JR吾妻線の中之条駅から沢渡(さわたり)温泉行きのバスに乗って二十五分で、まるほん旅館(0279−66−2011)に着く。この地は江戸末期より昭和初期までが全盛期で、温泉街には小料理家が並び、座敷では義太夫が演じられた。
肌を抱きしめてくる情の深い湯で、不良定年のおやじが行くにはうってつけの温泉宿である。湯にだらだらとつかっていればグレますね。昔はサトウ・ハチローが常連客だった。
まるほん旅館のことを教えてくれたのはドイツ文学者の池内紀さんだった。「これぞ隠れた名湯です」と聞いてすっとんでいった。
ぼくはひなびた山の湯ばかりを廻っている。
玄関は商人宿の造りで温泉旅館らしくない。木造りの廊下をギシギシと渡ると大浴場があり、床も壁も天井もすべてヒノキ材である。
浴槽の底は青石が敷かれているので、透明の湯がブルーに見え、高窓から光りが差し込んで、湯面に光りの縞をつくっていた。木のぬくもりと天の光が渾然一体となった夢の温泉だ。
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