恋はとんでもないところからやってくる。 「あのねリナ、私恋しちゃったみたい」 何の前触れもなく、ある日突然現れて。 あたし達の心の中を、かきまわす。 恋なんて知らない。 |
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それは、突然やってきた。 今日は清々しいほどの快晴。 都会ではあるけれど、あたしの通う高校は高台にあるので、その分坂を登るのは大変だけど空は良く見渡せる。 初夏の朝は、まだ空に昇る途中だというのに日差しは強い。 そんな日差しを受けて、青々と茂る木々の葉の色が目に眩しい。 ――そんな、朝だった。 何時ものように、校舎に入って靴を履き替えて、階段を上って廊下を歩いて。 冬にはきっちり閉まっているだろう教室の戸を開けることもなく、入り。 そしてあたしは、教室内に漂う異様な雰囲気に気がついた。 ……なんなのよ? 教室の中にいるクラスメイト達は、普段とさして変わりはない。 仲の良い友達で集まってお喋りをしていたり、慌てて宿題をしていたり、そんな様子は変わりは無いのだが―――…… 「……なるほど?」 机の上に鞄を置いて、改めて教室内を見回す。 お喋りに、勉強に――いつもと変わらない、そんな中で、クラスメイト達の視線が、時折『ある場所』へ行く事に気がついて。 そしてその『ある場所』の様子に、深く納得する。 変なのだ。様子が。 アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン。 ――あたしの親友。 「おはよ」 声をかけると、頬杖を着いた顔がこちらを向く。その表情は、今まで見たことのなかった憂い顔。 ……なんちゅー顔してんのよ。 「…ああ。おはよう、リナ」 声にまで、何時もの元気さというか覇気がない。 ……重症だわ、これは。 はぁ、とひとつ溜め息をつき、アメリアの前の席の椅子を借りる。 「で?」 椅子に横座りをして、あたしも頬杖をつきじっとアメリアを見る。 アメリアの視線は窓の外に移されていて、見えるのは横顔。 ときどきはぁ〜〜っと溜め息をついたりなんかして。窓の外を見る目は伏せ気味。 …だから何だっつーのよ? アメリアとは中学の時からの友人で同じクラスで――何の事はない、ただの腐れ縁――いつのまにやら親友のような間柄になってしまっている。 中学1年の時からだから、かれこれ3年の付き合いになるのだろうか? けど、こんなアメリアは初めて見る。 とりあえず、あたしは考えられる原因をあげてみる。 「…フィルさんが浮気したとか?」 「とーさんはそんなことしないわよ」 いやまぁ、あたしも本当にそう思ってるわけじゃないけど。 「…じゃあ、なんなのよ」 いつもはうるさいくらいなのに、今日のこの静かさは何なのだろーか。 「………ゼルガディスさんって…………素敵な人よね」 「は?」 ずる、と。 顎が手から滑り落ちた。 「……………………ゼル?」 「うん。そう」 ゼルガディスというのは、あたしの知り合いの大学生。 長身細身で、確かに顔は悪くないけど、クールで無愛想で無口で、お世辞にも親しみやすいとは言えない。 実はお茶目なところを持ってはいるけど、昨日初対面だったアメリアには、クールで無愛想で無口でクソ真面目な男、ぐらいの印象しか持てないはずなんだけど。 ……実際、あたしも最初はそう思ったし。 ルックスの良さで言えば、その例のゼルガディスの親友で、あたしの知り合い…まぁ、一応友人といえる間柄である、ガウリイのほうが一般的には良いと思うけど。 ……そのゼルが、素敵……? 「…いいわよね、リナは」 「……何が」 ぽつり、と呟かれ、あたしは憮然して訊ねる。 「リナにはガウリイさんがいるものね」 「………はぁ!?」 再びついていた頬杖から、再び顎がずり落ちる。 は? ガウリイ!? 「ガウリイさんて、男の人なのに綺麗よね………」 「や、まぁそれは認めるけど………って、そーじゃなくってっ! ちょっとアメリア!?」 「いいわよねぇ〜〜………」 聞いてないし、この女。 「はぁ………」 そしてまた、溜め息をつくアメリア。 ……だから、なんだっつーのよッ 「でも、やっぱりゼルガディスさんて素敵………」 …って。 まさか………? あたしの脳裏を、ある可能性が駆け抜ける。 ま、まさか……ね? 「アメリア、あんたまさか――――」 「あのね、リナ」 未だに視線を窓の向こうに向けたまま、あたしの言葉を遮る。 「何?」 あたしも同じ窓の外をつられて見るけれど、アメリアが窓の外に見ているものがあたしと同じかどうかはわからない。 「あのね……」 一旦言いよどんで、 「あのねリナ、私恋しちゃったみたい」 あたしは恋をしたことがない。 あたし――リナ=インバース、セイルーン学園高等部1年の16歳。 高等部進学の際の進学試験――実力テストとさして変わりは無いのだけど――で、全教科満点を取った、学園始まって以来の才女。 それが、この、あたし。 全教科満点なんて、いそうで実はいなかったらしい。 対するアメリア。アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン。 名前の通り、このセイルーン学園の理事長の娘で、昔は貴族の家だったらしく、今もお金持ちのお嬢様。 正義オタクで、いつも正義だ愛だのと言っていて、はっきり言ってしまえばうるさい。けど、一応素直で明るいいい子である。 もう一度はっきりしておくが、あたしは恋をしたことがない。 それは、中学で初めて会った時から、正義だ何だの言っていた、アメリアも同じなはずで。 だから、あたし達はこの16年間、恋愛経験ナシ――だった。既に、過去形になってしまったのだ、今日。 あたしが恋をしたことがなかったのには、一応だけど訳がある。 まず第一に、男に対してまるで興味がなかった。恋愛に対しても似たようなものだけど、以下同文。 そして第二に、恋なんてモノをしている暇が、中等部時代にはまるでなかった、ということ。 あたしの家は、隣のゼフィーリア州で店を経営している。 もちろんあたしはゼフィーリア出身で、小学校まではゼフィーリアにある学校に行っていた。けど姉ちゃんの命令と両親の勧めから、中学からこのセイルーン学園に通っている。 そんなわけで、あたしは勉強を怠ることは出来なかった。姉ちゃんの命令でもあったし、それにあたし自身が嫌だった。 そして更に、中等部2年の後半。――何故か、生徒会長に選ばれてしまった。 アメリアもアメリアで、リナが入るなら、などと言って一緒に生徒会に入ってきたり、「正義を広めるのよッ!」と言って、実際に広めようとしたり。 そんなわけで、あたしもアメリアも、恋をする暇などなかったのだ。 それなのに、 「恋っていいものよ、リナ」 ………この変わり様は、一体何なんなのよ。 「リナは恋しないの?」 「………誰があたしと何をするって?」 「例えばガウリイさんとか」 ごめしッ 「……何であたしがアイツと恋しなきゃなんないのよ!?」 「何だ、意識してるんじゃないリナ」 「どやかましいっ! 首絞められたいの、アメリア!?」 「照れない照れない」 「誰が照れるか―――ッ!」 恋なんて知らない。 知りたいとも、思わない。 |