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| 『安楽死特区』['25] | |||||
| 監督 高橋伴明
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| 特区なるものにわざわざ「戦略」などと付言する清和会系政府のセンスには虫唾が走るのだが、安楽死特区というのはあってもいいのではないかとは思っている。 安楽死【オイタナジー】という言葉を僕が知ったのは、'76年(昭和51年)に大学進学した一般教養の法学の授業で受けた熱心な問題提起からだったという記憶がある。客員教授か外部講師による授業だった覚えがあるのだが、そのときに示されたのは、確か四要件だった。本作での現実には存在しない「政府承認 安楽死要件」が、「一、身体及び精神の耐えられない痛みが続いている。」「二、現在の医療では回復する見込みがない及び、代替手段もない。」「三、現在、安楽死を希望する本人の明確な意思表示が可能。」との三つだったことに対して、方法が残酷な手段ではないことが抜けているし、精神的苦痛は要件外で耐え難い肉体的苦痛だったはずだとネットで調べてみたら、名古屋高裁昭和37年12月22日判決での六要件が出てきたものの、四要件というのは 横浜地裁平成7年3月28日判決になってからのものだった。だがいずれにおいても、やはり精神的苦痛までは含まれていなかった。 僕の記憶が六要件から四要件に更新されていたのは、平成7年時の報道による書き換えなのか、ちょうど半世紀前に安楽死問題を熱心に取り上げていた先生による説だったのか、当時のノートを紐解いてみた。すると「法学(赤坂昭二)」と記されたものが出てきて、美しい死・麗しい死を語源とするEuthanasieもしくはEuthanasiaの定義として、不治・致命的重症病者に対する措置の要件が四つ挙げられていた。①激烈な肉体的苦痛、②死期目前、③本人の真面目な頼み(嘱託)、④死の苦しみを除去するため適切な方法によって楽に死なせる[死期を早める]というものだった。昭和25年の東京地裁、昭和37年の名古屋高裁判決にも言及していた。赤坂先生が当時、熱心に安楽死を採り上げていた理由についての記憶はなかったが、今回ネットで調べていると、ちょうど前年の昭和50年に鹿児島地裁、神戸地裁で続けざまに安楽死裁判としての判決が下りていたことが判った。 本作での三要件というのは、おそらく原作者である長尾和宏医師によるものなのだろう。精神的苦痛をも含めるか否かは大きな分かれ目だという気がするが、先ごろ観たばかりの『たしかにあった幻』で、脳死、心停止といった医学的な死に加えて、失踪宣告による社会的死をも射程に入れていた視座の大きさに感心したような観点からすれば、耐えがたい苦痛から精神的苦痛を排除するのも不都合な気がしなくもない。だが、本作でも認知症と診断されて幼いまま死なせた息子の記憶を失う前に、老いた自分の人生に仕舞いを付けたいと願っていた元漫才師の老女(余貴美子)には、安楽死を認めない裁定を下していたし、僕もそれを支持する思いのほうが強い。 心停止を回避する施術に長けた心臓外科医から、安楽死特区の特命医に転身した尾形医師(加藤雅也)が理由を問われて、ジャーナリストの藤岡歩(大西礼芳)に洩らしていた「模索しているんだ」との言葉が印象深かった。彼がただ心停止を阻止すればいいというものではないと思い始めた契機は何だったのだろう。 それはともかく、取材目的で入院した際の所期に反して安楽死を願い始めた章太郎(毎熊克哉)にとっては、恐らく望外の喜びであったろう実に映画的な末期が美しかった。きっとマイク・ハマーも吃驚だろう。そして、用語としては、劇中でも引用されていた西部邁が自死に際して使った「自裁死」のほうが自己決定権を尊重している感じがして「安楽死」よりも好いと思った。 | |||||
| by ヤマ '26. 3. 6. キネマM | |||||
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