midnight call
第2話
       しばらく落下していたが、すぐに身体に衝撃が走った。床に落下したのだ。は少し痛くなった身体を擦りながら身を起こす。
      
      「いってー!ケツのサイフがダイレクトに……」
      「もー、何なの一体!」
      
       たちは立ち上がり、辺りを見回した。そこにはとても濃い霧が立ちこめている。
      
      「何ここ、ジュネスのどっか……?」
      「んなわけねーだろ!大体俺たちテレビから……つーかこれ……何がどーなってんだ?」
      「やだ……何これ……」
      
       霧で狭い視界を不気味に思い、は肩を震わせた。本当に何なのだ、ここは。
       そんな中、は冷静に皆を気遣った。
      
      「みんなケガは無い?」
      「う、うん……」
      「若干、ケツが割れた……」
      「もともとだろが!」
      
       突っ込みを入れる千枝の声を聞きながら陽介はキョロキョロとして、上にある何かに気付いて声を上げた。
      
      「うおっ!」
      「な、なに、ついにもらした!?」
      「ちょ、えっ!?」
      「バカ、見てみろって、周り!」
      
       たちはもう一度周りをよく見る。霧でほとんど見えないが、目を凝らしてみるとそこはスタジオのような場所だった。しかしそれにしては床のデザインが不気味だ。
      
      「これって……スタジオ?すごい霧……じゃない、スモーク?こんな場所、ウチらの町にないよね……?」
      「あるわけねーだろ……。どうなってんだここ……やたら広そうだけど……」
      「どうすんの……?」
      「……調べてみよう」
      「え?だ、だけど……」
      
       千枝はの言葉に動揺して不安げな顔を見せる。こんな得体の知れない場所、一刻も早く出たいのだ。
      
      「とにかく、一回帰ってさ!」
      
       そう言って千枝は出口を探す。彼女の言葉にはも賛成で、一緒に探した。
      
      「え……」
      「あ、あれ……?」
      
       しかし探しているうちに二人はあることに気が付き、たちに向き直った。
      
      「あたしら……そう言や、どっから入ってきたの?出れそうなトコ、無いんだけど!?」
      
       と陽介も気が付き、慌てて出口を探し出す。しかしどう見てもそれらしきものは見当たらない。陽介は動揺して声を荒げた。
      
      「ちょ、そんなワケねーだろ!どどどーゆー事だよ!」
      「知らんよ、あたしに聞かないでよ!やだ、もう帰る!今すぐ帰るー!」
      「だから、どっからだよ……!」
      
       四人の焦りの色はだんだんと濃くなってきている。しかしその中でも比較的落ち着いていたが三人を宥めた。
      
      「とりあえず、落ち着こう」
      「そ、そうだな。う、うん、落ち着いて考えよう。冷静に、冷静にな……。とりあえず、出口を探すぞ」
      
       の言葉にはっとし、陽介は自分に言い聞かせるように呟いた。それでもやはり不気味な場所に対する恐怖は抜けない。千枝は不安げに口を開いた。
      
      「ここ、ホントに出口とかあんの……?」
      「現に俺ら、ここに居るんだ…てことは、入ってきた場所がある筈だろ、絶対」
      「それはそうだけど……」
      「てか、無きゃ帰れないだろ!とにかく、調べようぜ」
      「う、うん」
      
       四人は頷き合う。は先へ進んでいくと陽介についていこうとする。すると、千枝に軽く服を引っ張られた。振り向くと千枝は怯えた表情で小さく言葉を発する。
      
      「ね、ちゃん、手繋いでいい……?」
      「え、あ、うん、そうしよっか……」
      
       頷いて二人は手を繋ぐ。内心とても怖かったは、千枝にそう言われてほっとした。そしてたちは先に進んだ二人に続いて、その不気味な場所を歩き調べ始めた。
      
      
      
      「なにここ…。さっきんトコと、雰囲気違うけど……」
      
       しばらく歩き続けていくと、様子の違ったところへと出てきた。そこはアパートか何かの建物のようには思えた。
      
      「建物の中っぽい感じあるけど……。くっそ、霧スゴくてよく見えねえ……」
      
       陽介にも建物のように見えているようだ。しかしやはり立ちこめる霧は深すぎる。
      
      「大丈夫?却って遠ざかってたりしない?」
      「分かんねえよ。けど、ある程度カンで行くしかないだろ」
      「そうだけど……」
      「……進もうか」
      
       の言葉に三人は頷いて、先に進んだ。
      
      
      
      「二人どこ……?」
      「前……だよね……?」
      
       男子と女子ではやはり歩く速度に差があるようで、と千枝はたちから少しばかり離れてしまった。二人は顔を合わせて、今までより早足で進む。
      
      「あ、いた!」
      
       二人の姿を見つけ、たちは安心して速くなっていた足を緩める。
      
      「さっさと行かないでよ、よく見えないんだから……」
      
       先にその場にいた二人は振り返ってたちを確認する。そしてそのとき視界に映ったものに目を見開いた。それに気付いてたちも後ろを見る。そして、見えたものに驚いた。
      
      「え……」
      「なにここ……」
      
       たちを追い掛けるのに必死で気が付かなかったが、辿り着いた場所はどこかの部屋だった。しかも普通の部屋ではない、壁には顔が切り抜かれた大量のポスターと、血のようなものがついている。そして、その部屋にある扉は、たちが通った一つのみ。
      
      「行き止まりだよ?出口なんてないじゃん!」
      「見た目も気味悪くなる一方だな……」
      
       そう呟いたかと思うと、花村はいきなりその場でじたばたしだした。
      
      「アーッ!つか、もう無理だぜ……。俺のボーコーは限界だ……!」
      「ええっ!?」
      「ちょ、花村!?何してんの!?」
      
       そう言って壁の方に慌てて駈けていく彼に驚いて、とっさにはぐるりと反対側を向いた。そういえば、落下直前に彼はトイレに行きたがっていた。
      
      「出さなきゃ、もれんだろうが!」
      「そこでやんの!?かんべんしてよ……」
      
       は背を向けたまま目をぎゅっと瞑り耳を押さえた。しかしそれでも、出ねえええ~!という叫び声は聞こえてくる。まだ終わらないのだろうか。
      
      「にしても……何なの、この部屋?」
      
       とんとんとに肩を叩かれて終わったことを知り、は目を開けて身体の向きを戻す。に小さく礼を言うと、小さく返事が返ってきた。
      
      「このポスター……全部、顔、無いよ?切り抜かれてる……。メチャメチャ恨まれてる……とかって事?」
      「この椅子とロープ……あからさまにマズイ配置だよな……」
      
       陽介が椅子とロープに気付き、まじまじと見つめる。ロープは天井からぶら下がり、その先には輪状になった布がついており、更にその下には椅子が置いてある。まるで、首吊り自殺をするように。
      
      「輪っかまであるし……これ、スカーフか?」
      「ね、戻ろ……さっきんトコ戻って、もっかい出口探したほうがいいよ……」
      
       そうだな、と四人は扉のところへ戻る。しかし陽介はポスターに何か引っ掛かることがあるようで、その場に立ち止まった。
      
      「なあ、あのポスターってさ、どっかで……」
      「いいから、行くよもう!やだ、こんな場所!それに……なんか、ちょっと気分悪い……」
      
       千枝がそう発したのを聞いて、も初めて気分が悪いことに気が付いた。気持ちが悪い、そして少しばかり頭も痛い。
      
      「そう言や、俺も……」
      「わ、私も……」
      「俺も」
      「分かった、戻ろう。なんか、マジ気持ち悪くなってきた……」
      
       それは全員も同じのようだ。この場所が関係しているのだろうか。たちは今度こそ元の場所へ戻って行った。
      
      
      
       心身共に気分が悪かったこともあって、帰りの道は先程よりも更に長く感じた。漸く元の場所に辿り着き、は長い息を吐く。千枝も溜息を吐いて口を開いた。
      
      「ふぅ……、やっと戻って来れたよ……。って……なに、あれ……?」
      「あれ……?うわっ」
      「な、なんかいる!」
      
       向こうには、霧でよく見えないが何者かがいた。その何者かもこちらに気が付いたようで、ピコピコと可愛らしい足音を立てて近づいてくる。その姿は、何かのマスコットキャラクターの着ぐるみのようだった。
      
      「か、かわいい……」
      「何これ?サル……じゃない、クマ?」
      「何なんだ、こいつ……」
      「き、キミらこそ誰クマ?」
      「喋った……!?」
      
       その着ぐるみのようなものは、突然声を発した。それに千枝は驚いて、思わず叫ぶ。
      
      「だ、誰よあんたっ!!や、やる気!?」
      「そ、そ、そんなに大きな声出さないでよ……」
      
       千枝の声に怯えたその着ぐるみは、身体を縮こませて小さく震えた。どうやらこちらに襲いかかる気はないようだ。着ぐるみを恐がらせないよう、は優しく訊ねる。
      
      「ここは何処?」
      「ココは、ココ。名前なんて無いクマ。ボクがずっと住んでるところ」
      
      すると、その着ぐるみは素直に返事をした。その言葉に陽介は首を傾げる。
      
      「ずっと住んでるところ……?」
      「とにかく、キミたちは早くアッチに帰るクマ。最近、誰かがココに人を放り込むから、クマ、迷惑してるクマよ」
      「は?人を放り込む?何の話だ?」
      
       陽介が聞き返すと、着ぐるみは突然怒って文句を言い出した。
      
      「誰の仕業か知らないけど、アッチの人にも、少しは考えて欲しいって言ってんの!」
      「ちょっと、何なワケ?いきなり出てきて、何言ってんのよ!あんた、ダレよ!?ここは何処よ!?何が、どうなってんのっ!?」
      
       訳が分からないこの状況に千枝が怒鳴ると、着ぐるみは怯えての後ろに隠れた。先ほど優しく接したのがよかったのだろう。その様子には少し和んだ気がした。
      
      「さっき、言ったクマよ……。と、とにかく早く帰った方がいいクマ」
      「要はココから出てけってんだろ?俺らだってそうしたいんだよ!けど出方が分かんねーっつってんの!」
      「ムッキー!だから、クマが外に出すっつってんの!」
      「だから……分っかんねーな!出口の場所が分かんねーっつってん……って……へ?」
      
       外に出す。着ぐるみの言葉の意味に気付き、陽介はぽかんとした。着ぐるみはトントンと足音を鳴らす。すると、急にたちの目の前に三段重ねのテレビが現れた。たちは驚いて声を上げる。
      
      「わっ!?」
      「んだこりゃ!?」
      「テ、テレビ……!?どうなってんの!?」
      
       四人はそのテレビの正面に回ってまじまじと見つめる。しかし着ぐるみがたちの背を押し、無理矢理テレビの中に入れようとしだした。
      
      「さー行って行って、行ってクマ。ボクは、忙しいクマだクマ!」
      
      「い、いきなりなに!?わ、ちょっ……無理だって!」
      「お、押すなって!」
      「狭い……」
      「きゃっ」
      
       しかしそのまま四人はその着ぐるみによってテレビの画面の中に入れられるのだった。
      
      
      
       は尻餅をついた。地に着いたことに気付き慌てて周りを見渡すと、そこはジュネスの家電売場、たちが入ってしまったテレビの目の前だった。
      
      「あれ、ここって……」
      「戻って来た……のか?」
      「みたいだな」
      「よ、よかったぁ……」
      
       ほっとしてたちは立ち上がる。すると、店内放送が流れた。
      
      『ただいまより、1階お惣菜売り場にて、恒例のタイムサービスを行います。今夜のおかずにもう一品、ジュネスの朝採り山菜セットはいかがでしょうか。ヤングもシニアも、お見逃しのないよう、お得なタイムサービスをご利用下さい』
      「げっ、もうそんな時間かよ!」
      「結構長く居たんだ……」
      
       このタイムサービスは確か、夕方の、晩飯時前にやるものだった気がする。随分と中にいたのか。あんな時間にそれほど長くいたのなら、気分が悪くなるのも当然だ。
       そこで陽介が何かを思い出したようで、そうか…と呟いた。どうしたのだろうかとは首を傾げる。
      
      「思い出した、あのポスター……。ほら、見ろよ。向こうで見たの、あのポスターだろ!」
      「何よ、いきなり」
      
       たちも陽介の指差したポスターを見た。確かに、向こうで見たポスターと身体が同じに見える。その顔は、死亡した山野真由美と浮気していた生田目太郎の正妻、柊みすずのものだ。
      
      「ほんとだ、あれだ……さっきは顔無くて分かんなかったけど、“柊みすず”だったんだ。最近ニュースで騒がれてるよね。旦那が、この前死んだ山野アナと不倫してた……とかって」
      「おい、じゃ、ナニか……?さっきのワケ分かんない部屋……。山野アナが死んだ件と、なんか関係が……?そう言や、あの部屋……ヤバい“輪っか”がぶら下がってたりしたけど……」
      「や、やだ……っ」
      「わー、わー、やめやめ!おい、やめようぜ、この話」
      
       言い掛けたその続きに恐ろしくなり、陽介は自ら話を遮った。しかし声に出さなくても彼が言おうとしたことがにも入ってくる。あの状態に配置されていれば、考えられることは一つのみだ。
      
      「つか、今日の事まとめて忘れる事にするね、俺。なんかも、ハート的に無理だから、うん」
      
       陽介は一人頷く。もできれば忘れてしまいたい、こんな恐ろしいことは。しかしそれは、おそらく無理なのだろう。忘れるには些か奇妙すぎた。
       そう考える中、千枝が自分を抱き締めるように腕を組み、呟いた。
      
      「なーんか寒くなってきた……。……気分も悪いし……帰ろ」
      「……そうだね」
      
       確かに、気分が悪いからか、それとも恐ろしい話をしたからか、少し肌寒い気がした。
       早く身体を休めたい。たちはジュネスを出て解散し、帰宅することにした。
      
      
      
       家に到着し、は息を吐いた。遅かったねと言う母親に適当に相打ちをし、テレビの前に腰掛ける。
       恐らく今日も事件のことが放送されるだろう。そう思い、その場で待機をする。しばらくするとやはり流れて、は集中した。
      
      『稲羽市で、アナウンサーの山野真由美さんが変死体となって見つかった事件。被害に遭う直前の山野さんの行動は、はっきりしていませんでしたが…。地元の名所として知られる“天城屋旅館”に宿泊していた事が、警察の調べで分かりました』
      
       天城屋旅館。雪子の実家だ。確かにここ二日ほど、彼女はどこか沈んだ気分のようだった。恐らくこの事件のせいなのだろう。大変そうだなとは思った。
       コメンテーターの鬱陶しい言葉にはうんざりして、ついでにその後の気象情報も見た。
       どうやらこれから朝にかけて霧が出るらしい。また霧か、と溜息を吐いた。そして、疲れているから早く寝ると親に告げ、重い足取りで部屋に戻っていった。
2009.11.29
