『黄金狂時代』(The Gold Rush)[1925]サイレント・4K修復版
『ニューヨークの王様』(A King in New York)[1957]
『モダン・タイムス チャップリンの声なき抵抗』[2024]
製作・監督・脚本・作曲[1942] チャールズ・チャップリン
製作・監督・脚本・作曲 チャールズ・チャップリン
BS世界のドキュメンタリー

 最初に観た『黄金狂時代』は、確か十代の時分に地元の宝塚劇場で観ているはずだと思っていたが、記録に残っていないので、ETVでの視聴だったのかもしれない。観賞記録に残らないままにはしておけず、 明日が最後の上映…! 世界初上映から100周年📽️ チャップリン自身の手によって制作された、音声効果、音楽、ナレーションを収録した「トーキー版」が今まで上映されてきましたが…今回オリジナルである「サイレント版」が、戦後初めてスクリーンに蘇る‼️との触れ込みも受けて観てきた。

 先ずオープニングの金鉱探しに駆られて雪山を目指す人々を捉えた圧巻のエキストラ数と撮影に吃驚した。とても百年前の映画だとは思えない、よく撮ったものだと嘆息した。アクション設計も含めて映画は生後三十年で既に完成されていて、そのうえで発展してきている媒体なのだと改めて思った。

 記憶にあった“パンの踊り”は、山小屋のなかで飢えて見た夢の場面だったのだが、実際は大晦日の夜に招待したダンスホールの踊子ジョージア(ジョージア・ヘイル)たちに夕食会をすっぽかされて待つ間に転寝をしたときに観たものだった。かつて観たものにラストのジョージアとのキスシーンがあったかどうかは覚えがないが、劇場からの案内どおりなら、かつて観たのは本作より十五分ほど短い1942年版ということになるのだけれども「トーキー版」ではなかったような気がする。

 すると映友からすごい特撮だったよね? 『モダンタイムス』のデパートのスケートみたいなレベルだった。とのコメントが寄せられた。例の山小屋が傾く場面だけではなく、雪の山の崖道をチャップリンが歩く場面や、熊が出てくる場面も特撮だったような気がする。映友が挙げた十一年後の『モダンタイムス』['36]のその場面の特撮は、二ヶ月ほど前に観たNHK BSの驚きのトリック映像! 発掘!アナログ・エフェクト遺産」にも出てきていた。


 半月ほど後に観た『ニューヨークの王様』は、当地でも上映されながら観逃したドキュメンタリー映画『チャップリン』['24]の公開記念セレクションのチラシにチャップリンの最後の主演作 今こそ新しい痛烈なアメリカ文明風刺!とあったので観るつもりだったのを併せて観逃していたところ、映友が貸してくれたものだ。不覚にも今までタイトルさえも認識していなかった。

 コメディ作品としては往年の切れを欠き、スマートさにもペーソスにも不足があったが、チャップリンの息子マイケルが演じる雄弁な少年ルパート・マカビーの発する今日(こんにち)、全世界が崩壊します。なぜです。に続いて二人で唱和する権力が強すぎてが実にアクチュアルに響いてくる、六十九年前の大いなる意欲作だった。時あたかも我が国では、本作に描かれた非米活動調査委員会が直結してくるようなスパイ防止法の制定が、現実味を帯びて取り沙汰され始め、往時の日米戦における“リメンバー・パールハーバー”同様の合言葉をイラン側に呼び起こすような奇襲攻撃を米以連合軍が国際法を無視して行なったばかりだから、殊更に響いてきたようなところがある。

 オープニングは現代生活の悩みの一つに“革命”があるとのテロップとともに、資産を持ち出して国外逃亡を行なったエストロヴィアのイゴール・シャドフ王(チャールズ・チャップリン)のニューヨークへの到着から始まる。だから、オブ・ニューヨークではなくて、イン・ニューヨークなのだが、外から来た者としてのアメリカ批判が実に的確だった。

 映画産業に蔓延る商業主義を指摘した予告編三本のタイトルは、『涙もろき殺し屋』『男か女か』『恐怖のガンマン』で、要するにガン(殺し)&セックス(女)だ。商品販売促進のためのCMは、とにかく人々の耳目を集めさえすればよく、そのためには手段を択ばず、カネに糸目をつけないコマーシャリズムに支配されていた。アテンション・エコノミーという言葉などまだなかった時代の作品なのだが、その根底にあるのが圧倒的なポピュリズム【人気主義】であることを看破していた。そして、このポピュリズムが権力と結託して旋風を巻き起こしたのがマッカーシズムによる赤狩りであり、その中心になったのが下院の非米活動調査委員会というわけだ。

 消火ホースの筒口から抜けなくなった指が不用意に給水ホースと繋がれた水圧で抜けるとともに、喚問された下院が水浸しになって審問会が台無しになる場面が可笑しかったが、その場面に限らず、チャップリンの再入国を禁じたアメリカへの憤りが炸裂している作品だったように思う。拘束されながらも密告証言を拒んだために投獄された両親を救出するために両親に代わって密告証言をしたルパートが泣きながらシャドフに駆け寄り抱きつく場面が印象深い。

 マッカーシズム旋風の底にあったポピュリズムの怖さを映し出しているところが流石だ。紛れもなくポピュリズムに支えられて富と名声を得た映画人なればこそ、その勇気と果断が見事だと思った。しかも、過去の出来事を素材にしているのではなく、同時代において描き出しているのだから大したものだ。


 すると、奇しくもNHKBSでBS世界のドキュメンタリー 『モダン・タイムス チャップリンの声なき抵抗を放送したのでこの機会にと視聴した。

 『街の灯』['31]の成功から世界一周の旅に出て、トーキー時代の訪れから逃れた後の模索の結果として現れた映画という点でも注目された名高い『モダン・タイムス』['36]に焦点を当てつつ、時宜に適う形で現代を照射した作品だった。

 本作から、チャップリンの映画における社会的な風刺色が強まり、本作を最後に小さな放浪紳士の姿が彼の作品から消えることになったとのこと。僕が観たのは、十代の時分でそれっきりになっているから、番組を観て再見してみたくなった。

 すべてが急速に変わる“モダン・タイムス”において、どんどん人間性が奪われていき経済至上主義に向かっているとの核心を掴み、文明の利器は金儲けのためではなく、人類に幸せをもたらすために使うべきだとの言葉も残していた。併せて権力は腐敗する。避けられないことだ。権力の誘惑は強すぎて正しい考えを打ち消してしまう。アメリカは自戒が必要だ。大国の権力は破壊的なものになりかねない。と語っている音声テープが流されていた。かのヘイズ・コードによる検閲が始まったのもこのころだったようだ。

 僕が思っていた以上に、非常に重要な映画だったのだなと思った。番組自体は、二年前のフランス制作のドキュメンタリーだが、番組終盤で流されたあらゆる人生 あらゆるユーモアは議論の的になる。そうでなければ価値がない。芸術家やコメディアンにとって社会情勢は無視できないものだ。私は ある状況を舞台として提示する。象徴的に しかし忠実に。題材は“人間の精神”だ。いかなる政治も人間の精神を冒とくすべきではない。との音声記録に感銘を受けた。
by ヤマ

'26. 2.18. キネマM
'26. 3. 4. DVD観賞
'26. 3. 8. NHK BS録画



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