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| 『ウォーフェア 戦地最前線』(Warfare)['25] | |||||
| 監督・脚本 アレックス・ガーランド&レイ・メンドーサ
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| イラク戦争下の2006年11月のとある一日(19日だったかな?)の“戦闘”【原題】を描いた作品だった。背景も状況も何も描かず、ハイレグのレオタードの女性のエアロビクスのビデオ画面に歓声を上げていた若者たちが何をしに行ったのかもよく判らない出撃によって民家を占拠し、一小隊八人ではとても太刀打ちできない反撃を喰らって、犠牲者も出しながら、這う這うの体でからくも逃げ出す戦闘の凄まじさを描いて圧巻だった。 平成二十四年に決定した憲法改正草案を公式サイトに挙げている自民党によれば、第九条の二として新たに国防軍の設置を掲げた条項を設けている。これを支持している人は、改めて本作を観るべきだと強く思った。映画の最初と最後にテロップで示されたように、本作はこの戦闘に携わった人の記憶と数枚の写真に基づいてのみ構成されたものだとのこと。言うまでもなく、人の記憶は事実と何もかもがぴったり一致するものではないが、少なくとも当人にとっての真実としては偽りのないものなのだろう。何とも凄惨だった。いかなる理由があっても、あのようなことを若者たちに強いてはいけないと思う。ましてや年嵩の権力者の政治的思惑や利権のために、エアロビに歓声をあげる年頃の若者たちに対して犠牲を強いるのはもってのほかだ。 とりわけ印象深かったのは、窮地に立った海兵隊の特殊部隊α-1小隊が繰り返し要請していた空軍による威嚇飛行の凄まじい威力と、α-1小隊がα-2小隊と合流して退散した後、つまり、記憶による作品としながらも、兵士たちが目撃することの叶わなかったはずの場面で、米軍が退散したからもう安全で大丈夫だと、彼らに占拠されていた住民が子供たちを含めた家族に声を掛け、家々から武装した反政府ゲリラ兵たちが現われるラストシーンだった。まさにα-1小隊は、兵士救出のために一帯の民家の二階を砲撃して住家を破壊することと自軍の兵士に対して苦痛に塗れた恐怖と身体障碍を与えるために出撃したような形になっていた。そのようなα-1小隊の姿は、そのまま米軍によるイラク侵攻の暗喩だったような気がする。 | |||||
| by ヤマ '26. 2.20. TOHOシネマズ4 | |||||
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