも親しかった者が何ものかに殺されたのだ。犯人に憎しみを感じないわけがない。

「全部俺の見当違いなら、それでもいい……。ただ……先輩がなんで死ななきゃなんなかったか、自分でちゃんと知っときたいんだ……」
「花村……」
「こんだけ色んなもの見て、気付いちまって、なのに放っとくなんて、出来ねーよ……」

 彼はもう一度を見る。その目は強く、彼がどれほど本気で言っているのか、はしっかりと感じ取ることができた。しかし、あのわけのわからない場所に再び行くのは危険だ。

、悪ィ……けど頼むよ。準備して、ジュネスで待ってっからさ……」

 そう言ってそのまま陽介は駈けていった。たちは困惑した顔で彼を見送る。そしてしばらくして千枝が静かに口を開いた。

「気持ちは、分かんなくもないけど……。あんなとこ、また入ったら、無事に出られる保証無いじゃん……。どうする……?」
「……花村と一緒に行く」

 は少しの間考えていたが、しかし意を決したかのように答えた。それに二人は驚く。

「ま、まじで……?」
「あ、危ないよ……」
「花村はたぶん止めても行くよ。だったら一緒に行ったほうがいいだろ」
「そうだけど……」

 確かにあの様子だと行くことをやめないだろう。それならば一人にしてはおけない。だが、人数が増えたところで危険であることには変わりないのだ。

「とりあえず、ジュネスに行こう。花村、放っとけないよ……」

 一先ずは陽介を追い掛けるべきだ。そう思い、三人は彼のあとを追い掛けた。



「あ、いた!花村!」

 ジュネスの家電売り場に着いたたちは、テレビの前の花村を見つけた。そして一斉に駈け寄る。
 花村は腰に長いロープを巻き、ゴルフクラブを持ってそこに立っていた。たちに気付いた彼は、張り詰めた表情を少しだけ緩める。

「来てくれたのか……!」
「バカを止めに来たの!ねえ……マジやめなって。危ないよ」
「ああ……けど、一度は帰って来たろ?あん時と同じ場所から入れば、またあのクマに会えるかも知れない」
「そんなの、なんも保証無いじゃんよ!」
「けど他のヤツらみたいに、他人事って顔で盛り上がってらんない」
「そう、だけど……」

 千枝が必死で説得しようとするが、やはり陽介は止めようとしない。彼の気持ちも分かるため、千枝は言葉を濁らせて俯いた。

、お前はどうする?このまま、放っとけるのか?」
「放ってはおけないよ」
「そうだよな。うん……よかった。お前がそーゆーヤツでよかったよ」

 陽介はの返事に微笑む。しかしやはりは心配で、二人に声をかけた。

「でも向こうでは何が起こるか分からないよ、危険だよ」
「ああ、だから俺とだけでいい」
「けど……」
「心配すんなって、ちゃんと考えはあるんだ。里中たちは、コレ頼む」

 そう言って陽介は腰に巻いたロープの長い先の部分を差し出してきた。

「え?なにそれ……ロープ?」
「俺ら、これ巻いたまま中入るから、お前ら、端っこ持って、ここで待っててくれ」

 彼はそのロープを千枝に持たせた。千枝は受け取り、戸惑う。

「な、なにそれ、命綱って事?ちょ、ちょっと待ってよ……」
。お前には、これ……渡しとく」

 には手に持っていたゴルフクラブを渡した。護身用、ということだろう。

「無いよりいいかなと思ってさ。よし……じゃあ、行こうぜ。ぐずぐずしててもしょうがないからな。里中、ロープ放すなよ!」
「ちょ、ちょっと待ってってば!」

 千枝の制止も虚しく、二人はテレビに入っていってしまった。残されたたちはしばらくテレビを見つめ、それから心配の色を見せた顔を合わせる。

「行っちゃったね……」
「……これ……大丈夫なのかな……?」

 千枝は試しにロープを引っ張ってみた。するとすぽっと抜けてしまう。その先は途中で切れてしまっていた。
 千枝はその場にへたりと座り込んで俯いた。

「ほらぁ、やっぱ、無理じゃん……。もう、どうしよう……」
「き、きっと大丈夫だよ。二人を信じて待ってよ?」
「……うん……」

 そう励ましたものの、二人が助かる保証なんてどこにもない。むしろ、陽介の説が本当であるならば助からない可能性のほうが高いのだ。
 二人が無事でありますよう。はそう祈るしかなかった。



 どれほど長くその場に座っていただろうか。
 幸い今日は特に客が少ないようで、たちがテレビの前に座っていても不審に思われるどころか人が通りもしない。
 二人は先程から一言も言葉を発していない。ただひたすら彼らの帰りを待つだけだった。
 しかしそんな中、不意にドサッと目の前で音がした。まさか。は下げていた顔を上げた。

「あ……」

 そこには、尻餅をついたと陽介がいた。
 隣から小さな呻き声が聞こえ振り向くと、千枝は涙を流していた。安心のあまり溢れてしまったのだろう。彼女を見ても涙が込み上げてきた。それをぐっと堪える。

「か……帰っでぎだぁ……!!」
「あ、里中?うっわ、どしたんだよ、その顔?」

 千枝の声に陽介は気付き、彼女の顔を見て驚いた。まさか泣いているとは思わなかったのだろう。そして彼女はは立ち上がり……、陽介にロープを投げ付けた。

「あがっ!」
「どうした、じゃないよ!ほんっとバカ!最悪!!もう信じらんない!アンタら、サイッテー!」

 そう怒鳴り散らしたが、枷が外れたように千枝はわっと泣きだした。

「ロープ、切れちゃうし……どうしていいか、分かんないし……。心配……したんだから。すっげー、心配したんだからね!あー、もう、腹立つ!」
「あっ」

 そのまま千枝は走り去ってしまった。残されたはどうしたらいいか戸惑ったが、しかし今にも泣きだしそうなこの顔をあまり見られたくない。再び下を向いて短く別れを告げ、千枝を追い掛けるようにもその場を去った。



 は今日もニュースを見た。
 やはりあの二つの事件は連続殺人の可能性が高いようだ。引っ掛かっているなんて、事故のはずがない。
 そう思っていると、山野真由美が泊まっていたという天城屋旅館の紹介が始まった。そして、雪子の姿が映る。
 確か、雪子は今女将の代役をしていると千枝に聞いた。その着物姿は様になっていて、とても綺麗だ。
 現場に行くのだから、事件の調査をするのだろう。そう思っていたのだが、そのリポーターは何故か雪子に関することばかり質問していた。そのセクハラとも言える言葉の数々に雪子は戸惑っている。は顔をしかめ、耐え切れずにチャンネルを変えた。これ以上見ていても何もないだろう。
 そして午前0時前になると、一人自室のテレビに向かった。雨の日の真夜中に映るというそれ。陽介の推理が真実ならば、もしかしたら次の被害者が映ってしまうかもしれない。できれば映ってほしくない。これ以上殺人が続かないことを願った。
 携帯で時間を確認する。そろそろ0時だ。は息を呑んで、真っ暗なテレビを見つめた。
 するとどうだろうか、真っ暗だったはずのテレビが明るくなり、ぼんやりとした映像が現れた。それを茫然と見つめる。彼らを疑っていたわけではなかったが、やはり驚くしかなかったのだ。
 テレビには、千枝たちの言う通り、人影が映っている。はその姿をよく見ようと顔を近付けた。その映像はとても荒くてほとんど見えなかったが、女性のように感じた。
 もっとよく見えないのだろうか。そう思いしばらく見つめていたが、その映像はやがて消えてしまった。
 映ったのは誰なのだろうか。テレビに映った人は死んでしまうかもしれない、という陽介の推理がもし本当ならば……。
 一人で考えていても埒が明かない。は溜息を吐いて寝る支度を始めた。


2009.11.29