恋なんて知らない。

 知りたいとも、思わない。







Please tell me a ....











「―――リナ?」


 ふと気がつくと、目の前に、蒼い瞳があった。

「……………あ。」

 普段より大きく、普段より遠くぼやけていた周囲の全ての音が、吐息のような呟きとともに戻る。
 ……ガウリイが、いた。

「どうしたんだ? ぼうっとして」
「な、なんでもないわよ。……それより、遅かったじゃない」
「すまん、忘れ物しちまってな」

 済まなさそうに頭の後ろを掻くガウリイに、あたしはくすりと笑って壁から離れる。

「ま、いいわ。行きましょ」
「ああ」


 言って歩き出すと、ガウリイはあたしの半斜め後ろをつられて歩きだす。
 彼の定位置レギュラーポジション
 ちらりと尻目に見たガウリイは、普段通り。

 長くさらさらの金髪、空のような蒼い瞳、あたしよりもずっと高い身長、やさしい笑み。
 女が男に望む美貌を、全て兼ね揃えたような男。


――アメリアがヘンなこと言うから、ガウリイの顔、まともに見れないじゃないの。

 ガウリイの顔を見ないように、ガウリイのいる方とは反対の方向を向く。
 …何だか顔が熱く感じるのは多分、気のせい。きっと、気のせい。
 気のせい……

「おい、リナ!」

 突然がしっと腕をつかまれて、あたしは立ち止まった。そのままぐいっと引っ張られ、次の瞬間、ガウリイの胸が目の前にあった。

「―――っ!?」

 思わず、息を呑む。
 勢いで鼻がガウリイの身体にぶつかって、目を見開く。

「なっ、何を…っ」
「そんなに急ぐ必要はあるのか?」
「…………え。」

 見上げた心配げに眉を顰めた顔にそう言われて、初めて気がつく。
 あたし、いつの間に早歩きなんか……息が上がっていた。

「どうしたんだ? なんか、今日は変だぞ、お前さん」
「……変で悪かったわね」
「いや、そういうわけじゃないんだが。……何か、あったのか?」
「何かって……」





「リナは恋しないの?」





 ふと、気がつく。
 あたしは今、引き寄せられたまんまの格好で。
 しかもここは、天下の往来で。

 かあああぁっ
 顔が、余計に熱くなる。

「な、何でもないわよっ!」
「本当か?」
「本当だってば。……ホラ、手。放してよ」
「あぁ、…すまん」

 腕を掴んでいた手から解放されて、あたしは一歩、ガウリイから遠ざかる。

「本当に、何でもないのか?」
「何でも、ないってば」

 …そう、何でもない。
 間近に見てしまったガウリイの顔が、何だか妙に綺麗に思えてしまった、とか。
 あ、睫毛長いな、とか。蒼い瞳が綺麗だな、とか。
 ……関係ない。何でもない。

 ………アメリアの、せいだ。

 だって何だか、心臓の音がはやい。


「ほら行くわよ、食べ放題! あたしお腹すいてるんだから」
「あ、ああ」





 恋、なんか。





「お願い、リナ! 協力して頂戴!」

 ぱんっと両手を合わせて、アメリアがあたしに頭を下げる。
 何がどんな『協力』なのか、聞かなくても判る。

「……別にまぁ、いいけど」
「ホント!? ありがとうリナ! やっぱり持つべきは親友よねっ!」
「………そのかわり。判ってるわよね」
「判ってる。お礼ならいくらでもするわ! 実はね、父さんから『Breeze』のタダ券を6枚も貰ったのよ! ガウリイさんと一緒に行ってきてねv」
「は? 何でガウリイと」
「何言ってるの、いつも二人でそういうとこ行ってるじゃない」
「や、まぁそうなんだけど」

 あんたにそういう風に言われたら否定したくなるじゃないの。

「リナとガウリイさんと、ゼルガディスさんと私で。どう?」
「……あたしやガウリイもいるからって、ゼルを引っ張ってくるのね?」
「そういうこと。お願いしていい? リナ」

 じっと、再び両手を合わせて、見つめてくる。
 あたしは溜め息をついた。しゃーない、一肌脱いであげようか。

「OK。今回のそのお礼は、余った2回分のタダ券、ってことで」





 『Breeze』と書かれた看板の下に、長身の男の姿があった。

「よ、ゼル」
「関心関心。ちゃんと来たのねぇ。すっぽかすんじゃないかって、思ってたんだけど?」
「…………人を脅した奴の言う台詞か」

 脅しただなんて人聞きの悪い。じろりと睨んでやる。

「まぁまぁいいじゃないか、たまには」

 と、にこやかに笑ったガウリイが、ぽんとゼルガディスの肩を叩く。
 いいこと言うじゃないの、ガウリイ。うんうん。

「オレなんていつもだぞ。」

 ちょっと待て、ガウリイ。

「旦那も気の毒に……」

 そして同意するな、ゼル。

「……判ってくれるか」
「ああ……」
「……………………」

 なにやら暗く沈んでいる男二人と、それをじと目で睨む美少女が、店の入口の隣にいるのを不思議そうに見ながら別の客が店に入っていく。
 ……なんかすっごい、腹立つんだけど。

「……ところで、アメリアはまだ来てないの? ゼル」
「あぁ、まだだが」
「…あの子のことだから、真っ先に来てそうなのに」

 おかしいわね、と呟くと、呆れ顔で腕組みをしたゼルガディスが言った。

「お前じゃあるまいし…」
「そう言う意味じゃないわよ」

 そう。そう言う意味じゃ、ない。
 あたしは駐車場を振り返り、アメリアの姿がないかを確かめる。
 そしてそのまま後ろを向くと、不思議そうな顔をした男二人が、顔を見合わせていた。











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