『誘惑されて棄てられて』(Sedotta E Abbandonata)['64]
監督 ピエトロ・ジェルミ

 七年前に観たイタリア式離婚狂想曲['61]に続いて、当時十代半ばのステファニアが出演している作品だ。DVDパッケージに16歳ながら妖艶な色香を放つ妹に、無理やり関係を迫る姉の婚約者。これがきっかけで双方が家名を盾に村を挙げてのドタバタ劇に展開するイタリア式艶笑喜劇と記されていたが、とても笑えるようなものではない無体な話だった。

 艶笑喜劇と謳うだけあって、オープニングで軽やかにこれよりごらんに入れるのは アスカローネ一族の物語 嘘偽りは一切なし まことの物語♪との歌が流れるのだが、歌詞のなかでは美男子のペッピーノ(アルド・ブリージ)の風采からして、歌のとおりとも思えず、一体どこまでが実際にあったことかと呆れ果てた。

 エンディングに現われる“名誉と家族”と刻まれた当主ヴィンチェンツォ(サロ・ウルツィ)の墓前の胸像が示していたものに、さすがマフィアの里だなと感じつつシチリアの風土に恐れ入った。製作は六十三年前だが、同時代の物語とはとても思えないような法律に呆れ、ヴィンチェンツォの従兄である弁護士(ウンベルト・スパダーロ)が殺人を唆す無法ぶりに唖然とした。従弟に対してアスカローネ家の名誉を守るためには、息子のアントニオ(ランド・ブッツァンカ)を使いにやってペッピーノに孕ませたアネーゼ(ステファニア・サンドレッリ)との結婚を承諾させ、断られたら殺させるよう唆していた。性犯罪も結婚しさえすれば不問に処され、殺人であっても名誉を傷つけられた復讐なら、軽い刑期で済まされるということだった。マフィアの血の掟の源泉を思わせるようなシチリアンだ。

 さすがにこれはないだろうと思ったら、付録の作品情報のなかにイタリアの旧法149条では「自分の配偶者が別の異性と関係を持った事実を知り、一族の名誉を汚された怒りの衝動から相手を殺害した場合は3年以上7年以下の刑に処する」という軽い量刑は男性には都合の良いものであった。とあり、さて本作品では旧民法544条をやり玉に挙げる。「未成年を誘惑した加害者は、その罪を逃れるためには、その相手と結婚すること」。と条項明示をしていて恐れ入った。かつて日本の刑法に尊属殺人規定があって、それが法の下の平等に抵触するということで削除されたような覚えがあるのだが、旧態依然とした価値観のまま法整備が調っていなかったりするのは万国共通なのだろう。

 それにしても、未成年十六歳のアネーゼを演じたステファニアの早熟ぶりは『イタリア式離婚狂想曲』で承知していたものの、やはり圧倒される。どう観たって成人女性のようにしか見えなかった。七年前に併せ観た『にがい米』のシルヴァーナ・マンガーノと同じく、腋毛もそのままのシチリア娘を演じていて驚いた。

 また、パッケージに記されていたカンヌ国際映画祭男優賞受賞にも意表を突かれた。あの太鼓腹のとんでも親父を演じていたサロ・ウルツィなのだろう。陋習に囚われた男の蒙昧ぶりを巧みに演じた、当時の時代的意義が評価されたに違いない。そういう点からは、フェミニストの作品評を伺いたくなるような映画だった。おそらく少なからぬフェミニストたちからは顰蹙を買うだけで、授賞など論外といった短絡的な意見が吹き出すのが昨今の傾向であろうという気がした。
by ヤマ

'26. 3.17. DVD観賞



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

<<< インデックスへ戻る >>>