『燃えあがる女性記者たち』(Writing with Fire)['21]
監督 リントゥ・トーマス&スシュミト・ゴーシュ

 イスラム圏での女性差別というか男権至上は、つとに知られている気がするが、近年は女性への強姦などの性犯罪がイスラム圏以上に酷いような印象のあるインドに、かような女性たちだけによる新聞社があるとは、ついぞ知らずにいた。SNSとYouTube配信によって閲覧者数を伸ばし、最近は影響力を伸長させているらしい。

 いわゆるフェミニズム運動の団体としてではなく報道機関として、女性問題に限らぬ幅広い社会問題を、身近に起こっている出来事に根差して取り上げている姿が、とても目を惹く形で映し出されていた。知らない土地柄だけに、観ているだけでも、いろいろ不可思議に思える事柄が立ち現れてきて、なかなか刺激的だった。なかでもミーラは、どこでどういう形によって教育を得る過程を持ったのかということや、成長著しい記者だったスニータの抱えた結婚問題の有体などが気になった。

 また、バラモン・クシャトリヤ・ヴァイシャ・スードラの4つの身分によるカースト制度については習った覚えがあるが、その更に外側に置かれた不可触民【ダリト】の存在は初めて知ったように思う。我が国で江戸時代に敷かれた士農工商の身分制度の外側に置かれた階層とも通じるものがあるのだろう。水平社のことを想起せずとも、ある意味、最も社会問題に鋭敏な感覚を持つであろうポジションなのだろうと得心した。

 その立ち位置から現れてくる“ジャーナリズム精神の原点”とも言うべきものが捉えられていて大いに感心した。報道メディアのトップが政治権力のトップとの会食に勤しむようになることで、とことん堕落してしまったように感じられる我が国の状況とついつい対照せずにいられなかった。

 加速度的に権威主義を強めてきているインドでは、2014年以降で四十人の記者が殺されているのだそうだ。サウジアラビアの記者ジャマル・カショギがトルコの同国総領事館で殺害されたのは、2018年のことだったが、たまたま前夜にNHKプラスで、映像の世紀バタフライエフェクト「ロシア 暗殺と粛清を視聴して今や我が国をも含めて世界中がロシア化してきているように感じられ、恐ろしいと記したばかりだっただけに、その思いをさらに強くした。帝政であろうが、社会主義を標榜しようが、資本主義に転換しようが、独裁体制を指向して「愛国」の名の元に国家主義を謳い上げる為政者に経済的イデオロギーなど全く関係ない只の方便でしかないことの標本のような国だと改めて思うロシアだった。権力志向と保身に塗れた統治者の元にあることが如何に不幸であるかを示していたように思う。中国然り、アメリカ然り。アラブ・イスラエル然り。今またプーチンが圧倒的な支持を得た形で再選された。まったく厭な時代になってきたものだと暗澹たる想いだ。

 そして本作では、そういった際に悪用されるのが宗教であり、異文化人排斥であるという古今東西の普遍性も的確に捉えていたように思う。新聞社「カバル・ラハリヤ(“ニュースの波”の意)」の主任記者としての後進の指導から、局長になって数十人の記者を率いるようになっていったらしいミーラの語っていた記者魂を表す言葉に大いに感心した。メディアの役割を体制批判だとする表現はよく見聞するのだが、彼女の使った表現は権力の座にある人々の責任を問い続けるだった。批判よりも遥かに素晴らしいと思う。流石だ。

 すると厭な時代になってきたのではなく、人の本質は昔から変わってないでしょう? 権力を手に入れると自分の思い通りにする。民主主義も独裁主義も権力が集中して結局は腐敗するでしょ? それが人の本質だからです。権力は無理にでも分散させて拮抗させるべき。まあ民主主義は選挙があるだけマシでインターネットのおかげで隠蔽が難しくなったからいいことかな。私は権力なんか手に入れたら何するか分からないから欲しくないですね。とのコメントを後輩が寄せてくれた。

 僕自身は、ロシアの選挙やアメリカの予備選挙を観ていると、選挙があるからましと思えないところがある。権力を分散させて牽制させる仕組みはそれなりに構築しようとして来ていたのだけれども、それを壊す動きが目立つ時代になってきたという意味での「厭な時代」だ。人というものが古今東西、あまり変わり映えしないというのは、そのとおりだと思う。だからこそ、ミーラの言葉が体制批判などより核心を突いていると感じられるのだろう。後輩もロシアのは茶番です。アメリカのはまだマシと思いますがどっちにしても権力を持ったものは腐敗して碌でなしに変わるということです。しょうもないのが政を仕切り 、それに群がるものが賄賂を貪る。卑しすぎて悍ましいですね。そうじゃないのも何処かにはいるのかな。と言っていたので、ガンジーとか、マンデラ大統領とか、ホセ・ムヒカ大統領とかと返してみた。
by ヤマ

'24. 3.22. 美術館ホール



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