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| 『水の中のナイフ』(Nóż W Wodzie)['62] | |||||
| 監督 ロマン・ポランスキー
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| かねてよりの宿題映画だったポランスキーの長編映画デビュー作をようやく片付けることができた。車窓に映る木立が鬱陶しいオープニングで始まる、わずか三人の登場人物しかいない映画だが、不穏な緊迫感が終始漂っていて感心した。共同脚本にイエジー・スコリモフスキが加わっていたことは、今回観るまで知らなかった。 高級車に自家用ヨットを所有する栄達を得た中年であろうと、学生と思しき19歳の若輩ヒッチハイク青年であろうと変わらぬ“男の強がり”のろくでもなさがよく現れている映画だったように思う。あの海というか湖に遺されたものは、果たして“水の中のナイフ”だけだったのか。割れた酒瓶の欠片の他の物は全て回収されていたが、アンジェイ(レオン・ニェムチク)・クリスティーナ(ヨランタ・ウメツカ)夫妻の心の奥に沈んだナイフは、青年(ジグムント・マラノヴィチ)の飛び出しナイフ同様、容易に引き上げられることなく、二人の胸の内をチクチクと刺してくるに違いない。 溺れ死んだと思い込んでいた青年が生きていてくれた安堵と、かような事態を招いた夫の俺様気質への腹立ちのなか、泳げないだの歯が鳴って何も聞こえなかっただの言い訳がましい嘘をつく未熟な若さに思わぬ昂ぶりを来した欲情に身を任せるクリスティーナの姿が印象深い。弾みのようにして唇を重ねたところに目覚まし時計が鳴って中断するところが好い。ごめんと詫びた青年に対し、それでも止まらなかったのは妻のほうだった。男の強がりや意気がりの単純さと違って、女心の複雑で測りがたい揺らめきを感じた。 右へ進めば警察に向かうT字路で停まったまま終わったラストがまた好い。その後、二人はどうすることにしたのだろう。妻の言葉を信じて二人で帰宅するのか、急いで警察に知らせ、転落事故が起きたと説明するのか。実際に青年が生きているのであれば、警察へ行ったうえで妻にその証言をしてもらっておくほうが都合がいいのだが、警察に行く必要はないという妻の意を損ねずに警察に行くことへの同意を得ることがアンジェイに果たせるのか心許ない気はした。 それにしても、そもそも青年が飛び出しナイフなぞ持っていなければ、かような事態には至らなかったことを思うと、殺傷力の高い凶器を装備することの愚を思わずにいられない。ナイフを指間に連打して弄んだり、狭い船室で投げ立てて遊んだりするだけでも不穏当なのだが、かようなものを所持する人物の通例として“凶器をちらつかせたなかでの威嚇や挑発”に鎬を削る小競り合いを男たちは繰り返していた。小心者であるほどに顕著な傾向でもあるのだが、事は決して個人についてのみ言えることではない気がする。そこに巨大な利権が絡めば、更に醜悪で愚劣な事態となって現れてくるとしたものだ。 | |||||
| by ヤマ '26. 2.25. DVD観賞 | |||||
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