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『フィリップ』(Filip)['22] | |||||
監督 ミハウ・クフィェチンスキ
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予告篇でもチラシでもポーランドの作家レオポルド・ティルマンドの自伝的小説の映画化作品と謳われていたので、早々からして性豪自慢のモテ男の話を観てもなぁと些か鼻白んだのだが、若者が未来を塞がれ、投げやり気分に見舞われれば、刹那的な露悪的行状に向かうのは実にありがちなことで、昨今の若者たちによる実に殺伐たる犯罪行為の頻出というものが現にそれを示していることに思い当たった。 それからすれば、フィリップ(エリック・クルム・ジュニア)を覚醒させたものが、ありがちな同胞ポーランド女性マレーナ(サンドラ・ドルジマルスカ)の決死の果敢なレジスタンス活動ではなく、邪心に満ちた自分の誘惑に対して真っ直ぐな恋心を向けてきたドイツ女性リザ(カロリーネ・ハルティヒ)の純真だったり、自分と同じく外国人強制労働に従事させられている親友のフランチェスコが絞首刑にされたり、同室のピエール(ヴィクトル・ムトゥレ)が銃殺されたりしたことへの憤りだったところが目を惹いた。 フィリップを誘惑して事に及んだドイツ女性ブランカ(ゾーイ・シュトラウプ)が「やっぱりユダヤ人だったのね」と言っていたのは、割礼のことを仄めかしていたように思うけれども、それが当時の婦人における常識なら、彼が次々と復讐めいた邪心によってドイツ女性を誘惑することのリスクに驚くが、結婚を約したパートナーもナチスに殺されていた彼には、生きることへの執着自体がなかったということなのかもしれない。 そのブランカが外国人男性と情事を重ねていたというかどで髪を刈られていた姿に、先ごろ二十三年ぶりに再見した『マレーナ』でのモニカ・ベルッチを想起した。それで言えば、本作で処刑されていたフランチェスコもイタリア人だったのだが、ナチスドイツとファシスト党イタリアは同盟国だったはずなのに、実のところは、日独伊三国同盟など何の意味も持っていなかったという気がしてならなかった。 | |||||
by ヤマ '24.10.25. あたご劇場 | |||||
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